84話 夜中にて
混沌とした歓迎会が終わり、すっかり夜となって皆は就寝し、召使いもいなくなった丑三つ時。
那月ヨミは今回の事柄を整理すべく、先程の賑わいが嘘のような静まり返る食堂にいた。電灯はつけないで、暗闇の中で蝋燭のような炎を灯りとして点けていた。
その表情は今までにない程に真剣だ。この事象を説明するためには、一番簡単なのが手に入れた力を実証することだからである。
『繋』の力。それを初めて使用するために、鉄の棒を手にして、炎の中にスーッと触媒を流し込む。触媒をじっと見て、触媒が力に反応を始めたら、素早く取り上げて冷ます。
その繰り返しを延々と行い、暫く経って額にかいた汗を拭う。
次の段階はもう一つの触媒と合わせることだ。作った触媒の上に触媒を重ねていき、目的の物を作る。器用度が人外を超えて、機械よりも正確な動きを行えるヨミちゃんの腕前なら簡単なことだ。
しかし、結構な数を繰り返すので、その単純作業が少し面倒だった。
「ようやく完成したよ。これ結構大変だね」
呟きながら、完成品をテーブルに置く。結構な大きさとなったが、それくらいの方が検証するためには良いだろう。
点けていた炎を消して、完全な暗闇となる。代わりにランタン型懐中電灯を置くと、最小限の光量で灯りを点けた。
広々とした食堂にほんの僅かな灯りがつき、ヨミちゃんの顔を照らす。暗闇の中で、ホラー的な怖さを見せるが、くーるなヨミちゃんはそんなことを恐れない。毛布を頭から被ろうかなと、椅子に置いてある寝室から持ってきた毛布の裾を掴むくらいだ。
「それじゃあ、手に入れた『繋』の力を使おうかな。いや、『魔溜まり』かな」
すぅと息を吐くと、自らの体内へと意識を向ける。わかる、わかるのだ。己の中にある世界を繋ぐ糸。『蒼き世界』とこの世界を繋いでいる糸の存在が。
その糸はこの世界から膨大な量のマナを吸い出して『蒼き世界』に送り込んでいる。その量は人では耐えられぬ莫大なエネルギーを溢れんばかりに内包しており、自らを柱へと変えなければ、耐えられぬだろう。
いや、人間でなくとも無理だ。大陸を呑み込めるほどの強力な魔物であろうとも、惑星を燃やす力を持つ機械であっても。
他の『魔溜まり』の支配者たちは、自分たちの支配する世界へとマナを送り込むために、自らの存在を固定化している。崩れぬように肉体はもちろんのこと、その精神も魂すらも。
文字通り『柱』となっているのだ。神を数える単位は柱と言うが、まさに文字通りだ。
なぜならば、この世界のマナを送り込む時に、他の支配者たちは例えるならば手で湖からマナを掬って運んでいるようなものだ。強力すぎるマナの影響は支配者たちの存在も蝕む。
そして、手のひらから溢れ落ちるマナは、柱となった支配者たちの本能からくる生存本能で無意識に創造された魔物となる。
世界の理を変える万能なるエネルギーであるマナは簡単に意思に染まり、悪意の怪物となるのである。
「さて、少しばかり操って見るか」
『繋』の通路からちょびっとマナを掬い上げ、魔物を創造するように意識を送り込む。
マナがヨミちゃんの身体からコールタールのようにどろりと漏れ出すと、3つに分かれてスライムのように這っていき、椅子に集まる。そうして変形していくと、3つの人形へと姿を変えていった。
「………ちょっとこれ大変だよ。維持は無理かなぁ」
こめかみから汗が流れて、心臓が激しく鼓動を打つ。苦しくなって息を荒げてしまう。
「ヨミは妾と同じく完全に『繋』を維持していますの。でも、激流の中に手を突っ込むのはお勧めしませんわ。あまり多用しない方がよろしいでしょう」
一つの人形が肉を持ち、その姿を現す。
血と殺戮の人形遣いである那月ヨミへと。血に濡れたかのような真紅の瞳を持ち、その唇は薄く笑っている。
「そうでしゅね。おててが怪我しちゃいます」
「うん、やめておくべきコン」
残りの人形もその姿が変わり、那月ヨミとなる。この世界の本来の主である那月ヨミと、『蒼き世界』の那月ヨミだ。
力を失っているために、その背丈はちっこい。背丈は1メートルにも満たない。青い髪に、くりくりおめめ、可愛らしい幼女二人である。
それに加えて蒼き世界の那月ヨミは、なぜか狐耳と狐尻尾の玩具をつけていた。たぶん孤高の存在だからだろう。尻尾をフリフリと振るので、触って良いかなと、ヨミちゃんたちはそわそわしちゃう。
「それじゃあ、この世界の私はなんて呼ぶ?」
そっくりな絶世の美女たる四人なので、見分けつかないからね。
「んと、なっちゃんでお願いしましゅ」
この世界のヨミちゃんが胸を張る。
「あたちはコンちゃんでいいでしゅコン」
幼女となって精神も幼くなったヨミちゃんが尻尾を振る。
「妾は月のままでよろしいですの」
『血と殺戮の人形遣い』であるヨミちゃんが腕を組むと笑う。
多世界に存在したはずの四人の絶世の美女がそこには存在した。将来的に絶世の美女だから表現はあっているよね。
魔石に人の存在を移したけど、一時的だから少ししたら肉体は消えてしまうだろう。まぁ、話し合いにはちょうどよい。精神世界での話し合いは嫌って、皆駄々をこねるんだもん。
「それじゃあ、秘密の会議を始めよう。えっと、蒼き世界のマナが枯渇していた状況、ゲームを始める前にいた私の世界、そして、この世界の成り立ちを考えて、めーたんてーヨミちゃんは、答えを求めました。それがこれ」
テーブルにドデンと乗っている世界の模型。頑張って作ったのだ。薄い皮が何枚も重なっており、一つの大きな塊となっていた。
「見ての通り、これが世界。平行世界の塊と言って良いかな。この重なった薄い皮の中にそれぞれの世界が存在する」
「へーこー世界でしゅか。なりゅほど」
フンフンと頷いて、テーブルに乗っかろうとするなっちゃん。どうやらヨミちゃんの作った平行世界の模型に興味津々らしい。顔を突っ込みそうなほど、近づくので月が裾を引っ張り押し留める。よだれ落とさないでね。
「平行世界か。なりゅほどコン。わかりやすいでしゅね」
あたちも模型見てみたいと、よじよじテーブルに乗ってコンちゃんも顔を近づけるので、その首裾を掴んでおく。
「本来はそれぞれの世界は認識もできないし、その世界へと繋がる通路もなかったんだ。世界は構成するマナの力により維持されて存在していた。これがマナということになる」
積み重なった薄い皮の間にはマナの代わりに触媒を塗ってある。
「マナでしゅか。なりゅほど」
「甘いでコン」
「じゅるい! あたちもマナを舐めりゅ!」
コンちゃんが人差し指を模型に突っ込んで、塗った触媒を舐めると、なっちゃんも人差し指を突っ込むとぺろりと舐めちゃう。
「もー、模型を舐めたら駄目! 話を進めるよ」
もう一口と手を伸ばす二人の手を軽く叩く。我慢できない二人だなぁ。幼女化が激しい。
「こうして平行世界は成り立っていたんだけど、マナの力で繁栄している一つの世界がろくでもないことを考えた。今ある世界のマナだけでは足りないと考えて、他の世界からマナを持ち出そうと思ってたんだ」
「この世界の古代文明ですわね。マナで繁栄していた世界。そして………」
月が模型を見ながら、嘆息する。
「うん、他の世界と融合させたために滅んだ先史文明。この世界の文明が問題だったんだ。この世界は有り様を変えた。こういうふうにね」
ナイフを取り出すと、模型の真ん中に振り下ろす。トンと綺麗に斬られた模型の真ん中に薄皮を縦に挟む。
「彼等は平行世界の意味を取り違えていた。もう一つの世界と接続できるようにしたいだけだったんだ。一つ世界と接続してマナを吸い取る壮大で愚かな試み。───でも、平行世界とは無数にあるんだ。彼らの目論見は外れて、一つの世界ではなく、無数の世界と接続することになってしまった」
「なりゅほど。全ての世界と接続ちて、全ての世界からマナを吸い取る結果となったんでしゅね」
「そうだ。で、もはや制御不可能な無限のマナがこの世界に吸収されて、爆発的なマナエネルギーにより見事世界は滅んだわけ」
「わかりにくいから、もっと切って欲しいコン」
「大きめに切ってくださいですの」
コンちゃんと月が目を輝すけど、まだ駄目〜。
「この世界にマナが集まり、崩壊したことは自己責任だから仕方ない。問題はマナを吸収されてしまった他の多元世界となる。マナが無くなったらどうなるの、月?」
「マナは創造のエネルギーであり、世界を構成する物ですの。それは物質、精神、時間すらも司っています。完全に枯渇したら……その世界は滅びるのではなく、停止します。ガソリンが切れた車のように完全に。凍りついたように」
肩を竦めて、月がヨミちゃんへと視線を送る。うん、わかっていた。推測からだけどね。蒼き世界は停止しているんだろう。
「あたちの世界のマナが枯渇し始めたのは、この世界にマナが持っていかれたからでしゅのね」
コンちゃんが苦々しい顔となる。マナが枯渇する原因がいくら調べてもわからなかったのだろうから、悔しいに違いない。早く模型を食べたいと思っているわけじゃないと思います。
「そうなんだよ。しかし一気にマナが吸収されるわけじゃない。少しずつ吸い出される。そうしてマナが尽き始めると、そのそれぞれの世界の神とも言える力を持つ支配者たちは、そのことに気づいた」
「慌てて、奪われたマナを取り戻すために世界に通路を作りましたの。でも他世界へと通路を作り、マナを取り返すのは、支配者たちの神の如き力を以てしても無理があります。なので柱へと存在を固定化させてマナを汲みだすことにしました」
───それが『繋』。世界を維持するためのか細い糸だ。
「汲みだされるマナから溢れるマナが『魔溜まり』となる。支配者達が『繋』を維持するための兵士にして、マナを奪い取ったこの世界を滅ぼそうとする尖兵。それが魔物だ。敵のほとんどが魔物なのは、人では神に至る力を持てなかったからでしょう?」
「人類が存在する世界自体が天文学的に少ないこともありますの。人類が存在する世界って奇跡のようなものですのよ」
月がつまらなそうに息を吐く。なるほど。そういう理由もあったのか。だから魔物ばかりだったのか。
「なので『繋』を大きくして、マナをより多く汲みだそうと支配者たちは頑張ります。もちろん妾も。ただ、妾やヨミは『完全魔法操作』があるので、マナを完璧に一滴すらも漏らさずに汲みだしています。なので『魔溜まり』はなく、粛々と密かにマナを奪い返せます」
月がよーえんにフフッと嗤う。『繋』の意味。それは世界の命運をかけた物であったのだ。
「………ヨミちゃんをこの世界に送り込んだ男は、この状況を解放してもらおうと考えているんだろう。自分たちの世界が凍結するの防ぐために」
───エンディングを目指せ。それは充分なマナを元の世界に持ち帰れという意味か、それとも───。
「どうすれば良いのかはわからない。まだまだわからないことも多い。でも目ざすべきエンディングは見えたかもね」
『パラドックスマジック』。この世界の現状を知っていたな、伊崎め。
内部を手元でくるりと返すと、縦に挟んである皮へと突き刺し、ヨミちゃんはニヤリと嗤うのだった。
◇
「模型はもうつかわないでしゅよね! あたちおおきめー!」
「よんとーぶんでお願いしますコン」
「妾も食べますの」
「りょうかーい」
そして、使い終わったミルフィーユはスタッフ一同が美味しく食べました。とっても美味しかったです。
 




