96話 旅行は戦闘につき
エネルギーの奔流は空気を焦がし、纏う熱気だけで道路を溶かして向かってくる。光線が触れるか触れないかの距離なのに道路が溶けることから、超高熱だとわかる。しかも、道路は低位であるが魔法付与された舗装だ。魔法の力も高いことが推測できる。
正面から光線をまともに受ければ、装甲があるとはいえバス程度では炙られた発泡スチロールのようにくしゃくしゃに溶けて潰れるだろう。中にいる乗客を含めて。
しかし、弾けるように椅子からすぐさま立ち上がる少女がいた。天照鏡花だ。白金の髪を靡かせて、己の体内にあるマナを解放する。
「させるかっ! はぁぁぁっ!」
『天剣抜刀』
左手のひらに右手を突っ込むと、水面のように手のひらに潜り込み、剣を取り出して引き抜く。聖なる光にを纏う白金の聖剣。神秘的な意匠が彫られており、剣自体からとてつもない力を感じさせる。
そして、膨大なるマナを剣に込めると鏡花は突きを繰り出す。剣から鮮烈なる白光が放たれて、バスの前面を突き破り、向かってくるブラストへとぶつかりバチバチと火花を散らす。
バスの破壊された前部の金属片が飛び散る中で、お互いの光線が押し合うが、空中にて弾けると2つの光線は爆発的な衝撃波を生み出して霧散した。
「ひぇー! ボンネットが消えたぁ〜!」
「見晴らしを良くしてしまってすまない。新車種だと思ってくれると助かる」
運転手がバスの前部が消えてなくなり、風が吹き込み、見通しが良くなりすぎたために悲鳴をあげる。凛々しい表情で鏡花が微笑み、バスから飛び出すと、前を走行するシャークラーケンへと向かっていく。
「おのれ、天剣聖の天照鏡花だな!」
「何者かは知らぬが、逃げられると思わないことだっ!」
「我らは自然魔法派の『黄泉平坂』よ! その命頂く!」
「天剣聖の力を知らないようだねっ! その身で私の剣の冴えを見せてあげよう!」
剣を振るう鏡花に、触手を繰り出し対抗するシャークラーケン。剣と触手がぶつかり合い、火花を散らし激しい戦闘が始まる。
まったくもって、主人公キャラな少女である。相手は3人なのに、まったく怯むことなく、しかも恐るべき速さの剣の冴えで押してもいた。
なにせ、風切り音をたてて無数の触手が高速で飛んでくるのに、振るうその腕はブレたと思った瞬間には振り終えて、敵の触手を弾いている。
『天剣聖』。学園で大地と2分する最強クラスの魔人であると噂されているけど、その力は本物らしい。
だけど、その戦闘が終わるまで見守るわけにはいかない。なにせ、バスを挟み込んでいる左右のトラックの屋根には6人ずつシャークラーケンが乗っているのである。
しかもこちらへと杖を向けて、魔法を放つ準備をしている。
「まずいぞ。鏡花の攻撃に耐えられるなんて普通じゃねぇ。負けたら触手エンドだとか茶化すのはあとだ。この僕の真の力を……いや、ここは僕に任せて先にいけ……でもなく、うわぁ、大変だぁ?」
「このアホバカッ! さっさと周りを片付けるのよ!」
裏で動く主人公キャラを演りたい御雷の頭を重川が叩く。
「いてぇーな! わぁったよ、こ、こんな奴ら僕の相手にはならない! 来い、真なる雷よ、その身を剣に変えて、えーっと、なんだったかな……以下中略」
『雷鳴刀創造』
ガタゴトと揺れるバスの中で、慌てる人々が周りで騒ぐために、冷静に詠唱出来ずに慌てて魔法を発動する御雷。
適当な詠唱でも発動はするらしく、御雷の前に稲光が発して、雷を纏う3メートル近い剣身を持つ長大な刀が現れる。
「お前ら、伏せろぉーっ!」
『雷鳴竜殺車輪剣』
御雷が叫びながら、刀を掴む。慌てて伏せる皆を見たあとに、御雷は体を回転させて、横薙ぎに振るう。刀が稲光を纏い刀身を伸ばし、バスを横一文字に切り裂き、莫大なエネルギーが屋根を吹き飛ばす。
雷の刀身は左右の敵を薙ぎ払い、鏡花が戦闘している前方をも巻き込むと、大爆発を引き起こすのであった。
鏡花は後ろから迫る雷の斬撃を振り向くこともせずに、軽くジャンプをして背面飛びにて躱す。しかし、シャークラーケンたちは、その攻撃をまともに受けてトラックから落ちていく。
「見たか! 僕の真の力を。一撃でやっただろ。ふっ、たまたままぐれで偶然だったんだけどね」
もはや話に脈絡のない御雷。なにを言いたいのかなんとなくわかるけど、それどころではなさそう。
なにせバスの前面は無くなり、天井も吹き飛んだ。まだ動いているのが不思議なくらいにボロボロだ。
「バスが限界だから、飛び降りよう!」
「ヨミちゃん掴まって!」
瑪瑙ちゃんが中位身体強化を使うと、ヨミちゃんの身体をしっかりと抱きしめてバスから飛び降りる。
運転手も含めて、ヨミちゃん以外は身体強化を使って次々に飛び降りて、走行しているバスから難なく地面に着地する。全員無事にバスから降りて、誰もいなくなったバスは道路を暴走し止まることなくガードレールを超えて、崖下へと落ちていった。
同じく敵のトラックも崖下へと落ちていった。
さすがは選ばれた魔人たち。学園一年生でもその能力は高いね。
でも、今不自然なところがあったな。ヨミちゃんの目は誤魔化せないよ。
「ヨミちゃん大丈夫?」
「うん、大丈夫。助けてくれてありがとうね、瑪瑙ちゃん」
心配するふりをする瑪瑙ちゃんにニコリと微笑み返す。ヨミちゃんが本当は一人で対応できることを瑪瑙ちゃんは知ってるからね。
今回はできるだけ力を隠す方向にすると、この旅行に来る前に瑪瑙ちゃんとは話し合ったのだ。
「見てよっ! あいつら死んでない!」
ちょこちゃんが焦った顔で指差す先。
地面に転がったシャークラーケンたちは、紫紺のローブが多少焦げているだけで、ほとんど攻撃を受けることなく立ち上がってきた。
「な、僕の雷を喰らって無傷に近いだと!? しかも刀の斬撃も入っているはずなのに! なんだこいつら? 僕が禁忌の言葉を言ったからか?」
どうやら言ってはいけない言葉を口にした自覚はある模様。
「いや、どうやら私たちに対抗できる能力を持ってきたようだよ。天剣でも触手を斬れていない。まともに入った感触が何回かあったのにね」
御雷の隣に鏡花が来て、苦々しい顔でシャークラーケンを睨む。
御雷や鏡花の反応を見て、シャークラーケンたちは触手を揺らめかせて、可笑しそうに得意気に嗤う。
「フォフォフォ、そのとおりよ。この魔獣装『シャークラーケン』の身体は特別製。絶縁体に近い特異体で光魔法、雷属性を防ぎ、弾力性のある身体は斬撃を無効化するのだよ」
「くっ、やはりね。私たちを殺すことが目的か?」
「もちろんだ。不当に世界を支配する魔人たちを駆逐するのが、我ら『黄泉平坂』の崇高にして最終的な目的なのだからな」
完全に一番火力のある二人に対抗するための魔獣装らしい。まぁ、当たり前の話だけど……。
「見たところ、君たちも魔人。魔法を使ったことから、それはわかる。亜人の肉体を纏っているようだけど、私の目は誤魔化せないよ。君たちも『黄泉平坂』の理念に従えば、駆逐されるべきなのでは?」
「亜人では魔人には敵わぬ。毒を以て毒を制す。我らは全ての魔人を駆逐したあとに自死することを決意しているのだよ」
偉そうに胸を張るシャークラーケンだが、ヨウハ死ぬ気はゼロってことね。魔人の駆逐って、何千年必要なんだよ。
「随分と都合の良い教義だ。でも私たちも簡単にはやられない。得意な魔法が通じずとも、他の魔法で倒せば好いだけの話。それにここには多くの優れた魔法使いたちが揃っていることを忘れているのかな?」
「そのとおりだ! 俺たちを忘れるなよ」
「雷属性を減衰するなら、反対属性が弱点のはず」
「土属性なら任せろっ!」
護身用に持っているワンドを手に持ち、鏡花の仲間たちがワンドの先端にマナを集めて、魔法を発動する構えをとる。
高位魔人たちだから、充分に殺傷力のある上位魔法を使えることだろう。こちらは30人近く。相手は15人。普通に考えれば、勝てる確率は高そうだ。
普通に考えれば。
さて、この奇襲は本物なのかな。それとも自演? 本物の奇襲なら問題は難しくない。魔人を邪魔に思うテロリストなだけだ。
でも自演ならどうか? 鏡花と御雷はSクラス。その力を量産できる程度の魔獣装で防げるかな? 本気を出せば減衰など意味がないほどの破壊力を出せそうなんだけどね。
自演の場合面倒くさい。いくつかパターンが考えられるからだ。
単純なパターンが、この襲撃を乗り越えることでヨミちゃんたちに自分の強さを見せつけて、命を助けることにより恩をきせる。信頼と信用を感じさせて、自分の仲間にするのだ。これはヨミちゃん以外にも当てはまるので、一番確率の高い計画だ。
次がヨミちゃんの力を確認したいため。本当にEランクかを確認したいためなら、隠す方向なので問題はない。
最悪なのがヨミちゃんを殺すことが目的。邪魔な敵を殺すことが目的なわけ。ヨミちゃんでなくても、参加している人間で邪魔な奴を殺すためかもしれない。
ざっと推理しただけでも、これだけのパターンが考えられるけど……鏡花はともかくとして、御雷は素のように見えるんだよなぁ。
考え込むヨミちゃんを他所に、余裕の態度でテロリストは嗤う。
「もちろん考えているとも。さて、こいつらの相手はできるかな? 魔人の子供たちよ」
「なっ! エレメントモンスター!?」
森林から人魂のような塊が次々に現れる。その魔物たちを見て、生徒たちは信じられないと顔を驚愕に変える。
人魂のような塊は、赤、青、緑、この他にも多彩な色を持つ。ふわふわと浮いて、好戦的には見えない魔物だが───。
「まずいぞ。エレメントたちは自身と同じ属性魔法を吸収しちまう! 魔法が使えねーぞっ! エレメントモンスターはレア中のレアなのに、どうやって集めやがった!?」
「フォフォフォフォ。良く知っているな。さすがは学園の優等生たちよ。このエレメントたちは、魔法を吸収する。貴様らは近接攻撃だけで我らと戦わなくてはいけないのだ。さて、この魔獣装とまともに近接戦闘ができる者が何人いるかな?」
御雷が憎々し気に叫び、その声に満足そうにシャークラーケンは嗤いながら、余裕の態度で触手を揺らめかせる。自身の優位性に自信があるのだ。
「フォフォフォ。天剣聖と御雷以外で我らの触手と互角にアデ」
そして、その身体は縦にピシリと線が入ると分断して地面に転がった。
「なっ! なんだ、誰だっ!」
リーダーが倒されて血溜まりが広がり、敵が動揺で慌てて周りを見る。
「黄泉平坂よ。貴様らのバスジャックはこの俺が許しませんの」
どこからか声が響くと、何者かが飛び出して木の先端に立つのであった。




