83話 新たなる住人にて
とっぷりと夜もふけて、ヨミちゃんたちはお家に帰宅していた。ホーホーとフクロウが鳴き、コンコンと狐が走り回る夜。なんとか疲れた身体を引きずって帰ってきたのだ。
もちろん和も一緒だ。着替えやらなにやらを適当に持ってきて、雨屋の屋敷についてきた。
「よろしくお願いしますぅ。えっと、座式和といいます。今日からお世話になりますねぇ」
挨拶のために食堂にて皆で集まり、和はペコリと頭を下げる。
歓迎会を急遽開くことになったのだ。和とヨミちゃんが通りすがりにスカウトした冒険者たち。
食堂に集まった瑪瑙ちゃんたち雨屋家族、タイボックチームに和と新たなる冒険者たち。
「おぉ、話は聞いている。君は那月ファンドの社員となるらしいじゃないか。とはいえ、ヨミと同年代でクラスメイト。仲良くやってくれると嬉しい」
「そうね。ヨミは少し人を超えた行動を起こすから、同年代の友達がいるとホッとするわ」
「えへへ、よろしくね、和ちゃん。私は雨屋瑪瑙だよ、これからは一緒に住むから仲良くしようね」
ハッハッハっと朗らかにパパが笑って、ママがよくわからない発言をする。和の緊張を解くために、瑪瑙ちゃんは元気一杯に笑みを浮かべると握手を交わす。
「俺っちは雨屋石英っす。前に会ったことあるっすよね。まぁ、ここは俺の家なんで、明日にでも案内するよ」
髭もじゃの山賊が、部下が手に入ったぜと、ニヤリと凄味のある笑顔を見せる。瑪瑙ちゃんと違って全然安心できない。山賊砦にようこそと、ゲハハと嘲笑うボスである。
「み、皆さん、よろしくお願いしますぅ。お仕事も頑張って、よーちゃんの力になるようにしますねぇ」
前髪で目を隠しながらも、素直で良い子な和はペコリと挨拶を返すのであった。和は。
───他の面々が違った。
「雨屋石英!? あの氷の貴公子?」
「いや、同姓同名の生命体だ。どう見てもセイには見えない」
「そうですわね。世界には同じ生命体が三体いると言われてますし」
「たぶん、アメヤセキエイという別名なんだぜ」
「なるほど、コノハチョウの学名がなんとかうんとかと言うようにか」
「木の葉に擬態するチョウみたいに、セイという人間に擬態してるんだ!」
石英の自己紹介に、ザワザワと動揺したように騒ぐ新冒険者たち。同じ生命体とか、人間でもないとは少し酷い。ちゃんと目が2つあって鼻も一つ、口も一つでセイとそっくりな人間じゃん。
学名と別名って、例えが面白すぎるけど。
石英はなんで新冒険者が騒いでいるのかわからないので、キョトンとしているが、新冒険者中の女性がまじまじと見てくると、ニカリと笑い返す。
いつもなら警察をと騒がれる笑みだが、軍人として鍛えられており、どんな状況でも動揺しないように訓練をしている女性はニコリと笑い返す。
「ふっ、お嬢さん。お隣りに座って良いかな?」
石英は今までにない反応に、ウヒョーと喜び、合コンでもそれだけ早くは行動をしないだろうがっつきを見せてフンフンと鼻息荒く隣に座った。
「あら、よろしくお願いしますわ石英様」
ワイングラスを片手に、卒なく上品に微笑む女性に、ますます調子に乗る石英。
「雨屋コンティの30年物のワインがあるんです。洗馬、ワインセラーから持ってきて!」
「石英様、あのワインは貧乏な時にも手放さなかったお祝いの時に飲むためのものでは?」
「お祝いだろ! 今がそうなんだよ、お祝い、最高の出会いに乾杯するんだよ! 持ってきて! すぐに持ってきて!」
執事の洗馬さんはビミョーな顔で抵抗するが、必死すぎる石英を諦めて、パパたちへと顔を向ける。苦笑混じりにパパたちが頷くので、仕方ないと洗馬さんはワインを取りにいった。
「あら、ありがとうございます。私、本物のワインって初めて飲むので、味がわかりませんの……それでも良いかしら?」
「良いワインを上から順番に持ってきますから待っていてくれっす。ウヒョー、キタキタキタ、運命の出会いがきたっす!」
艶かしい笑みを受けて、飛び上がって喜び、これは脈があると隣に座っただけで勘違いして喜ぶ石英。洗馬を追いかけて、ワインを取りに部屋を退場する石英であった。合コンなら戻ってきた時には伝票だけ残るパターンである。
女性はブラボーリーダーだ。ヨミちゃんをちらりと見てくるが、肩を竦めて返す。石英にいっときの夢を与えてくれてありがとうございます。
「では、我らも挨拶を致しましょう」
というわけで、新冒険者として無事に合流できたコロニー連合の部下たちも挨拶を始める。押しの強い小隊の副隊長でもある生真面目なアルファリーダーが立ち上がると、隊員たちを代表して口を開く。
「田舎暮らしでしたが、冒険者を目指して都会に訪れたところを、ヨミ隊長に拾われました。これからはここを拠点に働きたいと思います」
都会サバイバル訓練でも高得点の結果を出したアルファリーダーだから、卒なく期待に応えてくれるだろうと、ヨミちゃんは安心安堵だねと、テーブルの料理を眺めながら聞く。
「ほぅ、田舎暮らしでしたか?」
パパがふむふむと顎髭をさすり、山賊砦の部下紹介の空気にする。
「えぇ、これほどの天然素材の料理を見たことはありません。初めて見ました」
「天然素材? どういう意味なのでしょうか?」
ママが不思議そうな顔になる。真面目なアルファリーダーは多少顔に影を落とし、料理を見る。
太巻きやお刺身に唐揚げ、ポテトフライ、シーザーサラダにローストビーフ、焼き鳥にカレーにカツ丼。豪勢なのか、適当なのか、飲み会なのか判断に困るラインナップがテーブルにずらりと並んでいる。
少なくともお金持ちが歓迎会をするための料理じゃないような気がするけど、アルファリーダーたちは感激していた。
「合成食料しか食べられなかったのです。それも質の悪い味も栄養も酷い安価な物です」
「合成食料ですか?」
合成食料って何かしらと、ママが困惑顔でパパに顔を向けるが、もちろん答えはない。というか合成食料言うな。
「えぇ、マナを使用して作成された見た目も気にしない崩れたゼリーです。痩せた者ばかりで、多少見た目の良い合成食料でも、奪い合いになる始末でした」
「えぇと、それはなんというか……大変な場所だったんですね」
スラム街出身の瑪瑙ちゃんすら、戸惑っている。だって、合成食料を作る技術はこの世界にはないからね!
「はい。我らの住んでいた場所は、小惑星を利用した宇宙コロではなく、田舎でして、でも初期に建造された田舎だったのですが、マナドライブエンジンの効率も悪く、廃棄田舎寸前、他の廃棄されたコロ田舎の難民キャンプとして押し込められた悲惨な場所だったのです」
沈痛な表情でアルファリーダーは語り続けて、隊員たちはウンウンと懐かしそうに頷く。
「日照装置も壊れており、陽が昇ることのない世界。壊れかけた点滅するネオンが僅かな光源となっていた地獄のような田舎でした」
陽の差し込まない田舎ってなんだよ。コロニーを田舎と言い換えるだけで誤魔化せる思ってるの!?
おい、こらやめろ。お口チャック。ヨミちゃんうるうるビーム!
必死にアイコンタクトを送るヨミちゃんだけど、アルファリーダーはバリアでも張っているのかがん無視して話を続ける。
「浄水装置は古く錆びた匂いの水。空気は清浄装置が止まりかけて、土埃と息苦しさで咳きは止まりません。重力装置は時折暴走し、身体が押し潰されるもの、反対に無重力となり、天井まで飛んでいき、壁の染みとなる者も珍しくない田舎です」
「……………へ、へぇ?」
皆相槌すら打てないよ。なんでやねんなんでやねん。なんでやねんって、こういう時に使えばいいよね。無重力になる田舎って、どこにあるの? グンマーらへん?
「ですが、絶望して田舎暮らしをしていた我らに救世主が現れました! それが那月家、そして那月ヨミ様です。ヨミ隊長は田舎を再開発し、私財を投じ全てを最新式にしてくれたのです。日光は田舎を照らし日光により人々の心は明るくなり、空気は清浄となり咳は止まり、日々死ぬかもしれないと戦々恐々していた重力システムは安定稼働をしたのです」
さて、アルファリーダーは酔ったらしいから放置してご飯食べようっと。カツ丼にしようかな。
「命を、人生を救われた我らは那月家のために生きることを心に誓いました。那月ヨミ様に従い命をかけて戦うことに決めたのです! そうして我らはヨミ隊長にスカウトされて、この屋敷に来ることと決めました」
熱弁を振るうアルファリーダー。ご清聴ありがとうございますと、頭を深々と下げて自己紹介は終わるのであった。
「よ、よくわからないが、凄い田舎だったんだな。ま、まぁ、これから頑張ってくれ。それじゃあ乾杯といこう。さぁ、乾杯。ようこそ雨屋へ!」
「そうね、よくわからないけど、ようこそ!」
両親が考えを放棄して、グラスを掲げると歓迎会は始まるのであった。
合成食料しか食べたことのない隊員たちは、夢中になって食べ始める。男も女もムグムグと頬張ってたくさん食べる。そりゃそうだろう。
まぁ、今のは余興として演技したと後で誤魔化すことにして、たくさん食べてねと、優しげに眺める。
「コロニーって、そんなに食料事情が悪いんだぁ………合成食料って、エスエフ小説みたい」
「和ちゃん、新たなる冒険者さんたちよりも食べているからね?」
「カツ丼は飲み物なんだよぉ」
「それはカレー」
恐ろしい速さで、空の丼をカチャンカチャンと積み重ねていく和。何口でカツ丼を食べてるの? わんこカツ丼?
「召使い30人を賄う業務用炊飯器の米がなくなりました! カツも揚げるのが間に合いません!」
召使いさんが焦った様子で新たに米を炊きに行く。明日からは和ちゃん専用炊飯器が必要だね。
ワイワイガヤガヤと騒がしく歓迎会は進むのであった。




