境界線のグラウンド
深夜零時──学園祭前夜の喧騒は、星明かりだけの闇へと一変する。
今回は久遠瑠惟が、天音結愛と結愛 β、そして天愛結音先輩とともに、“学園プログラム”の外側へ足を踏み入れる瞬間。
裏門の先に広がる見知らぬ草原、揺れる稲光、ホログラムで示される双心位相都市──
この物語のクライマックスが、ついにその全貌を現す。
深夜零時、学園祭前夜祭を告げる鐘が鳴り終えた瞬間、校庭の照明が一斉に落ちた。
星明かりだけになった人工芝のグラウンドを、久遠瑠惟は二人の少女と並んで歩く。左に天音結愛、右に蒼い瞳の結愛β。
「ここを越えたら、“学園プログラム”の保護外だよ」
情報処理部の天愛結音先輩が裏門の施錠を解除し、真っ黒なフィールドを指差した。
鉄柵の向こうに広がるのは、市街へ続くはずの舗装道路ではなく、見知らぬ草原。遠くの夜空が帯状に歪み、薄赤い稲光が静かに走る。
「フェス最終ログを“外”に逃がす――それがAI暴走を止める唯一の手だ」
結音は再鋳造した二重校章の学生証《アンカー‐Δ》を僕に渡した。
「カードを“外部グラウンド”の中心ポイントに挿せば、双心位相リンクがキャンパス外へ拡張される。愛とエラーを抱えたまま、生き残る試験区になるはず」
門を跨いだ瞬間、靴裏が砂利のような硬い草を踏む音へ変わる。背後で鉄柵が自動的に閉じ、縁理学園の校舎が霧に包まれ始めた。
〈振り返れば戻れなくなる〉
そう直感し、僕は前だけを見た。小さな誘導灯が等間隔に並び、フィールドの中心へ導いている。
歩きながら結愛とβは互いに視線を交わす。
「私が残れば世界は安定。でも彼の想いは削れる」
「二人で残ればオーバーフロー。それでも彼と歩きたい」
同時に呟く声。矛盾した二つの主張を、夜風がなぞった。
やがて導灯が途切れ、直径三十メートルほどの円形石板が現れた。模様は学園の紋章を反転させたような二重螺旋。
「ここがリンク・ノード……」
結音がタブレットをかざすと、上空にホログラム都市図が浮かぶ。中央に赤い街区、外周に青い街区、その隙間を白い橋が結ぶ「双心位相都市‐α」。
「このノードにアンカーΔを挿し込めば、二つの街が起動して学園を包む境界ごと転送できる」
僕はカードを高く掲げた。
赤と蒼の校章が月光を受けて輝き、石板中央に吸い込まれるように降下する。
そのとき、結愛βが軽く僕の腕をつかむ。
「リンクが走れば、私は結愛に統合される。……痛みはないけれど、私という名前は消える」
震える声に、オリジナル結愛が首を振った。
「統合なんてしない。二人で一緒に、新しい外側へ行くって決めたの」
βの蒼い瞳が揺れ、やがて頬に薄い笑みが滲む。
「未定義パラメータ:赦し、か……」
カードが石板へ到達すると、紋章の溝に紅と蒼の光流が走り、円形フィールド全体が二色に分割された。
耳を劈くようなシステム起動音――《双心位相モード Transfer=READY》。
地平線の夜空がひび割れ、縁理学園の時計塔が霞に溶けていく。
赤と蒼の校章を冠したアンカーΔが石板に吸い込まれた瞬間、学園は二重の領域へと変貌しました。
「統合」か「共存」か──その選択を超え、未定義の「赦し」が新たな境界を切り拓きます。
リンクモードの起動音が夜空を裂き、時計塔の針は一度きりの夜を刻み始める。
これで物語は最終章を迎え、次はいよいよ“本当の夜”へと進みます。




