70話 新たなる魔溜まりにつき
リアルロボット大戦中に急に現れた特撮ヒーロー担当の手のひらサイズの銀髪美少女月。その言葉に誘われて、ヨミちゃんはガションガションとラクタカーラアンバーを山の麓へと移動させていた。
「ここに『魔溜まり』があるの? ……そうか、だからあのフレイムオーガは強かったんだね。フレイムオーガにしても強すぎると思ってたら、ガーディアンだったのか」
移動しながらも、フレイムオーガの強さの秘密に気づき苦笑いをしてしまう。
本来なら無上先生が勝っていた。フレイムオーガが魔法の重ねがけなど普通は行わないからだ。哀れなる無上先生。運がなかったね。
『その推察はあっていますの。この先に『繋』の力を感じます。ですが、ダンジョンが形成されていないことから、前回よりも遥かに雑魚、雑魚中の雑魚、キングオブ雑魚のはずですわ』
「ボスの中で雑魚でも、ヨミちゃんには充分強いと思うんだけど」
『そんな弱気なことでどうします、ヨミ。雑魚でもきっと回収できるエネルギーは大きいはず。ボーナスですわよ、ボーナス。麻婆茄子ですの』
抗議するのか叱咤してくれるのか、月がぽふんぽふんと頭の上で飛び跳ねるのが、とっても可愛らしい。頭を撫でても良いかな。
「カーラはどう思う? あれ?」
サポートAIに意見を聞こうとモニターに問いかけて、顔を顰めちゃう。
『通信エラー』
先程までは銀髪碧眼の優秀なサポートキャラが表示されていたのに、今は何も映し出されていなかった。エラーとなっている。
「なにこれ、銀髪キャラは二人は同時に出れないとか、そんな縛りがあるの?」
『その意見に同意したいところですが、どうやら2本の『繋』を維持することはできないようですの。ヨミもまだまだですわね』
どうやら月がカーラを追い出したわけではなさそうだけど『繋』ってなぁに? なんとなく想像できる感じはあるけど。
月がこだわっている『繋』。その維持に力を注いでいるということは状況を見ても、月の本体も『魔溜まり』の奥に隠れているということになる。
いや、隠れているのではない。魔物が呼び出される状況と合わせて、もしかして『繋』とは………。
『見えてきましたよ、ヨミ』
「おっと、了解」
月の言葉に考えることをやめて、モニターを見る。山の麓、何もない荒れ地に『魔溜まり』はあった。コールタールのような真っ黒な池だ。
池と評するだけあって、前回よりも二回りか3回りは小さい『魔溜まり』だった。なるほど、『魔溜まり』の大きさが敵の強さに直結するなら、敵の強さは大きく変わるはず。これはかなり弱いかな?
「いけそうかな?」
『もちろん妾たちなら勝てますの。では一本釣りといきましょう!』
躊躇うことなく、月がその手から黄金の糸を生み出すと、装甲を透過して『魔溜まり』へと放り投げる。釣りをするにも、もう少し準備させて欲しいんだけど。
「各機、離れていて。周囲に展開せよ」
『通信エラー』
ありゃりゃ、部下キャラとも通信が不可となっている。せっかくのリアルロボット戦なのに、残念無念。
むぅとお口を尖らせてご不満ヨミちゃんだが、その油断にも見える余裕な態度はそこまでであった。
黄金の糸が『魔溜まり』に入っていき、その水面が波打ち始める。なにかが出現してくるのだろう。水面が大きく盛り上がり、何者かが姿を現すのだが………。
ヨミは大きく目を見開いて、己の視界に映るものに言葉を失うほどに驚きを見せていた。
「あ、あれは見覚えがあるよ。なんでこんなところに!?」
ゆっくりと姿を現したのは、白金の装甲を持つ2本足で立つ竜であった。竜人と呼んでも良いだろう。
背中には2対4枚のウイングバインダーを搭載しており、白金の装甲を輝かせて、力強さを示す太い手足、重なり合った竜鱗にも見えるオリハルコン製の装甲を持ち、トカゲのような頭にはカメラアイが光り、機械の身体を持つ竜機であった。その巨体は30メートルはあり、こちらを睥睨してくる。
「あれは『蒼き惑星』の天使シリーズ、要塞防衛用大型機動兵器『ドラゴニエル』!」
この間やったゲームの機体だ。地球軍の使っていた強力な機動兵器である。
「うん? でも、少し違うな。なんか……肉がへばりついて、いや、融合している?」
本来は美しい白金の機体の各所に寄生でもされたかのようにピンク色の肉塊が不気味に脈動しながら存在していた。せっかくの美しい機体が、不気味なる生体兵器に見える。
ドラゴニエルがこちらを確認して、カメラアイを光らせる。黄金の光りがカメラアイの中に灯ると機械の口を開く。
「オォァォ、コ、コロニーレンゴウ……」
ガツンと頭に響く感じで、怨みと憎しみに満ちた声が思念となって聞こえる。その強烈な思念は、痛みを感じてしまう程だ。
「ぐ、グゥッ、こ、これはテレパシー!? 魔法の世界にテレパシー?」
『WARNING』
ラクタカーラアンバーに警告音が響く。それと共に通信エラーであったはずのカーラが再び映し出された。
『敵機を確認しました。解析完了。要塞防衛用『ドラゴニエル』だと思われます! 既に戦闘態勢をとっています。至急迎撃態勢をとってください』
真剣な顔でカーラが注意を促してくる。
『こちら、ルイス。こちらでも機体を確認した。驚いたな、大戦末期の地球軍の機体だそ。大戦終結から500年。未だに稼働している機体があったとは。気をつけろ、コロニー連合の機体だと認識されているぞ、少佐!』
ボサボサ頭のルイス博士も危機感を表情に見せて忠告してくる。どうやらドラゴニエルだというのは間違いないようだ。
「コ、コロニーレンゴウニチキュウハワタサン」
口を開くと、その口内にエネルギーを溜めていくドラゴニエル。その光は辺りを照らしていく。
『高エネルギー反応! 来ます!』
「なにがどうなっているのはわからないけど、やるしかない!」
レバーを引いて、糸を展開させるとラクタカーラアンバーをワイヤー移動させ、その場から上昇すると大きく飛び退く。
『凝集光砲』
眩しい閃光が光ると、ドラゴニエルはブレスを吐くようにビームを撃ってくる。莫大な熱量を持つ光が躱した場所を通り過ぎて、森林を貫いていく。
光線が通り過ぎていったあとに爆発が巻き起こり、炎の柱が光線の軌道から吹き上げて、天にも届く程に燃え盛る。
空気がビリビリと震え、その炎により世界が熱せられる。
『ドラゴニエルの吐くブレス形ビームは宇宙戦艦の戦艦砲と同等の威力を持っています。食らえば蒸発することは確実です』
謎の踊りを踊りつつ、カーラが報告してくるが、怖い場合は踊るらしい。
『ほわぁ、機動兵器って、ちっこくても強力な攻撃を持っているのですね。あれだけ強力だとは思いませんでしたの』
「少なくとも弱くはないね!」
お気楽な感じで月がお口をポカンと開けて感心しているけど、要塞防衛用だから強いのは当たり前だよ。
ドラゴニエルに糸を発射させてくっつける。すぐに巻き取りワイヤー移動で急速接近を測る。
「とりゃあー!」
加速したラクタカーラアンバーの力を流すように、腕へと溜めて、大剣を振り下ろす。狙うは敵の関節部分。鋭い一撃を繰り出すが、ドラゴニエルも素早く反応すると腕を突き出す。
その手にビームクロウを生み出すと、ラクタカーラアンバーの大剣を受け止める。ビーム光が弾けて、2体は鍔迫り合いを行う。
「ウ、ウチュウジンメ!」
カメラアイが光った瞬間に、ヨミは鍔迫り合いを止めて、ラクタカーラアンバーをバックステップさせる。ドラゴニエルのカメラアイから極細のレーザーが発射されて、地面を融解させて溝を作っていく。
「本来なら気休めのレーザーだけど、あれでも装甲は耐えられなさそう、やばいっ!」
間合いをとったラクタカーラアンバーを確認すると、ドラゴニエルは胸の装甲を開き、その中心に搭載されているオーブにエネルギーを溜めていく。
『拡散凝集光砲』
素早く糸をドラゴニエルにつけると、支点として全力で横へとラクタカーラアンバーを飛ばす。ラクタカーラアンバーが円を描くようにドラゴニエルを中心に回る。その後に豪雨のようにビーム光線が拡散して放たれた。
その光線の一つ一つが大爆発を起こして、森林を文字通り消失させていく。一瞬で緑溢れる森林は爆炎が支配する地獄絵図へと変わる。
「くっ、魔糸が!」
豪雨のように激しい光線により、不可視の魔糸は逃れることはできずに、攻撃を受けて消失してしまう。
魔糸が切れてしまい、放り出させれるラクタカーラアンバーをなんとか足を踏ん張り地面につけると、転倒しないように滑りながら移動する。
「クラータとの魔糸も切れちゃった!」
『激しいエネルギー流により僚機との通信途絶!』
人形との繋がりがなくなり、ヨミは悔しくて唇を噛む。森林内に逃したクラータたちはこれでただの案山子となってしまった。支援も不可能になった。
『ルイスだ。敵は大戦末期の性能を維持しているようだ。だが、こちらは200年前のコロニー間の軍縮条約により全ての機動兵器は放棄が決まり、機動兵器の技術は長く忘れられてきた。今のコロニー連合の機体は地球調査のために作られた久しぶりの機体。その性能は赤ん坊と宇宙戦艦程に広がっている。撤退を推奨する』
なんとまぁ、嫌なことを言ってくる博士だ。ナイフが飛んできて死んでも知らないよ。ゲーム脳の設定だとは思うが、少し頭にくるね。
「ラクタカーラアンバーは戦えるよ、ルイス博士」
これはヨミちゃんが夜鍋して製作した人形なのだ。グツグツとすき焼きを食べながら、頑張って作った傑作なのだ。負けるつもりはない。
「それに昔とは違う機能がこの機体には備わっている。負けるつもりも逃げるつもりもないねっ!」
『妾の出番ということですわね』
ヨミの頭の上で、フンスと月が腰に手をあてて胸を張る。そのとおりだ。切り札はこちらにもある。
「なにせ、毎日痛いのを我慢して指をちくりとしていたからね。ラクタカーラアンバーは強い子なんだ!」
針でチクリと指を刺して、血をラクタカーラアンバーに付けていたのだ。不思議に染み込んでも、血塗れにならないのが不思議だったよ。
「ヨミちゃんの力を見せちゃうよ!」
『マナ注入400』
ありったけの魔力をラクタカーラアンバーへと注ぎ込む。レバーを握る手から水が流れ込むようにラクタカーラアンバーへとマナが流れていき、意識を失うほどにクラクラとしちゃう。
『さぁ、目覚めなさい、妾の人形さん。血の栄誉と力と共に』
『殺戮人形覚醒。血の超強化』
ヨミと月のスキルが発動する。琥珀の装甲内に赤き血が生み出される。血は回路のように機体を張り巡らしていく。膨大なエネルギーがラクタカーラアンバーから発生して、その性能を跳ね上げていく。
ラクタカーラアンバー
機体名:CSAー02
攻撃力:212→2120
防御力:187→1870
機動力:72→720
魔力:130→530→5300
「いっくぞー! ラクタカーラアンバー───」
ヨミは蒼き髪を靡かせて、気合いの咆哮をあげようとして、意識がふらつく。プツリと糸が切れたかのように、視界が真っ暗になる。
なにか、意識が空を飛ぶような感じがしてくる。
『『──脳』が活性化しました。『繋』と接続します』
脳に囁くようになにかが聞こえてくる。
『ふふっ、偶然か必然か。どうやら貴女の『繋』に触れたみたいですわね』
どこからか月の楽しそうな声が聞こえてくる。
そして視界が光り、眩しさに目を細めちゃう。
「な、なにが起こったんだ? へ? ここはどこ?」
光りがおさまった後には───視界に入ってきたのは、学校かなにかのグラウンドだった。広々としたグラウンドに周囲にはコンクリート製の建物が立っている。
え、ラクタカーラアンバーに乗っていたのに………。ラクタカーラアンバーに?
意識が一瞬ふらつく。
───私は今何をしていたっけ? なにか考えていたような気がする。
『さぁ、待ち望んでいた真の劇が開幕します。どうか悪役令嬢の第一幕を楽しんでくださいませ』
どこからか、聞き覚えのある少女の心底嬉しそうな声が聞こえてきたが、誰の声かはさっぱり思い出せなかった。
 




