79話 人々にて
ドラゴニエルが力を失い、魔溜まりが光の柱へと変わって天へと昇る。そうして、光の糸となると機体を透過してヨミちゃんの手へと降り注ぐ。
世界全体が蜃気楼のように一瞬歪む。まるで水溜りに落とした石が波紋を作るように、『魔溜まり』が光の波紋と変わり、万能なる創造の力が世界へと広がっていく。
時間が停止する。世界がモノクロへと変わり、空を飛ぶ鳥も、燃え盛る森林も、全てが停止する。
歪んでいく。
世界が変わる。
創造があり得なかった未来の結果を反映していく。
切れたはずの運命の糸が繋がれて、ヨミの手で新たなる未来を紡いでいく。
そうして波紋がおさまると、世界は元へと戻っていった。
ヨミちゃんが支配者となった効果が現れたのだ。万華鏡のように何枚もの世界が浮かび、無限の可能性が糸となる。その中でヨミちゃんは手を伸ばして支配者となった世界を掴み取った。
一瞬世界が弛むと、元の世界に戻った。
だが、元の世界ではない。少しだけ変わっているのを知っている。理解している。悟っている。
「『繋』の支配者か………。でも、ヨミちゃんは少し他と違うみたい」
どういう意味を持つのか、なんとなく理解した。だが、確認するのは後回しだ。
『魔溜まり』が消えていき、その後に機械でできたストーンヘンジのような舞台が現れる。その威容は見たことがないのに、見たことがある。記憶には存在する機械であった。
「テレポートポータル………」
那月宇宙基地と繋がる転移装置だ。本来ならば、大国と相打ちになり完成に至らなかったはずの装置。宇宙に住む人々を救うための奇跡だ。
テレポートポータルは中心が輝き、空間の裂け目が見える。その先にある宇宙基地も垣間見えた。
「完成したルートに変わったのか。だからテレポートポータルがあるんだね」
『より良き糸を手にして『繋』を確保することができたようですの。ヨミにおめでとうと拍手をしますわ』
頭の上でちっこい月ロイドが、ぱちぱちと拍手をしてくれる。可愛らしい姿だけど、そのセリフの内容は可愛らしくない。
「『繋』ねぇ。全てが上手くいったとは思えないんだけど。なにせ、エンディングには到達してないし」
「それはこれからですの、せっかちさん。では、『繋』も無事に手に入れたようですし、妾は今日はこれまでですの」
月が悪戯そうにクスクスと笑いながら消えていく。どうやら今日の役目は終わりらしい。
「傍観者か、高みの見物か。判断に迷うけど、今は良いか。それよりも対処しないといけないことがあるし」
嘆息混じりにモニターに映るクラータたちへと視線を移す。クラータたちはこちらへとゆっくりと近づいてくると、ハッチを開ける。
「大戦時の機体がまだ残っているなど……危なかったですな、隊長」
中からパイロットスーツを着た男が降りてくる。他の機体のハッチも開き、それぞれパイロットたちが無事を示すために手を振ってきた。
いないはずのパイロットたち。存在しないはずのパイロットたち。人形であるだけの機体に乗っていたパイロットたち。
そのパイロットたちが無事を示すために、手を振ってきているのだ。
『少佐。地球侵入作戦は成功したと思います。ですが、こちらにて重大な問題が発生しております。基地外の周囲の世界が凍りついているようなのです。至急、お戻りください』
AIであるはずのカーラが、真面目な表情で踊りながら報告をしてくるが、いつの間にか基地を背景にしている。肉体のあるオペレーターへと変わったのだ。
全て、支配者となったヨミちゃんの力だと本能が理解している。
世界が凍りつくように停止している理由はわかっている。周囲の世界が凍りついたんじゃない。基地だけが凍りついた世界から抜け出したんだ。
だが、喫緊の課題はそっちじゃない。そっちは急ぐ必要はないし、どうしようもない。
「悪いけど、そっちの問題よりも、こちらの証拠隠滅の方が重要。テレポートポータルの移動。機体やパイロットたちの隠蔽。クラータ、ラクタカーラアンバー、駄目元で『飾り棚』に格納!」
「グワッ、なんだ?」
「あだっ。機体が消えた!?」
「ちょっとちょっと、ウワッ」
ちょっと念じて『飾り棚』に仕舞おうとすると、意外や機体は亜空間にある『飾り棚』に格納できた。パイロットたちはぽてぽてと機体から押し出されたけど、生命体なので仕舞えないのである。
ヨミちゃんは和を背負って地面に降り立つ。ゲホッとクッションになっちゃった和が着地の際にうめき声をあげたけど、そもそもヨミちゃんでは背負えませんでした。ごめんね。
「テレポートポータルも格納!」
テレポートポータルはウサギさんの巣なんだよと、懸命に意識を変えて、うさちゃん人形をぽてぽてとテレポートポータルへと近づける。人形の付属品ならば問題はないのだ。
「きゅーきゅー」
テレポートポータルの金属の柱へと飛びつくと、しっかと抱きつくうさちゃん。可愛らしい鳴き声と共に、かなり裏技っぽいけどテレポートポータルはなんとか格納できた。
「おぉ、途轍もない超能力。少佐、これはいったい?」
「地球で手に入れた技術をアレンジして新たなる超能力に目覚めたんだよ。あ、コンコン」
テレポートポータルが消えたことに驚く隊員たちに、なんでもないことだよと胸を張る。孤高なるヨミちゃんなので、語尾にコンコンも忘れない。
「さすがは隊長殿ですわね。わたくしたちよりも早く侵入したのは意味があったんですのね」
「うん、まさか地球に人類が生存していたのには驚いたけど、その技術はしっかりと盗んでおいたのコンコン」
おーほっほと、高笑いをしそうなブラボーリーダーへとコンコンキツネのヨミちゃんはえっへんと威張っちゃう。
改変された世界では、ヨミちゃんは一人先行して地球に侵入したということになっている。隊員たちを機体と合わせて呼んだタイミングで、ドラゴニエルの防衛システムが発動、戦闘になったということになってる。
隊員たちはさすがは天才少女と尊敬の眼差しで見てくるので、少しだけ悔しい。
「孤高なる天才ヨミちゃんだけど、狐の耳と尻尾は用意できなかったんだ。それがあれば完璧だったのに」
ちっこい拳を握って悔しがるヨミちゃんへ、なぜか顔を引きつらせて、アルファリーダーが声をかけてくる。
「はぁ……地球に降りて少し性格が……いや、かなり性格が変わりましたな、隊長」
「うん! そーゆー事だから、コンコンヨミちゃんはもう止めるね!」
なんだかよくわからないけど、良かった上手く誤魔化せて、コンコン語尾も必要なくなったみたい。
「それじゃ、皆は潜伏して欲しいんだ。これがお金で、雨屋区の雨屋の屋敷に来てほしい。来たら、冒険者志望ですって、名乗ってね。そうしたらお部屋を用意するから」
「雨屋の屋敷。屋敷でしょうか、隊長?」
「うん。その地区で一番大きな貴族の屋敷だよ。既にヨミちゃんはそこの養女になっているし、財産管理も全てしているから問題なし。あ、これお金ね、両って言って、3両で一般人の月収くらいの価値があるから」
『飾り棚』を介して、貯金人形からむんずと小判をたくさん掴むと、ザラザラっと渡す。
「な、なんと………。地球人が貴族制をとっているのも驚きですが、既に大貴族の養女になっていたとは!?」
「さすがは隊長ですわ。その手腕。訓練で一文なしでの街でのサバイバル。終了時には一つの会社の社長まで上り詰めておりましたものね。尊敬いたしますわ!」
「これだけあれば、充分でしょう。では潜伏を開始します」
リーダーたちが感心して、尊敬と畏敬の視線を向けてくる。うん、本当は違うけど気にしなくて良いや。
「言語は大丈夫だね。それじゃ、えーと……そこでボスオーガとの戦闘で気絶している先生を見つけたということにしておいて」
野良うさちゃんたちが、上半身が地面に突き刺さっている無上先生をよいこらせと持ち上げて、こっちに持ってくる。吹き飛ばされて、突き刺さっていたらしい。
完全に気絶しており、意識を取り戻す様子はない。
「フレイムオーガとの相打ち……さすがは先生」
ドラゴニエルの機体、フレイムオーガの目ぼしい部品と武器や魔石を回収。そして、無上先生の手に壊れた風神の扇を置く。
「けーやくしょ。うんと、無上先生は那月ヨミから風神の扇を借ります。壊れたら1万両弁償します。分割払いの場合は、年利率30%で返済します。なお、利息から返済しますと」
紙に契約内容を書くと、気絶している無上先生の親指をチビッと切って、血判をポン。これで安心だ。
無上先生は、フレイムオーガとの激戦を予想して、那月ヨミの風神の扇を借用し、命を賭けて戦場に向かい、なんとか勝利したのだ。
「よし、それじゃ、ヨミちゃんはここを離脱して、皆と密かに合流するから、気をつけてね!」
「はっ! 了解致しました」
敬礼をするリーダーたちを横目に、ワイヤー移動で、ヨミちゃんは皆の元へと帰るのであった。
「もしもし、大丈夫ですか? そこの化け物を倒した御仁」
「う、うぅ………ここはいったい?」
リーダーたちが気絶している無上先生の肩を揺すり、無上先生は薄っすらと目を覚ます。後は記事になれば勇敢なる学園の先生。命を賭けて生徒たちを守るとの記事が載ることだろう。良かった良かった。
プライドの高い無上先生だから、絶対に否定はしない。これでオリエンテーリングは本当に終わりである。
森林を飛びながら進むと、草原に平たちの姿が見えてくる。濃霧でわからないだろうけど、ヨミちゃんはわかる。なので、少し手前で着地して、肩に担いだ和を地面に降ろす。
「で、和ちゃん。劇団ヨミの劇はどうだった? お伽噺のコロニーの住民の劇をしたんだけど?」
目が覚めているのは気づいているのだ。和はヨミちゃんの言葉に瞑っていた目をゆっくりと開き、気まずそうにアハハと笑う。
「げ、劇? えっとぉ……あれが劇?」
「うん、劇なんだ。劇だから和ちゃんが襲いかかってきたのも、劇の一部だから問題はないよ」
「あ………そ、そっか。ごめんなさい、よーちゃん。私、意識が」
気まずそうに頭を下げる和だけど、和のせいじゃないのはわかっているから、謝らなくて良い。
「『精神隷属』かなにかをされてたでしょ? あれは重罪のはず。なにがあったか教えてくれるよね?」
ニコリと微笑み、和の肩を強く握る。癒やされる微笑みで和の顔に顔を寄せる。
「お友だちを使って、ヨミちゃんを殺そうとした奴。そして、和ちゃんがなぜ使われたのか? 全て話して」
他人を操り、ヨミちゃんを殺そうとした奴。許すことはできない。
悪役令嬢たる那月ヨミの恐ろしさを教えてあげないとね。




