74話 港にて
胴上げを堪能して2時間後。ガタンゴトンとコロニーの外をトラムは移動する。外、即ちコロニーの外壁を回って走行するため、壁一枚先は真空の世界、宇宙だ。
外の様子がホログラムで映し出されて、星が光る幻想的な光景。周囲に浮かぶスフレ型のコロニー。
遥か遠くに見える赤き惑星、地球。
赤いのは念動障壁のせいだ。過去のサイキッカーたちが最後の力を結集して作り上げた不可侵のフィールド。
美しいと言われた青い惑星の姿はない。500年前に『クロウ』がビームを撃ち込み、焔で燃やしてから数年後、地球で生き残ったサイキッカーたちが張ったと言われており、これまではどのような手段でも侵入が不可能であった。
トラムはホログラム以外は電車と変わらなかった。もっとエスエフな感じが欲しかった。でも、コロニーの外を移動するのは良いね。SFって感じ。
椅子に座って、のんびりと壁に映る外の様子を眺める。窓なら、頬をむにゅうとつけて眺めるけど、これはただの金属壁なのでつまらない。移動時間は一時間だっけ。
黄昏れるヨミちゃんだが、それを見て心配げにセイが顔を覗き込んできた。
「ねぇ、ヨミ。君も緊張しているのかい? いつもと様子が違うように見えて心配だよ」
柔らかなモノトーンの声音で声をかけてくるセイに、憑依がバレないように肩をすくめて誤魔化す。
「そんなことはないよ、こーほー。ヨミちゃんはいつも通りだよ、こーほー」
「そ、そうかい? なら、えぇと……なぜ紙袋をかぶってるのかな?」
「銀の仮面を忘れたから、とりあえず紙袋をかぶったんだよ。名付けてダースペーパー、こーほー」
紙袋を頭からかぶって、完璧な変装のヨミちゃんです。これならば先程みたいに、群衆に胴上げされることもない。皆騙されて、変装しているヨミちゃんに近寄らないしね!
「いつもはもっと人を寄せ付けない雰囲気を持っていなかったかな?」
尚も言い募るセイ。どうも変だと疑われているらしい。記憶の中のこの世界のヨミちゃんをサルベージする。
───この世界のヨミちゃんか。
いつも緊張感に包まれて、ピリピリとした空気を醸し出し微笑みなど見せないで、クールで尊大、天才的な戦略と無謀にも思える作戦を常に成功させる行動力を持つ孤高なる美少女だった。
………うん、まったく同じだね!
「まったく同じだよ。セイおにーちゃんは変なことを言うね。こーほー」
ピカピカに磨かれているトラムの壁に映ったヨミちゃんを見る。紙袋を頭からかぶって、『ダ』と額部分に書いてあるし、こーほーと唸ってもいる。人を寄せ付けないクールなヨミちゃんにしか見えないよ。
「ち、地球侵入作戦は決死の覚悟が必要だし、緊張しているのか。き、緊張?」
なぜかクールなビューティーヨミちゃんを見て、顔を引きつらせて困惑するセイ。まぁ、ほとんど前と同じだからバレやしないだろう。
ガタンゴトンとトラムは揺れて、一路向かうのは宇宙港である。
◇
「宇宙だーっ!」
海を前に叫ぶリア充の如く、ヨミちゃんは宇宙港に到着したら叫びながら飛び出した。高層ビルが何棟も楽々入る広大な宇宙港は、船舶が停泊しておりドローンがコンテナを運び、スリムな宇宙服を着た人たちが無重力空間の中を縦横無尽に飛び回っている。
リアルの無重力は一味も二味も違う。空をくるくると舞いながら、ガツンゴツンと壁にぶつかるけど、痛さよりも喜びと興奮の方が大きい。
ちょっと涙目になって、頭を押さえているのはご愛嬌だ。結構痛い。
「頭は大丈夫かい、ヨミ?」
どんなふうに頭が大丈夫なのかはわからないが、心配をするセイ。ヨミちゃんは大丈夫だよ。たんこぶを心配してくれてありがとう。たんこぶを心配しているんだよね?
一抹の不安は、フーと唇を尖らせて吹き飛ばし、ふよふよと浮く。無重力って、凄いや。身体が回転するよ、ゲームの時とは違うよ!
港にはあまり人がいないのでダースペーパーは止めて、クロールをしちゃう。おぉ、クロールで進むというのは嘘だったんだ。まったく前に進めないや。
キャッキャッと遊ぶ無邪気な少女に、額を押さえるセイ。なにやら呟いている。
「ヨミが変だ。地球への侵入作戦がそこまでか弱くない少女の心を蝕んでいたのか………」
なんかセリフが変だけど、たぶん言い間違いだろう。とはいえ、少しはしゃぎすぎたかも。これでは疑ってくださいというものだ。
仕方ない。真面目にするかな。
クロールから平泳ぎにしようっと。おぉ、平泳ぎでも前に進まないや。アニメやゲームでは泳げたのは嘘だったんだね。
周りの人たちが唖然としてヨミちゃんを見てくるので、ふりふりと手を振って応える。ヨミちゃん、ヨミちゃんをよろしく。
「ほら、あの宇宙船に乗って、研究所に移動するんだから早くしないと」
「はぁい、宇宙船も楽しみだね!」
床を蹴り、遂にセイが泳ぐヨミちゃんへと近づくと体を押さえる。無重力での移動うまいねと、もはやクールなヨミちゃんを演技する気ゼロのヨミちゃん。
蒲鉾形のあまりかっこよくない宇宙へとセイが引っ張ってきて、港を横切るように空中を移動するが───。
「ヨミ、危ないっ!」
『念動防御』
ヨミちゃんを庇うように、セイが前に出てくると手を翳す。不可侵の障壁が手のひらから生まれると、揺らめく空間に銃弾が命中する。
ピシリと銃弾は止まるが、次々に銃弾が飛んできて、障壁に阻まれていく。
「聖なるモニュメントを破壊せし悪女に死を!」
トタタと乾いた音がして、怒りを込めた怒鳴り声が轟く。
「しまった。港にしては人気がないのは気になっていたのだが、テロリストが潜んでいたか!」
「おぉぅ、悪女とは酷いね、こんなに頑張っているのに」
周りを見ると、サブマシンガンを手に持つ作業員がわらわらと姿を現し始めていた。
「我らの勝利のモニュメントをよくも破壊したな!」
「かつての我らの栄光を汚すものめ!」
「サイキッカーに栄光あれ!」
『サイキッカー主義』のテロリストだ。どこにでもこういうのがいるね。世界が変わっても、パターンはまったく変わらない。
どうやら一部の人々にはヨミちゃんは嫌われまくっているらしい。悪役令嬢ここにありだ。
『念動弾』
弾丸に念動力が付与されて、揺らめく弾丸が放たれる。セイが障壁を張り続けるが、徐々に障壁は押されていき、苦悶の表情へと変わっていく。
無重力なのに、敵も上手く移動して、こちらへと接近してくる。
「セイおにーちゃんは武装していないの?」
「超能力だけで充分だと思っていたんだ。まさか武装までして、ヨミを狙ってくる敵がいるとは考えていなかった!」
あぁ、どうやら根本の考えなしなところは髭もじゃ石英と変わらないのねと、少し安心つつ周りを窺う。
本来のヨミでも、この襲撃はどうにか防げたのだろうけど、ヨミちゃんだって楽勝だ。
『魔糸』
シュルリと糸を生み出すと、周囲で働いている無人ドローンに接続する。『マシンパペッティア』たるヨミちゃんは機械人形を操ることでは誰にも負けない。
チュインチュインと障壁に銃弾が弾かれて火花が散る中で、ニパッと笑うと手を繰る。ドローンたちの動きが変わり、テロリストたちへと突撃を始める。
「さぁ、ご覧あれ。人形遣いの劇の一幕を」
くーるに微笑むと手を交差させて複雑に指を動かす。円盤型のドローンが空気を噴出させて、フリスビーのように突撃していき、敵を吹き飛ばしていく。
「グハッ、な、なぜドローンが!?」
「か、回避しろっ! いや、ドローンを先に倒せ!」
無重力での突撃は強力で、敵にぶつかると骨の折れる嫌な音をさせて、ボールのように吹き飛ばされる。所詮、空気を噴出させての移動をするテロリストたちは、ゆっくりとした移動であり、貨物を運ぶために高速で移動するドローンたちには敵わない。
「おぉ、なんだかよくわからないけどラッキーだよ、ヨミ」
「良かった、精神は石英なんだ」
考えることを放棄して喜ぶセイに、ますますホッとしちゃうヨミちゃんである。見かけだけなんだね。
「とやっ!」
クイッと糸を動かして、ドローン突撃を繰り返す。銃弾はセイが防いでいるし大丈夫──。
「これなら勝てそうだ。テロリスト殲滅システムでも積んであったのかな?」
「どんな輸送用ドローン? というか、その言葉はフラグだからやめてほしかったんだけど」
謎システムを期待するセイが余計なことを口にする。油断するセイを他所に顔を顰めてテロリストたちに視線を向けると、予想通りにフラグは回収されそうだった。セイは殴って良いだろう。
「高速グレネードを撃て!」
「はっ! これでも喰らえ!」
サイキックでは防げない高速弾を撃てる特殊グレネードランチャーを何人かが構える。そして、躊躇なく引き金を引き、ロケット弾のようにグレネードが撃たれた。
「くっ、ドローン、壁となれ……?」
こちらへと噴煙を残して、高速で接近するグレネード。命中すれば死は免れない。この世界のサイキッカーは魔法使いよりも柔なんだよ。
ちょっぴり人よりも強いだけで、しっかりと装備を整えた敵には敵わない。なので急いでドローンで迎撃をしようとするが……何事にも例外はある。
『振動』
飛来するグレネード弾に歪む空気が通り過ぎる。砲弾は揺れると、ぐにゃりと歪み爆発する。
爆発がテロリストたちとヨミちゃんたちの間に巻き起こる。爆風が体を押して、ヨミちゃんとセイは後ろへと吹き飛ばされて、壁に着地する。
「な、なんだ? 超能力?」
「いったいどこに!」
驚きの表情でテロリストたちが周りへと慌てて銃口を向ける。が、どこにも敵の姿がないので焦りながら散開しようとするが、再びどこからか声が響く。
『音波振動』
「ガッ、耳がっ」
「い、意識が」
空気圧が変動し気圧が上がり、つんざくような音が響く。テロリストたちは銃を捨てて、耳を塞ぐが防ぐことはできずに、耳から血を流すと、グルリと白目となって力を失いぷかりと空中に浮くのであった。
「むふーっ! アホのセイでは護衛にならない。やっぱり護衛はヨミの最強たる姉が行うべき!」
そうして得意げな少女の声が聞こえてくると、空気が揺らめき、腕組みをした一人の少女が姿を現すのであった。




