92話 同盟につき
このパーティー会場は暑い。何しろパーティー会場に着込んだ老若男女が集まっているからだ。しかも、召使いさんたちがトレイを持って飲み物を渡してきたり、コックがテーブルで料理を作っていたりする。
しかもしかも、魔道具の力を見せつけるためかエアコンもそんなに強くない。身体強化を使って、熱気渦巻くこの会場の高い室温を耐えているのではと疑うヨミちゃんです。
ヨミちゃんは身体強化は最低限しか使えない。なので、とっても暑い。
暑いのが嫌なヨミちゃんはぐったりだった。
なので、ヨミちゃんはウロウロと涼しむために会場を歩いていた。貴族たちはヨミちゃんを見ても空気のように気にせずに通り過ぎる。Eクラスの魔人であり、浪費癖のある悪役令嬢とは話す必要もないというところだろう。
「雨屋ヨミ嬢、ご挨拶をしてもよろしいかな?」
誰からも話しかけられないので、寂しく歩き続ける。
「雨屋家のヨミさんでしょうか、はじめまして」
「人違いです」
寂しいヨミちゃんは、でもとっても暑いのでうんざりしていた。誰かが話しかけてくるけど、ヨミちゃんは那月ヨミだから人違いだ。
飲み物を配っている召使いさんの裾を引っ張る。
「あの、ここのは全部食べてもいいんですか?」
「はい。そのとおりでございます」
「あの、……お土産に持って帰っても良いんですか?」
小脇に持ったタッパーを見せて、うるうると瞳を潤ませて尋ねると丁寧ながらも、召使いは蔑んだ顔になり頷く。
どうやらヨミちゃんの顔を知らない召使いさんらしい。口元も歪ませて見下ろしてくる。
「はい。奇跡的に参加できた小貴族の方々にはたまーに持ち帰る人がおりますが問題ありません。恥ずかしくないのであれば、ですが」
「本当に? 後から代金とか請求されませんか?」
「天照家はそんなにケチではありません。このような格好ですが、私は本家に使える天照家の分家でしてね。代金など請求しないと保証しますよ」
「わぁい。ありがとうございます。それじゃあ、何を持って帰ろうかな」
喜ぶヨミちゃんに、貧乏貴族かよと小声で呟く召使いさん。どうやら簡素なワンピースで来たことも理由らしい。
でも、お持ち帰り自由とはさすがは天照家。太っ腹だ。暑くて仕方なかったんだよ。
まずは周辺に涼しい風を生みだし、氷の樹を中心に作り出す貴重なる魔道具の氷のテーブルクロスを剥ぎ取る。魔法で常にひんやりしているテーブルクロスをマントのように羽織るとようやく涼しくなった。
氷の樹を杖代わりに持つと完璧だ。肩に担いで一息つく。ふにゃぁとヨミちゃんの可愛らしい顔が緩む。
「ふーっ、涼しくなった。こんなサウナみたいなところいられなかったよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん? なにかな?」
宙に浮いて周りを照らす宝石群も、ぴょんぴょんとジャンプしてゲットするとタッパーにシュート。宝石の掴み取りだねと、うさちゃんジャンプで次々と入れていく。
と、なぜかさっきの召使いさんが慌てて声をかけてきた。何かあったのかな?
「な、何をしているのですか?」
「持ち帰って良いと言うから、金目のものから持ち帰るんだよ。あ、氷のテーブルクロスをもう2、3枚ください」
「ふ、ふざけんなっ! どこの誰が魔道具を持ち帰るんだよ。常識をしれ、常識をっ!」
「ヨミちゃんの常識では、この会場の物は持ち帰って良いと言うことになりました」
ケロリとした顔で答えると、なぜか顔を真っ赤にして地団駄を踏む召使いさん。
「こ、小娘がっ! どこの家門の分家だ? 言いつけてやるぞ!」
「那月ヨミです。雨屋家の次女をやってます」
ニコリと微笑むと、なぜかギョッとした顔になり、青褪めて後退る召使いさん。こんなにも可愛い少女を見て、なんでそんな顔をするのかな。
「俺の息子が言っていた娘か! 魔法学園の序列をたった一ヶ月で破壊し、規則を崩壊させ、敵対する先生を借金地獄に陥れた魔幼女っ!」
魔幼女とは酷い。そしてなぜか風評被害。ちょっとお金が稼げたから、Cクラス以下の生徒たちの一部を味方につけただけだよ。そんで規則を少しずつ変えようと頑張っているところ。皆、意外と貧乏だったからね。どこかの先生はこの夏休みは魔物を狩り続けていると思います。
「も、申し訳ございません。ですが、それを持ち帰られると困るのです」
「えーっ。持ち帰れるだけ持ち帰る予定だったんだけど」
震え始める召使いさんに不満を示すが、まぁ、からかうのはこれくらいにするかな。あとは、それじゃあその代わりに料理をたくさん雨屋家へ送っておいてとお願いするだけだ。
ネゴシエーターヨミちゃんなのだ。ふふふ、この作戦は成功だね。おうちでのんびりパーティー、宴会、カラオケ大会決定だ。
「からかうのは止めたらどうだヨミ嬢」
と思ったら、ほくそ笑むヨミちゃんに誰かが口を挟んできた。
振り向くと、オールバックにしているスーツ姿の少年が立っていた。冷ややかな目つきに、口元だけは薄く笑っている。
「オールバックは似合わないね、大国君」
「そうだな。相変わらずと言いたいのだろう? 少し話があるので探していたのだ。テラスにいかないか?」
大国大地。この世界でも金持ちのボンボンはヨミちゃんの耳元に口を寄せてくる。
「ヨミ少佐にとっても、悪い話ではないと思うがね」
なかなか面白そうな話かも。ヨミちゃんを少佐と呼ぶなんてね。
◇
結局、氷の樹以外は全部戻して、テラスに向かうこととした。大国の話とやらに少し興味が出てきたのだ。
氷の樹を担いで、大国の後をぽてぽてとついていく。なぜか他の貴族たちは引きつった顔で近づいてこない。きっと大国大地を恐れているのだろう。ヨミちゃんの担ぐ氷の樹を見ているわけではないと思います。
テラスはガランとしており、誰もいなかった。テラスから見える庭は噴水がサラサラと流れており、花壇や木々は夜の星明かりの下でも美しかった。
「さて、話し合いの前に念話の魔道具を使わせてもらおう」
小さな宝珠のついた指輪を投げてくる。なるほど、珍しい魔道具を持っているんだこと。受け取ると、指で摘んでマナを流す。
それを見て、すぐに大国は念話を使ってきて、頭に声が響いてきた。
『話し合いをするには、指に嵌めたほうが楽だぞ?』
『ん〜。この世界の魔法というものにイマイチ慣れていないから、このままで良いや。で、なんのようかな?』
ピンと指輪を弾き、胡散臭い笑みの大国を冷めた目で見る。この指輪呪われてはいなさそうだけど、嵌めたら色々と罠がありそうだ。目の前に見える呪いよりも、えげつない罠はいくらでも仕掛けられることを知っている。
と、意外なことに愉快そうに大国は笑って返す。
『ふむ。あまりにも性格が違うので本当にヨミ少佐か自信がなかったのだが、その目、冷たい目、敵には容赦をしない視線がヨミ少佐だと信じさせてくれた』
どうして違うと考えたのかよく分からないけど、多分狐耳と尻尾を生やしていないからだろう。あとはそっくりだし。
『それはどーも。で、大国君はあの大国君で良いのかな?』
『そのとおりだ。一ヶ月と少し前にもう一つの前世も思い出してね。それに伴い聞き覚えのあるエネルギー物質が販売されるようになった。そして忘れられない名前もな』
薄笑いの大国は壁に寄りかかり、ヨミちゃんを見てくるが、気になることを口にした。
思い出したのは、ヨミちゃんが『蒼き世界』の大国を殺したからだろう。その記憶がこの世界の大国に移ったに違いない。
でも、もう一つの世界? そういえば、入学当時から転生うんぬんの噂があったな。大国もヨミちゃんと同じく同位体を吸収できるのか? いや……もしかして………。
『天才技師たる那月ヨミ少佐。君がマナタイト精製ファクトリーを建造したのだろう? 雨屋家を乗っ取ったか?』
考えるヨミちゃんへと大国は話を続けるが、なるほど、ヨミちゃんも『蒼き世界』からこの世界に転生したと思っているのか。そりゃそうか。普通は転生する前の世界とこの世界が繫がっているなんて思わないからね。
この勘違いは有用だからお口にチャックしておこうかな。
『だとすると、どうなるのかな? ヨミちゃんの秘密を言いふらすつもりかな?』
『そんなことはしないことは理解しているだろう? 転生者、転生者と学園では騒ぐ馬鹿がいるが、脳筋ばかりだ。エンジニアは誰一人おらず、この世界では強い魔法使いという括りに入るだけのつまらない存在。残念ながらこの私もだ。テレビ一つ作れない、普通の人間なのだ』
珍しく自身を卑下する大国に意外と思う。前の世界でも蒼き世界でも大国はプライドの塊で高慢で傲慢で脳筋だった。万能的に能力は高いけど、そんな人間は少ないながらも普通にいた事を認められない男であった。
『意外そうだな、ヨミ少佐。これでも学習能力はあってね。さすがに2つの世界で同じ死に方をして懲りない愚か者ではないのさ』
『2つの世界というのは気になるけど、たしかに死ななきゃ治らない病気が治ったようでなにより。大国君』
『ふっ、挑発しても無駄だ。私は文字通り2回生まれ変わった。記憶を取り戻した今、誰よりもその精神は高尚なものとなっていると言えよう』
悟ったような顔でヨミちゃんの挑発を受け流すが、その口調は得意げで、やはり大国なんだなぁと半眼になっちゃう。高尚な人間はそのことを口にしないんだよ。口にした途端に高尚から高慢に早変わりするんだよね。
『ヨミちゃんへの復讐と、また選民思想に凝り固まっているんじゃないの?』
『はっ、復讐などなんの意味もないし、ヨミ少佐と争う愚を知っている。それに選民思想などと……馬鹿馬鹿しいと今の私は知っている。どの世界でも結局は同じだ。その思想は結局は金と権力に潰される。ヨミ少佐側に親父がついたことからもそれは明らかだ』
鼻で笑い、忌々しそうに口元を歪める。悔しかったのだろうが、選民思想を捨てちゃうかぁ。意外。
『今の私は高尚な精神の持ち主だと言ったろう? 私は考え抜き一つの結論に辿り着いた。結局は愚民共は選民しても同じだと。ならば金と力で支配するだけだと』
全然高尚ではない。そのことにまったく気づかない大国は決め顔で膝をつくと、紳士のように恭しく手を差し出してくる。
『そこでだ。どうだろう、我々は常に同じ側にいながら、最後は決別し戦うこととなった。だが、それが失敗だったと今の私は痛いほど理解している』
この手は何かな?
『私の婚約者となれ。ヨミ少佐、いやヨミ嬢はその知識で金を稼げるだろう? 私には権力がある。2つが合わされば怖いものなどない。この国を、いや、ゆくゆくは世界を支配しようではないか。決して裏切らないと約束しよう』
『…………』
おかしいな。高尚の意味はこの世界では違うのかな。世界支配って高尚な精神の人間が行うことだっけ?
とはいえ、この提案、意外だけどたしかに利益はある。多元世界を元に戻すためにも権力は必要だ。手っ取り早いのが、たしかに大国と婚約することだろう。
うにゅにゅと迷い、ヨミちゃんが迷っていることに大国がニヤリと笑い───。
「お断りします! お付き合いは認めません!」
瑪瑙ちゃんの声がテラスに響くのであった。




