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人形遣いの悪役令嬢 〜悪役なので、もちろん悪役をした分報酬はもらいます  作者: バッド
4章 旅行する悪役令嬢

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95/128

95話 海につき

 夏といえば、やはり海だ。燦々と陽射しが降り注ぎ、青い空に入道雲がもくもくと空に広がり、ヤッホーと叫んで、遠くからヤッホーと声が返ってくる。それが海である。最後は山かもしれない。


 海である、と言いながら前の世界でも海に行った記憶は一度もない。いつもベッドの中でテレビに映る海の光景を寂しく見ていたくらいだ。怠惰なので暑い中で外に出掛けるという選択肢はなかったのだ。


 だが、この世界では違う。ヨミちゃんは暑さの中でもはしゃげる能力マントを手にしたからだ。縫い直して作った日除けのマントはとっても涼しくて夏の陽射しの下でも問題ない。


「うーみーだー、うーみーだー。うーみーなんだー」


 バスに揺られて、キャッキャッと外を見ながらヨミちゃんソング海バージョンを口ずさむ。


 青い艷やかな髪をセミロングにして、空色の瞳で警戒心の強い仔猫のような美少女。眼力が強いが、力を抜くとフニャアと弱々しい目つきに変わる簡単に抱えることができる小柄な女の子。多元世界の同位体と融合できる能力の持ち主、未来では世界を救い、誰もが認める絶世の美女になる那月ヨミだ。


 窓を全開に開けて、入ってくる潮風に髪を靡かせて、花咲くような笑みを浮かべている。


「ヨミちゃんご機嫌だね! 私も楽しみだけど」

 

 隣に座る瑪瑙ちゃんが、ウキウキとした顔で外を眺めて相槌を打つ。窓の外には街と白い浜辺、そして青い海が広がっている。


 道路は整備されており、ここらへん一帯は治安が良い。なので最低限の装甲をつけた大型観光用バスだ。護衛車が前と後ろで走っているのが、治安は良いといっても油断はできないというこの世界の特徴を示している。


「うん、海ってプールよりも広いんだよね。水が流れているし、波もあるし、ウォータースライダーもあるんだよ。ヨミちゃんは勉強しました」


「にっしっしー、最後は海にはないかなぁ。ん、でもそれだとプールの方が楽しいのかも? ううん、海はそれだけじゃないし、海には海の良いところがあるしね〜」


 後ろの椅子に座る女の子、瑪瑙ちゃんのお友だち、能代のしろ跳子ちょうこ。あだ名はちょこ、緑髪のポニーテール、そばかすがチャームポイントで、ゲームで言う主人公の親友ポジションで情報屋のいたずらそうな笑みが似合う娘だ。


 恋愛ゲームだと、親友ポジションってサポートキャラだから便利で良いけど、現実だと怖い。なんでゲームだと攻略対象のスリーサイズや趣味はもちろんのこと、その気持ちまで数値化できて知っているんだろうね。爆弾を処理しないとやばいぜと言われると、ヒロインたちはハーレム希望なのか、全員ヤンデレなのかと疑うよ。きっと、エンディング後も恋人とは別に攻略対象とデートして最後は刺されるパターンである。


 ついつい理不尽な昔の美少女ゲームを思い出しちゃうヨミちゃんです。


 だって昔は疑問に思わなかったけど、今考えるとかなり怖いヒロインたちなんだもん。できるだけ目的のヒロイン以外とは面識を持たないようにするのが攻略のコツって、よくよく考えたら恐怖でしかないよ。


 長々と美少女ゲームのことを無駄に考えるヨミちゃんだけど、今は天照鏡花の招待を受けて、海に来ています。


 メンバーは鏡花のお友だちたち。重川鈴音、御雷武、能代跳子、我車九郎、その他大勢の選ばれたA、Bクラスの面々と、ヨミちゃんと瑪瑙ちゃんだ。


 高天ヶ原派のメンバーとも言える。とはいえ、ちょこちゃんと九郎は高天ヶ原派という訳ではなく、瑪瑙ちゃんのように誘われたらしい。高天ヶ原派に加入させたいメンバーが3割くらいはいるのかな?


 高天ヶ原派。魔人、神人、種族差別なく仲良く暮らしましょうという思想だ。魔人は神人の下で管理されるべきとの自然魔法派の『黄泉平坂』と思想は似ていないけど、大国からはこの2つは組んでいると聞いている。


 『黄泉平坂』は他の自然魔法派と違い、過激なテロを起こすし、裏では非合法な亜人作成や危険な魔道具を売るなど、犯罪組織とも言える組織である。


 高天ヶ原派と組んでいるとは思えないし、調べてもなにも出てこなかったけど、大国が忠告してくる理由があるに違いない。


 なので海の招待を受けて、ヨミちゃん自身が調べるつもりである。海で遊ぶのが4割、海の食べ物を食べるのが4割、調査が2割かな。


 海辺側には貿易や漁業のために結構トラムが通っている。そしてその中で人気のあるリゾート地に向かっている。しかもリゾート地の中でも、大貴族しか使えないプライベートビーチ付きの場所だ。さすがは種族平等を謳う高天ヶ原派。素晴らしいリゾート地を持っているんだこと。


「えっと、この先のリゾート地はアタミだっけ?」


「そだね〜。アタミは海あり、カジノあり、ダンジョンありの面白い場所だね。矢田伯爵の領地でかなり栄えている場所〜」


「カジノがあるんだ! もしかしてメタルな王の鎧とか売っているのかなぁ」


 メモ帳を開いて、これから向かう場所を教えてくれるちょこちゃん。そのセリフの中で、カジノと聞いて目を輝かしちゃう。楽しそうな場所だね。ヨミちゃんは俄然やる気になったよ。


「ほらほらお菓子持ってきたよ。クッキー、煎餅、チョコ、何でもあるよ。何を食べる?」


「きゃー、瑪瑙っち。あたしをヨミっちに食べさせるつもりなの? これが夏の魔力!」


 鉄板ネタなのだろう。頬を両手で挟んでいたずらそうに笑うちょこちゃん。


「え? ソンナコトシタラウミニシズムコトニナルカモ」


 だけど、瑪瑙ちゃんの目に闇が宿ったので、ちょこちゃんは冷や汗をかいてそっぽを向く。


「………このネタはやめておく。命が惜しいしね」


 楽しそうな二人である。ヨミちゃんもなにか会話に加わりたい。なにか話しかけてくれないかなぁ。


 こういうときにあるのが、軽い男から海で一緒に泳ごうぜーと声をかけられるパターンだ。けれども、どうしてか皆はヨミちゃんたちに近づいてこないし、期待する男子の姿がない。


「我車九郎君はどこにいるの? 参加しているよね?」


 こーゆーパターンで、うへへと話しかけてくるのが、九郎の役どころではないだろうか。でも、姿が見えないんだよね。


「あぁ、九郎っちなら前の車両に簀巻きにされているよ〜。瑪瑙っちが放り込んでいたのを見たから」


「もう対応済なんだ」


 ちょこちゃんは何でもないように肩をすくめる。なるほど、それは残念。バタバタコメディー展開を見たかったんだけど。


「大丈夫だよ、ヨミちゃん。あの変態は近づけないように私頑張るから! 今、ヨミちゃんに近づくと頭が絞まる孫悟空の使っていたキンコンカンとかいう頭輪も探しているし」


「きんこじね。あれは孫悟空だから大丈夫なのであって、頭が痛くなるほど締められたら人間は死んじゃうからね」


「それなら安心して使えるね。早く見つけないとなぁ」


 疑問なく明るい笑顔の瑪瑙ちゃん。どうやらきんこじが見つかったら、九郎は命が無くなりそうである。


「うっしっしっ、まぁ、ここはあたしたちだけで楽しもうよ」


「そうだね。で、ヨミちゃん、お菓子はなににする?」


「うーんと、チョコ?」


「ヨミっちはエッチだなぁ。しょうがない、ん〜、ゲフッ」


 ちょこちゃんがニヤニヤと唇を尖らせてキスの構えを取ると、瑪瑙ちゃんの手で麩菓子がその口に放り込まれる。夏の暑さに喉がカラカラになる麩菓子とは、容赦のないチョイスである。


「あ、あの、ぼきゅ、ジュースをく、配っているんですけど、なにか飲みませんか?」


 缶ジュースを詰めた籠を持った男の子が緊張した声音で話しかけてくる。見るとボサボサの前髪で目元を隠して、ぐるぐるメガネをかけた弱々しそうな空気を醸し出すパシリのような男の子だ。


「今日は虐められているけど、本当は強いキャラをやってるの、御雷君?」


「陰で活躍する実力者な。って、そーじゃーねーよ、ほら、気弱な男子に見えるだろ? もっと蔑んでいじめてこいよ」


 ムッとした顔で文句をいう御雷。相変わらず弱いふりをしたい厨二病の男の子である。これは不治の病かもしれない。どうして皆がその正体を知っているのに、弱者ムーブをしたいのかよくわからない。


「しょーがないなぁ。それじゃあ、ご希望に従って、オラオラ、この紙にサインしな〜。年棒千両で10年契約で那月ファンドで働きな〜」


「そうゆうのは虐めじゃねーよ! 現実的すぎる契約じゃねーか! 雨屋妹じゃだめだ。お前ら、なにかしてこいよ」


 契約書を用意しようとしたのに、なぜか怒られちゃった。


「えっと、それじゃあ魔道具のきんこじを探してください」


「あたしは誰を殺してもらおうかなぁ」


「あーあー、お前たちに聞いたのが間違いだった。もういいや、他の奴に話しかけるから───」


 ガッシャン


 ヨミちゃんたちでは望む答えがこないと察し、ふくれっ面で他へと行こうとする御雷だが、轟音が前方から響く。


「ん?」


「なに?」


「おー……?」


 バスの横へ、前方で走っていたはずの護衛車が飛んでいった。まるで紙くずみたいに軽々と空中を舞うと、地面にぶつかり潰れながら転がっていく。


 皆で呆然とその様子を見て、顔を見合わせる。なんで車が飛んでくるの?


「前方に魔物がいるぞ!」

「いや、あれは亜人じゃねーか?」

「杖を持ってるぞ! 魔人では?」


 前部に座る人たちが何やら慌てたように叫び、ヨミちゃんも慌てて窓から前方を見る。


 合流線から入ってきた大型トラックがバスの前を塞いで走っている。


 そして、その屋根にはローブ姿の人型が数人立っていた。


「あれは!?」


 見覚えがある姿。頭がイカになっており、背中からイカの触手を生やす化け物。その触手は鋭い刃のように陽射しの下で光っている。


 シャークラーケンだ。和の叔父と同じ姿である。しかも魔法の付与されたローブを着込み、節くれだった杖を手にしている。


「むむっ、やっぱり量産されちゃったか」


 舌打ちして歯噛みする。屏風のところで魔獣装の技術を止めたかったけど、やはり技術は漏洩されていたらしい。


「ヨミちゃん、隣にまたトラックが来るよ!」


 慌てたように叫ぶ瑪瑙ちゃん。見ると合流線からトラックが新たに2台走ってきていた。しかも、屋根にはシャークラーケンが何人も立っている。


「不当に人類を支配する魔人たちに死を!」


 前方を塞ぐシャークラーケンがその手に持つ杖にマナを集める。青白い光が収束していき、こちらへと向けてくる。


『ブラスト』


 そして、エネルギーの奔流が放たれて、ヨミちゃんたちの乗るバスへと向かってくるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >爆弾を処理しないとやばいぜと言われると、ヒロインたちはハーレム希望なのか、全員ヤンデレなのかと疑うよ >今考えるとかなり怖いヒロインたちなんだもん。できるだけ目的のヒロイン以外とは面識を持…
[一言] ボスが後のステージで雑魚になってるのはRPGの基本ですよね〜
[良い点]  バカンスを楽しむ間も無く襲撃イベント発生!(´⊙ω⊙`)最大派閥のお嬢様からのお誘いだったから『あーこれ新たに出て来たキャラを掘り下げる水着回だ』と呑気に構えていた読者も愕然、しかし騒動…
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