昼食会5
子爵が連れ出されてからしばらく、部屋は静まっておりました。
わたくしは皆様に新しくお茶を出すよう、使用人に指示を出します。
「ああいうのは恐ろしゅうございますね。」
本当に恐ろしいわけではありませんが、世間話ですから柔らかに繋いでいきます。
皆様にお茶が回ったところでわたくしは皆様にもう一度、声をかけました。
「本日お話ししたことに、ご質問などはございませんか?」
保存庫の見回りについては、拒否できないとすでにおわかりでございましょう。
しかし税制度の変更については、わたくしが話した事だけでございます。ご意見などをまだ頂いておりません。
…こちらは本当に理解している方が少ないだけかもしれません。
「ないようでございましたら、後日に詳細を説明する者を向かわせます。」
説明というよりも指南になるかと存じます。
何もなさそうですので本日はこのあたりでお開きとしましょう。
「あ、あの、セシリア様?」
昼食会を終わろうとしたその時、一人の少女が立ち上がりました。
どちらのお嬢さんでしょうか。きちんと正装をしておりますが、色あせた服を着ております。
恥ずかしながら、本日は同伴者の方も多くおりますので、全ての方のお顔とお名前が一致しておりません。
「う、うちの地域は貧しくて、保存庫の管理があまり行き届いてなくて、その… 」
恐る恐る、といった様子で話してくださいます。
「えぇ、そういった地域には何が原因か、どのように地域を立て直すか。そもそも保存庫の規模が合っているのか、など多くの検討を行いたいと思っております。」
保管庫の管理は、ほんの数年前までは出来ていたことです。何か出来なくなった原因などがあるのでしょう。それはこちらとしても把握したいところでございます。
わたくしの言葉に、期待する表情の方が幾人か見受けられます。
「そのためには、あなたの家の資金繰りや、持っている財産を全て見せてもらわなければならないの、家探しみたいなことをするわ。良いかしら?」
期待していた方のほとんどが顔色を悪くしました。
反対に、少女の顔は明るいものです。
「はい、問題ありません。よろしくお願いします!」
元気よくお返事をしてくれます。そして、申し訳なさそうに付け加えました。
「それと、か、還付についてなんですが、還付されるってことは、先に満額…うちの場合は満量を納付しなければならないってことですよね?」
少女のころころと変わる表情は、見ていてとても愉快です。
満額ではなく満量ということは、金ではなく農作物を納めている地域なのでしょう。
よくわかっていらっしゃいます。お若いのにすごいことです。
後でしっかりとお名前を確認しなければなりません!
「えぇ、その通りです。しかし、条件はございますが、納税と還付をほぼ同時に行えるように取り計らいます。」
「さ、差し引きしてもらえるってことですか?」
きっと、満額の税を納めることが難しいのでしょう。
それにしても、理解が速くていらっしゃる。どこで学ばれたのでございましょうか?
「えぇ。」
わたくしが返すと、ホッとしたような仕草をなさいました。
少女は、ありがとうございます、と言ってから座ってお茶を飲み始めました。
見るからに肩の力が抜けたのが分かります。可愛らしいことです。
この少女の質問のおかげで、まわりの方も多少なりと状況が飲み込めたことでしょう。
ちょうど良い塩梅で、いらした皆様に伝わったのではないかと思います。納税の形は何となく伝わったけれども、会計報告を書かねばならない、との理解が追いついていない状態、とでも申しましょうか。
会計報告を書くことが怠け者にきちんと伝わったとき、多くの文句が出るに決まっております。一つ一つ対応するのは時間の無駄ですから、後日、説明に向かう領官に任せたく思います。
…そうでございますね、領官には少しの報酬を足すことにいたしましょう。
しばらく、他の質問がないことを確認してから、わたくしは今度こそ、昼食会の終わりを告げました。
「では、本日のお話しはご了承いただけたと言うことで、嬉しく思います。皆様とお話しが出来て楽しゅうございました。」
あの少女には、おひねりを渡すことにいたしましょう。
わたくしは、この後か明日にあの子を呼び出すように使用人に伝えました。
年若い方ですが、くれぐれも優しく抑圧しないように、敬意を持って接するように、とも言い含めて。
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