78話 支配者にて
白き光が世界を埋め尽くす。ヨミちゃんは虎徹が自爆して、その光が世界を消すのを間近ではっきりと見ていた。
そして気付いたときには、コックピットではなく白き世界に存在していた。
空も地上も真っ白で、何も描かれていない白いキャンバスのようだ。地平線まで真っ白で何もなく、その白さに目が痛くなる。
生命どころか、石ころ一つ存在せず、ただ、ただ純白の平面が世界を構成していた。ヨミちゃんは空中に浮いており、一緒にコックピットに乗っていたリズの姿もない。
「わかっているだろうけど、あの自爆で私は死んだ」
だが、いつの間にか目の前に絶世の美女が存在していた。髪の毛は美しい海のように深い青色で、同じく澄み切った空色の瞳。目つきは鋭いが愛らしさを感じさせる。
将来性を感じさせる背丈、ゆくゆくは重くて辛いと愚痴ることになる胸部装甲を搭載する予定の美女だ。
未来は絶世の美女と言われるだろうから、もう美女という表現で良いと思う。妥協して美少女。
万人が見惚れちゃうだろう目の前の美女をヨミちゃんは知っていた。
「こんにちは、『蒼き惑星』の私」
「あぁ、こんにちは、私」
お互いの視線が交差して、ニコリと花咲く笑顔が生まれる。
その冷徹な瞳に宿る強き意思と拒絶。立っているだけで、その周りが凍りつくように寒くなり、平伏しなければならないようなカリスマを魅せてくる。
那月ヨミ、もう一人の私であり、なるほどそっくりであった。
そっくりだ。性格もそっくりだし、顔立ちも瓜二つ。クールで孤高なる天才はヨミちゃんへと悲しげに悔しそうに微笑む。
「あれだけ罠を仕掛けていたのに死んだんだ」
「輸送艦の方が良かったかもな。あれには無人機動兵器が一個中隊搭載されていた。でも、リズが来ちまって、せっかく用意してくれた機動兵器を無駄にするのが可哀想で、ついつい私らしからぬことに作戦を変えちまったんだ」
そっぽを向いてその表情に陰を落とす。なるほどね。本当は無人機動兵器で大国たちを倒すつもりだったんだ。
「リズのせいじゃない。私はラクタカーラサファイアで充分敵を倒せると考えていた。だが、大国があそこまで捨鉢になるとは思ってなかった」
襲撃ルートに待ち受ける大国は本来なら参謀も裏切り、戦艦も失い、銃弾も訓練用のでヨミは倒されるはずはなかった。99%勝っていた戦争だった。
「共倒れとなった後は、テレポートポータルを調整できる人間がいなくなり、地球侵入作戦は不可能となった。後は……お互いに責任のなすりあいから、戦争へと拡大していき、人類は滅びましたのバッドエンドだったわけ。回避するために、別世界のある男が残るマナを利用して世界を分岐点となる少し前の時間軸でループさせた。延々と永遠に続くバッドエンド。それを貴方が介入して遂に止めたんだ」
大国の捨て身の攻撃は、ピンポイントに一番まずい時に、ヨミと共倒れとなったわけか。
「……その未来は変わったよ。裏技の『人形繰り』で大国君の乗る虎徹を引き剥がしたからね」
本来のヨミには絶対に不可能であった人形繰り。相手の機体の操作権を奪うなんてお茶の子さいさいだった。
「あぁ、これで未来は変わる。この後でヨミが支配者となれば、バッドエンドは回避されて、これからもあの世界が生き残れる可能性のあるストーリーは続くことになった」
陰のある笑みを浮かべて、小さな手をもう一人の私は差し出す。
「だから……失敗した私はヨミの力となる。記憶を受け継ぎ、『蒼き世界』を救ってくれ」
その儚さと覚悟を感じさせる言葉に頷くと握手を交わす。
「きっと私の記憶と能力はヨミの力となる。だから……さようなら」
握り締める手から温もりを感じ、ヨミちゃんはもう一人のヨミを見つめる。もう一人のヨミは身体が光の粒子となって、ヨミちゃんへと同化していく。
温もりと共に記憶が能力が流れ込んでくる。
『固有スキル天才技師を手に入れました』
そうして新たなる力を手に入れると、蛍の光のように淡く光るもう一人の私は消えていったのだった。
「さようなら、もう一人の私。どんなエンディングを手に入れれば良いかはまだわからないけど、頑張るよ」
ヨミちゃんは淡く野花の咲くような笑みで消えていったもう一人の私に別れを告げるのだった。
『新しいお友達でしゅ!』
『んと、あたちはにばんめ?』
『そうでしゅよ。あ、おまんじゅうたべましゅ?』
『わーい! こし餡たべましゅ』
『あとはおまかせでしゅね』
『だね。あ、おこたもありゅ! はいっちゃうよ、ぬくぬく〜』
なんだか、精神世界に住む、力を失い幼女となったあたちが二人に増えたような気がするけど、きっと寂寥感からくる幻聴だと思います。
「で、月。これはどういうことなのかな?」
『第一幕はそろそろ終わります。失敗した世界をやり直す最初の試練。見事終わらせてくださいませ』
ヨミちゃんの問いに、可笑しそうに笑う月の声が頭に響き、再び世界は色を付けていく。
元の世界の戦場へと。
◇
『少佐、ラクタカーラアンバーの性能が急激に上昇しています。これは一体?』
戸惑うカーラの声に、ハッと意識を取り戻す。
モニターにはドラゴニエルのアップが映っており、ビームクロウとアンバーブレードが鍔迫り合いを行い、激しく火花が散っている。
元の世界に戻ったのだ。すぐに意識を戦闘へと切り替える。
「おりゃー!」
まずはこの鍔迫り合いを終わらせようと、力任せに押し返そうとして、レバーを押す手を止める。
「こ、この知識は?」
ドラゴニエルの性能が、その詳細が、全ての情報が脳に流れ込んできた。いや、記憶からサルベージしたのだ。
大戦時の機体まで、その全ての性能を暗記していた『蒼き惑星』の私。天才と呼ばれた理由がわかる。
「だけど、敵はマナにより強化されているよ。この情報は底上げが必要」
敵の能力は変わらない。底上げされているだけだと、脳に囁く声が聞こえる。そして、その戦闘方法も。
「わかる。わかるよ。そしてプロゲーマーたるヨミちゃんの力も加わればっ!」
ブレードローラーを逆回転させて、力を受け流す。ドラゴニエルはガクンと身体をのけぞらす。大出力の力を込めていた機体の持つ重量に地面が耐えられなくなり、地面が陥没して体勢を崩す。
「てい」
突きの構えをとると、鋭く踏み込む。狙うはドラゴニエルの腕の関節。さらにその奥。僅かに見える人工筋肉の束の中心。
分厚い装甲にガツンと大剣がぶつかり弾き返される。だが、ただ弾き返されたわけではなかった。
大剣の先端が僅かに空いた隙間に入り込み、その人工筋肉を切っていた。
バチリと火花が散り、人工筋肉を切断された腕が自身の込められた力に耐えられず、関節が千切れかける。ヨミちゃんは鋭く眼光を光らせて、関節部分に追撃をする。
大きく開いてしまった関節の隙間に大剣が入り込み、今度は完全に人工筋肉を切断し、その腕を切り落とす。
「グ、グォォ」
まるで痛みを感じるかのように苦悶の悲鳴をあげて仰け反るドラゴニエル。その機械らしからぬ行動に、ヨミちゃんは悲しげに呟く。
「サイキッカーの脳を移植したな、人を道具にしたんだな!」
怒りが沸々と湧き上がる。痛みを感じるかのようなドラゴニエル。その生体部品にはサイキッカーの脳を使ったのだと、すぐに気づいたのだ。
那月一門はサイキッカーを道具にしないと、『蒼き惑星』の私の意識がヨミちゃんの意識を引きずる。
「サイキッカーを道具にしたな、地球軍! やってはいけないことをしたんだな!」
『そのようですの。でも、人を支配者まで昇華させるとは、その世界の人間も頑張りましたわね』
「許されざることだよ。だから……ここで破壊させてもらうっ!」
のほほんとした月の言葉を受け流して、ヨミちゃんは吠えるとレバーを一気に押す。ラクタカーラアンバーのブレードローラーが激しく回転をして、琥珀の中に紅き光を宿す機体は瞬時に間合いを詰める。
「チ、チキュウヲ」
ドラゴニエルが右手のビームクロウを最大出力まで引き上げて、天を貫くような長さに伸ばすと振り下ろしてくる。
一撃で森林を更地に変えて、なおもその出力は大地を抉り溶かしてしまうドラゴニエルの最大出力のビームクロウ。死の爪を前にして、だがヨミちゃんは冷静だった。
機体を傾けて、紅き残光を残して右腕の真下に潜り込むと大剣を投擲する。ドラゴニエルの脇に大剣が潜り込み───振り下ろされた右腕はピタリと動きを止めてしまう。
「ドラゴニエルの腕は装甲が分厚すぎて、薄い鉄板が脇に挟まれただけで腕を振り下ろせなくなる。欠陥品だったんだ!」
蒼き惑星の私の知識がなぜドラゴニエルが要塞防衛用だったかを教えてくれていた。凝集光での遠距離攻撃を主体にした接近戦を考慮されていない欠陥品だったのだ。
「オ、オォォォ、ナゼ」
胸の装甲を開くと、ドラゴニエルは胸の中心に取り付けられた宝珠にエネルギーを集めていく。眩しい光が辺りを照らし、ラクタカーラアンバーを迎撃しようとするが、それもヨミちゃんの予想範囲内。
「近すぎるよ!」
糸を繰り出して、攻撃に移ろうとするヨミちゃんだったが──。
『隊長っ!』
横合いからいくつもの砲弾が飛んできて、ドラゴニエルに命中する。威力が弱いがドラゴニエルはその攻撃により身体をよろけさせる。
「なんで!?」
砲弾が飛んできた場所にはバズーカを構えたクラータたちの姿があった。その砲口からは煙が漂っている。
糸は切断されており、動けないはずのクラータたちに目を見張るが、今は気にするのは後回しだ。
「こいっ、撃炎のスナイパーライフル!」
先程フレイムオーガが投げ捨てていたスナイパーライフルに糸をつけると手繰り寄せる。長大なスナイパーライフルが飛んできて、ラクタカーラアンバーの手に入ると、ヨミちゃんは胸へと銃口を押し付ける。
「とりゃー! この一発は強力だよ!」
カチンと引き金を引くと、銃身を溶かす膨大なエネルギーが発射される。ドラゴニエルの凝集光が発射され、お互いのエネルギーがぶつかりあい、相殺していく。
だが競り勝ったのはラクタカーラアンバーだった。そのエネルギーが凝集光を押し返し、宝珠へと触れる。莫大なエネルギーが宝珠から逆流していくと、ドラゴニエルの身体が耐えきれなくなり、各所から爆発が巻き起こっていく。
「コ、コロニーニチキュウハ」
「貴方の守る世界はここではありません。終わった世界で安らかに眠れ!」
まだ抵抗を続けようと、首をもたげてブレスを吐こうとするドラゴニエルに、ラクタカーラアンバーは脇に刺さった大剣を引き抜くと大上段に構える。
「さようなら、名も知れぬサイキッカー。この一幕は私にとって思い出深いものとなるでしょう」
そうして、全力で振り下ろし、赤き輝線がドラゴニエルの首に奔ると、その首を切断するのであった。
『『蒼き惑星』の支配者を倒しました』
『『蒼き惑星』の支配者となりました』
『戦闘により3文手に入れました』
『戦闘によりカルマポイント1000を手に入れました』
『戦闘によりマナが100上がった』
『戦闘により体力が1上がった』
『戦闘により器用が28上がった』
『戦闘により魔力が182上がった』
そうして、コックピットにチャリンと3文が落ちてきて、ヨミちゃんは悲しきサイキッカーの最期に泣きたくなっちゃうのだった。
モニターに映る青空に『蒼き惑星』のヨミが笑顔で映っているような気がした。
『本物のおやつ食べたいでしゅ』
『あたちと後でこっそり入れ替わるでしゅよ』
映っているような気がした。たぶん気のせいである。




