98話 瑪瑙の実力につき
『深海の舞』。瑪瑙ちゃんが最近覚えた高難度上級デバフ魔法だ。
その威力はシャークラーケンたちがその身を以て見せてくれていた。全員膝をつき、倒れ込まないように杖にしがみつく始末だ。
どのシャークラーケンたちも最低でもCランク、強いものはAランクにも達していると思われたが、たった一人の美少女に屈しようとしていた。
「ガッ、ググッ………魔法抵抗力は充分に高い我々にここまで威力のある弱体化魔法を食らわすとは……」
敵リーダーが震える手で杖にしがみつき、なんとか立ち上がろうとする。しかし耐えるのが精一杯で立つことが出来ずに苦悶のうめき声をあげる。
「雨屋家の天女でも、この魔法を使う人は今までほとんどいなかったけど、びっくりする威力だよ、ヨミちゃん」
使った本人が驚きの顔で言ってくるので、ブイサインでニカリと笑い返す。
「うん、さすがは瑪瑙ちゃん。舞踊魔法は敵の抵抗を貫くと聞いてたけど、ここまでなんだ」
雨屋家が直接的な強さを持たずとも大貴族である理由。たとえ魔人であっても逃れられない凶悪なデバフ。
なにしろ範囲魔法であるのに、通常の範囲魔法とは違い、敵だけを狙っている。エレメントたちも同じく地に落下して、今にも砕けそうだ。
彼らはマリアナ海溝よりも深い海の底にいるのと同じ環境にいると同義だ。圧壊するのも時間の問題。
「過去の天女たちでも使えなかった人がほとんどなのに、見事に発動してるよ! 瑪瑙ちゃんの踊りが深海を表現していたからだね!」
「うん、あんまり嬉しくないけどありがとう」
苦笑気味で浮かない顔の瑪瑙ちゃん。歴代最強とも言われるだろう力の片鱗を見せたのに嬉しくなさそうだ。
「ねぇ……ヨミちゃん。私、深海を表現できてた?」
「ブロブフイッシュにそっくりだったよ。顎を突き出してノベーって、寝そべるような姿とか」
「やっぱりこの舞踊魔法は封印しておくよ」
もじもじと聞いてくるので、褒めたらなぜか封印しておくことになっちゃった。深海の舞は『深海』を表現しなければならない。瑪瑙ちゃんは深海魚の演技をして深海を表現した。
ヨミちゃんたちの影に隠れて、手をバタバタさせて目をキョロキョロと動かし、顎をしゃくれさせて地面をのたうち回るような演技で深海魚を表現したのだ。見事、ブロブフィッシュにそっくりだったのに、なぜか怒っちゃった。
とはいえ、広範囲に発動した『深海の舞』により、もはや全てのシャークラーケンは動けない。ヨミちゃんたちの勝利だ。
「良くやってくれた、瑪瑙さん。この人たちは捕縛して警察に引き渡そう。しっかりと魔法封印もかけておくよ」
バトルの空気を打ち消して、爽やかな笑顔で鏡花が言ってくる。どうやら倒す気はないらしい。後ろで御雷がその言葉を聞き、しかめっ面だ。ふむふむ?
荒御魂が現れた時、瑪瑙ちゃんはチャンスとばかりにこっそりと踊り始めた。敵の注目が荒御魂に集まっている中で、鏡花たちも隙を見つけて攻撃してもおかしくないのに動かなかった。いや、動く気がなかった。
これはとってもおかしいことだ。ゲームやアニメではないのだ。スキあらば攻撃してもおかしくなかった。
この出来事はヨミちゃんノートにカキカキ書いておくよ。
月はここから反撃だと、よじよじと荒御魂の身体を登っていたけど、戦闘終了。荒御魂は可哀想だけどここで出番は終了───。
「ウヒャッ」
そんなわけがなかった。突如として大地震のように地面が揺れて、皆は這いつくばってしまう。
「わわわ、なにこれ? 精神集中が解けちゃうよ! 維持することができないかも」
「なにかが地下から出てくる! もうすこし頑張って、瑪瑙ちゃん」
慌てる瑪瑙ちゃんを叱咤して、地面からなにかが来るのを目を凝らして観察する。
ヒビが入った道路から、巨大な触手が突き出てきて、のたうち回るように辺りへと攻撃をしてくる。触手の太さは千年生きた大木のように太く、その質量によりマッチ棒みたいに木々は砕けていった。
騒然となり、慌てる生徒たち。もはや戦闘どころではない。
「皆、慌てないで避難するんだ。ここは危険だから、早く!」
リーダーシップを取り、鏡花が指示を出し、皆を落ち着ける。確かにすこし危険だ。
「ぬっはー! 危ないところであったが、形勢逆転だな!」
触手の上に乗っかって、敵リーダーが哄笑する。
「くっ、仕方がない。ここは散開してそれぞれ街を目指すんだ」
「僕が囮になる! 巨大な魔物を操るボスキャラ。くーっ、楽しげな夢にまで見たシチュエーション!」
「馬鹿を言うな、武。ここは私たちが魔法で敵の気を散らしつつ撤退だ!」
「そうだよ。テロリストは殲滅したから、後はでかいあの触手、いや、ワームだけだしね!」
囮になって、あわよくば倒そうとニヤニヤと笑う御雷を鏡花が怒る。無理矢理にでも連れて行こうと肩を掴むが、ヨミちゃんの一言で固まる。
「は? なにを言ってるんだい? テロリストたちは皆魔法から逃れたじゃないか?」
「え? あのリーダーで最後だよ?」
キョトンとして、指を触手の上に乗っている敵リーダーへと向ける。
「わ、ワレラハ……」
敵リーダーの頭が身体から離れると、得意な顔そのままに地面へと落ちていき、頭を無くした敵リーダーの後ろにいつの間にか荒御魂が立っていた。
みると他のシャークラーケンたちも首を綺麗に切られて転がっており、エレメントたちも魔石を残さずに消えている。
「動けないと言った瞬間には殺していきましたけどなにか?」
血塗られた手を軽く振り、返り血を綺麗に吹き飛ばすと、荒御魂はなんでもないように言う。隙を逃さないヨミちゃんなのだ。伏せの状態の敵を攻撃しないわけがない。うん、ヨミちゃんがこっそりと殲滅しました。
哀れ優秀なはずの魔人たちはなにもできずに皆死んだ。血と殺戮の人形遣いの前にホイホイと現れるほうがおかしいと思うんだよね。
「そ、そんな。彼らはテロリストの貴重な情報源だったんだぞ。人殺しになってしまう! やりすぎだっ!」
荒御魂を憎々し気に睨み、怒気を見せる鏡花。だけどその顔には慌てたように感じるのはヨミちゃんだけかな?
「おいおい、鏡花。あの蟻野郎の戦い方は正道な美学はないが、その容赦の無さは良いと思うぜ。あーゆーのは逃がすと面倒くさいことになるパターンも多いし」
ドヤ顔で荒御魂をフォローする御雷。鏡花は生かして捕まえたかったのだろうと思っている。御雷は白だな。演技ド下手だし。
周りの生徒たちを観察すると1割程度が狼狽している。中には青褪めている人もいる。これもヨミちゃんメモにカキカキしておこう。
「キシャアー!」
大音量で叫び声をあげて、触手が完全に姿を現す。それは巨大なミミズ。いや、ワームであった。
百メートルを超える図体は灰色の体色でその表皮にはびっしりと繊毛が触手のように生えており、伸び縮みして蠢動している。目も鼻もなく、その口はすり鉢状に牙がぞろりと生えて、瓦礫でも土でも木々でも壊れたバスだろうと口に入るものを全てすり潰していた。
巨大な魔物の中でも有名なジャイアントワームだ。イカの戦闘員が倒された後に本命が現れた模様。
エレメントと言い、ジャイアントワームと言い、敵の魔物使いは優秀らしい。
名乗りをあげる幹部がいるかなと蜘蛛人形を展開させるが誰もいない。用心深いのか、怖くなったのかはわからないけど残念。
『深海の舞!』
「もう次の魔法を使ってたのかい!?」
そして地面が激しく揺れているのに、神がかったバランス能力ですぐに適応してステップを踏んでブロブフィッシュの真似を見事にする瑪瑙ちゃん。ヨミちゃんの戦いから学習している頭の良い親友なのだ。
超水圧が超重力となって、ジャイアントワームを押し潰そうとするが、意外や意外。ジャイアントワームは耐えきり、多少動きを鈍らせただけで、ヨミちゃんたちへと襲いかかろうとしてくる。
「皆、逃げるんだ。あの魔物は普通のランクじゃないっ!」
再び皆を逃がそうとする鏡花。見上げてもその全容を見るのが難しい巨大なジャイアントワームは繊毛を触手として襲いかかろうとする。
「触手がっ! ………触手が?」
しかし、空中で触手はポトポトと落ちていき砂煙をあげて地面に転がっていく。その様子をポカンと口を開けて鏡花が顔を引きつらせる。
驚くのも無理はない。でも、放置したらいけない人を放置したのが悪い。
「見てっ! 荒御魂が触手を切っていくよ」
ノリノリのヨミちゃんが指差す先、ジャイアントワームの表皮を駆け巡る閃光があった。視認ができない残像しか目に映らない速度で荒御魂は駆けていく。
その手はプラズマを宿し、放電するエネルギーがまるで荒御魂を包むように光り、途上に生える触手を芝刈りでもするように刈っていく。
ジャイアントワームは切れた触手から緑色の血を吹き出して苦しみ、耐え難いのか残りの触手で荒御魂を攻撃するが、残像にしか当たらずに、その本体を傷つけることはできない。
「愚かだな、ジャイアントキングワーム。その速度では追いつけませんの!」
肩から落ちた月が荒御魂の腕にコアラのようにしがみつきながら叫ぶ。月の言うとおり、荒御魂の速度にジャイアントワームは追いつけない。ただひたすらに触手を切られていくだけだ。
「図体が大きくても、たったの百メートル。亜音速で走るわらわらに追いつけるわけないですの」
荒御魂は今の速度でもたったの百メートルくらいの距離なら数歩で走破してしまう。鈍重なジャイアントワームでは、ただの木偶同様である。わらわらは妾の派生っぽい。
触手がほとんど刈られて行き、血で緑色に染まるジャイアントワームは、遂に切り札を使う。その口を肉の花びらのように大きく広げて、荒御魂を呑みこもうとする。
「ジャイアントキリング、させてもらいますの」
それを見て、敢えて躱すこともせずに、荒御魂は肉の花に囚われる。口が花の蕾のように閉じていく。
だが、これこそ荒御魂の狙っていたことであった。
「プラズマ最大出力!」
ジャイアントワームの体内が大きく光り始めて、のたうち回る。
「これが荒御魂最大奥義!」
『サイクロンプラズマカッター!』
ジャイアントワームの体内から、長大なエネルギー刃が突き出てくると、大きく回転してその身体を輪切りにしながら、突き進む。
そうして、ジャイアントワームの身体が細かく切り裂かれると、荒御魂は飛び出して来て、皆を見下ろす。
「どうやら悪は去ったようだ。では、さらば!」
ポーズをとっても、現実では画面遷移しないので、シュタッと手を上げるとヒーロー荒御魂は去っていくのであった。
あんぐりと口を広げて、肩を落とす鏡花たちを残して。
海の始まりは、こうして波乱万丈に始まったのであった。




