ヒロインの人物像
昼食会の後始末などが終わり、一旦落ちついた今、ようやく例の男爵家のご令嬢について調べることにいたしました。
わたくしはクリアハート男爵令嬢について、噂話での多数の男性を虜にする美しい方、としか知りません。夫もご令嬢についてさほど語りませんでした。
しかし、それではあまりにも情報が少ないのです。
此度の騒動の発端であり、中心のお方でございますから、きちんと調べたく思ったのでございます。
まず、ご実家の男爵領についてです。
これは我が家にあった書籍で調べました。ごく普通の農村がいくつかと小さな町からなる、これと言った特徴のない領でございました。
書籍は何年も前の物ですし、お父上であるクリアハート男爵とわたくしは面識がございません。ですから、実際のところはわからないのです。噂話にも上っておりませんでした。
今後は機会があれば、ご挨拶をするなどの注意を向けてみてもよろしいかもしれません。
そして、ご令嬢についてです。
情報を探そうとしたところ、意外なところに繋がりを見つけたのです。アルフレッドでございます。いえ、正確には彼の母、夫の叔母でございます。
「アルフレッド、例のご令嬢がどのようなお方であるか詳しくご存知?」
「え、例の毒婦を調べているんですか?」
アルフレッドに、クリアハート嬢のことを聞くとこんなふうに返って来ました。
毒婦という強い言い回しが、しっくりとご令嬢の噂姿に馴染みます。
「でしたら、これを読まれると良いですよ。母からの手紙です」
アルフレッドから渡されたのは分厚い手紙の束でごさいます。
アルフレッドのお母様は、王宮に教育係の一人としてお勤めです。ですから、この中に彼のご令嬢の噂話がいくつかあるのでございましょうか。
何通か拝見したところ、手紙の中身はだいたい同じ構成で書かれておりました。
アルフレッドを心配する文が二割、残りは、なぜか仕事の愚痴でございます。
息子に送る内容として、いかがかとも思いますが、遠地にいる信頼できる方にしか吐き出せないのかもしれません。濁してるとはいえ、機密も多いことです。
アルフレッドならば噂の種にすることなく、必要ならば活用すると思われたのでしょう。アルフレッドは誠実でございますから。
手紙を読んでみますと、驚くことに叔母様はクリアハート嬢に教養を教えていらっしゃるようでございます。
以前に、王宮の教育係とは王家とそれに連なる方のためにあるお勤め、と伺った事がございます。
ですから本来は男爵家という身分のご令嬢を教えることはありません。彼のご令嬢はエドワード殿下の恋人なだけであって、正式な婚約者ではございません。
それなのに教えていらっしゃるのは、なんでも、エドワード殿下からの強いお願い、ということだそうでございます。
たくさんの手紙の内容から叔母様の見るクリアハート嬢の姿が浮かび上がりました。
アルフレッドへと綴られた愚痴の大半はご令嬢のことだったのでございます。
まず、お名前はクリスタル。クリスタル・クリアハート様と仰るそうです。
ご気性は明るく朗らかでおおらか、喋り方はおっとりしているようです。
人を褒めることが多いようで、使用人だろうが王子だろうが、男性だろうが女性だろうが、ところ構わず、思い立ったことを誉めるのですとか。
それから、人との距離が少し近いようです。男性だけではなく女性にもだそうで、叔母様にもよく触れられるのだとか。
そして、ご令嬢のご趣味はおしゃれなのだそうでございます。
叔母様の素直な表現をお借りし補足すると、なにも考えず、楽しいことだけを行い、都合がよいことしか耳に入れず、時折ねっちゃりと絡み付くようにものをねだる、とのことでございます。
クリアハート嬢の人を褒めることは素敵なことです。しかし、危ういところもありそうでございます。
ところ構わず、となりますと、身分の高い方の面子を潰しかねません。
これは今のところ、小さな問題はありましても、エドワード殿下と側近のご令息方の庇護があるおかげで大事にいたることはないのだとか。
多くの方を褒め、男女問わず誰にでも近しい行動は、分け隔てない方、なのだと一部でかなり好感があるとのことでございます。
その一部の方を揶揄した叔母様の表現が面白く、「お花畑を馬から眺めて良い気になってるけど、花が馬にとって毒だと知らないし、知ろうともしない人たち」と書かれておりました。
それからご趣味のおしゃれですが、領地持ちの男爵家であっても、賄えないようなものを身に付けていらっしゃるそうです。
その高価な品を手に入れるその手段の多くが、男性から贈り物としてもらう、なんだとか。
かわいいものや美しいもの等を集めるために、お得意のところ構わずを発揮されるそうでございます。
政治や派閥争いには興味がないということは、その節操のなさからわかると書かれておりました。
手紙の中で叔母様が一番多く愚痴を吐かれていたのは、ご令嬢が教えたことをあまり覚える気がないことでございました。
マナーなど、その場では対応して真似ているそうなのですが、復習した様子などはなく、次の時には忘れているらしいのです。遅々として進まない、とのことでございます。
手紙の内容を整理していて思ったのですが、もう少し、男性に対して謹み深いか、うまく隠して接触していればもっと多くの方に愛されていたのかもしれません。
アルフレッドに手紙の束を返しに行きますと追加の情報をいただきました。
「あのご令嬢、男だけでなく女性にも結構人気があるらしいんですよね。女性も結構贈り物とかしてるみたいです」
手紙にはあまり書かれていなかったところでございます。
「そうなの? どこから伺ったのでしょうか?」
「俺自身は学園で一緒になったことはないけど、歳が近いと情報も入ってくるんですよ。今学園に通ってる知人もいますし。」
アルフレッドが卒業した年にクリアハート嬢が入学しております。
先日、クリアハート嬢を取り巻く学生についてすぐに答えが出てきたのは、前々より考えていたことだからかもしれません。
「で、ご令嬢、女性から憧れられてたりするらしいですよ。特に身分の低い人から。身分の高い方々は嫌ってるみたいですけどね。中間は人それぞれみたいです。」
嫌われているのは分かります。好かれているのは手紙にあった誰彼構わず親しくされるが故でございましょう。
しかし、中間とはどういった層なのでしょうか?わたくしは頷いてアルフレッドに先を促します。
「それでなんですが、伯爵家とか子爵、男爵家とかの学生が個人としてどんな距離感なのかっていう情報は要ります?」
なるほど、中間は伯爵家以下の貴族ということでしょうか? 確かに伯爵家まで入ってくるとなると下位貴族としてまとめられません。
伯爵家は家によって格が大きく異なります。一部は高位貴族ですが、一部は伝統ある子爵家にも劣るのです。
そしてそこが下位だとすると身分の低い層とは平民も含まれるのでしょう。
「要ります!」
思わず食い気味に答えるわたくしに、アルフレッドは少し驚いております。
「確証は無くて、学園内でどんな距離感か、みたいな情報ですけど? 内気で話せないけどあこがれていると、嫌いで話さない、の差はわからないと思いますよ? 情報にむらがあると思いますし、全員分とかは無理だと思いますし。」
「かまいません。要ります。」
「わかりました。じゃ、知人にお願いしときます。」
これはありがたいことです。学生の内情は学生が一番詳しいかと思います。
学生の動きが発端で始まっている騒動です。元を知ることは必要なことかと存じます。思わぬ収穫となりました。
アルフレッドの知人の方からいただいた情報が良質でしたら、アルフレッドからだけでなく、当家からもお礼をするべきかもしれません。
「その知人の方へのお礼はどうなさるの?」
「俺が適当になんかしますよ。」
ならば情報がわたくしの手元に来るまではアルフレッドにお任せしましょう。
「そう、お金が入り用なら教えてね。ある程度は出しましょう。」
わたくしの言葉に、アルフレッドの頬が一瞬だけ引きつったように見えましたが気の所為でしょうか。
お読みいただきありがとうございます。
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アルフレッド:(セシリア様のある程度ってすごく多そう…聞くのこわいな…)




