娘の進路
帝国へ留学を提案してからおよそ三年の月日が経ったある日のことです。九歳のエリザベスちゃんは強い意思を持ってわたくしに言いました。
「お母様、私、帝国に行ってみたいのです。」
それから教育が始まりました。
この王国のマナー、教養に加え、帝国のマナーと教養、帝国語、王国と帝国の関係など。九歳には大変な量でございます。
大変な量ではございますが、エリザベスちゃんの意思ですから見守ることといたしました。
帝国語は、この王国の貴族は教養として覚える必要があるので、今が大変でも後々楽になるでしょう。我が王国より大きな帝国のことをよく知っていれば将来に王宮で重用もされましょう。
途中でエリザベスちゃんの気が変わって留学を中止することになりましても、とても有用な知識となります。
それに大変であっても、お勉強はやる気があるときにやるのが一番良いのです。
そしてこのころ、エリザベスちゃんの正式な縁談が出ておりました。第一王子であるエドワード殿下との婚約のお話でございます。
王家からのお話しでございますから、侯爵家であるわが家では、エリザベスちゃん意向に関係なく婚約を受け入れなければならない可能性があります。
仮にですが、エリザベスちゃんは婚約に乗り気でないけれども、王家がエリザベスちゃんをとても気にいった、などとなれば困ります。断るために国外への亡命など、大それた行動を余儀なくされるかもしれません。
わたくしはひっそりと、エリザベスちゃんが殿下との婚約に興味を示さなかった時のことを考え、緊張しておりました。
色々とわたくしの考えをまとめたあとに折を見て、エリザベスちゃんに婚約のお話しをしなければならない、と思っていた時、夫からとても驚く言葉を聞きました。
「エドワード殿下とエリザベスの婚約、断ってきたよ。」
わたくしは驚きのあまり言葉も出ません。
だってまだ、エリザベスちゃん本人にお話すらしておりません。
もちろん、両家の顔合わせもまだでございます。
夫に、婚約を断った理由を聞くと、
「エリザベスに聞いてみたらエドワード殿下にも王子妃になることにも興味がないみたいだったから。」
と、肩をすくめながらおっしゃいました。
夫はエリザベスちゃんに婚約の事は話さず、ただそれらをどう思うか、と問うたのだそうです。その時のエリザベスちゃんは何故そんな事を聞かれるのかわからないと言う様子だったと話してくださいました。
加えて、帝国への留学準備でお勉強の量が増えたため、王子妃の教育を受ける時間がとれないと思ったからだ、ともおっしゃいました。
確かに、今のエリザベスちゃんは多忙でございます。エリザベスちゃんが殿下に大きな興味を持っていないのでしたら断った方が良いのでしょう。
しかしながら、どうしてわたくしも一緒にいる時に聞いてくださらなかったのか。夫の言葉の意味を考えながら紡ぐ言葉を探すエリザベスちゃんの様子をわたくしも見てみたかったものです。
言いたい事は多くありますが、夫も忙しくありますから、もう一つだけ気になった事を夫に伺いました。
「あの、どうやってお断りしましたの?」
恐々と聞くわたくしに、夫はなんでもないことを答えるように教えてくださいました。
「ただ、無理だ。と言っただけだよ。」
驚くことに、夫は言葉一つで断ったそうです。
王家からの申し入れを断るのに言葉一つとは、とても恐れ多いことでございます。
それだけで受け入れさせてしまう夫はすごいものです。
わたくしは一人であんなに考えて鬱々としておりましたが、早々と夫に相談すればよかったのかもしれません。きっともっと早く答えが出たことでしょう。
それにしても、夫は王子妃の実家として自身の地位を確立させるよりも、家格をあげるよりも、娘の意思を本気で応援するようでございます。
本当に親バカでございます。良いお方。
読んでいただきありがとうございます。
◆
夫氏:エリザベス、今いいかい?
エリ:なあに?お父様。
夫氏:この絵を見て。
エリ:エドワード王子の肖像画!この絵は初めて見る!お召し物の装飾に使われている絵の具が素敵だわ。
夫氏:うん。エリザベスはエドワード殿下をどう思う?
エリ:[きょとん](どう???)えっと、お顔が整っていらっしゃる?
夫氏:うん。では、王子様のお妃様についてはどう思う?
エリ:[困惑](???)…昔の王妃様?
夫氏:うん。エリザベスはこの絵のように肖像画を描かれてみたい?
エリ:いえ、描いてみたい。私が書きたい!このように高価な絵の具をつかってみたい。
夫氏:うん。買ってあげようか。
エリ:[驚きと恐れ]やめて!今はやめて!今の私じゃちゃんと使えないから。
夫氏:でも使いたいなら買ってあげるよ。値段なんて子供が気にするもんじゃない。
エリ:やめて!いい絵の具を無駄にしたくないの!私が使ったら無駄になるの!
夫氏:そうか…[しょんぼり]