73話 コロニーにて
驚きである。なにが驚きかというと、こーゆー風に記憶を取り戻す時には、なにかイベントめいたものがあるんじゃないかというところだ。
鏡に映る自分を見てとか、命の危機とか、夢の世界とか。
なにゆえハンサム石英を見て、ショックを受けて記憶を取り戻すというのか。ちょっとヨミちゃんも信じられないよ。
まぁ、山賊みたいな髭もじゃで大柄な男が、爽やかな見るからに乙女ゲームの攻略対象とか、異世界恋愛物のヒーロー役になっているんだから、そのショックは大きいんだけどね。
驚いたヨミちゃんだが、周りの女の子たちがきゃーきゃーと騒いでいるので、キャーと叫んでも目立たなかった。ヨミちゃんだけ恐怖と驚愕の悲鳴だったんだが。
「雨屋殿か。那月嬢を迎えにいらしたのかな?」
「えぇ、姫はか弱いので、護衛も兼ねているのです。それよりも今不穏な意見は仰らない方がよろしいですよ、大国二世殿?」
舌打ちをして忌々しそうにする大国へと、ニコリと甘いスマイルで石英が答える。その後ろには花が描かれていてもおかしくない。
二世と呼ばれた途端に、明らかに顔を歪めると、強い口調で反論してくる。
「二世などと呼ばないでもらおうか! 私は一人でいくつもの政策や事業をやってきている!」
「これは申し訳ない。他人へと血と殺戮の人形遣いと言うくらいだから、許容範囲だと思ったのですが」
どうやら二世は禁句らしい。先程までとはうってかわって、顔を歪めて怒りの口調となる大国。
その反応は予測済みだったのだろう、石英は肩をすくめてクールに笑うだけであった。
クリーチャー、クリーチャー、クラムチャウダー食べたくなっちゃったと、そのやり取りを見て慄くヨミちゃん。あんなのは石英じゃない。他のなにかだ。たぶん人類に寄生するクラムチャウダーだと思う。
「セイ様かっこいいよねぇ。あくまでもクールな対応でその場をおさめるんだもん」
メカクレ少女がうっとりと頬を染めるのを見て、ヨミちゃんもあれはセイという他の生き物だと認識しておく。これからはセイと呼ぼう。
「もう地球侵入作戦も近いんです。ここで荒事にするのは大国さんも望ましくないのではありませんか?」
「……くっ、わかりました。那月嬢、これで失礼する。我らの力が必要となればすぐに声をかけて頂きたい」
捨て台詞のように言うと、足音荒く大国は去っていく。取り巻きたちが私をチラチラと見て忌々しそうにするので、全然わかっていないんじゃないかな。
「さて、お姫様。お迎えにあがりましたよ」
手を差し伸べてくるクリーチャーセイに、頭がくらくらするヨミちゃんでした。倒れてもおかしくないよね。
◇
お迎えに素直に従って、ヨミちゃんはてってこと学園を出た。またねぇーと手をぶんぶん振って、クラスメイトたちとはお別れだ。
「学園を去ることになって、寂しいかいヨミ?」
「今は気持ち悪いです」
心配げなセイに、二枚目イケメンは耐えられないよと、お腹を押さえちゃう。セイが微笑むたびに、SAN値チェックをしているのです。
だが、セイは寂しいからだと勘違いして、ヨミちゃんの頭を優しく撫でてくる。その気遣いがもはやこの世界は異世界だねと確信させちゃうよ。
『那月学園』。地球の周囲に浮かぶ23のコロニー群の中で最高峰の学園である。那月コロニー群にあり、全てのコロニー群のサイキッカーが集まる学園だ。前の世界の23区と同じ名前がそれぞれのコロニー群につけられている。違うのは天照の代わり那月コロニー群があるくらいかな。
プロゲーマー時代にやっていた『蒼き惑星』の500年後の世界という設定らしい。いや、本当にある世界だから、設定という言い方は変か。
どうやらランピーチは那月という苗字を名乗り、コロニー群のトップになった模様。大戦終結の5年後。本来は私がやる予定であった新バージョンを終えて、ランピーチは勝者となった。そして、那月ヨミはその子孫である。
どうやらマナが枯渇して、地球に降りてなんとかしようという作戦の時に、ヨミちゃんは憑依したらしい。この世界の記憶もあるから、本当に憑依かどうかはわからないけど。
ナイスタイミングでの憑依というべきか……バッドタイミングというべきか困るな。
来週、地球侵入作戦は始まる。地球に侵入したらどうなるか、元の世界に戻れるのか、まぁ、ログアウトのコマンドは例のごとくないので、浮き輪に乗って流れるプールに流されるようにプカプカするかな。
それにリアルのコロニーだ。ゲームの時とは違ってリアリティがある。ここにいる間に観光をしないとね!
「トラムまで少しあるから歩こうか」
「うん、セイお兄ちゃん!」
クラムチャウダーセイの爽やかな態度に、目から血が流れて、気持ち悪さで胃が逆流し吐きそうだが、なんとか耐えて、ヨミちゃんスマイルを見せる。ここで変なところを見せるわけにいかない。
ぽてぽてと道路を歩いて、キョロキョロしちゃう。屋台などはない。この世界は前の世界よりも食糧難だからだ。合成食料は見た目は本物に見せているけど、全部ゼリー味だし、食べる価値なし。
天井をあおぐけど、青空のホログラムが広がっている。この世界のコロニーはスフレ型。重力操作装置がコロニーには搭載されており、この形でも全く問題はない。宇宙から眺めると美味しそうに見えるくらいだ。
ガラス張りのところはなく、全て金属で覆われている。その中でホログラムで青空を移している。人類が閉塞感を持たないようにするためだ。
後は何も変わらない。家屋もビルも全て前の世界とほとんど同じだ。違うのはマナが人工的に含まれており、極めて耐久性に高く、劣化しにくいというところだろうか。
その結果、コロニーの景観がどうなっているかというと……汚い。マナを含めて建造できるほどに資源がないので、ほとんど新築がないためだ。100年、200年、下手したら500年前の家屋がある。
劣化しなくても、汚れは積み重なるために、薄汚れているのだ。
家屋は元の色は青かったり、白かったりしたのだろうけど、今は汚れてシミが残り、ヒビの入っている家屋もある。
空気清浄も節約しているために埃っぽく、大気が汚れている。道を歩く人々の服装も服を一旦解体してからリサイクルして作り直す物も多く、どことなく薄汚れている。
レストランも少なく、店舗もあまり見ない中で、ちょっぴりがっかりしながら歩く。
「皆、あまり元気ないね」
もっと空飛ぶ車とか、空中にチューブが浮いていたりとか、SFなところが見たかったよと、がっかりヨミちゃんだ。
通りすがりの人々もどことなく元気がない。きっと食べ物屋が少ないせいだと思う。
「ヨミにはそう見えるのかい? これでも少し前より遥かに活気があるよ。3年前までは俯いて歩く人がどれだけ多かったことか。裏路地には多くの人々が座り込んでいたしね。店だって開いていなかったし、通りに人も歩いてはいなかった」
どうやら全コロニーがスラム街のようだった模様。極限まで節約しても、後20年持てば良かったらしいからな…………。
「今はヨミのお陰でコロニーの全機能はフル稼働している。失業者も少なくなり、食料も増産しているし、難民も発生していない。とりあえずの窮地は免れたと言って良い」
「そうだと良いんだけど」
なるほど、これでも活気があると。それなら責任重大だなぁ。
「それよりも今日は仮面をつけないんだね?」
「仮面?」
なにそれ? なんで仮面? そういや、そこかしこに顔の上半分を銀の仮面をかぶって歩く人たちがいるな。コスプレ?
セイの不思議そうな顔に、ヨミちゃんも不思議な顔で返す。こんな美少女の顔を隠すなんてするわけがない。………なにか理由があったっけ?
記憶をサルベージするために、考え込む。
あ、そっか。思い出した。
───思い出すのが遅かった。
トラム駅が近づいてきて、視認できたと思った時だった。通りすがりの人々がまじまじとヨミちゃんを見つめてくる。
「あの………もしや、那月ヨミ様ですか?」
「はい、那月ヨミちゃんですよ?」
小さな子供を連れたおばさんが恐る恐ると近づいてくるので、ニパッとスマイルで答える。そのスマイルというか、返答はまずかったらしい。
「那月ヨミ様っ! 貴女様のお陰で夫は仕事が見つかりました。これまでどんなに仕事をさがしても見つからなかったのに……コロニーの全機能を回復させて頂きありがとうございます!」
「おねーちゃんが、パパにお仕事くれたの?」
「そうよ、この方は私達の救世主なの」
「そうなんだ! ありがとうおねーちゃん!」
感激したように母娘がお礼を告げてくるので、頭をかいて少し照れちゃう。本当は私がやったんじゃないんだけど。
さらにまずい行動をしちゃったらしい。他の人々も餌を見つけた狼のようにわらわらと集まってきた。
「おぉ、那月ヨミ様だ!」
「我らの救世主!」
「どれだけ私たちが助かったことか!」
「胴上げだ!」
最後の一人が余計なことを口にして、ヨミちゃんは持ち上げられると、わっしょいわっしょいと胴上げされる。ふわりふわりと浮かされて、ヨミちゃん胴上げされてます。
こうなるから、仮面を着けていたんだった! この世界のヨミちゃんはコロニーの救世主扱いにされている。だから顔を隠していた。その仮面をかぶるのが流行っちゃったのだ。これは困っちゃうね。
「那月ヨミ! 那月ヨミはこれから地球に侵入しマナを回収してきます! よろしくお願いします!」
困ったので、ビックウェーブに乗っかり、ノリノリで手を振るヨミちゃん。こういう楽しいイベントを放棄するつもりはないよ。
「ウォォォ! さすがはヨミ様」
「そこに痺れる憧れる〜」
「それ、もっと胴上げだぁ〜!」
ますます事態は悪化して、どんどん人々が集まってくる。もはやヨミちゃん祭りの開催である。
仮面をしときゃ良かった。銀行とコンビニでは仮面はちょっとと怒られちゃうけど、いつもはしていたのだ。
誰か助けて〜!
わっしょいわっしょいと胴上げされるヨミちゃんが助けを求めるが、セイはたはははと笑うだけで助けることはしてくれず暫くの間、ヨミちゃん祭りは続くのでした。
トラムに乗れたのは予定よりも2時間後でした。




