82話 博士の最後にて
シャークラーケンは切断され石化してしまった触手をまるで錆びたブリキ人形のように動かして、悔しそうに歯噛みする。
「ぐぐぐ、この魔獣装を製造するために、どれほどの苦労をしたと思っているのだ。それが役立たず、役立たずだと!」
苦労の結晶を役立たずだと言われて、シャークラーケンこと屏風は顔を歪める。
結局は魔人の方が強いのだ。魔法を前に亜人は敵ではない。昔からわかっていたことだ。
………それにクラーケンや村鮫はタンカーを餌にするほどの巨大な魔物だから強いのだ。巨体の怪力、耐久力、身に宿すマナの多さやなど。ミニマムとなった身体で強さを維持できると思っていたとは、きっと強さをランクだけで判断してたのだろう。クラーケンも村鮫も貴族の年収程の高価な素材なのに、これぞまさしく机上の空論というやつかな。
「許せん、この融合させた魔石を裏で売って、ひと財産作るはずであったのに、儂の考えた最強の魔獣石を否定されてたまるかっ!」
「叔父さん、もう自首してください。地球の科学力ではよーちゃんには敵いません! それにこの騒ぎを聞いて、そろそろ召使いの人たちも様子を見るために来るはずですぅ」
激昂する屏風博士に、涙目で和が説得しようとする。地球の科学力って、なんでやねんとツッコミを入れたいが、良い子なヨミちゃんはお口にチャック。
というかやっぱり売るつもりだったのか。この融合させた魔獣石は亜人や神人には強力極まる魔道具だ。今後、人々を犠牲にして魔獣石が裏で作られる可能性の芽を摘んでおかないといけない。
「くっ、生意気な魔法幼女と姪だ。しかし、まだまだ儂の切り札はあるっ!」
口をノズルのように尖らせると、この口内にマナを集めていく。
「ダイアモンドすら切り裂く暗黒のジェット水流に切り裂かれよ!」
『暗黒水流』
口内からイカ墨が放たれる。わかりやすい技だが逃げるための霧のように辺りに撒く技ではなく、ジェット水流のように放たれる。
「それじゃあ、こっちも切り札を一枚ドロー!」
『マナ注入300』
魔法幼女ヨミちゃん
体力:105
筋力:102
器用:176
魔力:184→484
精神力:計測不可
「魔法少女掌底!」
ネーミングセンスは屏風に負けず劣らずゼロなヨミちゃんは、魔力を高めると手刀にマナを凝縮させていく。
一歩踏み込むと、床を滑るように移動してイカ墨へと手のひらを突き出す。腰をひねり、腕を螺旋のように回転させて、掌底に全ての力を集める。
マナが掌底に集まり、集まりし力が蒼きオーラとなるとイカ墨を受け止める。ジェット水流とぶつかり、水が弾ける。ヨミちゃんはそのまま突きを止めることなく、加速して繰り出す。
掌底から衝撃波が生み出されると、ジェット水流は衝撃波により弾けて、応接室をイカ墨で汚しながら散っていった。
「ぐぬっ、まさか掌底ごときにこれほどの力をこめられるとは! だが、切り札はまだ残っている!」
切り札の一つをあっさりと打ち破られてもシャークラーケンは怯むことなく、そのイカ頭を抜身の刀のように変形させていく。
「これが儂の最後にして最強の切り札だっ!」
『村雨隕石アタック!』
シャークラーケンは床を蹴り天井を貫き、空高くへと飛翔する。砕けた天井が瓦礫となって落ちていく中で、頭を刀へと変えたシャークラーケンはヨミちゃん目指して落下してきた。
『仕方ありませんわね、ヨミ! 妾たちも真の力を使う時ですわ。真の力を! 承認しますっ! キャーキャー!』
頭の上でこのシチュエーションに大興奮のちっこい月ロイドが、ペチペチと頭を叩いてくる。ぴょんぴょんと飛び跳ねて、心底嬉しそうにほっぺをリンゴのように赤くしてスキルを使用してくれる。
『こーゆーシチュエーションに憧れていたのですの。いつもいつも妾の敵は剣やら杖や魔道具といったふつーの装備の敵だったんですもの』
「シンクロシムシティだ!」
ヨミと月はお互いの意識を合わせてスキルを共有する。たぶんシンクロニシティのことだと思うが、間違えた記憶でも今は魔法少女なのでスルーされた。
『血の活性』
装甲に内包されたヨミちゃんの血が覚醒して、その能力を大幅に高めていく。装甲がルビーように真っ赤に染まっていき、爆発的な魔力が突風となって壊れた応接室を吹き荒れる。
魔法超幼女ヨミちゃん
体力:105→525
筋力:102→510
器用:176
魔力:484→2420
精神力:計測不可
隕石のように落下してきたシャークラーケン。その落下攻撃を前に、ヨミちゃんはそっと手を翳す。
パシと小さな音を立てて、その小さな手のひらに、シャークラーケンの最後の切り札、自身を刀へと変えて突撃をする奥義はあっさりと受け止められた。
強力極まる一撃であるはずなのに、押し負けることもなく、体幹が崩れることもなく、戸棚に置いた荷物が落ちそうだからと、軽く押さえる程度のようにシャークラーケンの奥義を阻む。
「な、なんだ、そ、その力はっ!? なんだ、その人間を超えた魔力は!?」
「私が強いんじゃないよ。屏風博士、貴方が弱すぎるんだ。亜人は魔人に敵わないと言ったでしょう?」
冷徹な眼差しで、平然とした声音でヨミちゃんは告げる。その余裕ある態度がシャークラーケンよりも遥かに強者であることに、屏風は顔を引きつらせる。
「こ、こんな力など見たことがないっ! 最強と言われる剣聖すら、大魔道士でもそれほどの力は持たない。き、貴様はいったい!?」
恐怖に耐えかねて絶叫する屏風。ヨミちゃんは受け止めたシャークラーケンの身体を軽く押し返すと、空へと放り投げる。
シャークラーケンは壊れかけた天井を完全に砕くと、空高くへと飛んでいく。
「私は魔法少女ヨミ! 貴方のように非道なる実験を行いテロを行う悪を断罪する者!」
腕を交差させると、ヨミちゃんも床を蹴り空へと飛翔する。
「さようならだ、シャークラーケン、いや、屏風博士、あの世で実験に犠牲となった者たちへと謝罪するんだね!」
交差させた腕から莫大なマナが吹き荒れると、長大な剣へとその姿を変えていく。
「たあっ! 必殺十字ケーキ!」
落下してくるシャークラーケンへと十字に腕を振るう。青き十字星が夜空に伸びていき、シャークラーケンの身体に軌跡が奔る。
「お、おのれっ、魔法幼女め! こんなことが、こんなことがぁっ!」
シャークラーケンの肉体が斬られて、その中心に隠れていた魔獣石を砕いていく。くだかれた魔石からマナが溢れ出て、その力が暴走すると大爆発を起こすのであった。
「魔法少女の舞い踊る姿は楽しんで頂けたでしょうか。お代は貴方が全ての罪を背負うことで結構です」
空を舞いながら落下すると、床へと爪先から優雅にトンと足を着ける。穏やかなる笑みを浮かべて礼をして舞台挨拶を終える。
そうして、屏風博士の悪魔の実験は、魔法少女ヨミちゃんの活躍により防がれたのであった。
「魔法少女、魔法少女だから。魔法幼女じゃないからね! そこのところよろしくね、和ちゃん」
ここ重要だから。テストに出るからよろしく。
魔法少女ヨミちゃんだからね。
『十字ケーキ?』
「『十字撃』って言ったもん」
口笛を吹いて、ソッポを向くヨミちゃんでした。
◇
座式の屋敷は大騒ぎであった。なにせ、莫大なマナと魔力がぶつかり合い、戦闘が起こっていたのだ。騒ぎにならないほうがおかしい。
「なるほど、君たちが屏風博士の悪行を知り、自首するようにと来た時に、殺そうと隠匿していた魔物をけしかけたと。そういうわけだね? そして魔物は暴走、屏風博士は魔物に殺されてしまったと」
壊れた屋敷で、比較的に被害が少ない部屋でヨミちゃんたちは警察に事情聴取されていた。
「そうです。ヨミちゃんは怖くって、雨屋家の秘宝『魔物破壊爆弾』で魔物を倒しました」
「『魔物破壊爆弾』ですか?」
ぷるぷる震えて怖がるヨミちゃんのその自然なる返答に、なぜか刑事は半眼となってジーッと見つめてくる。
「大変だよ、和ちゃん。私の美貌に惚れちゃったみたい。罪作りな美女で困っちゃう」
「違うと思うよぉ。疑っているんだよぉ」
「え? 正直に答えたけど、なにか変なところがあった?」
キョトンとして和へと首を傾げる。ごく普通の返答だと思うんだけど。なんで和は眉を顰めて、ヨミちゃんへと呆れた視線を向けてくるのか、さっぱりわからないや。
「那月ヨミさん、『魔物破壊爆弾』なんかあるわけないでしょう。そんなものがあれば人類は苦労してませんよ。正直に言ってください! 『嘘発見』を使用しても良いんですよ?」
バンとテーブルを叩き、怒鳴ってくる刑事さん。仕方ない。それじゃあ正直に言うか。
「カツ丼って、いつ頼めるのかな? 知ってるよ自費なんだよね。刑事さんが奢ってくれるのは、都市伝説!」
「くっ、この幼女、素直そうな顔でセリフは酷い………」
お腹が空いちゃったと、ヨミちゃんが悲しげにお腹を押さえる。クゥと小さくお腹の音がして悲しくなっちゃう。
「まぁ、雨屋のナイショの秘宝を使ったのは間違いないよ。それよりも問題はテロリストと組んで非道なる実験をしていたことと、大量の違法薬物、そして和を支配した『精神隷属』の魔法陣の持ち主である屏風博士のことを片付けようよ」
手をひらひらと振って、前を向こうよと答える。大貴族の秘宝とあれば、その力を詳しく尋ねるのはタブーだと刑事もわかっているのだろう。その顔を苦々しく変えて、ガリガリと頭をかく。
「ですな………申し訳ありませんけど、これは大問題です。恐らくは爵位も財産も没収。………後見人であったために座式家もタダではすまないでしょう」
「………それはわかってますぅ。あの座式家は終わりでしょうか?」
「それはこれからだと思います。ただ爵位は返還することになるでしょうな」
言外に財産も没収されるだろうと同情の視線を和へと向けてくる。それだけ『精神隷属』の魔法陣の所持は重罪なのだ。
拳を握りしめて唇を噛む和へと、そっとヨミちゃんは手を重ねる。
「和ちゃん、家にこない? 当初の予定通り『那月ファンド』に就職しない?」
「………うん、よろしくねぇ、ヨミちゃん」
優しげに告げると、悲しげに微笑みながら和は頷くのであった。
「爵位と財産の件はヨミちゃんに任せてね。一文たりとも没収させないから。屋敷に戻ったら、まずはご飯でも食べようね」
「うん、ありがとうよーちゃん。それじゃあ今日はカツ丼にしようかな」
そうして新たなる住人がお家に増えたのであった。




