再起動の朝
「繰り返す時間」からの解放──そんな希望が、まったく別の異常によってかき消される。
本章では、学園ループの核心を打ち破ったはずの久遠瑠惟が、再起動ログと共に再び“前夜祭まで”へ逆戻りする衝撃の朝を迎える。
壊れたはずの学生証がなかったことになり、食堂の配置がほんの数センチずつずれている——。
すべてがリセットされたのか、それとも誰かの意図なのか。
──強制シャットダウンの警告音が耳鳴りに変わり、久遠瑠惟は薄い光のなかで目を開けた。
旧図書棟の天井に走った亀裂は影も形も無く、瓦礫が散乱していたはずの床は雑巾がけ直後のように磨かれている。
「バグごとクリアされた……?」
そうつぶやき、慌ててスマホの時計を見る。
6月3日06:30。ここ三日あいまいに繰り返していた“フェス三日前”と同じ日付。
だが制服に袖を通した瞬間、違和感が胸を締め付けた。
胸ポケット──砕け散った学生証が、まるで最初から壊れていなかったかのように戻っていた。
食堂に下りると、見慣れたテーブル配置が数センチずれている。
隣の席ではバスケ部の友人が新色のジャージを着込み、「今日はフェス準備二日前だな」と笑っていた。
(“三日前”じゃなかったっけ?)
混乱しかける瑠惟に、背後から肩を叩く手。
振り向けば 天愛結音 先輩が、薄いスティック型端末を差し出した。
「再起動ログ、見せようか?」
端末には深夜3時のタイムスタンプと共に
《SYSTEM REBOOT completed / LOOP FLAG → 0》
と記録されていた。
「私の権限でも巻き戻しループは触れなかったのに……誰かが“強制成功”させたらしい」
結音が目線で示したのは、食堂の入り口に立つ長髪の少女。
昨日地下で上書きを迫った 天音結愛β――だが制服のリボンはオリジナル結愛と同じ緋色。
βと視線が合う。瞬時に彼女は微笑み、唇を小さく動かした。
『RESET は前夜祭まで』
声を出さずにそう告げ、振り返って足早に去る。
瑠惟は胸ポケットのカードを握りしめた。ヒビはないが、表面温度だけがわずかに上がっている。
「結音先輩、まだループは終わってません」
「わかってる。次に動いたときが本番だよ」
強制シャットダウン後に示された「LOOP FLAG→0」の文字列が、ただの誤動作ではないことを確信させます。
再び“フェス三日前”へ逆戻りする中で、オリジナル結愛と同じ緋色のリボンをたたえたβの意味。
「RESETは前夜祭まで」という無言の宣告が、次なる本番への序章となりました。
次章では、この“強制再起動”の真の主導者が明らかになるかもしれません。