97話 バスジャックにつき
ドシャリと縦に両断されたシャークラーケン。その肉体から血が流れ出て、シンと場が静まり返る。
目の前で起こったことに、敵味方とも驚くよりも呆然としてしまったのだ。
だが、敵の中でも後方に位置していたシャークラーケンが頭を振って気を取り直す。青白いイカの顔なのに、なぜか動揺したことがわかる。
「な、何者だっ! 副隊長をあっさりと殺すなど………」
「あそこだ!」
「あれか? あ、蟻の魔物? いや人なのか? あれは蟻なのか!?」
シャークラーケンたちが口々に焦りと怯えで騒ぐ中で、一人が木々の先端を指差す。
木の先端。細くか弱く激しい風が吹いただけでも折れそうな木の先端。そこには逆光を背に何者かが腕を組んで立っていた。
そのシルエットは逆光でよく見えずに、目を細めてなんとか正体を見ようと皆が注視する。
「非道なる実験を繰り返し、罪なき者たちを苦しめる。人々を屍として踏み台とする悪の結社『黄泉平坂』よ、このわら俺の姿を忘れちゃかっ!」
妾と言おうとして、慌てて俺と言い換える謎の人。ちょっと噛んじゃったけど聞き間違えにしてよねと気にすることなく、手を伸ばしてポーズをとる。
「何者だっ! 我らを『黄泉平坂』と知っているとは………。この計画が漏洩していたのか!」
「所詮、貴様らにとってはおらは道具の一つ。名前も覚えていないだろう。良いだろう、この名前を遠ければ耳を澄ませて、近ければ眺める? まぁ、何でも良いですの。名乗ろう!」
おらになった謎の人物。せっかく名乗りのセリフも練習したのに忘れちゃったらしい。
「俺は貴様らに苦しめられた者の一人。復讐のために蘇ってきた戦士。力の魔法使いと技の魔法使いに身体を改造してもらい、新たに電撃の力も手に入れた改造戦士あらみたみゃっ! 孤高の戦士、荒御魂っ!」
最後も噛んじゃったけど、軌道修正する荒御魂。逆光が薄れて、その姿が見える。
ツルリとした漆黒の外骨格。その外骨格は虫であり、宿る力が漆黒のオーラとなり、放電しているかのように青白い電気がバチバチと身体に纏う。武器はなにもなく素手であるが、その腕には一際高いマナが感じられた。
蟻の外骨格と鋭い爪、そして頭も牙が生えており、蟻である。
「改造戦士荒御魂だと! まさか魔獣石の実験体の一人か!」
「そのとおりだ! あの地獄からなんとか逃げた俺は貴様らに復讐を誓った。殺されたぴょんたのためにも、貴様らは絶対に倒す!」
なんだか耳が長くて鼻をスンスンさせている寂しいと死んじゃいそうなモフモフな名前である。どうして一味違う受けを狙おうとするのか。
「くっ、まさか脱走した奴の一人が現れるなどっ!? お前ら殺れっ!」
「はっ! 荒御魂とか言ったな、これでも喰らえ!」
『テンタクルズブレード』
隊長の命令に、周りのシャークラーケンたちが頷き、その背中に生える触手を放つ。名刀の切れ味を持つイカの触手がギラリと光り荒御魂へと襲いかかる。
数人分のシャークラーケンの触手が荒御魂を避けるようにその周囲に展開すると包み込むように振り下ろされる。
敵の能力がわからないために、逃さないように確実な戦法を選んだ模様。そこそこ連携の練習をしていたようだ。
「シャークラーケンの力を思い知りながら死ねっ!」
網のように形成されて、中の人間を細かくスライスしてしまう恐るべき攻撃。だが、荒御魂は冷静であり、動揺せずに両手を翳す。
両腕の装甲がガシャンと開き展開すると、機械腕の中に搭載されている透明な水晶が目に入る。
「これが貴様らを倒すために手に入れた新たなる力!」
水晶へとマナが流れ込み、透明な水晶の内部に青光りする電気が生まれる。
『プラズマハンド』
腕に宿る莫大なエネルギーがプラズマへと変換されて周囲を照らす。
「プラズマの力を受けよっ!」
『プラズマクラスター』
両手をクロスさせて眼前に迫る触手を前に収束させたプラズマを解放する。プラズマは瞬時に無数の蛇にも見える電撃となって、周囲へと放たれた。
空に放たれたプラズマが触手に触れた瞬間、触手は炎に包まれて燃えるのではなく、炭化して黒焦げになりポロポロと落ちていく。
「ギャッ」
「そんな」
「ゲソッ」
全ての触手が炭化して、そしてその威力は触手だけに留まらなかった。プラズマエネルギーは触手を伝わり炭化させていくと、シャークラーケンの本体まで這い巡り、その身体を燃やしてしまうのであった。
一言だけの断末魔の声をあげて、真っ赤に燃える松明のようにその身体が燃やされて、ヨロヨロと地面に力なく倒れ込む。
地面に倒れて、残り火のように燃えている仲間を見て、シャークラーケンたちは後退る。
「なっ! 雷耐性を持つこの身体が電撃で燃やされただと!」
ワナワナと身体を震わせて、声にも信じられないとの恐怖が混じり、敵のリーダーが叫ぶ。
「当然だ。そんな弱々しい電撃耐性でプラズマが防げるわけなきゃろう。プラズマは電撃でありながら、星をも燃やす超高熱のエネルギー。イカではいかんせん耐えられるわけがない!」
「くっ……あ、荒御魂。そんな力を持つ改造人間がいるとは!」
敵リーダーが歯噛みして、周りのシャークラーケンたちにも動揺が広がる。
そうなのだ。荒御魂はコロニーの技術と素材も加わって、大幅にパワーアップしたのである。
こんな感じ。
荒御魂
種族:マシンロイド
マナ:120/120
耐久力:280
筋力:225
魔力:120
スキル:鋭刃、プラズマウェポン
コロニー連合の持つプラズマウェポンをコンパクト化して搭載。そして、強化服の機械部分を加えてマナ合金で補強したために、その性能はAクラスに匹敵するといえるだろう。
そしてマジカルパペッティアの力と『繋』にて他世界との通路ができてたヨミちゃんの側にいると顕現できる月が荒御魂の肩にちこんと乗っかって、人形繰りの補正をしてくれる。まぁ、その殆どはセリフなんだけど。サポートしてくれなくても良かったかもしれないけど、ふんすふんすと楽しげな月に駄目とは言えなかったよ。
ヨミちゃんが操る人形だよ。マジカルパペッティアにより操作距離が45キロまで伸びたので、少し遠くに潜ませていたのだ。
「くっ、エレメントたちを前に出せ! エレメントたちにエネルギーを吸収させるのだ! 吸収したエネルギーを跳ね返してやれ!」
「ははっ!」
何人かのシャークラーケンがエレメントを操作しているのだろう。かなりのマナが感じられる杖を振り上げてエレメントたちへと命令を下す。
「ファイアエレメント、サンダーエレメント、前に出て敵の攻撃を吸収せよ! そして蟻人間など破壊せよ!」
人魂のような炎の塊と、放電する雷球が砲弾のような速さで空を飛ぶ。見た目と違い、かなりの機動力を持っているらしい。
滅多に見たこともないエレメントモンスター。ただ魔法を吸収するだけのスキル上げに使える硬いだけの魔物と思いきや、攻撃力もあるらしい。
『炎晶槍』
『雷晶槍』
空を飛ぶ中でその姿を水晶の槍へと変えると荒御魂の眼前に迫る。槍に纏う炎も雷も、触れたらただではすまなそうだ。
だが、荒御魂は片手を突き出すと構えをとる。片足の爪先だけを木の先端につけて、バランスを崩すことなく、肉薄する槍へと螺旋の動きで手を繰り出す。
炎の槍に右手で触れるとその横を軽く叩き、軌道をずらし浮き上がらせる。左手を宙を切るように振り下ろすと次に迫る雷槍を弾く。
空中で炎の水晶槍も雷の水晶槍も停止して、再び槍の先端を向けるべく体勢を立て直す。
しかし、荒御魂は脚を綺麗に伸ばすと、バレエのように振り上げる。炎の水晶槍はその半ばから蹴りの威力によりあっさりと折られて、地面に落ちていき、風にかき消された蝋燭の炎のように消滅していった。
身体を屈めて背中を逸らすと、雷の水晶槍がその頭上を通り過ぎていく。と、荒御魂は振り上げていた脚をくるりと回転させて、通り過ぎていく雷の水晶槍に振り下ろす。
カシャンと軽い音を立てて、雷の水晶槍も砕けてかききえる。
「相手になりませんの」
爪先立ちでも、枝が折れることも揺れることもすらなく、荒御魂は2体のエレメントたちを片付けると、体勢を戻す。類稀なバランス感覚と体術の持ち主だ。ヨミちゃんが操作すると、達人の域を超えるのだ。
「エレメントたちが打撃だけで破壊されただと!? そんな馬鹿な!」
「お前らにはわかるみゃい。このわら、俺のなかに宿る復讐と正義の力が!」
荒御魂が吠える敵リーダーへと顔を向ける。
「学生たちの乗るバスをバスジャックして、世界を支配せんとする黄泉平坂よ。天が許しても、この荒御魂が許さんっ!」
荒御魂の肩に乗る月が、それはもう楽しそうなふくふく顔でセリフを口にする。
『怪人によるバスジャックは夢に見たシチュエーションの一つですの!』
特撮ヒーローオタクな月の夢だったらしい。バスジャックをする怪人ってなんだよ。バスジャックから世界を支配する流れはヨミちゃんでも想像できないよ。
「とうっ!」
荒御魂が飛び降りて、敵リーダーへと向かう。頭を倒すのは基本だよね。
「させるかっ!」
『蜘蛛網』
「なぬっ!」
対抗し、白い蜘蛛網を生み出す敵リーダー。普通に魔法を使ってきたよ。そういや、こいつらの中身は魔法使いだったや。
「我らも支援するぞ!」
『魔法縄』
『刃網』
『粘着泡』
蜘蛛の網が落下する荒御魂に命中し、光る縄が雁字搦めにしてくる。その上に刃で作られた網が覆うと、触れるとセメントのように硬化する泡が付着する。
攻撃魔法ではなく、デバフから入るとはこのイカたち戦い慣れしている。敵の動きを止めてから、攻撃魔法を撃ち込むつもりだ。
格上の敵でもこれだけの阻害魔法で迎撃されれば倒されてしまうだろう。事実シャークラーケンたちは口から生える繊毛をウネウネと動かし喜びを表していた。
「トドメだっ! 炎と酸にて息の根を止めよ……なっ!」
しかし、勝利を確信した敵リーダーがトドメを指示する前に、大きな繭の姿となった荒御魂が動く。繭はピシリとヒビが入ると、一瞬で消えていった。
「残念ですの! この荒御魂の身体はマナ合金製。そんじょそこらの装甲とはわけがちがいます。抵抗力はカンストしてますのよ! 抵抗成功すれば消える魔法を選んだのは失敗ですの!」
起き上がった荒御魂が得意気に叫び、胸を張ったチビ月ロイドがバランスを崩して、肩からコロリンと落ちる。
「くっ、それならば消えない魔法で」
再度の指示を出そうとする敵リーダー。でも荒御魂に集中しすぎだ。
「準備はオーケーだよ。私の舞を見なさーい!」
こっそりと踊っていた瑪瑙ちゃんが舞踊魔法を発動する。
『深海の舞』
「ぐはぁっ!」
シャークラーケンたちは深海の水圧と光も差さぬ暗闇に襲われて、膝をつくのであった。




