96羽
真夏が来る前のじめっとした季節となり、今年はかなりの豪雨が立て続けに続いていた。藤ちゃんは身体が良くなったけれど、この時期になれば体調がすぐれないこともあり、今日は家でゆっくりしている。
純連と想は豪雨だとしても、何かを買ってくるようで、その一方賢介は催花ちゃんとデートらしい。
私は千花さんとある趣味をし始め、リビングで作業していると、藤ちゃんがよろよろになりながらリビングへと入ってくる。支えながらゆっくりとソファーへと行き、ゆっくりと藤ちゃんは座った。
「お水」
「ちょっと待ってて」
常温のお水を取り出して、夕哉さんがくれたマグカップに注ぎ、藤ちゃんに渡してあげる。それを少し飲み、私が隣に座ってあげると寄りかかった。
顔色も少し悪いような気がしておでこに触れてみると少し熱っぽさが出ている。
「千花さん、体温計持って来てください」
千花さんは救急箱を取り出し、そこから体温計を取り出してくれて、それを受け取った。藤ちゃんの脇に当ててピピッと鳴り、確認してみると微熱。これからぐんと上がるリスクを感じ、千花さんに病院へ連れてってもらった。
藤ちゃん着いたよと自家用の車椅子に乗せて、診察券を受付に渡し、待合室で待つ。以前、アメリカの先生に言われていた。身体が治っても、たまに発作のように熱が出るかも知れませんって。
鯨波さんと看護師さんの声が聞こえ、診察室へと入り、藤ちゃんをずっと見てきた主治医さんに診てもらう。すると藤ちゃんに聞いた。
「ちゃんと薬飲んでる?」
「飲んでる。あれ…?陽っちゃん、迂生、ちゃんと同じ時間に薬飲んでるよね?」
「はい。ちゃんと飲ませてます」
薬手帳とそれから薬持ってると聞かれ、鞄から薬手帳と薬を渡し、確認してもらうと、ちょっと席外すねと私たちに告げ、手帳を持ち行ってしまわれる。陽っちゃん、お水と言われ、持ってきたペットボトルのお水を渡してあげた。
少しして主治医さんが戻って来て、あることを私たちに告げた。
「藤太郎くんが飲んでた薬がビタミン剤と発覚した。至急、ちゃんとした薬を処方箋するから、それをしっかり飲めば元気を取り戻すよ」
「あの、ビダミン剤って…」
「わからない。どこですり替えられていたのかはこちらで判断はできないけれど、用心はしといたほうがいいかも知れない」
気をつけますと告げ、診察が終わり、このこと純連たちに報告しておかなければならない。なぜ今まで気づかなかったんだろうとつい会計を待っている間に藤ちゃんを抱きしめてしまう。
「陽っちゃん、迂生は大丈夫。これくらいでやられたりしないよ」
「私が藤ちゃんと離れちゃったせいでっ」
「んっもう。陽っちゃんは責任を感じる必要はないんだよ。アメリカにもちらほらと迂生を恨む人はいるって純連から言われてたから、もしかしたらって覚悟はしてた」
「藤ちゃんを失いたくない」
ありがとねと藤ちゃんに頭を撫でられ、会計番号出たよと言われたから、うんと立ち上がって車椅子を押そうとした時だった。入院中らしい雪とばったり会うことになる。
「雪…」
「ふうん。ここに入院していたとはねえ。どうしたの?」
「藤太郎に言うつもりはない。そっちこそ、どうした?」
「雪に言うつもりないよーだ。陽っちゃん、会計済ましてさっさと帰ろう。千花ちゃん、待ってるし」
本当は雪と話したいことがたくさんあるも、藤ちゃんの車椅子を押して、会計機で会計を済まし帰ろうと思った。そしたら雪が私の腕を掴み、藤ちゃんが立ちあがろとしている。
藤ちゃん座っててと目で合図をしていたら、いたーと病院内に響き渡った。そこにはまるさんがいて、何してるねんと雪の腕を引っ張るも、お前は誰だとまるさんの手を振り払う。
「ボス、いい加減病室戻れや!看護師さんが心配してるやで!春陽ちゃん、ボスと会ったこと昼秋はんに秘密やで。ほな」
ほらと雪の背中を押していき、病室へと戻って行く二人で、少しいつもの雪じゃないような気もした。なんだろうと少しモヤモヤするも車椅子を押し、千花さんの車で帰ることに。
家に戻り藤ちゃんがぐっすり寝たことで、スマホを取り出し催花ちゃんに雪の状況ってわかると送ってみる。
それから純連たちにさっきのことをメッセージで送ったら、すぐ既読がつき純連がびっくりするほどのスタンプが来て、ちゃんと処方されたと聞かれた。
ちゃんと処方されたから大丈夫だよと返信すると、すぐ帰るから詳しく教えてとあり、了解スタンプを送る。
薬を作れるとしたらシルバーウルフだとしても、雪はそれどころじゃない。だとすれば一体誰が藤ちゃんの薬をすり替えたのだろうか。この屋敷内にいる人間か、それとも侵入さえすり替えられたか。
夜一くんの仕業じゃなさそうだしと思っていても、夜一くんにメッセージを送ってみた。
夜一くん、ちょっと話したいことがあるんだけど、今どこにいる?
送信をしてもすぐ既読がつかなくて、返事を待っているとノックが聞こえた。誰だろうと扉をそっと開けたら、夜一くんだった。
「夜一くん」
「話したいことって何?」
藤ちゃんの部屋から一度出て、打ち明けると手にしていたタブレットで探してくれるみたい。少ししてあーと声を漏らしながら、ほいっとある映像を見せてくれる。
それは鯨波邸の敷地内で藤ちゃんの薬をすり替えている人物がいた。ただフードを深く被っており、誰が犯人なのかわからない。
「これって特定できる?」
「オッケー。ちょっと時間かかるから、藤太郎のそばにいてやって」
ありがとうと告げて私は藤ちゃんのそばに寄り添うことにした。
◇
春陽先輩が藤太郎の部屋に入ったのを確認し、俺様の部屋に戻ってため息が出る。いつかはばれるんじゃないかって思ってた。藤太郎がいなければ俺様の人生はうまく行っていたのかもしれないという邪心が生まれてて、ついやってしまったこと。
あの人も俺様がやったことを知っているはずなのに、俺様を生かしてるわけは夜瀬組を動かせるのは俺様しかいないと思っているから。
正直、組なんてどうでもいいし、俺様の夢を追いかけたい一心だった。俺様をこっち側にいさせるために、親父を殺したんだろう。なんなら、もう捕まってもいいやと思っていた時だ。
坊ちゃん、どうかされましたと扉の向こうから烏丸の声が聞こえ、烏丸には伝わっちまうんだなと扉を開ける。
「坊ちゃん」
「悪い。あのさ、烏丸。俺様っ」
なぜかふと涙が一気に出て、烏丸が包みながら俺様の部屋へと入り、扉が閉まった瞬間に泣き喚く。辛い、苦しいという感情が一気に溢れて、もう何もかも終わりにしたいと感じてしまった。
「坊ちゃん、辛いのなら、苦しいのなら、逃げてもいい。坊ちゃんは坊ちゃんのままでいいんですよ。夜瀬組は私が責任を持って引き継ぎます。坊ちゃんがやりたいことを、夢を、追いかけてください」
烏丸はずっと俺のそばにいてくれて、そしてどんな時でも味方になってくれていた烏丸。まるで烏丸が親父だったらどれだけ良かったんだろうと感じてしまうほどだ。
だいぶ楽になり、烏丸の馬鹿でかい手をどかして、ありがとなと鼻をかむ。
「烏丸、しばらくの間、組のことを頼む。俺様は中途半端で逃げたりはしない。必ず戻ってくる」
「承知。いつでも烏丸は坊ちゃんの帰りを待っていますぞ」
おうっと烏丸に笑顔を見せ、荷物を持ち俺様は一度鯨波邸から離れた。
◇
春陽、入りますと告げ、鯨波流史郎の寝室へと入る。いきなり呼ばれたから何かあるのかと思い、緊張感がありながら鯨波流史郎が座っているベッドの付近に寄った。
「春陽、藤太郎の報告を」
「はい。いつもの主治医に診察をしてもらったところ、薬がすり替えられていたことが判明しました。おそらくですが、夜一くんが犯した犯行かと」
「そうか。私を恨んでやったということか…。座りなさい」
はいと椅子に座り、あの時夜一くんの反応や仕草を見て、わかってしまった。薬をすり替えたのは夜一くんだってことを。鯨波流史郎はどう決断をするのだろうと返事を待っているとこう答える。
「夜一がそうなってしまったのは私が関係している。夜一の父親は息子ではなく常に私の意見を尊重した。そのせいで夜一は反抗期が続いていたということ。そしてあの日、ここで起きた時、死ぬ間際に言われたのだ。息子には自由な道を歩ませてほしいと」
「夜一くんには?」
「伝えてなどいない。言ったとしても、私の言葉は聞かないだろう。それに夜一の母親が急変した時も行かせなかったのだからな」
純連から聞いていた。夜一くんのお母さんは重い病で入院していて、一年前亡くなってしまったって。それから夜一くんがおかしくなったってそう言えばお兄ちゃんが言ってたな。
「夜一くんを罰するつもりですか?」
「私の頼みをよく聞いてくれた烏夜だ。それくらい願いを聞いてやるつもりでいる」
それなら良かったと安堵していたら、鯨波流史郎からあることを聞かれる。
「春陽、お前は藤太郎のプロポーズを受けた身であるが、実際は違うのだろう」
鋭いと感じながらも正直にはいと鯨波流史郎の目をちゃんとみて返事をした。やはりあいつかと少し笑っていて、夕哉さんのこと知っているのかなと思ってしまう。
「夕焼けのような藤太郎とは別格の光。昏籐夕哉。それがお前の想い人なのだな」
「なぜ夕哉さんのことを?」
「裏社会でも名は知っている。無論、顔もだ。夕哉が一途でお前を陰ながら守っていたこともな。この目で見ていた」
なんか恥ずかしいなと思いつつ、鯨波流史郎は少し笑って語ってくれる。
「二人は五歳差だというのにすぐ打ち明け、互いの夢を応援していた。春陽は警察官、夕哉は靴職人。そのやり取りを見ているだけでも、私は癒されていた。そこに藤太郎も混ざれば、どんなに幸せだったのか」
まあ一般に考えると誘拐犯とかストーカーってなるけど、それほど私を見ていたのだと知った。
「そんな時だ。私の癒しを奪った輩が二人を巻き込み、怒りが抑えられなくてな。この手で殺した」
そんな理由で人を殺められるって裏社会の人が恐怖でしかない。それでも私がここにいるのは別の理由だし、そんなに怖いというものはないのは、きっと藤ちゃんたちがいるからなんだろうな。
「春陽」
「はい」
「すまなかったと思っている。私の欲望でお前の人生をぶち壊してしまったことを」
まさか謝罪されるとは思わなくて、戸惑いつつもいえと答えた。
「これは私が選んだ道です。藤ちゃんのことが心配で、たとえ大切な人がいたとしても、私をずっと支えてくれたのは藤ちゃんが歌う曲に救われたから。だからせめて藤ちゃんが良くなるまでそばにいたいと思ったんです」
「私も藤太郎が歌う曲はどれも素晴らしいと感じている。特に朝夕という曲だ曲は純連と想が作り、歌詞は藤太郎が作っている」
「お聞きしてます」
「そうか。春陽、それでいつから記憶が戻っている?藤太郎に隠しているだろう?」
お兄ちゃんに伝えていたことがばれてしまったのと緊張が増していき、どうなんだと言われ答えるしかない。
「雪と久しぶりに会った時です…。キャットアイランドで再会した時に…」
やはり雪が鍵だったかと深いため息を出し、何を下されるのだううと鯨波流史郎の横顔をみる。やっぱり鯨波流史郎の表情は読みにくいと諦めていたら、私の手を握り始め再び私の方に向けた。
「春陽、ならわかるはずだ。お前の立場というのをな。お前は逃げることはできない定めなのだ。誰一人傷つけられたくなければ、私の言うことを聞いておきなさい」
歯向かいたい気持ちがあり言葉を発したい気持ち。あなたに屈するつもりはないと。けれどその勇気が押し潰され消えかかっている。
その理由は鯨波流史郎と昔交わした約束だった。
私が五歳の時…
あれは翠が海外に引っ越すことが決まった時で、私はショックのあまり三人でよく遊んでいた公園にいた。ブランコに乗りながら目の前にある石ころを蹴って、行ってほしくない感情を持っていた。
ずっと一緒にいるよと翠と約束したのに、こんなあっさり約束が破られるのが悔しくて、次第に涙が止まらなかった。
そんな時、はいっと私にハンカチをくれたのは藤ちゃんであり、その当時は子供だとしても異常なぐらい体が痩せていて、車椅子に乗っていた。それでも藤ちゃんは眩しいくらいな笑みを浮かべ、元気出してと言ってくれた。
私はその途端に涙がぴたりと止まり、つい藤ちゃんに言ってはいけない言葉をかけてしまう。
「なんでそんなにガリガリなの?他のみんなは元気に走り回ってる。なんで?」
まだわからなかった私にとって、藤ちゃんも子供だったから、わかんないやと寂しいような、悲しいような笑みへと切り替わった。お互い沈黙があったとしても、そこに登場したのが鯨波流史郎。
鯨波流史郎はどうしたと屈んで私と藤ちゃんの顔を交互に見始めた。そしたら私と藤ちゃんの頭を優しく触れ、もう少し大きくなったらわかるようになると言ってくれた。
「そうかな?」
「もちろんだ。お嬢ちゃんにお名前伝えてないだろう?いい機会だ。お友達になってもらいなさい」
「でも、お父さん。迂生は」
「いいじゃないか。すまないね。息子は基本、入院生活なんだが、今回は特別に外出許可が下りてな。ほら」
藤ちゃんはもじもじしていながらも、鯨波藤太郎と教えてくれて、私も名前を伝えた。追いかけっことか激しい運動ができないということで、その時はしりとりで遊んだり、藤ちゃんの夢を聞いたりしていた。
私も警察官になる夢を藤ちゃんに話し、藤ちゃんたちが帰る際。ちょうど四葉のクローバーを見つけて藤ちゃんに渡した。
「藤ちゃん、早く元気になって、今度はいっぱい遊ぼう」
「うん。陽っちゃんのために迂生、治療頑張って会いに行く。約束だよ」
うんっと藤ちゃんと指切りげんまんをして、藤ちゃんと鯨波流史郎が帰って行った。
何日かして紗良と遊んで鐘が鳴り、分かれ道で紗良と離れ家に帰ろうとした時だった。偶然と鯨波流史郎と出会い、警戒心を抱かず、こんばんはと挨拶する。
「こんばんは、陽羽ちゃん」
「今日は藤ちゃんいないの?」
「一生懸命に治療に励んでいる。しかしその治療がうまくいかないような気がしてな」
「そんな…」
藤ちゃんが一日でも早く元気になりますようにって何度も祈っても、その願いは届かないのかなとしゅんとしてしまった。すると鯨波流史郎はしゃがんで、ある提案を持ちかけた。
「藤太郎がよく陽羽ちゃんに会いたいって言うようになってな。藤太郎のために、力になってくれないか?」
「力?」
「そうだ。陽羽ちゃんの笑顔が藤太郎に勇気を与える。今はそばにいさせられなくとも、せめて写真を一枚撮ってもいいだろうか?」
その時、私は正直に藤ちゃんがよくなるならと答えてしまって、鯨波流史郎の罠に引っかかるとは思いもよらなかった。鯨波流史郎が言ったその言葉は、ずっと藤ちゃんに寄り添ってほしいという願いが秘められていたことを。
それを防いでくれていたのは紛れもなく、雪だったと知ったのは、キャットアイランドでシルバーウルフが拠点としていたところを歩いていた時に言われたことだった。
「陽羽、記憶もそうだが、鯨波流史郎に言われた言葉は、許嫁を意味していた。そこで僕がなんとか阻止しているが」
「思い出したよ、白髪お兄ちゃん」
その言葉でまるさんは笑いを必死に堪えていて、雪がまるさんを睨むからしっしと先に行かせた。
「僕があの場に入ったのも思い出したのか?」
「もちろん。雪がいなかったら、今頃私はもうあの人の手のひらで動いてたんだよね?あの時はありがとう」
「真昼とくっつけさせるがために、僕は動いていただけだ。ただあの人は次から次へと先手をいく。いつまで庇い切れるかはわからないから用心しておけ」
「白髪お兄ちゃんがそう言うなら、言うことは聞くけど、白髪お兄ちゃん」
その名はもうやめろと多少赤くなっていて、本当は嬉しいくせにと思いつつも話を進める。
「あの人が動き出すとなるとどのタイミングなの?」
「正直、シルバーウルフも情報が掴めていない状況だ。それに陽羽が入っているファンクラブはその」
「藤ちゃん。やっと夢が叶ってよかったって思ってる。けど雪。私は大事にしたい人がいるの。ただその人との思い出のピースがいくつかはまらなくて、思い出せないのはまだあるよ」
「しばらくはその想い人との思い出も胸にしまっておけ。良からぬことが起きるかもしれないからな。そうだとしても必ず救う準備はしておく」
そのつもりでいるよと建物に入り、新しい構成員もいるため事情を知らないからそこからは二人で演技をしていったな。
現在…
過去のことを思い出しながら、雪の言葉を信じて鯨波流史郎の手を握り返し伝える。
「私はこれからも藤ちゃんのそばにいますし、失望させることはしません。お義父様の言葉を聞きます」
「その言葉を裏切るなよ。なら私が求めているものはわかるな?」
はいと深く頷き、藤太郎に寄り添えと指示をもらって、退室すると賢介が難しそうな表情でいた。
「賢介?」
「春陽、本当にいいのか?」
「いいって何が?」
私が聞き返すと賢介は言いづらそうで、私のこと心配してくれているのだと知る。
「大丈夫。賢介は催花ちゃんのことだけを考えてればいいよ。それに覚悟はできてるから。じゃっ私、藤ちゃんの様子見に行くね」
そう告げここから先はもう後戻りができないとわかっていたとしても、夕哉さんやお兄ちゃんが助けに来てくれると信じ、藤ちゃんの様子を見に行くことに。




