75話 姉につき
むふーっ、むふーっと鼻息荒く空間から滲み出るように現れたのは一人の少女であった。
ヨミちゃんよりもちょっぴり背が高い少女。金糸のような艷やかで美しい髪をおさげにまとめて、気高き心を示すように金色の瞳は興奮で輝いている。
装甲はヨミちゃんとほとんど変わらない。簡易宇宙服を着込んで仁王立ちをする。
「リズおねーちゃん! なんでここにいるの!?」
実姉である那月リズ。他のサイキッカーの追随を許さないコロニー連合最強のサイキッカーがそこにはいた。
ヨミちゃんの驚きの声に、なぜかリズはぽかんと口を開けてまじまじと見つめてくるけど、すぐにこほんと咳払いをすると、得意げに胸を張る。
「むふーっ、姉が妹を助けに来るのは当然。セイでは絶対に護衛は無理だと思って、宇宙港の隅っこに光学迷彩をかけて体育座りをして待ってた」
ちょこんと体育座りをして、早く妹が来ないかなとじっと待つリズ。想像するだけで、寂しい光景だ。帰ってこない飼い主をじっと待つ飼い犬みたいな感じがして可哀想に思っちゃうよ。
「全然来ないから、すれ違いになったかと涙目になっていた」
さらに罪悪感倍!
「ごめんね、リズおねーちゃん。わっしょいわっしょい祭りに参加してたの」
ノリノリで楽しんでいたヨミちゃんとしては謝るしかない。そっかぽつんと2時間以上体育座りで待ってたのね。
わっしょい祭り? と小首を傾げるリズにセイが気絶したテロリストたちを警察に連絡をしながら、顔を向ける。
「私だけで護衛は充分だと思ったんだけど、助かったよ、リズ」
「コップ一杯にしか氷を作れないセイには期待していなかった。雨屋のおばさんも、あらあらあの子、護衛なのに武装していかなかったわ。どうするつもりかしら、と困っていた」
「ここまで不穏なことになるとは思っていなかったんだ。それに氷はコップ二杯は作れるようになったよ」
頬に手をあてて、あの子は本当に顔だけなんだからと、困るおばさんの真似をするリズ。それに対しての反論はやはり石英と言えた。
氷一杯でも二杯でも変わらないよ、やっぱり武装してないのはおかしかったんじゃないか! おばさんも戸惑うほどって、セイはどれほど楽観的だったわけ?
「サイキックだけで守れると思ってたんだ。素手では負ける気がなかったから」
「テロリストが素手で襲撃してくると考える時点でアホ」
容赦のない意見だけど、リズにヨミちゃんも同意するよ。セイよ、護衛失格、任務失敗、賠償請求しちゃうからな! まったくバッドエンドはノーサンキューだよ。
那月リズはヨミちゃんの本物の姉だ。両親もきちんといるのが、この世界のヨミちゃんである。
家庭はふつーに円満だ。必死になって那月の権力がトップからずり落ちないように父は東奔西走していて、たまにしか家には帰ってこない。母は溢れて使い切れないお金で宝石を買ったり、ドレスを買って、たまにしか開けないパーティーを楽しんでいる。まぁ、両親ともに愛人はいないから円満だといえるだろう。
その中で姉はぶっちぎりでサイキック能力が高い。銃相手に戦えるのは、古今東西リズくらいだろう。振動を操り、様々な超能力を魔法みたいに使える少女である。
「というわけで、セイは護衛クビ。ここからはリズが護衛役になる。体育座りでじっと出番を待っていた」
「待て、リズ。リズがここを離れるとマナロードはどうなる? って、ウヒャー!」
リズはちっこい手を翳すと空気を蜃気楼のように歪めさせる。歪んだ空間がセイに向かい、命中すると空のコンテナまで、竜巻に吹き上げられる案山子のように吹き飛んでいった。
間抜けな悲鳴をあげて、コンテナに入ったセイ。コンテナはパタンと閉じて、トラムへと運ばれていった。バイバイセイおにーちゃん。やっぱり石英なんだねと、本当に納得したよ。でも顔だけでも、元の世界よりも遥かに良いから恵まれているよ。
「でも、マナロードを操るリズおねーちゃんがいないと皆困るよ。ヨミちゃんは大丈夫だから、仕事に戻って?」
「それなら大丈夫。数年分のマナロードを頑張ってかき集めてきた。数カ月の休暇をとってきた! 見よ、この休暇許可を!」
「おぉ、3ヶ月も……よく取得できたね」
紙切れを差し出してきたので、受け取るとたしかに3ヶ月の休暇を許可すると書いてあった。どんだけ頑張ったわけ?
「妹が頑張ったから余裕ができた! これでリズも地球に侵入できる。血わき肉おどるイベント満載の地球! きっとなにかへんてこな化け物もいると思う!」
「うん、地球にそんな化け物がいないことを祈るけど……たしかに先行させたドローンが撮影した写真では化け物が写っていたけどね……。『魔物』って呼ぶことになったらしいよ」
機械と生き物が融合して溶けたような化け物が写っていた。正直言うと、初めて見た時はトラウマものの異形だった。
その言葉を待っていたと、リズはむふーっ、むふーっ、と鼻息荒く近づいてくると、ヨミちゃんの身体を揺らす。
「そのとおり! リズがいなかったら、1人ずつキャンプから隊員がいなくなるパターン! リズが解決する!」
「それ、リズおねーちゃん以外は死ぬパターンじゃない?」
「とりあえずは、基地まで移動する。こっちこっち」
クイクイと引っ張ってきて、港を横切る。
「あれれ、あの蒲鉾形の輸送船に乗るんじゃないの?」
「セイの用意した輸送船だと、確実に妹は死ぬ。ちゃんと頭の良いリズが用意しておいた」
隅っこのコンテナまで手を引かれる。リズがコンテナ脇のコンソールをピピッと叩くと、ガコンと蓋が開く。
「ありゃ、この骨董品、博物館から盗んできた?」
コンテナの中身を見て、ヒューと口笛を吹く。
「大丈夫。怪盗セイがこの機動兵器は借り受けるって、紙に書いて置いてきた」
「それなら大丈夫だね!」
安心したよと、揃ってセイへと雑な扱いをする姉妹である。
コンテナ内には戦闘機が鎮座していた。青い色のSFチックな宇宙戦闘機だ。記憶の中にその戦闘機の名前はあった。
「ラクタカーラサファイアじゃん。整備は終わってるのかな?」
コロニー連合同士での最後の戦争時にランピーチ少佐が使用したランピーチ専用可変機動兵器だ。
細長い鋭角のシルエット。翼にはビームキャノンが搭載されており、ミサイルポッドが後部に取り付けられている。
「もちろん、武装もバッチリ。きっとこの先で敵が待ち受けている。これを使用して敵を倒す」
「あぁ、宇宙基地までにもう妨害があるんだ。まぁ、予想通りといえば予想通りなんだけど」
ハッチを開くと、埃っぽい匂いがしてくる。コックピット席に座って、ポチポチとコンソールを立ち上げると、フィンと軽やかな音がして、ラクタカーラサファイアが軽い振動と共に息を吹き返し始めた。
「どうやら問題はないみたいだね」
「ちゃんと整備はしておいた。天才リズに不可能はない!」
ハードチェッカーを動かすと、3割くらい真っ赤となるので、ジト目でリズを見る。
「………機体の部品は完全には集めることができなかった。でも出力の70%は出せるはず」
「弾丸も満タンじゃないんだけど。マナタンクも半分も補充されていない」
「妹ならこれで充分だと考える。もう大戦時のエネルギーパックなんて手に入らなかった」
「まぁ、これでも戦えるから、別にいっか。イベントっぽくもあるしね」
充分な性能を発揮できない機体。その後、部品を集めて完全なる機体にする。テンプレだね。
「むふーっ、パイロットスーツを着る。万が一を考える。敵の攻撃が当たらなくても脱出ポッドが動くこともある」
「はぁい」
コックピット脇に置かれていたパイロットスーツに着替える。パイロットスーツはヒンヤリとしていて気持ち良い。リアルのパイロットスーツにワクワクしちゃう。ヘルメットをかぶって、バイザーを下ろす。
「なんだかワクワクしてきたよ! ラクタカーラサファイア、出る! ……えっと、マウスはどこ?」
ペチペチコンソールを叩いて、キョロキョロとマウスを探しちゃうヨミちゃん。ヨミちゃんはマウス派なんだけど。繊細なる動きはマウスが必要じゃないかな。特に戦闘機は。
「………なんだか、リズの妹の様子が変。いつもと違うけど、なにかあった?」
「そうかな? いつもとまったく同じクール宅急便なヨミちゃんにしか見えないでしょ?」
半眼のリズへと、惚けた顔でニコリと返す。孤高なるヨミちゃんだから、コンコンって鳴けばますますそっくりに見えるよね。
「………今は気にしないことにする。出発する妹よ」
無理矢理コックピットの隙間に座ると、嘆息するリズ。
「了解!」
マウスはどうやらないらしい。諦めて、レバーを握り締める。心地よい駆動音とともにラクタカーラサファイアがふわりと浮いて、ゆっくりとコンテナを出る。
「ラクタカーラサファイア、出る!」
ラクタカーラサファイアのバーニアが青く光ると粒子を吐き出す。軽いGが襲い、ラクタカーラサファイアは滑るように港を飛び出す。作業員たちがラクタカーラサファイアを見て、驚きの表情で指差している。
ラクタカーラサファイアは、港から空気が漏れないように張られている泡のような障壁であるバルーンフィールドを超えて出発するのであった。
漆黒の世界。壁を超えると死の世界となる宇宙空間にて、青き粒子を噴出しながら、戦闘機は一条の彗星のように飛んでいく。
「那月宇宙基地には、このルートが一番早い。でもきっと待ち受けている敵がいる。遠回りする?」
マップを映しながらリズが尋ねてくるが………。
「んと……。どうやら元のヨミちゃんもケホンケホン。罠があるのは予想内。ここで片付けて後顧の……なんとかは防ぐことにするよ」
「憂い。………むぅ、やっぱり妹が変」
たまに忘れることはあるから、ジト目で見てこないで。
小一時間程飛行していると、ピピッとレーダーに反応があった。見ると赤い点がたくさん映っている。
「ほら、やっぱり罠だった! 妹はリズの言うことを聞かない!」
ガクンガクンと肩を揺さぶり、口を尖らすリズ。
「大丈夫だよ〜、予想内だから〜」
揺られながら敵の数を確認する。巡洋艦級3隻、機動兵器16機と。結構な大部隊だ。
『那月嬢。大変申し訳ないが、君の事業はこの私が受け継ごうと思う』
通信が入ってきて、聞き覚えのある男子の尊大そうな声が聞こえてくる。
どうやら先回りされていたらしい。2時間も寄り道していたからなぁ。




