81話 魔人にて
シャークラーケン。ネーミングセンスゼロである。たぶんおっさんが名付けたからだろう。怪人シャークラーケンと呼んでも良いと思う。
だが、その力は本物だとヨミちゃんは見抜く。魔物の力を有しているのだ。
「えっと、たしか村鮫は鮫の魔物の一種だよね。鮫肌が触るだけで切れてしまうあまりもの鋭さのために、刀の村雨に例えられた魔物。クラーケンは海の王者、その2つを合体させた?」
誰が名付けたか、村雨ならぬ村鮫。おっさんセンスが光るネーミングだが、その凶悪さは有名だ。有名だからこそ、名刀の名前をつけられたわけなんだけど。
「くくく、そのとおりだ。この2つを融合させた亜人製造魔石。一旦亜人に取り付けた後に生きたまま魔石に封印したのだよ。回復魔法の天才であるこの屏風にしかできない繊細な技術といえよう!」
イカの頭となり、口髭ならぬ口に小さな触手をびっしりと髭のように生やして、ぞろりと生えた鮫の牙を口内に見せつつ、屏風、いや、シャークラーケンは嗤う。
不健康にガリガリに痩せていたのに、今や筋肉の鎧を身に着けており、その背丈も3メートルほどになっている。本来の腕以外に8本のイカの脚を背中から生やしており、不気味に蠢かせていた。
ヨミちゃんの大嫌いな石化や精神異常を繰り出して、多彩な魔法を使うイカの魔物であるマインドブラストそっくりの姿だ。
ただ、問題はその鮫肌にある。シャークラーケンがチェストに触れると、触った箇所がサラサラと細かい木片へと砕けて床に落ちていく。
別段力を込めたわけでもない。触っただけだ。
「村鮫……触っただけで名刀に切られたかのようになってしまう鮫肌。なんか鮫肌って、かっこ悪いけど、能力は高い」
余計な一言を言っちゃうヨミちゃんだが、気にせずにシャークラーケンはこちらへと手を突き出す。
「貴様らは摩り下ろした肉塊となって、無様に死ぬのだよ。さようならだ。この魔獣装の力を見て死んでゆけ!」
『テンタクルズロッド』
背中の触手が槍のように放たれる。矢のような速さで狙うはヨミちゃんと和だ。
和は叔父の非道なる行動に驚愕と動揺を隠せず、動けない。ヨミちゃんはもちろん視認することも難しいために、精々手をピクリと動かすくらいだった。
座式家の応接室は広々として、ホームパーティーでも開けるほどで、木目の美しい重厚なテーブルや上品でありながら座り心地の良いソファ、天井には小さくはあるがシャンデリアまで吊ってあり、壁に掲げられている絵画や、チェストの棚に置かれている花瓶はどれも一般人では買えぬものだ。
しかし、屏風は意にも介すことなく触手を暴れさせた。テーブルは触れた箇所が抉れて綺麗な半円となり、ソファは羽毛が飛び散り、床は捲れ上がる。
勢いはあり強力であるがコントロールは難しいようで、のたうち回る大蛇のように空中で触手をくねらせると、部屋ごとヨミちゃんたちを蹂躙した。
もうもうと木屑や埃で視界が塞がるが、シャークラーケンは顔を歪めて喜色で醜悪に顔を歪めていた。
「クカカカ、殺ったか? 殺っただろう。やれやれ、治癒の権威であるこの私を陥れようとするからだ。その身を以て、この力を味わっただろう」
勝利を確信して、顔に手を当てながら、どうフォローすれば良いか屏風は考え込む。恐らくは姪たちはミンチのような姿へと変わり果てているだろう。外観すらもわからないかもしれない。
「まぁ、少しもったいないがこの魔獣装を死体として捨てるか。なんとか魔道具などを駆使して戦い、私は生き残ったことにしよう」
その身を覆う不気味なる見た目の魔獣と同じく、うす汚い性根を露わにする屏風だが、その判断は早かった。
「魔獣へと身を落とし、心までも獣となったようだね、屏風!」
「むっ! この声は生きていたか。信じられないが、魔道具でも持っていたか?」
木屑が舞い落ち、粉塵がおさまっていく中で、徐々にヨミちゃんたちの姿が見えてくる。ヨミちゃんたちはミンチになるどころか無傷であり、屏風は驚きを隠せない。
「無傷だとっ! そ、それに、その姿は?」
そして、その姿もさっきとは変わっていた。
ワンピースであったのに、今はスパッツを履き、へそ出しルックで、綺麗なお肌が見えている。ぺったんこに近い胸や手足に部分鎧を装着しており、サークレットが頭に飾られていた。
ちんまりとした背丈に、細っこい手足、青い髪をサラサラと靡かせて、可愛らしい顔立ちの少女がそこには立っていた。和を背中に庇い、屏風を睨む。
ピシリと腕を交差させて、脚を伸ばしてハイポーズ。
「魔法よーじょ那月ヨミ、ここに見参! 世界を汚す魔に身を落とした者よ。あたちがだんばいしゅる!」
最後は噛んじゃったが、魔法少女那月ヨミがそこには立っていたのだった。少女なのだ、幼女じゃないよ。
「魔法幼女だと! はっ、そんなアニメに影響されたかのようなコスプレに私が怯むと思ったか!」
「よーちゃん、イカも鮫も魚類だよぉ、魔獣じゃなくて魔魚じゃないかなぁ」
まったく驚かないどころか、鼻で嗤う屏風。そして一言余計な和。ノリノリのヨミちゃんは少し不満だけど、それよりもテンションが上がっていたため気にしない。
ふんすふんすと鼻息荒く、興奮でほっぺを染めて、屏風へと拳を構える。
『凄いですわ! ヨミ自身が『繋』を持ったために妾もこうやって顕現できますの。『魔人装』も『血の活性』もできますのよ。だから、妾に変わってくださいませ』
妾も魔法幼女がやりたいと、頭の上にちこんと乗る月がペチペチと頭を叩くが、スルーしておく。変わる気はない。なにしろ新たなるジョブのお披露目会だ。
ここに来る前にカルマポイント千で取得した『マジカルパペッティア』の力を試したいのだ。
Cランクの『マジカルパペッティア』は、遂に人形の持つ魔法や特技を使用することができる。今までとは能力が明らかに変わっている。
「コスプレ幼女め、死ねぇっ!」
『テンタクルズロッド』
再びイカの触手を向けてくるシャークラーケン。だがヨミちゃんは冷静だった。
『鋭刃』
鎧王蟻の持つ魔法を使用する。小手が光り、マナの刃をその手に宿す。
「とりゃー!」
指先を揃えて、手刀へと変えると前傾姿勢で飛び出す。その加速に屏風が予想外だと目を見張り、触手の軌道を変えようとする。勢いのある触手を無理矢理止めたために弛んでしまい、槍ではなく鞭のように撓り暴れる触手の側にヨミちゃんは入り込むと、その手を振るう。
触手と触れると、手刀はすうっと入り込みあっさりと切断する。輪切りとなった触手が床に落ちる前に、ふわりと飛び跳ねると、背面飛びでヨミちゃんを貫こうと集まってきた触手たちを躱す。
「無駄だよ、シャークラーケン!」
落下しながら触手を断ち切り、床に着地する。次いで襲いくる触手をタタンとステップを踏んで踊るように躱していく。ひらりひらりと躱す様はまるで舞い踊る天女のようだ。
「な、なぜだ!? 村鮫の鮫肌はあらゆる物体を断ち切るはず。なぜ魔法幼女の小さな手程度に切られるのだ!」
「微細な刃がより合わさって形成している鮫肌は一定の方向からの切れ味しか持たない。滑らかな箇所から剣を入れれば、イカ刺しに料理できるんだ。あと魔法少女ね」
「馬鹿なっ! そんなことは私もわかっている。鮫肌はランダムな方向にそれぞれ向いており、剣を合わすことなどできるはずがないっ!」
「それができるのが、魔法少女ヨミちゃんなんだよ! 美しく舞い、華麗に敵を斬る!」
「くっ、どんな眼力を持っているのだ、魔法幼女め! 当たれば、当たりさえすればっ!」
悔しげに絶叫すると、シャークラーケンはさらにマナを身体に巡らせて、その身体能力を高めていく。ますます触手の動きは速くなり、残像が残るほどになる。
しかして、その高速の攻撃でもヨミちゃんには当たることはなかった。早くはなく、簡単に捕まえることが出来そうな動きであるのに、まるで空を舞う雲を捕まえることができないように、そよ風を止めることはできないように躱していく。
「雨屋の天女! 貴様ぁっ、まさか攻撃特化の天女なのか? そんな存在がいるというのかっ! Eランクなどと、嘘であろう、誤魔化しているな、魔法幼女ヨミ!」
「天女とは照れちゃうけど、攻撃特化なのはあってるよ。魔法少女ヨミちゃんの舞い踊る姿をその目に焼き付けておくんだね」
ヨミちゃんの動きを見て、その内包する力に気づき、シャークラーケンは激昂する。その間も触手は次々と落とされていき、床にぼとぼとと落ちてゆく。
躱すと同時にヨミちゃんは手刀を入れて斬っていったのだ。回避と反撃が同時に行われるその卓越した腕前に、シャークラーケンは戦慄する。
だが、すぐにニヤリと嗤うと斬られた触手を引き戻す。
「やるな、魔法幼女。だがァァァ、この屏風が選びぬいたこのシャークラーケンは超再生を持っているのだ。貴様の行ったことなど無駄無駄無駄ぁ〜……なっ!?」
シャークラーケンは超再生の力を見せつけるように眼前で蠢かす。触手の先端にブクブクと泡が生じて、触手が再生する。
───はずだった。
しかして、泡はすぐにおさまり、傷口は石化をしていっていた。先端からじわじわと灰色に染まっていく様子に、シャークラーケンは混乱と恐怖の表情となる。
「魔法少女の技の一つ、『石化の魔眼』。強き敵には効かないしょぼい技だけど、再生を防ぐために傷口を石化させる程度のことはできるんだ」
『石化の瞳』。アンデッドナイトの持つスキルの一つ。改造した荒御魂に搭載している能力。
「魔法幼女………こんな力があるとは。私の最高傑作が……」
全ての触手の先端が石化して、もはや使用できないことに慄き、シャークラーケンは後退る。その様子を冷たくつまらなそうな瞳でヨミちゃんは見る。
「勘違いしているようだね、シャークラーケン。元から貴方は弱いんだ。クラーケンも村鮫もその強みは100メートルはある巨体。そこから超再生や質量攻撃を行うのに、3メートル程度の身体で強くなると思ってた?」
「ぐぐぐ………」
「それに亜人は魔人に敵わない。その研究は魔人に対して無駄でしかないんだ! そんな基本的なことを忘れてたでしょ。魔人は魔法を使って戦うべきで、その偽りの肉体を維持するために大量のマナを使うべきではなかったんだ!」
指差して真実を告げる。神人や亜人にはこの技術は有用かもしれないが、魔人には意味がない。そして、この研究が他で行われないように役立たずであることを示すためにも、圧倒的に勝つ。
狼狽えるシャークラーケンへと、魔法少女ヨミちゃんは、強き視線でトドメの攻撃をしようと身構えるのであった。




