リビジョン通知
今週末の校内ネットワーク更新――一見すると地味な改修通知が、静かな学園の日常に小さな波紋を広げる。
今回は「旧図書棟立入禁止」の赤テープを前に、久遠瑠惟と天音結愛がひそかに扉を開ける緊張の放課後。
古びた煉瓦と夕陽の埃香のなか、謎の「アップデート・パッチ2.1β」が二人を未知の領域へ誘う。
システムロゴの意味するものは? 文字化けしたメッセージの正体は?
いつもの学園が少しずつ“歪み”を帯び始める。
月曜の朝礼で教頭が告げた。
「今週末、校内ネットワークをVer2.1へ更新します。放課後は旧図書棟を含む 立入禁止です」
ブーイング混じりのざわめきの中、久遠瑠惟は微かな胸騒ぎを覚えた。
学園祭直前のこの時期にシステム更新とは珍しい。だが連絡掲示板には「軽微な改修」としか書かれていない。
放課後、僕はいつものように旧図書棟へ向かった。だがドアノブには――
《保守準備:入室制限》と赤いテープ。
諦めかけた背後で、ひそかな足音。
振り向くと 天音結愛 が息を弾ませていた。
「ここ、今日だけなら平気。保守員はまだ来ないよ」
懐から取り出したのは学園の万用キー。結愛がそんな物を持っている理由を訊く前に、彼女は手早くドアを開けた。
室内は夕陽で褪せた埃の匂い。
机上には結愛の文庫本『忘却園』と、見慣れない黒い封筒が置かれていた。
封筒のラベルには小さなシステムロゴと 「アップデート・パッチ 2.1β」。
「私のじゃない。けれど……宛先は私の席番号」
封筒を開く結愛の指が震える。中身は白いICチップと文字化けした手紙。
“ Tσ β // ΣЖЄCЦ†Ξ:L◎∇Ξ_†ΞЅ† ”
理解できない文字列が、蛍光灯のチカつきと同期するように僕の視界で滲んだ。
「ねえ久遠くん、もし私が居なくなったとしても――覚えていてくれる?」
唐突な問いが空気を震わせた。
「当たり前だ」
そう答えるしかなかった。途端に蛍光灯が一斉に消え、窓の外の夕焼けが不気味に赤黒く揺れた。
復電までの数秒、何かが背後の廊下を駆け抜けた気配。振り向いた瑠惟の目に映ったのは、褪せた制服の背中だけ――影は蒼く滲み、すぐ霧散した。
読んでいただき、ありがとうございました。
旧図書棟の扉越しに見た、結愛の不安げな横顔。
そして「私が居なくなっても覚えていてくれる?」という一言が、まるで世界を揺るがす呪文のようでした。
増え続ける謎と、深まるヒビ──
果たして二人は、この校内システムの更新から逃れられるのか。