73羽
数日が経ち、お兄ちゃんの容体も少しずつ回復して、真昼くんたちはというとトレーニングルームで体を鍛えていた。私もできるだけの体力をつけられるようにと、真昼くんのお父さんに指導をしてくれている。
私には情報は入っていないけれど、夕哉さんたち大丈夫だよね。そう思いながら少し休憩しようかと真昼くんのお父さんに言われ、休憩することに。
水分補給をとりタオルで汗を拭っていると、トレーニングルームまで悲鳴が聞こえた。何があったんだろうとタオルを首にかけて行こうとしたら、真昼くんのお父さんに止められてしまう。
「春陽ちゃんはここにいて」
「はい」
真昼くんのお父さんは走って行き、何があったんだろうか。少しして笑い声が聞こえるから、気になると待っていたら真昼くんと真昼くんのお父さんが戻って来た。
「春陽ちゃん、お待たせ。さっきの悲鳴はネズミがキッチンにいたらしくて、それで鶫が悲鳴をあげたんだよ」
「鶫さん、ネズミ苦手なの初耳で笑っちゃったよ。今度おもちゃでも置いてみようかな」
「やめておきな。この船が持たなくなるからね」
鶫がネズミ嫌いだと知れたとしても、誰もが驚くことだと思うけど、二人はネズミは平気のようだ。再開しようとしたら、今度は違う悲鳴が聞こえる。
今度は何と真昼くんのお父さんが様子を見に行き、今度は真昼くんは行かないようだった。
「春陽ちゃん少しは慣れた?」
「うん。帰ったら両親と話してお兄ちゃんと暮らそうと思う」
「みんな、きっと驚いちゃうんじゃないかな。ただ少し引っかかる部分があって。なんで春陽ちゃんを引き取ったのか」
「普通に引き取ったんじゃないのかな?」
違うと思うと真昼くんに言われてしまい、帰って来たらどんな状況で引き取ったのか知る必要がある。
「まあいずれ教えてくれると思うから、それまで待っていればいいと思う」
「話してくれるまで待ってみる。それに少し心配なことがあって」
「ん?」
「お姉ちゃん。実の姉妹じゃないってことを知った時、きっとショックを受けてたと思うの。それにほとんどの時間、お父さんもお母さんも私優先にしてくれてたから」
私だったらきっと家族から離れてたと思う。あそこに私の居場所、帰れる場所がないと感じちゃうから。それでもお姉ちゃんはお父さんとお母さんが大好きだから、家にいるのかは不明だ。
するとぜえぜえ言いながら、戻ってくる真昼くんのお父さんで、真昼くんが心配していた。
「父さん、大丈夫?」
「大丈夫じゃない。春陽ちゃん、今日はここまでにしよう」
「何かあったんですか?」
「それが、ねえ」
私と真昼くんが首を傾げていると、雪が鬼のような顔立ちでまるはどこだと目を光らせては、まるさんがいないことで違う部屋を探し始める。
「雪があんなに怒るのって」
「真昼がくれた物を壊したらしい。まるはそれで逃げ回っているということだよ。全く、こういうところは誰に似たんだか」
真昼くんがあげた物ってなんだろうと真昼くんの顔を見たら思い当たる節があるみたいだった。
「父さん、雪叔父さんを止めるには春陽ちゃんの力が必要かも知れません」
「そのほうがいいかも知れない。春陽ちゃん、ちょっと協力してくれる?」
「はい」
何をすればいいのかまだ聞いていないけれど、トレーニングルームを後にした。船内では雪さん落ち着いてくださいと声が響き渡る。そんなに怒らなくてもいいのではないのと思ってしまうほどだ。
まるさんは一体どこにいるんだろうと思いながらも、ある一室へと入った。そこはウォークインクローゼットのような部屋で、いろんな服やドレス等がある。
そこで真昼くんのお父さんが選んでいると、こっち来ないでとこの部屋に入って来たのは、くれのさんと叶恵ちゃんだった。
「ボス、なんとかして!」
「鶫もさっきのネズミで失神しちゃったからね。僕と真昼が止めておくからこれ春陽ちゃんに着付けしといて。多分これで多少は落ち着くと思うから」
くれのさんに水色と白のチャイナ風ドレスで、真昼くんは何をプレゼントしたのか想像がついてしまう。それでも雪の怒りが静まるならと真昼くんと真昼くんのお父さんが出た後、着付けを手伝ってもらった。
少し気になり、くれのさんと叶恵さんに聞いてみる。
「あの、雪があれほど怒る現況ってお二人は知っているんですか?」
「んー直接は聞いたことはないけど、粘土で作られたものがポックリいっちゃったみたい」
粘土で作ったものなら、真昼くんが幼少期の頃に作ったものなんだろうと感じた。着付けと髪型やメイクも手伝ってくれて、ささっと部屋を出る。
どこにいるんだろうと小走りで探していたら、真昼くんと真昼くんのお父さんに止められている雪を発見した。目の前にはまるさんがほんまにすまんと謝っている。
「まる許さん!」
「ほんまにすまへんって言ってるやろう!」
「あれは真昼が僕にくれたフィギュアだ!どこにも売ってはいない貴重なものをよくも」
フィギュアを作れるほどの才能を持っていたのとびっくりするも、雪と声をかける。すると雪は怒った顔でこちらを振り向くも、真昼くんと真昼くんのお父さんを突き飛ばしすぐこっちに来た。
「春陽、その格好よく似合っている」
「雪、あっちで庭散歩しよ」
ちゃんと笑顔作れているか分からずとも、雪の手を握ってとにかくまるさんから離れさせる。雪の機嫌をよくさせるにはどうしたらいいのかなと手を繋いだまま歩いていたら、いきなり雪が私を抱っこした。
「雪!?」
「庭まで多少距離がある。疲れるだろうから、そこまで運んでやろう」
そこまでしなくていいのにと思いながらも、雪はよっぽど嬉しかったのか鼻歌を歌い出す。さっきのこと忘れさせたいけど、部屋に戻ったらまた追いかけっことかにならないよね。
つい雪の服を強めに掴んでしまって、どうしたと聞かれる。正直に聞いちゃっていいのか、少々迷うも雪に伝えた。
「さっきのことなんだけど」
「あれは完璧にまるが悪い」
「そこまで怒らなくてもいいんじゃ」
「僕にとって大切な宝だった。真昼がくれた物は全て保管してある」
ならなぜよりによってここに持って来たのかが疑問だ。
「じゃあ大切なら持って来なくても?」
「大きなことを起こす時には常に持ち歩いている。まるはわかっていながらも、壊されたショックはでかい」
大きなことを起こす、つまりこれから大きな出来事が起きるってことなんだよね。
庭に到着し下ろしてもらって白黒のバラをゆっくり見ていく。
「雪、もし」
「それは聞きたくはないことだ。たとえ僕があのお方と会えたとしても、春陽に会わせるつもりはない」
「そうだとしても私のせいで誰かが死ぬのは見たくはないよ」
「そうならないために、かたをつける必要がある。春陽」
雪はポケットから何かを取り出し、それを私の首につけた。なくしたと思っていたもの。
「本物は別のところに保管してある。全く同じものを作ってもらった。おそらく春陽を狙い続けていたわけはこれと関係してる」
「これってなんの意味があるの?」
「鯨波流史郎を打ち滅ぼせるほどの情報が入っている。偽物は何も情報はないというか馬鹿げた情報を入れさせてもらった」
「本当に大丈夫?」
大丈夫だと雪は言うも、これが罠だとすぐ認識したら鯨波流史郎は黙っちゃいないと思う。それにお兄ちゃんが教えてくれてたこと。雪の奥さんとお子さんを取り戻したいという思いがあった。
雪には言えない。誰かの命が奪われるより、私が大人しく藤ちゃんのそばにいればいいってことを。そして雪の奥さんとお子さんを返してもらう。
きっと夕哉さんは何があっても、私を止めるだろうな。それでも誰一人奪わせないためにもこうするしかないんだと思う。
「ねえ雪、一つ約束してほしいの」
「なんだ?」
「もし最悪な状況になった時、私を鯨波流史郎のところへ連れてってほしい」
「そんなことはできない約束だ」
私はブンブンと首を横に振りながらお願いと雪の手を握り、これ以上自分を苦しめないでほしい。
「私はもう十分、幸せな時間を過ごせた。私のせいで、雪の奥さんとお子さんに会えてないんでしょ?」
「誰からそれを…?」
誰にも教えてないというような瞳をしていて、本当はお兄ちゃんから教えてもらったけれど、藤ちゃんから聞いたと嘘を吐く。
「私の命を守る代わりに奥さんを渡したんでしょ?だから最悪な状況になった場合、鯨波流史郎と会って交渉する。雪の大事な家族を返してもらわないと、そっち側につかないって」
「しかし」
「お願い。雪の幸せをこれ以上奪いたくない!」
雪はもの凄く戸惑ってた。奥さんもお子さんもどんな感じで過ごしているのかも私には分からない。それでも雪の幸せを奪い続けているのなら、終わらせる必要がある。
「春陽、僕のことを思ってくれてるのはありがたいことだ。だがその約束はできない」
「どうして?」
「約束を作ってしまったら、悪いことが必ず起き、その約束通りとなる。最悪な状況にならないように全力は出すつもりだ。僕のために感謝する」
私の頭をポンポンと触れる雪は切ない笑顔で、今でも泣き出しそうな表情だった。
◇
雪昼の様子を見ていたけれど、まさか春陽ちゃんからあんなことを言い出すとは僕もまるも驚いてしまった。責任を感じちゃっているのは確かなことで、そうならないことをただ祈るしかない。
「昼はん、さっきはほんまにすまへん」
「新しいの真昼に作らせてるから平気だよ。雪の婚約者だった小雪ちゃんとは何度か会ったことがあったけど、なんで中華風にこだわっていたのかも納得した」
「小雪はん、日本と中国のハーフやし、チャイナドレスがよう似合っていたんや」
通りで本領の建物が変わっていたのはそういうことで、お邪魔した時も中華料理が多かったのはそういうことだった。
「昼さん、どないします?あのままやったら、春陽ちゃん、しでかしそうで」
「簡単に春陽ちゃんは奪わせたりしない。それにそうなる前に、あの人を阻止すればいい話だけだ」
正直、僕たちが船で暮らしている期間に何か仕組まれていそうだから油断はできない。二人を見ていたら鶫がやって来て、外部から連絡が来たそうで、昏籐組が話をしたいそうだ。
「あとどれくらいの期間で戻る予定?」
「後二週間程度」
「会うから場所を指定してもらって。それから春陽ちゃんの育て親にも帰ることを告げて。名前は本名にするとも」
伝えとくと鶫は行き、いよいよかとまるに全員を呼んで着てもらい、今後について話すことに。
◇
陽羽が帰って来るまでの期間、シルバーウルフのボスたちと連絡が取れるまでは、普通に営業をしていた。姉貴はしばらく休ませるつもりだったものの、無理のない範囲内で仕事をしてくれている。帰って来た時点で臨時休業して、組を動かす予定でいた。
それにしても紗良から文句のメッセージが鳴り止まず、まさか星河教授に頼まれてハス喫茶店に行ったところ、店員としてハスキー犬の世話をしててほしいということだったそうだ。
もちろん店員はシルバーウルフのため、全員が出払う形となるからだそうで、やってられないと毎日メッセージをもらう。
今度気分転換で様子見に行ってあげるかとパソコンで作業をしていたら、親子がやって来る。靴を選んでいるからノートパソコンを閉じ、レジで待機した。
その親子は色白で子供はなぜか白髪に雪のゴムをつけている。どこかで見たようなとまじまじ見ていたら、母親と目が会ってしまった。
やばっと目を逸らしレジを眺めていると、これくださいと子供がスニーカーを置く。
レジ打ちをし値段を伝え、母親が代金を払い、お釣りを渡して母親はスニーカーを子供に渡し去って行った。そしてさっきもらった札に何かが張り付いていたから確認する。
マスキングテープに貼られてあったのは二つに折りたたんだメモらしきもの。綺麗にはがし内容を確認したら、こう書かれてあった。
ハス喫茶店でお待ちしてます、シルバーウルフのボスの婚約者よりとあり、つい腰を抜かしてしまうほどだ。あいつに婚約者いたのかよ。ん?てことは子供ってまさかとあいつに連絡したくても連絡先聞いてない。
とにかく姉貴に店番を頼みたいが、ここは光太に頼むかとスタッフルームに入った。
「光太、ちょっといいか?」
「なんでしょう?」
光太は姉貴の様子を見て一時期間、ここでスタッフとしてやらせている。
「ちょっと出かけてくるから店番頼む。それから姉貴に少し休憩するよう伝えて」
「了解です。お気をつけて」
普段着で行くか、それとも昏籐組としてスーツで行くか迷うも、普段着でいいかとそのまま裏口を出て、俺の車に乗った。駅前だから近くのパーキングを探し、ここかなと車を走らせる。
車を止めてスマホの地図でハス喫茶を探していると看板犬がいた。ここがハス喫茶かと中へ入ったら、紗良がいらっしゃいませと言うもんで、おうっと声を出す。
「夕哉、なんで」
「ちょっとな。えっと」
店内を見渡していると白髪の女の子が見え、席の方へと近づく。母親は席を立ち深々と頭を下げて、どうぞと向かいの席に座らせてもらった。
店員である紗良が俺に頼んでもいないアイスコーヒーを置くと、母親が紗良に告げる。
「すみません。しばらくこの子を見てていただけませんか?」
「あっはい。えっとお名前は?」
「雪恋って言うの!」
雪恋ちゃんは満面な笑みで教えてくれて、あっちで遊ぼっかと紗良は雪恋ちゃんを誘導し、少し離れたところで本題へと入った。
「なぜ俺に?」
「これをシルバーウルフのボスにお渡ししていただきたい」
すっと渡されたのは一通の手紙と少し大きめの包み。
「本人に直接お渡しすれば?」
「私は今の段階で雪昼に会えない。私はとある組織の妻としているから」
ちょっとどころじゃない複雑な事情を抱えていることを知り、お渡ししときますと告げる。
「お渡ししておきます。あのあの子は?」
「雪昼の娘。あの子は雪昼を父親と認識していないから、少し心が痛くて。ハス喫茶という喫茶店を見つけて、ハスキー犬に触れたかったのもある」
ここ、シルバーウルフが経営しているとはさすがに言えず、あることを言われる。
「私は春陽ちゃんの命を守るために、取引を受けた身。雪昼も春陽ちゃんを大事にしてたから」
「春陽ちゃん?」
「えぇ、いずれあなたの前に現れると思う。その時、春陽ちゃんに選択肢を誤ってほしくはないと告げてほしいの。きっと春陽ちゃんは雪昼のために自ら犠牲になってしまうかもしれない。なんとしてでも止めてほしいの」
「わかりました。春陽ちゃんに会いましたら、選択を誤らないよう伝えておきます」
お願いねと雪恋ちゃんの母親は紅茶を飲み、お母様と雪恋ちゃんが嬉しそうに手を振っていた。
「もう一つ、頼んでもいい?」
「はい」
「私と雪恋とハスキーを入れて写真を撮ってくれないかしら?それも雪昼に渡してほしいの」
わかりましたと立ち上がり写真を撮ってあげ、雪恋ちゃんの母親は時計を見て、そろそろ行かなきゃと雪恋ちゃんに伝える。
「また来ましょう。お父様がもうすぐで帰って来るわ」
「はい、お母様。わんわんバイバイ」
礼儀正しい子だなと感心しつつ、お代は俺が払っときますと伝え、少しの時間だったが話せて良かったのかもしれない。いなくなったことで翠がスタッフルームから店内へと出てきた。
「なんか切ない。ここシルバーウルフが経営している店なのに」
「知ってたんじゃないの?じゃなきゃあんなに」
「いや、あれはどう見ても知らない様子だった。それすら情報が入らないようになっているんだろ。シルバーウルフは?」
「全員いないしもう少し店員増やせって言いたいぐらいだよ。星河教授も全然連絡取れないし何してんだろう」
そこは透に聞いたほうが一番早いかもしれないな。一応、ここには寄って話はつけたが連絡がなかなか取れないとシルバーウルフの構成員言ってたっけ。
「ハスキーの散歩手伝おうか?」
「平気。それより、夕莉さんは?」
「玲のことあまり考えないように、仕事に没頭してる。一応、光太にそばにいるよう指示は出してあるから平気」
今度、玲を見かけたらきっちり話し合いたいところだが、きっと避けられる可能性もなくはない。メッセージを一応送ったけど既読すらつかなかった。
「玲、本当にあっち側についちゃったのかな。メッセージ送っても、電話しても無理だった」
「俺も。そういや翠、一つ聞いておきたいことがあったんだけどさ」
「何?」
「春陽って子知ってる?」
俺がその名を聞くともの凄く驚いているも、もちろんと即答しながらハスキー犬に触れる翠。
「裏社会では名を広ませていた暗殺一家、星霜家の娘、星霜春陽。陽羽の本当の名前だよ」
翠に言われた言葉がすぐ受け入れられなくて、紗良も言葉を失っていた。




