86話 テレポートポータルにて
「ううむ……これがテレポートポータルか」
パパが目の前に設置された機械版ストーンヘンジを見て、判断が難しいと唸っていた。あの商隊は襲って大丈夫だろうかと判断を迷う山賊王みたいな感じである。
「ヨミちゃん、本当にこれが瞬間移動できる装置なのかしら?」
ママも判断に迷っており、あらあらと頬に手を添えて小首を傾げている。まぁ、普通はそうなるだろう。いきなり信じたら、少し素直すぎて詐欺にかからないか心配になるレベルだ。
「うわぁ、これが宇宙に連れてってくれるんだ! 早く行こうよ、ヨミちゃん!」
瑪瑙がテレポートポータルに近づいて、目を輝かせる。
親友は例外です。ヨミちゃんの言うことを信じてくれるのは信頼と信用があるからだよ。
雨屋家の屋敷地下にある大型シェルター。その大型シェルターの巨大貨物室にテレポートポータルは設置した。
大型シェルターを個人で持っているなんて、やっぱり大貴族は規格外の金持ちだ。奥行きだけで200メートルはあり、高さも数十メートルはありコンテナが積み重なってずらりと並んでいるのは壮観だった。
本来は魔物による襲撃で街が崩壊した際に、選ばれた人間だけが避難する場所だ。数年分は持つ食料品やその他物資が用意してあった。……貧乏な雨屋家は全部売って空のコンテナばかりだけどね。
その中心に設置されたテレポートポータルは淡く光り、蛍火のような光が粒子となって、空中を舞っている。
薄暗闇の貨物室の幻想的な光景は人々の目を奪い、思わずため息が出るほど美しい。
今いるメンバーは、雨屋家族、コロニー隊員、和。そしてヨミちゃんだ。
「復活せよ、邪神ドーシヨよ。その力で皆を幸せにしたまえー!」
もちろんヨミちゃんは、毛布をかぶり踊ってます。こーゆーシチュエーションって、ワクワクしちゃうよね。
小柄な身体をぴょんぴょんと飛び跳ねさせて、えっほえっほと楽しく踊るヨミちゃん。はしゃぎすぎて、毛布の裾を踏んでコテンと転がっちゃう。
「なにしてるのかなぁ、よーちゃん?」
「邪神復活の儀式だよ! なんか復活しそうじゃない?」
なぜかジト目となる和。なので、元気いっぱいにニパッと笑顔で答えると、疲れた感じでため息を吐く。なにかあったのかしら?
「まぁまぁ、ヨミちゃんはだいたいいつもこんな感じだよ。悪ノリする時はどこまでも波に乗るから、落ちるまで待つのがコツかな」
「そ、そうですねぇ。時折ついていけなくなりますぅ」
労るように和の肩を叩く瑪瑙ちゃん。なにか言いたいことがあるなら聞くよ? 隊員たちも、なぜ隊長はこんなに性格が変に……とか囁いているけど、狐耳と尻尾をつけるのは面倒だからスルーさせてほしい。
ともあれ、このメンバーでテレポートポータルの前にいるのは理由がある。どうしたって、コロニーに送る物資は膨大な量になるから隠しきれない。パパとママには伝えておかないとまずいのだ。
「うーん……コロニーの存在を隠匿していて良いのだろうか?」
「当たり前だよ、パパ。上客を捕まえたのに、他の商会に教える人はいないでしょ? ちょっとした交易のお客様だと考えれば、いつもどおりだよ。ほら、田舎の隠し里を見つけたとかそんな感じ」
迷うパパへと、ニコリと微笑む。
「ちょっとした交易の相手? 宇宙に住む人々との交易がか?」
「バレたら他の貴族から、山のようなちょっかいを受けると思うよ。戦争も起こるかも」
「よし、隠しておこう。ちょっと隠れ里を見つけて、交易をするぐらいだからな」
どうやら説得は成功した模様。ギラリと目を光らせて、お宝を見つけた山賊へと変わる。説得が効いて良かった良かった。
「それではテレポートポータル稼働。目標設定那月宇宙基地」
邪魔な毛布を捨てて、ヨミちゃんはぽてぽてとコンソールに向かう。記憶に従い、軽やかにコンソールを叩き、テレポートポータルを稼働させる。
「むむっ?」
体内のマナが急速に吸収されて、クラリとくる。エンジン部分に流し込んだらしい。これ、たぶんヨミちゃんのマナでないと稼働しない予感。
ウォンウオンと高音が響き、地面が微かに揺れる。そうして一際強い光を発すると、テレポートポータルは完全に稼働して、空間の裂け目が生まれ出る。その先には那月宇宙基地の貨物室が見えた。
「なんてことだ。本当に空間に裂け目が! ヨミのごっこ遊びだとばかり思ってたぞ」
驚くパパのセリフが少し変である。なんでごっこ遊びだと思ったのかな? ちょっと邪神復活を目論む神官の真似をしただけじゃん。
「では行ってきます」
アルファ隊が躊躇うことなく、空間の裂け目に入り、『蒼き惑星』の次元へと移動する。その動きは阻害されることなく、無事に辿り着いていた。
やっぱり隊員たちは問題ないか。本来は次元を超える大偉業。人類にとっては偉大な一歩だけど、彼の記憶には既に地球に来たとあるから驚くことはない。
「それじゃあ、私も入るねぇ」
どうやらSF大好きであった和が瞳を輝かせて、フンフンと鼻息荒く足早にテレポートポータルに入る。そうして空間の裂け目に近づき──。
「アイタッ! えぇ、どうしてぇ? 入れないよぉ。なんか弾かれるぅ」
壁にぶつかったようにゴチンと頭をぶつけて、悲しげに裂け目をペタペタと触る。裂け目は隊員たちがくぐった時とは違い、透明な壁が存在しているかのように中には入れない。
「やっぱりこうなったか……」
和が泣きそうな顔で裂け目を叩くけど、これは予想していたことだった。和はもしかしたら入れないんじゃないかと思ってたんだ。
「おや、俺も入れないな」
「あらあら私もねぇ」
パパとママも同様だった。裂け目が障壁となっている。
「え? 私は入れるよ?」
そして、瑪瑙は普通に潜り抜けることができて、不思議そうな顔をしていた。
原因は明らかだ。和も両親も『蒼き惑星』の世界にいるからだ。そのことを知っている。
瑪瑙は昔に事故で亡くなっている。それが那月ヨミの覚醒となるのは、月の世界と同じ流れである。
即ち……多次元同位体が存在する世界に、同じ存在が入ることはできない。ヨミちゃんの場合は存在を一つに融合しているから、また別枠である。
とはいえ、コロニーは他の世界ですとは言えないので、それっぽい言い訳をするかな。
「テレポートポータルは適正者しか通れないんだよ。和ちゃんたちは残念だけど、適正はなかったみたいだね」
秘技選ばれた人間のみしか使えない装置である説。これほど説得力のある理論もないだろう。適正者を選ぶ理論は企業秘密だからナイショで非公開だよ。
「そ、そんなぁ〜、なんとか入れる方法はないの? 私も入りたいよぉ」
「残念だけどないんだ。ごめんね。ちゃんとコロニーの写真とか、宇宙のようすを撮影してくるから我慢してね」
よしよしと頭を撫でてあげて慰める。まぁ、気持ちはわかるよ。私も同じ立場だったらショックは大きいから。
「うぅ、合成食料をお土産にたくさん持ってきてねぇ」
「和ちゃん基準だと、コロニーの人たちが餓死しちゃうから駄目。少しだけ持ってくるよ」
「約束だよぉ。楽しみに待っているからねぇ」
なんとか和を説得して、隊員たちに視線を向ける。
「コロニーに運ぶ魔石の用意はオーケーかな?」
「はい、準備オーケーです」
「たっぷりと詰めてきましたぜ」
笑顔で隊員たちが重そうな銀色のトランクケースを持ち上げてみせる。魔石が大量に中には入っているのだ。コロニーでは宝石よりも価値がある物である。
コロニーを救う物資だ。まぁ、一応の応急手当にしかならないけど、それでも期待は大きい。
「それじゃあ、出発!」
「了解!」
「俺っちも手伝うっすよ」
きりりとヨミちゃんが真面目な顔であるき出そうとすると、なんかへんなセリフが混じった。見るとブラボーリーダーの持つトランクケースを持ってあげて、石英が裂け目に半分身体を突っ込んていた。
────おかしいな。あの世界にはセイがいるんだけど……。
「どうしたっすか? 先に行ってますよ〜」
意気揚々と石英はするりと中に入っていった。胡乱げな目で今の光景にため息を吐く。
そっか、石英はセイと同位体と判断されなかったか。たしかにイケメンのセイと、髭もじゃの石英は存在が違いすぎる。たぶんセイは特殊配合でイケメンイケメンイケメンイケメンを配合してできた存在だと思うんだ。
「ま、いっか。それじゃあ、ヨミちゃんたちも入るよ〜」
捨てた毛布をかぶって、よちよちと裂け目を潜る。なんの抵抗もなく裂け目は通ることができて、那月宇宙基地の貨物室へと足を踏み入れる。
「ガオー! 地球からの怪物だぞ〜」
ウケを狙うヨミちゃんだ。ちっこい手を振り上げてよちよちと歩く。
手をあげて皆へと叫ぶ。なぜか恐怖の悲鳴はあがらずに沈黙だけがあった。シーンと静寂が広がる貨物室。
ずらりと並んでいた人々の中から疲れた表情で、白衣を着たルイス博士が前に出て困惑顔になる。
「ええと……ヨミ少佐。それはなんだ?」
「リラックスを狙ったお化け?」
「なにが地球であったんだ?」
「可愛いよね! 空気が軽くなったでしょ?」
「………あぁ、ヘリウムガス並みに軽くしてくれてありがとう。地球ジョークのお陰で歓迎ムードが台無しになったぞ」
肩を落とすルイス博士だけど、ヨミちゃんの気遣いがわからないなんて酷いなぁ。
「少佐は後で健康診断を精神科医から受けてもらうことにして、この異常を確認してもらった方が良いかと愚考します。貨物室の隔壁開け!」
世界が変更されて、人間として存在する銀髪の無口でクールそうなできる軍人風のカーラが真面目な顔で話に加わってくる。そして、部下に告げると、隔壁を開かせる。
空気保存障壁のあるコロニーは隔壁を開いて、その先が真空であっても問題はない。
漆黒の空間が広がって───。
「なるほど、凍った世界とはいい得て妙だね」
宇宙は凍結していた。少し先に出発して基地から離れようとしていた船がスラスターから噴射炎を出したまま宇宙空間に浮いている。
何隻ものタグボートが周囲で停止しており、パイロットの顔はピクリとも動かない。星の光も瞬くことなく、世界が那月宇宙基地を除いて停止していた。
その信じられない光景に、隊員や瑪瑙たちは言葉を失い驚いている。うん、ヨミちゃんもびっくりだ。予想していたとはいえ、こんなことになるなんてね。
「理由はわかるか、ヨミ少佐? 気づいたらこうなっていたんだ」
「……ルイス博士。この異変は既に予想していたよ。まずはブリーフィングルームにいこうか」
お遊びはここまでだ。ヨミちゃんの本気モードを見せちゃうよ。真剣な瞳になると、ヨミちゃんは毛布をかぶって作戦室へと向かうのであった。




