71話 学校にて
ヨミちゃんはグラウンドにボーッと立っていた。肩まで伸ばした海を思わせる青い髪が、そよ風に吹かれてさらさらと靡く。小柄な体格に可愛らしい小顔の美少女はジャージ姿でグラウンドに佇んでいた。
「なにをしてたんだっけ?」
コテリと小首を傾げて、うーんと悩んじゃう。なにかをしていたような気がする。でも、さっぱり思い出せない。いや、思い出せないということはたいしたことじゃなかったのだろう。
というか、ここはどこだろう?
「よーちゃん、大丈夫ぅ? どうしたの立ち止まって?」
後ろから聞き覚えのある少女の声が聞こえて振り返る。後ろから目が前髪で隠れている娘がジャージ姿で走ってきていた。和が追いついてくるのは予想外だった。意外と足が速い。その後ろにも同じジャージ姿の女子たちが走ってきている。
「ううん、皆を待っていようかなって思ったんだ」
そうだ、思い出した。マラソンをしてたんだ。今日は長距離走の日で面倒くさいなぁと思いつつトップを走っていたのだ。
なんで忘れていたんだろうと思いつつ、小さなコンパスな足をてってっと動かして、また走り始める。
「それじゃ、一位は貰うね。さっと終えてお昼寝します!」
ダッシュだと、ムフンと息を吸って駆け出す。乾いた土の地面に踏み込んで、てってっと走り出す。長距離走は教練で手慣れたものだ。30キロの荷物を担いでも余裕で10キロは走破できる。
「軍事教練で鍛えたヨミちゃんだよ。山間訓練も並み居る大人をごぼう抜きにして30キロの距離をダントツトップで優勝した私の力を見せてあげる」
あの時の行軍試験を思い出せばこの程度軽い軽い。
「それ、スタートで隠れて、教官の車を奪ったって聞いたよぅ」
「本当の戦場の気持ちでやれって言ったから、本当の戦場のようにジープを奪ったの」
大声で罵る教官の言うとおりに、戦場の兵士らしく行動したのだ。出発しろと命じた後に、ノロノロとジープに乗ろうとして隙だらけだったから、リュックサックアタックをしてあげたのだ。
驚いた運転手には支給されたばかりの軍用ナイフを見せて、この刃はとっても綺麗でしょと自慢したら、ジープを快く貸してくれた。きっとナイフコレクターとかの人だったと思ってる。
「しかも他の車のタイヤを撃って破壊してから出発したって聞いてるぅ」
教官が持っていた拳銃の試し撃ちをしてみたら、残りの2台のバギーのタイヤに命中しちゃった。
「30キロの荷物を担いで戦場を横断する一番の手段だったなって、教官は笑ってたから大丈夫。成績もトップって言ってたし褒められたんだ。山間横断の最短記録だってさ」
今までの最短記録は3日と4時間。アクセルベタ踏みて走ったら、最短記録なんと28分34秒。誰もなし得なかった偉業らしい。
「教官の目は笑ってなかったんじゃない?」
「良くわかったね、次の日の私との組み手試合をした後に、なぜか涙目になって事務に配置転換を希望していたよ。もう新兵を教える自信がないって。たぶん歳だったんだと思う。それからは私が教官になったよ。実戦に適した訓練にそれからは変えているんだ」
サバイバルを中心に訓練内容を変えたのだ。一文無しで街で目立たずに一週間生きる訓練とかね。というわけで、学生のお遊びマラソンで負けるヨミちゃんではないのだ。
「ゴール! やったぁ、最短記録!」
両手をあげてゴールすると、手に持つストップウォッチをポチリと止める。あ、もう一度ポチリと。
「わーい、最短記録更新。3000メートル走で2秒!」
デジタルに表示された結果は、自分でも驚きのタイム。ここまで良いタイムとは思ってなかったや。
「スタートする時に押してなかったんだよねぇ〜〜〜。それで、なんで先生が持つはずのストップウォッチをよーちゃんが持ってるのぉ。……なんかいつもと違うよーちゃんだぁ」
なぜか驚きの顔をした後に、周回遅れの和たちが目を半眼にして称賛の瞳で見てくるので、手をふりふりして謙遜しちゃう。今回のタイムはたまたまです。今までで一番良いタイムが出せたと思いますと、インタビューでは答えておくよ。
急に止まることはせずに、たったと足踏みをしてだんだんと緩めつつ、ようやく止まる。最短記録を出しただけあって、結構汗をかいちゃっていて、ジャージがベトベトだ。
「最短記録おめでとうございます那月様」
先生がタオルを恭しく差し出して来るので受け取って顔を拭う。ヒンヤリと冷えていて、なかなか気持ち良いね。
青髪をサラリとかきあげると、フフッとよーえんに微笑む。よーえんだよ、本当だよ。無邪気な仔猫のような笑みには見えないよ。
「これで体育の単位は充分かな?」
「はい。これだけの成績であれば文句なく単位は取得できます。他の教師たちも那月様に反対はしないと思われます」
「ありがとうございます。それなら、学園はこれで飛び級で卒業ですね! 他の教科も全て満点だし」
「おめでとうございます、これで那月様は最短記録での卒業となります。半年は前代未聞ですよ」
卒業は決定。学園に入って半年、学歴は高校生で終わりだろう。
空をあおいで、タオルを首にかけて寂しく笑みを浮かべる。雲一つない青空を映し出すドーム型の天井を見て、軽くため息を吐く。
すべての単位を取得して、那月ヨミは11歳にて学校を卒業します。
◇
シャワー室にてシャワーを浴びて制服に着替えると、さっぱりして廊下に出る。ふわぁと欠伸をして、モニュモニュと口を眠そうに動かす。
「眠そうだねぇ、よーちゃん」
「うん、最近徹夜が多くって。睡眠時間が8時間しかとれないんだ」
「徹夜って、そういう意味だっけ?」
廊下で待っていた和が小さく手を振って、ニヘラと笑みを浮かべて笑う。どうやら待っていてくれたらしい。ヨミちゃんよりも遅くゴールしたのに、なぜかシャワーはヨミちゃんよりも早かった。たぶん寝ぼけて、ずっとシャワーを浴びていたからかな。バシャバシャと浴びると気持ち良いんだもん。
二人並んで、食堂に向かう。今日は半ドンで終わりだ。後は昼ご飯を食べて終わり。廊下を並んでぽてぽてと歩きながら、また欠伸をしちゃう。マラソンの後もあって眠い。
「徹夜かぁ、地球に行く準備はそれだけ大変なの?」
「うん、テレポートポータルの設定に少し苦労しているの。テレポートポータルは緻密で繊細で正確な設定が必要だからね。失敗するとエネルギーが無駄になるだけになっちゃう」
「石の中にいるとかよりは良いけど、それでも貴重なエネルギーだもんねぇ。無駄にはできないよねぇ」
「あれ一回で数日分のコロニー維持のエネルギーを使うからね。検証するにも、慎重に行わないと」
肩を竦めてテレポートポータルのことを思い浮かべる。和たちにはナイショだけど、次は上手くいくと思うんだよね。成功しそうとなると、色々と絡んでくる人たちがいるから、簡単には教えることができないんだ。
そして、テレポートポータルが正常に稼働すれば、この学校どころか、コロニーからもしばらくはお別れだ。もしかしたら、永遠に。
僅かに目を細めてシリアスに口元を歪める。仔猫が眠そうにしているねぇとの呟きはスルーする。食堂に向かうのはヨミちゃんたちだけではなく、他の生徒たちも大勢いる。生徒たちがお喋りをしているヨミちゃんたちを通り過ぎようとして、ぎょっとして僅かに廊下の端による。
「那月ヨミだ。あの天才幼女はまだ学校に来ていたのかよ」
「今日で卒業らしいぜ。その後は例の地球侵入作戦に集中するんだと」
「世紀の悪人となるか、英雄となるか、御先祖様の英雄ランピーチと同じ立場になるか………」
「今のところ、サイキッカーには悪女呼ばわりされてるけどな」
「あんなちっこくて可愛いのにね〜、苛烈って噂よ」
生徒たちがコソコソと聞こえるようにお喋りをする。ヨミちゃんの名前もだいぶ広まったもんだ。
食堂に到着すると、くるりと回転してスカートを翻しつつ、手を振って和が悪戯そうに微笑む。
「ささっ、食堂にて皆が卒業のお祝いを準備しております、ヨミさまぁ」
「お祝い?」
「うん、今日で卒業だって聞いていたから、クラスの皆で用意していたんだぁ。とはいえ、お小遣いも限界がありまして………全部合成食料だけどねぇ」
「おぉぅ……半年間しかクラスメイトじゃなかったのに……ありがとう!」
ほとんど学校にも来ていなかったのに、少し感動しちゃう。涙がホロリと流れちゃうよ。
「ほれほれぇ〜、こちらで〜す」
ヨミちゃんの背中を和が笑いながら押して、食堂の長テーブルに向かう。そこにはクラスメイトたちが座っており、合成食料だけど料理が並んでいた。
「卒業おめでとう、姉御!」
「おめでとうございます!」
「ヨミ様、おめでとうございます!」
全員が立ち上がって、ぱちぱちと一斉に拍手してくれるので、かなり照れてくねくねとしちゃう。こーゆーお祝いは初めてかも。
「本日は那月ヨミのこれからの活躍を祝って、そして卒業を祝っての会となります!」
丸刈りの青々とした頭の平がニカリと笑って、司会進行役をする。
「きっと姉御ならコロニーを救ってくれるって信じてるぜ!」
「そうね。これからもきっと活躍してくれるわ」
「新たなる英雄の門出にバンザーイ!」
挨拶をとコップを渡してくれるので、受け取るとエヘンと咳払いをして、高くコップを掲げる。
「那月ヨミに任せて! きっとこれからの生活が楽になるように頑張るよ、マナの減衰している原因もきっと掴んでみせる! 期待してて! カンパーイ!」
「カンパーイ!」
皆と笑顔で乾杯をして、ぽふんと椅子に座る。ソワソワパタパタと脚を振っちゃう。生まれてからこんなに大勢にお祝いされたのは初めてかも。
見た目はお肉や野菜に見えるけど、つつくとぷるんと震えるゼリー状の合成食料を皆が食べ始める。
ワイワイと騒がしくして、暫くお喋りを楽しむ。マナで作った合成食料は相変わらず素っ気のない水っぽいゼリーの味しかしないけど、それでも皆と食べるのは楽しい。
と、和がエヘンエヘンと咳払いをしてくる。その顔は得意げで手は後ろに隠している。なにかあるのかな?
サプライズも大好きなヨミちゃんだよと、プレゼントかなと待つと、和は花咲くような笑顔で何かを差し出してきた。
「ジャジャーン! 自然食材、本物の小麦を使ったパンケーキでーす! 私たちA1クラスが結集したプレゼントだよぉ」
ちっこいお皿に一枚の小麦色に焼けたパンケーキが乗っていた。驚くことに生クリームらしきものも盛っている。ふんわりと小麦の良い香りが漂ってきた。
「おぉ……高かったでしょ? よく手に入ったね!」
完全に不意打ちだ。今や下手な貴金属よりも高い貴重な自然素材のパンケーキとは!
「えへへ、なんとか植物が育つ土を集めて、皆で育てたんだぁ。成長薬を使ったから完全な栄養価はないけど、そこは寛容さを期待するよぉ。生クリームは高級合成ミルクを使いましたぁ」
頑張ったのだろう。和を含めて皆が得意げな顔だ。これを用意するには言葉にする以上に大変だったはずなのに……。
感動でうるうると涙が溜まる。言葉に詰まる。満面の笑みで喜びを示す。
「ありがとう! ここまでしてくれりゅなんて……」
「焼き立てだから、早く食べて食べてぇ〜」
和が勧めてくるので、フォークとナイフを手に持ち慎重に切ると、パクリとパンケーキを小さなお口に運ぶ。
おぉ、パンケーキってこんな味がするんだ。焼き立ての温かさと、小麦の深い味わい。生クリームも質の良い合成食料なので、甘いし口の中で蕩けちゃう。幸せいっぱいに夢中になってすぐに食べちゃう。
「皆……待っててね。すぐにパンケーキをいくらでも食べられるようにするから!」
ここは皆に分けるのではなく、全部食べる。食べて決意する。誓っておく。地球に侵入を成功させて、きっとマナを持ち帰ると。
「それは選ばれしサイキッカーたちが君とともに地球に向かうと言うことだろう、那月ヨミ」
だが、傲慢なる声が水をさしてくるので、うんざりとした顔で振り返る。
「大国君、こんにちは。悪いけどサイキッカーは連れて行かないよ。前にも言ったとおりにね」
そこには髪をオールバックにした青年が睥睨するように取り巻きと共に立っていた。




