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領地へ

 それから二日後にわたくしは領地へと出立することとなりました。

 領地へ赴くのはわたくしだけで、夫は王宮へのお勤めを続けられるということでございます。



 出立の朝、夫は玄関口まで見送る、と伝えてくださっておりました。ですから、わたくしは出立の支度が全て整ってから夫を呼びにやろうと思っておりました。

 ですが夫はいつのまにか玄関ホールの端に佇み、全体をぼんやりと眺めていらっしゃったのです。

 わたくしが荷物が積み終わるまでの間、手荷物の確認や、使用人に昨日までに話しきれなかった屋敷の諸事を話すなどして忙しなくしておりました時分のことでございます。

 

「声をかけてくだされば良いのに、気が付きませんでした。」


「いやいいんだ。少し、見ていたいと思っただけだよ。続けて。」


 気を遣わせたね、と夫の方から謝ってくださいます。謝るのは気が付かなかったわたくしの方ですのに、優しいお方です。

 わたくしはお言葉に甘えて出立の支度を進めました。


 全ての荷物が積み終わり玄関ホールが少し静かになりました。

 わたくしは最後に出立の挨拶をしようと夫の向かいに立ちます。向かいに立った夫は、姿勢を正し小さくうなずきました。

 そして、わたくしが口を開きかけたそのとき、夫はそっとわたくしの頬に手を添えてくださったのです。

 珍しい行動に思わず目をみはります。

 恥ずかしがり屋の夫が、使用人の前でわたくしにふれるのは本当に珍しいことです。新婚の時以来でしょうか。


 久しぶりのことに少し恥ずかしく感じられます。夫婦ですからこのくらいは、はしたなくもない範囲でございますが、こんなことなら、もう少し騒がしい時に挨拶をすれば良かったかもしれないなどと失礼な事を考えてしまいます。

 なんだか昔に戻ったようでございます。


 夫はどうしてか、とても真剣にわたくしを見つめてくださいます。そして、一呼吸の間を空けてから普段は人前で絶対に言わない言葉を紡いだのでございます。


「愛してるよ。君と結婚できて良かった。」


 夫のその言葉で気がついたのです。


 今が夫との今生の別れとなる可能性があることに。内乱の可能性が本当であることに。内乱が起こらなくても夫が危険な立ち回りをするかもしれないことに。


「わたくしも、あなたを愛しております。」


 背筋がだんだんと冷えてゆくのがわかります。口角はきちんと上がっているでしょうか?

 わたくしはこれ以上、口を開く余裕がありません。

口を開けば、あなたも一緒に…、とこぼれてしまいそうです。


 わたくしは、夫の覚悟を、わたくしへの気づかいを、踏みにじるようなことはしたくありません。


 隠している動揺は見抜かれたのでございましょう。夫はあやすように、わたくしの頬を親指の腹で撫でてくださいました。


「昔に戻ったみたいだね。」


 夫も、わたくしと同じことを思ったようです。


「エリザベスを頼んだよ。元気で。」


 わたくしは深くうなずいてから、馬車に向かいました。


 そのとき、ふと思い至り夫に向き直ります。夫が不思議そうな顔向けてくる中、わたくしはスカートを広げ、一等深く膝を折りました。


 夫に最上の礼をとったのでございます。


 夫は一瞬驚いたような顔をなさいましたが、礼を返してくださいました。

 突然のことですのに、とても美しい礼でごさいました。


 馬車の扉がしまると同時に、わたくしの目からは涙がこぼれ始めました。揺れる車内でしばらく嗚咽を止めることが出来ませんでした。

お読みいただきありがとうございます。

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