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人形遣いの悪役令嬢 〜悪役なので、もちろん悪役をした分報酬はもらいます  作者: バッド
3章 組織を作る悪役令嬢

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89話 大貴族

 ───夏。


 入道雲が空に浮かび、セミが忙しなく合唱をする。陽射しの下で大人たちは汗と愚痴を作り、子供たちは休みを堪能するべく、笑顔を浮かべる。


 初夏はすぎて、本格的な真夏に季節が移り変わろうとする中で、東京では夏の貴族会議が開催されていた。


 雨屋家の現当主である白雲は、久しぶりに夏の貴族会議に出席していた。大貴族と各地の大領主、財力と武力、そして権力を持った選ばれた者しか出席できない。たとえ23区の大貴族でも名前だけの雨屋家は呼ばれなかった。


 日本でも2大巨頭の一つ『天照区』の天照家の屋敷にて、会議は行われる。冬は残るトップである『大国区』の大国家の屋敷だ。


 長らく大貴族の中でもトップである天照家は、歴史の持つ厚みと輝きを持つ。それは屋敷一つとっても感じられる圧力を人に与えていた。


 髭を剃り、オールバックにしてシワ一つないスーツをピシリと着込み、身嗜みを整えた白雲はどこぞのマフィアのボスにも見える容姿となって、平然とした不敵な顔を懸命に作り、会議場の自席に悠然と座っていた。


 久しぶりに出席する貴族会議。普通の胆力の持ち主ならば、オロオロと落ち着きなく気弱になるか、ようやく貴族会議に呼ばれる立場となったかと浮かれているだろう。


 しかし白雲は呼ばれて当然であり、選ばれし貴族たちの中でも、我こそが王者といった風を皆へと見せていた。


「ふん。ドイツもイギリスも落ち着きがないようだな。……ここで洒落を入れるなヨミ」


 ワイングラスを手に持ち燻らせつつ、最後のセリフは音がないセリフで喉に付けた骨伝導通信機で伝える。


『やっぱりまずは不敵な悪役大貴族の姿を見せないとね! 軽いジョークからの敵味方を判断する作戦だよオーバー』


「皆戸惑ってるぞ。敵味方以前の問題だ。近づいて良いのかと遠巻きにされとる」


『それはいつものことだから問題はないね!』


 辛辣なるセリフが耳のピアス型インカムから聞こえてきて、不敵な顔を崩さないようになんとか我慢する。


 円卓を模した四人掛けのテーブルはまるで披露宴のようにいくつも設置されており、上座である奥のテーブルであればあるほど、自身の勢力が高いことを示している。最奥は3人席で、天照家、大国家、重川家当主が座っていた。


 雨屋家は6番目のテーブル。即ち、23区でも最下位との意味であるが、去年までは招待されもしなかったのだから、途轍もない躍進ということになるので、白雲は気にしなかった。


「雨屋殿、久しぶりの夏の大貴族会議。出席できたことが感無量なのでは? もう少し笑顔を見せても良いのですぞ」


 隣に座る木俣家の当主である中年のおっさんが軽いジョークといった口調で声をかけてくる。その口元は笑みではあるが、目は蔑みと警戒が混ざっている。


 最下位レベルのテーブルといえど、それでも大貴族。テーブルは大会議場にまだまだ設置されており、全体でいうと遥かに上位だ。なので、プライドも高い。


 昨年までは招待もされなかった落ちぶれていた雨屋家が急進しているのが、さぞかし妬ましいのだろう。他の区の貴族たちも好意的にはまったく見えない目つきをしている。


 しかし、そんな態度には慣れている白雲は肘をついて、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「俺の本来の椅子はもっと高いと思うのだがね。この席では満足できないので笑顔を見せることも難しいのだよ」


「なっ! ず、随分と自己評価を高くしたのですな。昨年まではこの会議でお顔を見なかったと思うのですが?」


 ふてぶてしい態度を見せる白雲へと、僅かに不愉快を顔に見せつつ木俣は嫌味を口にする。その言葉に、他の貴族たちも面白そうにニマニマと醜悪な笑みとなる。


 貴族の世界は弱肉強食。野生の世界よりも激しい争いをする。


 そのことを白雲は知っている。


 ───と、思っていた。だが、まだまた気楽であったらしい。


『もっと笑みを見せてパパ! 好きなご飯が夕食に出た時にみたいに! 自然に振る舞ってください。あくびをするのも良いかも!』


 娘からの指示は酷いものである。なんか父親が素で悪党顔に見えると言っている感じがする。まさかそんなはずはなかろうが。なにせ妻はいつもマーライオンみたいに凛々しくかっこいいと褒めてくれるし。マーライオンがなにかは調べたことはないが、ライオンの一種だろう。


 ヨミの演技指導は事細かにくる。娘はセリフから態度まで全てを指示してくる。


 この会議は大貴族たちが出席するものなので、招待状を見た時は出たくないと欠席しようとした。なにせ、大貴族たちは人の粗さがしはもちろんのこと、虎視眈々と利益を求めており、権謀術数、今日は同盟、明日は裏切り、油断できない疲れる人種なのだ。


 なので、マーライオンのように寝そべり、仮病を使おうとした。ベッドに寝そべり毛布にくるまり今年の夏はどこかに旅行に行こうかと、偶然にも会議と同じ日程としようとした。


 そうしたら小柄なライオンがぽてぽてと寝室に入ってきて、布団を剥ぎ取ったのだ。劇を演るつもりで、出席すれば良いよと。全ては脚本家にして監督さんなヨミちゃんが指示を出すから任せてねと。平坦な胸をぽすんと叩いて、自信満々に言ってくるので、娘の言う事ならばと渋々頷いたのだ。


「ふーっ、やれやれ。もちろん昨年までは出席できなかったな。しかし、その理由は少しばかり無理をして研究費用を出したからだ。それが他の貴族たちには困窮しているように見えたのだろう。だが、その研究の結果は出ていると思うがね。そこでクックと笑う」


 一言余計だったと内心で慌てるが、そこはクックと笑うことで誤魔化す。幸いなことに誰も最後の言葉に気づくことなく、眉を顰めてお互いに顔を見合わせる。


「………マナタイト。それにマナ合金でしたか? たしかに素晴らしい研究結果ですな。そのために困窮していたと?」


「ふむ……そのとおりだ。幸いなことに俺の手のひらで踊ってくれる春屋という道化もいたしな。見る目のない者たちは本当に雨屋家が困窮していると思っていてくれて助かった。邪魔をされずに研究に注力できたからな」


「見る目のない者たち………。随分と遠大な作戦を立てたものです。そのおかげで、我が区の魔石は大暴落ですぞ? それに魔鉄の値段もだだ下がりだ」


「競争社会とは面白いものだ。そうは思わないかね? 資本主義であれば金と力を持つ者が勝つと言うが、そこに技術力を付け加えようではないか」


 木俣が憎々しげに睨んでくるので、軽く手を振ると苦笑で返す。大変な損害が出ているのは簡単に予想がつく。


 娘から新たに売りに出す品物。マナタイトとマナ合金を見せてもらった時には、これからの利益よりも、他貴族たちの損害に青褪めたものだ。


 震え上がって止めるか、それとも少量を売りに出そうとお願いしたが、勢いに任せて市場を支配するのと、笑顔で答えてくるヨミはまったくそんなことには頓着しなかった。


 次の週にはコンテナ一箱分。その次の週にはコンテナ三箱とマナタイトの輸入量は増えていき、マナ合金も同等に貿易量が増えている。


 今は魔石と鉄を買い集めているので、今後もその量は増えていくだろう。既得権益が侵害どころか、滅ぼされようとする貴族たちの反発を考えなければ、今や銀行口座も宝物庫にも大量に大判小判が増えているので、雨屋家は絶頂期となっていると言っても過言でもない。


 もちろんのこと、侵入者も大量に増えていた。今のところ、暗殺者は来ていないが、地下シェルターにマナタイト精製工場を建造したと思われているため、整理券を配らなければ入れないほどに、産業スパイから人気があるスポットとなっている。


「この数カ月での我が家の利益がどれほど目減りしたか教えて差し上げたいですな。特に一番の利益となる中品質の魔石の値段がどれほど下がったか。決算は下方修正間違いなしですよ、お陰様でね」


「さようさよう、儂の区も大変な騒ぎになっとる。マナタイトの噂は真実であり、これからは魔石は原石となり、加工品であるマナタイトの時代となるとね。そりゃあ、大変な騒ぎだ。低品質魔石がマナタイトとなると、中品質魔石と同じマナを内包しているのだから。本来は低品質魔石の10倍の値段はするはずの中品質魔石が今や半分以下の値段だ」


 隣の貴族も同調して睨んでくる。そのとおりだと、他のテーブルに座っている貴族たちも同調の声をあげてくる。


 そうだろうとは白雲も内心で頷く。マナタイトを見た瞬間に、鈍い白雲でもこの結果となるのは火を見るよりも明らかであったのだ。


 この結果を予想しても、止まることのなかったヨミという新たなる家族の金剛石のような胆力には恐れ入る。


 このままでは弾劾となる雰囲気であったが───。


「あら、結界柱をより多く稼働できるようになって、私の領地はこれから開拓ができて助かります」


 救いの声が同じテーブルに座る最後の一人からあがる。


「そうですね。我が家は浄水装置のコストが大幅に下がりましたよ」

「魔物を弱める魔導具も展開できるようになりましたな」

「うちは平和でして、滅多に強い魔物が現れないので、魔石を購入しないといけなかったですが、費用が安くつくようになりましたからなぁ」


 魔導具を使用することにより利益をあげている貴族たちから擁護の声があがる。


 こっそりとヨミがそういった貴族たちへと優先的にマナタイトを売ったのだ。根回しであることを貴族たちは理解して、しっかりと助け舟を出してくれた。


「何を言っているのだ! このままでは雨屋家が経済の根幹を支配するぞ! それがわからないというのか!」


「とは言っても、魔石は仲介手数料が高いですからなぁ。どこかの貴族たちが間に挟まると特に高くなる」


「ぼったくりをしているとでも仰るか。無礼だぞ!」


 木俣が予想と違う展開に慌てるが、その答えは薄ら笑いであり、睨み合いの空気が醸し出されてくる。


 不穏なる空気となる中で、会場が騒然となってきて………。


「さて、会場も暖まってきたようさね! 楽しそうな雰囲気の中で悪いが会議を始めるとしようか」


 天照家の当主である老婆が席から立ち上がると、ニヤニヤと笑みを見せながら、会議開始の宣言をするのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「さて、会場も暖まってきたようさね! 楽しそうな雰囲気の中で悪いが会議を始めるとしようか」 >天照家の当主である老婆が席から立ち上がると、ニヤニヤと笑みを見せながら、会議開始の宣言をするの…
[一言] ヨミちゃん悪役黒幕令嬢だ!! お高いソファーにネグリジェで膝に猫を抱いて右手にジュース 左手にマナタイトで高笑いしてそう そして慣れない高笑いでむせるwww
[一言] 親すらも人形の如く操るとは悪役ですね!
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