8話 起床につき
キュゥゥンと電源が停止する音が響き、自分の体の感覚が返ってくる。この感覚はあまり好きではない。どことなく違和感があり身体がダルいからだ。
「カプセルオープン」
飲まず食わずでゲームをしていたために嗄れた私の声に従い、音声コマンドを認識したダイブVRカプセルが開いていく。
「あ〜、疲れた。歳なのかねぇ」
ヘルメットや腕や脚に装着したバンドを外し、カプセルから出るとコキリと首を鳴らす。疲労感が年々増えてくる感じがする。
予めカプセルの横に置いておいたミネラルウォーターのペットボトルを掴み、ゴクリと喉を潤す。嗄れた声が元に戻り、腹が思い出したかのように鳴った。
腹が空いたが、それは後回しだ。私は伸びをすると、部屋を歩く。裸足のためにペタペタと足音が響く中で、壁に備え付けてあるモニターへと向かった。
VRダイブ用のカプセルポッド、そしてどでかいモニターが壁に備え付けてあるだけの寂しい部屋だ。20畳ほどの広さで、新築同然の綺麗な部屋だが、カプセルポッドしか置いていない。
このマンションを買ったときには色々と揃えようと考えていたのが少し懐かしい。まぁ、今は懐かしさに浸るよりも実利を求めよう。
「今回の戦果を見せてくれ」
決められたコマンドワードに従い、モニターに搭載されている簡易AIが望む表示を見せてくれる。
『蒼き惑星:戦果:コロニー連合の勝利』
『勝利者報酬:10万ドル』
『生存報酬:10万ドル』
『MVP:100万ドル』
『スポンサー料:20万ドル』
『合計金額:140万ドル』
「よし! この1年間苦労した甲斐があったぜ」
パチンと指を鳴らし、喜びと安堵の息を吐く。
映し出されたのは今やっていたダイブVRゲーム『蒼き惑星』という宇宙軍と地球軍の戦争ゲームの報酬だ。
専用カプセルポッドに入って、まるでゲームの中に入ったかのような感覚で楽しめるようになったVRゲームは爆発的に流行ったあとに、今は円熟期という時代に入っていた。
既存の決められたストーリーでは段々と飽きられてきた昨今、ゲーム会社は様々なクエスト自動生成と、メインストーリーを基幹としたマルチエンディングのゲームストーリーを売りに出している。
主人公やライバルキャラ、その他モブキャラになってメインストーリーを進めることができるようになったのだ。その中でもエンディングまでをプレイする賞金の出るタイプが20年前から流行っていた。
エンディングまでの功績や生存していたか? 勝利したかなどで賞金が貰えるようになったのだ。無論のこと課金をベースにしたゲームシステムだが、賞金が貰えるとあって、爆発的に流行っており、私はそこで賞金稼ぎをするプロのゲーマーである。
勝利しなくても報酬は貰えるが、やはり勝利した方が賞金は大きい。しかもMVPとなれば、その金額はかなりのものだ。
私はもうプロゲーマーになってから10年にもなるベテラン選手だ。とはいえ、私のプレイスタイルはあまり評判は良くないが。
「とりあえず、いつもの振り込みをしてくれ」
モニターに顔を近づけて、光彩認証と顔認証システムをパスする。振り込まれていた賞金を各種支払いに回す。
家賃、仲間の選手への支払い、これからの生活費、次のゲームのための課金費用、家族への仕送り。そして税金。税金は多額のために多くの金が飛んでいく。
「ほとんど残らねーな……」
残った金額を見て嘆息しながら、私はとりあえず風呂に入ることにするのだった。
湯船に浸かりながらでも、昨今はメッセージが入るようになっている。疲れを癒すためにグデっと弛緩してのんびりしていると連絡が入る。
『新着メッセージが5件きました』
バスルームに備え付けられているパソコンを兼ねているモニターには早くもメッセージが入っていた。私がゲームを終えて休息しているのをしっかりと狙っているのだ。
「お忙しいことで。全部開いてくれ」
『メッセージ1再生』
『軍曹、聞いているか? 私だ。黒漆だ。君の戦い方には美学がないし、協調性もない。心が狭いし、貧乏くさい』
最初から人を貶めるセリフに、くわぁと欠伸をして苦笑してしまう。偉そうな上から目線。自分が偉いと信じて、相手を尊重しない男の傲慢な声だ。
『なぜ、君は最終決戦で超大型ビーム兵器『クロウ』を使わなかった? あれがあれば、我が軍は勝利していた。多くのプレイヤーが報酬を貰えたのだ! それを最終決戦の後に持ち込むとは恥をしれっ!』
建前を口にして、激昂して声を張り上げてくる。本音は自分が負けたのが悔しいだけだ。
「コロニー連合総統キャラを大金で落札しておいてよく言うよ。オークションでプレイヤーたちの恨みを買ったから、裏切りが多発して最終決戦はあっさりと負けてんじゃねーか」
ゲームで一つしかないキャラやジョブなどがある。その中でも主人公キャラとして強力なスキルや身体能力を持つ主要キャラたちはオークションで売られる。
黒漆は大企業のボンボンという噂があり、一般プレイヤーが買えない値段までコロニー連合の主要キャラの金額を釣り上げて買い漁った。一年前の話である。
どうやら独裁者が独裁政治をするストーリーを楽しみたかったらしい。コロニー連合は重税がかかり、取り巻きのプレイヤーへのあからさまな優遇措置、美味しいクエストの独占をして、他のプレイヤーから嫌われていた。
それでも、宇宙軍に憧れるプレイヤーたちがいたのだが、最終決戦でコロニー連合を裏切り、本当に最終決戦なのかと思われるほど簡単に黒漆は敗れた。
その後に私が小惑星を改造したビーム兵器を持ち込んで勝利したので怒っている模様。だが、黒漆は私の超大型ビーム兵器より優れた超大型ビーム搭載の要塞を三基も課金で用意して、周囲にも金にあかせて最新型機動兵器を無数に揃えたのに負けたのだ。
私のを加えてもあっさりと負けてスクラップ行きになっていた未来しか見えない。
セコセコと3ヶ月間誰もいない小惑星で、寂しく改造した兵器群を無駄に破壊されたらたまったものではない。
まぁ、質もよく数も多かったので、撃退するためにほとんどの敵プレイヤーが弾切れになったのは有り難かったが。それが無ければ俺の軍は負けていたかもな。それだけは感謝しても良い。
『まぁ、蛆虫でも羽化すればそれなりに役に立つことがわかった。次回も私は総統キャラを落札するので、忠実なる飼い犬となれば報酬を』
「クローズ。次を再生」
最後まで聞かずにメッセージを消去する。黒漆は私の嫌いなタイプだ。組むつもりはない。
『ハヤテだ。先程の戦闘は見事だった。技工士を延々とレベル上げしている動画ばかりあげていたかと思っていたが、まさかソロで軍隊を用意していたとはね、脱帽したよ。で、だ、あ〜、この後に日をあわせてう、打ち上げをしないか? ほら、ライバル同士の打ち上げとか動画の再生数も稼げてスポンサーも喜ぶ。お互いに顔見せしたこともないだろう? どうだりょうかっ、いてっ』
噛んだらしく、最後は間抜けなセリフでメッセージは切れていた。それにしても………。
「マジかよ、私の黙々とラクタカーラを製造していた動画を見ていたのかよ……奇特な男だなぁ」
ハヤテは3年前に現れたプロゲーマーだ。主人公キャラの演技が上手く、プレイヤースキルも天才的なところから、スポンサーがついて黒漆とはまた違うベクトルで、メインキャラをしていることが多い。何回か戦ったことがあるが、全て厄介な強さだった。
けど、私のあのつまらん動画を見ていたとは呆れるね……。自分でも見ないぞ、あんなの。だって最終決戦後に備えて、黙々とスクラップ置き場から部品を回収してはラクタカーラを組み立ててを繰り返していたからな。その期間3ヶ月なり。
「悪いが顔見せなしだ。貧乏だしな。次を再生」
『テラズファクトリーの畑です。コロニー連合の勝利おめでとうございます。次回は3ヶ月後にバージョンアップして、ゲームでは5年後の新舞台となります』
ゲーム会社の営業からのメッセージだった。動きが早いのはさすがだよ。嬉しそうな声が演技なのか本音なのかは不明。
『貴方の活躍でラクタカーラが人気商品となっておりますので、5年後の舞台では連合の制式採用機として、そのフォルムも変えたいと思います。また、ランピーチ専用ラクタカーラを用意して、ユーザーの受けの良いように女型AIを搭載させる予定です。詳細はまた後日でお願い申し上げます』
そして、もっと売れるようにあのごつい不格好なフォルムのラクタカーラを変えるつもりらしい。まぁ、営業としては当然か。
「次を再生」
『サイバネテックヒラサカの営業、伊崎と申します。初めまして。突然のメッセージで失礼します。当社は大型VRゲームを近々発表予定なのですが、大きく宣伝をしたいと考えております。そこで貴方様のご助力を頂ければと。よろしければ契約のお話を後日お願い致します』
「ゲームの広告か……ようはプレイすりゃいいんだろうが、私のプレイスタイルを見て契約を結ぼうなんて珍しいな……保留で」
顔を洗いながら考える。金になるのなら喜んでやるつもりだ。良い内容だと良いんだが。
「最後を再生」
『……お兄ちゃん、お金の振り込みを確認したよ。……いつもありがとう。……無理してない? 大丈夫? いつもこんな大金………ほんどうにありがどう』
涙混じりの妹からのメッセージに、ため息をつきシャワーを浴びる。ざぁざぁと流れるお湯の音に混じって私は小さく呟く。
「家族だからな。気にするなよ、妹よ」
シャワーの中で光る眼光は鋭かった。
◇
風呂から出て、さっぱりとした私は外へと出掛けることにする。ぶっちゃけ腹が空いて死にそうだ。
「されど金は無し、かぁ」
財布の中身はカードもあるが、お札は10ドル札がたった1枚。うーん、可哀想な財布だ。もっと太らせたいが金がないんだよ。
既に薄闇が舞い降りてすっかり暗い街中を歩く。ここらへんは一応高級住宅街となるので治安は良い。だが、それだけに安い食べ物屋も少ないので少し足を伸ばす。
場末の繁華街といった場所まで移動して、周辺の食べ物屋を見て回る。大勢の人々が練り歩き、酔っている奴らが千鳥足で歩いている。客引きが多少うるさいが、私の服装と一人で歩いているのが興味を惹かないのであろう、客引きはスーツ姿のおっさんたちには声をかけるが、私はスルーしてくれた。
「ここにするか」
スタッフ募集中時給75万円と張り紙が貼ってある小さなラーメン屋に入ることにする。中に入るとそこそこ客で埋まっており、店内は清潔感がある店なので安心である。食券を買おうと食券機の前に立ち、何を食べようか考えること暫し。
円は使えませんと貼られた紙を見て、スタッフ募集には円での支払いかよと苦笑しながらもチャーシューメンを選ぶ。たまには贅沢も良いだろう。
「あいよ、チャーシューメンいっちょ〜」
店主の元気な声にカウンター席に座りながら、少し伸びをする。疲れているから飯を食べたら帰って寝るか。
すぐにチャーシューメンは前に置かれて、食べ始める。むむ、このチャーシューメンのチャーシューは分厚くて美味い。この店は初めてだが当たりかも。
豚肉の脂身を旨いと堪能しつつ、次回はなんのゲームをやろうかなぁと考える。賞金で選ぶなら大手メーカーの売れ線ゲームだ。だがプレイヤーが少ないゲームで少額の賞金を稼ぐのも良いかもしれない。
麺を啜りながら、ぼんやりと考えていると──。
「先程のMVPプレイヤーにしては寂しい夕食ではないですか?」
と、隣から声をかけられた。見るといかにもな営業スーツ姿のおっさんだった。
「どうも初めまして。サイバネテックヒラサカの伊崎と申します。お食事中に失礼。メッセージは聞いて頂けましたか?」
「あぁ……。えぇ、聞きました。もしかしてつけてきました?」
「いえ、私のうちも近所なもので。たまたまお見かけしたので声をかけさせて頂きました」
丁寧な物言いに、にこやかな笑顔。胡散臭い男だが……まぁ、私をつけてくる理由もないだろ。顔見せしていない私の顔を知っているということは業界人だ。
プレイヤーは私の顔を知らないが、スポンサーはもちろん知っているからだ。
「どうでしょう、ちょうど良いと言うのは語弊がありますが、ご依頼したいゲームについてお話をできませんでしょうか? ここの支払いは持ちますよ?」
「替え玉でも奢ってくれるのですか?」
この店は食券である。
皮肉げに言うと、冗談が上手いでしょうとばかりに笑顔を深める伊崎。
「なら、貴方の妹さんの娘さん。その方の傷を癒やすお話はどうでしょうか?」
その言葉にピタリと箸を止める。
「…………なかなか面白いじゃないか。替え玉を奢って差し上げましょうか?」
私の心の琴線に触れる言葉に、危険なる笑みを深めて答えるのだった。