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制服エイリアンガールと宇宙ヤンキーガール


 今日もなんの気なしに世界は回っているのだが、未だにペラペラの紙に印刷された情報を、いちいち後の席へと一枚ずつ回してゆくという前時代的な作業はなくならない。

 これがこの星の限界であり、ある意味この宇宙の限界でもある。

 高貴なる智慧ちえで常にこの宇宙の先をゆく、銀河一の科学力を誇るパルプ星第四王女であるわたくしが何故、このような田舎惑星に飛ばされなければならなかったのか。

 そして、こんな子供ガキどもと一緒に授業を受けなくてはならないのか。



「おーいカナちゃん、プリントはよくれや。そんで、今日の放課後ウチに、低コストでの宇宙船の作り方教えてや!」



 気安く後ろから肩をチョンチョンするな小娘。こちとら宇宙紀元三百五年より連綿と歴史を積み重ねてきた惑星の、王女としての責務を十七年間もの間、果たしてきたのだ。

 お前は、というかこの教室クラス、1-Bというのは一年生、つまり今年で十六歳、一歳下の年齢の子供ガキ共が詰め込まれる収容所だろうが。図が高い! 恥を知れ!

 それにわたくしはお前みたいに、こんなちんけな島国の中にある寂れた地方都市の県立高校の、この絶滅危惧種らしいヤンキーだとかいう、日々虚勢を張って生きている無頼派気取りのしょーもない人種とは違うのだ。



「じゃけえカナちゃんよ! 聞こえんのかいな? ほんまいい加減にしんさいや! ほら! 放課後また遊ぼ! ほんでカナちゃん! はよプリント渡してや!」



 木刀を取り出して再びバンバンするな。というか、一体何なのだこの状況は。

 他の生徒たちは皆、押し並べて顔を伏せたままであるし、前方に突っ立っている監視役の大人も何故だか苦笑いを浮かべたまま、ばつが悪そうに下を向いて俯いているのだが、本来、こういった群れ社会の集団秩序から逸脱した行動を取る不届き者に対してのお目付け役として、お前はそこに立っているのではないのか? こんな奴、うちのくにじゃ二秒も立たずに光線銃レーザー・ガンで焼き殺されてたぞ!

 それに発展途上惑星の前時代的な武器だからといって、木製のサーベルのようなものを前の席にいる奴の肩に向けてバンバンするというのは、いくら野人たちのコミュニティーだからといって、看過出来ないやらかしではないのか? こいつは何らかの粛清対象にはならないのか? 職務を全うしろ!


 ──とここまで、コンマ零秒の間で思考回路をフル稼働させた後、わたくしは列の最後尾にいるそのヤンキー小娘へと振り返り、手に残っていた最後のプリント一枚を渡したのだった。

 すると小娘はまるで爆発したてのような金髪の頭を振りながら、ギラついた満面の笑みを浮かべた。



「おっ! サンキューカナちゃん。今日もかわええよ! おいみんな! カナちゃん宇宙人じゃけえ! 今度テレポート見してくれるで! きっとポータルも開けれんでポータル!」



 その紙っ切れ一枚に記された情報とは、所謂これから始まる夏休みに羽目を外し過ぎないようにという、この星の盛りのついた子供ガキ共に充てた子守りのようなしょーもない内容であって、先程から何故、このような集団から逸脱した行動こそが信条であると信じてやまないような野蛮娘が、そんなものをこれほどまで希求していたかが不可解であった。



 それにしても、この星の夏は暑い。

 制服の下から汗がじわじわと立ち昇ってくる。

 教室のカーテンの隙間から、遠い太陽が放つ眩しい熱が、容赦なく差し込んでくる。

 私は下半身に少しでも風を送り込むべく、布地を指先で掴んで机の下でパタパタとさせた。


 正直なところ──

 このスカートという独創的な服飾だけは、文明後進惑星にしては中々合理的な作りなので割と気に入っていた。



 ◆◇◆◇



『もしもし? 応答どうぞ! カナでございます。そちらはご無事ですか? ゾナお父様……ナナお母様……ラナお兄様……マナお姉様……ルナ姉……はいいや別に。てかふざけんな! こら! はよ助けにこい! お父様に軍の実験施設勝手に使ってたのバラすぞ! おい!』

 


 追ってくる小娘を何とか撒き、屋上で家族へ向けて通信を試みてみたが、どうやら今日も徒労に終わったようだ。

 王族は皆、常日頃から携帯を義務付けられている簡易型電磁波通信(ジキント)システムを両手に、私は深いため息を吐く。黒い光沢を放つその長方形の物質は地球ここには存在しないレアメタル。どれだけ宇宙最新の機器ガジェットがあろうが、こんなに宇宙の中心点から遠い、辺境の惑星の電波強度では何の意味もない。

 

 そもそも、こんなことになったのはルナ姉のせいなのだ。


 パルプ星随一とも称される天才的な頭脳を持つが、同時にその性格の悪さも比類なきものであり、他人、とくにわたくしが苦しんでいる姿を見るのが何よりの至福という、サイコパスの発明家……

 幼少期からその鬼畜極まりない数々の悪戯いたずらの憂き目に遭ってきたが、流石に今回ばかりはやり過ぎだ。



『カナちゃん……今日はあなたに、とっておきのサプライズがあるの……』


 

 ドアを開けてはそう言って近付いてきたルナ姉の手には、この宇宙に起こり得る出来事の全ての蓋然性がいぜんせいをランダムに撹拌かくはんし、不可能を可能にしてしまう「ルナたん特性ドッキリ・スイッチ第弐号機」が握られていた。



『やだよ押さないよ! 早くその、黒い光沢を放つ小型スイッチをどこかにしまえよ!』



 抵抗するわたくしに無理矢理スイッチを押させたその後──

 銀河系に穴が開いた。

 穴が開いた時間は正確には無限大分の一秒。

 穴の直径は十七歳の子供一人分。

 穴が空いた場所は私の丁度五ミリメートル後方。


 そして私は学校の宿題をやっている途中に、気付けば自分の部屋から地球こんなところへと飛ばされてきた訳だった。



「ああ? なんじゃワリャー!」



 気が付けば目の前にこのヤンキー小娘。校舎裏でどうやら一人、授業をサボっていたようだ。

 つい二秒前まで宿題を解くのに使っていた手元の端末で何とか多言語装置を起動させた後、たとたどしい発音でなんとかかくかくしかじかを説明した。



「マジで? ワシ、こう見えて昔から宇宙のことが大好きなんよ! ああ! まさか、ほんまの宇宙人にこうして出会えるとは! しょーもない切っ掛けでグレとったけど、人生捨てたもんじゃないわい! これなら好きなことの勉強も、もっと頑張ろかな? あっ、ワシ、ルミカ! よろしく!」



 すると私は小娘の手によってその日の「集会場所」へと連行され、絶滅危惧の少数のヤンキーたちの前で、その端末からパルプ星の誇る数々の科学技術を披露する羽目となったのだった。



「おい! お前次も来いや! そんで余っちょる制服貸しちゃるけえ! うちの''ヒロ高''に転校しにこいや! ちょうどアケミちゃんがこの前辞めたばっかじゃけえ! そんな銀色のヌメヌメした服着ちょらんで、地球で華の女子高生を楽しまんと!」



 ルミカと名乗るその小娘は、ギラついた笑顔で私にそう言った。



 そんな訳で私は日々、母星へ必死の救難信号を送りつつ、あのヤンキー小娘に追われる身となったのだ。

 そして一番、不可解だったのは──

 小娘がそんな世迷言を言った次の日には、気付けばわたくしはちゃんとその制服を着て、本当にその学校の転校生として1-Bの教室クラスのドアを叩いていたということだ。



 私は燦々と照り付ける太陽の下、屋上で胡座をかきながら思案に耽っていた。



『まさかとは思うが、これは……』



『そう。蓋然性がいぜんせい撹拌かくはんにより、あの子に''不可能性ドライブ''──あたしの''ルナたん特性ドッキリ・スイッチ第弐号機''の力が付与されてしまったようね……あなたが穴を通って、時空間を超えてきた余波のようなものよ』


 私は背後を首がもげる程の勢いで振り返った。

 そこには確かに、穴を潜り抜けてきたルナ姉がいたのだった。


『……なっ!』


『ごめん、遅くなった。この''ワープホール''の法則性を見付けるのに手間取ってね。本当はあのドッキリは試運転も兼ねてたんだけど、まさかあんたが穴に飲み込まれるとは思ってなかった。失敗失敗。さ……帰ろ、カナ。母さんたち心配してるから』


 長髪を掻き分けながらそう言って私に手を伸ばしてきたルナ姉は、何故だか少し半笑いだった。

 恐らくわたくしが、この野人惑星の一部の風俗に見られる、スカートとセーラー服という珍妙な格好をしていたせいだろう。


『……言いたいことは色々あるけど、利便性は高い! この服は……それに、正直デザインも可愛いと思う』


『……確かにそうみたいね。マジで、死ぬほどあっついんだもん。この星。流石は文明途上惑星、太陽光を調節するシールドさえ亜成層圏に設置されてないとは……さ、早くしてよ。お父さんも心配してるから』


 空中に浮かんでいる漆黒のワープホールの前で手招きをしているサイコパス姉に向かって、私は抗議の声を上げた。


『じゃあ、あいつは……ルミカはどうなんだよ?』


 ルナ姉は惚けた顔でこちらを覗き込んでいる。


『どうなるって……何が?』


『だから、''不可能を可能にしてしまうスイッチの力''が、付与されたんだろ?』



 するとルナ姉は吹き出した。

 何笑ってんだこの馬鹿。

 元はといえば全部お前のせいだろうが。



『そんなの一回きりだけよ。あなたがこんな辺境の地まで飛ばされてきた''不可能性''と、その子の妄想が見事に具象化した''不可能性''。丁度それらの事象が釣り合った結果がこれなんだから。さ、早く帰るよ。何遍も言わせないで』


 そして私はルナ姉に手を引かれ、遥か一万光年離れた銀河の果て──我が家のあるパルプ星へと帰っていった。



 ◆◇◆◇



 今日もなんの気なしに銀河は回っているのだが、未だにペラペラの端末に入力された情報を、いちいちホログラムとして一枚ずつ立体化してゆくという前時代的な作業はなくならない。


 モデルを務めるのは今回もわたくし自身。

 今度の新作は敢えてプリーツのない膝丈のスカートに、ブレザーのシルエットを参考にした上着。

 ライターや業界関係者たちも感嘆の声を上げる。

 なんて洗練されたデザイン。



 そしていつもの質疑応答へ。

 今日も毀誉褒貶きよほうへんの声が飛び交った。



『このとびきり可愛い服飾のデザインは何から発想を得たのか?』

『過去十年に渡り機能や利便性だけでない、信条や意思表示としてのファッションという概念をパルプ星に持ち込んだ改革者としての自覚』


『王女という立場でありながら、このような軽装をするのは時と場合によっては不適当ではないのか』

『これは惑星スリックに古来より伝わる民族衣装の模倣パクリではないのか』

『男性もスカートを穿いていいのか』

『スカートから下着が見えないようにはどうすればいいのか』



 コンベンションが終わり、わたくしは秘書と共にマスコミを避けながら会議室を後にした。

 ガニメデの巨大な宇宙入植地スペース・コロニーの窓には今日も種々多様な宇宙船が停泊しており、この宇宙連盟が主催する展覧会の大盛況ぶりを表していた。



 するとその中に、一つの見慣れない形の宇宙船が目に止まった。見たところ従来の恒星間放射ドライブではない、全くみたことのないタイプのエンジンが取り付けられている。

 そしてその側面には巨大なサーベルらしきマークが刻印されていた。



 わたくしはもしやと思い、秘書と一緒に手元の端末を開いて確認した。

 つい最近、宇宙連盟に加入した新興惑星──

 


 すると前方からコツコツと足音が聞こえてくる。

 見上げると、流れるように美しい、金色の艶を持つ長髪の女性が歩いてくる。

 銀色のヌメヌメしたスーツを身に纏い──

 あの数十年前に見たギラついた笑顔のままで──



『久しぶりじゃの、カナちゃん! やっぱそのスカート、最高に似合っちょるで!』



 わたくしは思わず吹き出し、今度は母国の惑星の言葉でそれに快く答えた。

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