塔上のダブルリンク
学園祭前夜の屋上――そこに待ち受けていたのは、巨大アンテナと仮設の鋳造機。
崩れかけた旧図書棟、反復するループ、そして砕け散ったアンカー――。
すべてを賭けた最終調整が、いまここで始まる。
──誰かを消してでも学園を安定させるのか。
それとも、“赦し”を定義し、新たな愛のカタチを鋳造するのか。
嵐のような校内放送とサイレンをかき分け、僕は中央校舎の屋上へ駆けた。
屋上には学園の無線塔――フェス期間中のライブ配信を担う巨大アンテナがそびえる。
その基部に銀色の鋳造機が仮設され、赤い“緊急アクセス”ランプが点滅している。
「カードの破片をここに!」
追いついた結音が指示を叫ぶ。
鋳造機が欠片を吸い込むと、アンテナの周囲に薄光が走る。
だが鋳造完了率が 70% に達した瞬間、蒼い影が屋上フェンスを跳び越えた。
天音結愛β。
風を切るジャンプ。βは鋳造機の上に着地し、ブレードのように尖らせたIDカードを投げつける。
刃は機械の制御盤に深々と突き刺さり、進捗バーが停止する。
「リンクを二重にすると、感情エネルギーが飽和して学園が飛ぶ」
平坦な声でβが告げる。
「君が消えれば、世界は安定するんだ」
「じゃあ僕が――」
僕が前に出ると、βの瞳が揺れた。ほんの一瞬、オリジナル結愛の涙に似た光を宿す。
「消えたいのは、君じゃなくて私」
βの手からカード刃が滑り落ちる。
その隙に結音が制御盤へ駆け、断線したケーブルを繋ぎ直した。
《鋳造再開》
バーが再び伸び、90%、95%……
強風がアンテナをしならせ、屋上フェンスが軋む。
最後の2%で鋳造が停止。画面には《未知パラメータ:赦し》の赤文字。
「定義して」結音が叫ぶ。
僕はキーボードに指を置き、震える手でタイプした。
> FORGIVE = ACCEPT(ERROR)
ENTERを叩くと同時に、鋳造機が白い閃光を放ち、手のひらサイズの新学生証が現れる。
カード中央に赤と青、二重の校章。
「久遠くん」
振り返った僕に、結愛とβが重なるように走り寄る。
カードを掲げると、アンテナの全LEDが緑に変わった。
《双心位相リンク = ONLINE》
月明りの下、蒼と緋の影が溶け合い、学園祭前夜の空に虹色の微粒子が舞い上がる。
遠く旧図書棟の窓という窓が一斉に灯り、ループした日付が静かに進み始めた。
「次に迎える本番は、一度きりの“本当の夜”だね」
結音の言葉に、僕はカードを胸に当て、深く息を吸い込んだ。
蒼い瞳と緋い瞳――二つの視線が重なる先、縁理学園の時計塔が0時を告げようとしていた。
「FORGIVE = ACCEPT(ERROR」──たった一行に込められた思いが、白い閃光と共に双心位相リンクを完成させました。
赤と蒼の校章がひとつに溶け合い、学園を包んだ虹色の微粒子が新たな夜を照らす。
繰り返された“同じ前夜”は終わり、次に来るのは一度きりの本当の夜です。
静かに灯る旧図書棟の窓、鳴り響く0時の鐘——。
さあ、真実の「本祭」を迎える時が来ました。