帰領
王都出立から五日後、領地の屋敷に着いたわたくしをにこやかな青年が迎えてくださいました。
「お久しぶりです。奥様。」
奥様、だなんて堅苦しいこと。でもアルフレッドの表情はいたずらっ子のようですから、わたくしも笑いながら返事をいたします。
「お久しぶりね、アルフレッド。出迎えありがとう。なんだか堅苦しいご挨拶ね。」
「セシリア様、長旅お疲れでしょう? まずはお休みください。伯母様は昨日から少々ご気分がすぐれなくなったので、今日の晩餐は各自でゆっくりと取るようにすると使用人に伝えてあります。」
普段通りの呼び方に戻ったアルフレッドは、使用人に見えないように片目をつむって合図をくださいます。
どうやら先触れに持たせた、お見舞いに伺う、と書いた手紙はきちんとお母様に届いたようでございます。
翌日、お父様のお墓前に帰領の挨拶を済ませてから、アルフレッドとお母様とお話しすることといたしました。
夫はわたくしに、内密の情報を元に領を動かして良いとおっしゃいました。そのためには最低でもアルフレッドに、夫から伺った話を伝える必要があります。
わたくし一人では領を動かせません。
今回はアルフレッドだけでなく、お母様にも聞いていただきます。病のふりをしていただくのに、理由をお話したほうがよろしいかと思ったのでございます。
それに、お母様は公爵家の出身でいらっしゃいますから、深い教養をお持ちです。王宮のしきたりなど細かいところをご存じかもしれません。
田舎に生まれ育ち、侯爵家への嫁入りが決まってから、高位貴族としての教育を受けたわたくしなどでは及ばない事が多くございます。
約束していた部屋へ入ると、すでにお母様とアルフレッドがおりました。
ぱっと見ただけで、お母様の細やかな配慮が2つほど見受けられました。
一つ目は使用人が部屋の中にいないこと。すでに人払いがされており、部屋の中はわたくしとお母様とアルフレッドの三人だけでございます。
そして部屋の中には途中で使用人を呼ばなくて済むように茶器や焼き菓子なども揃えてあります。
もう一つはお母様の服装です。お母様は軽装で、すぐにでも横になれるような柔らかい服をお召しです。当家の使用人にも体調があまりすぐれないと示すためでございましょう。
おそらく、この屋敷の中でお母様の体調について正確に把握しているのは少数でしょう。わたくしとアルフレッドと三人ほどの使用人、といったところかと思います。
これについては後でお母様に確認しておかねばなりません。
状況をご存じないのに、わたくしからのご機嫌伺いの手紙ひとつでここまでのご配慮をくださるとはさすがのことでございます。
「お二人とも、お待たせいたしましたようで申し訳ございません。お母様、ご配慮、感謝いたします。」
お母様は良いのよ、と軽く流されます。
もしかしたらこれらの差配はお母様にとって大した事ではないのかもしれません。見習うべきことでございます。
わたくしは部屋に用意されていた茶器でお茶を入れ始めました。
お母様は、わたくしの淹れたお茶を好きだとおっしゃって下さいますので、機会があるときはわたくしが淹れるようにしているのです。
本日のお話はあまり楽しいものではございませんので、用意されていた茶葉の中のからスッキリとした香りのものを選び、濃いめにいたします。
お茶を飲みながら、わたくしはクリアハート男爵のご令嬢にまつわる事についてお二人に一部始終をお話しいたしました。王子の横領の問題も含め、わたくしが知っていること全てでございます。
お読みいただきありがとうございます。