67話 新型につき
迫る鬼の手。掴まれたら平と違い、ヨミちゃんはトマトのようにグシャリと潰されてしまうだろう。迫る鬼の手は自身の胴体よりも大きく鋼鉄のような肌に生える針金のような剛毛の一本までが観察できる距離にまで肉薄する。
明確なる命の危機に、本来のこの世界のヨミの心が表に出る。和の時は素人の動きだったので、全然怖くなかった。でも今回は死んじゃうかもと恐怖が襲う。
「あたちはいましぇんよ!」
恐怖に支配されて、精神世界にて身体を強張らせて毛布をかぶり寝たふりをする。怖い時は毛布を被って目を瞑れば解決しているのだ。誰かがいつも解決してくれるのだ。
ぷるぷる震えて仔猫のように怯えながら、小柄な顔を毛布からちょこっと覗かせて、サラリと青髪が頬を撫でる。
『タッチしゅるね』
『任せて!』
と舌足らずでお願いしてきたので、プロゲーマーの自我が浮かび上がり、その手がピアノを弾くかのように複雑に細かく動く。
傍目から見たら恐怖に慄く言動と表情が、無駄のない正確な行動とまったくあっていない。他者が見れば不自然に思える姿を見せる。
あと数センチで鬼の手が触れる寸前であった。
「グオッ!?」
鬼はなにかに横殴りされて吹き飛び、地面に重い音を立てて倒れる。
「な、なんだあれ? ま、魔導兵器……なのか?」
ヨミちゃんが助かったことよりも、助けに入った者を見て、クラスメイトたちはあんぐりと口を開けて、唖然としていた。
なぜならばそこには金属製の巨人が立っていたからだ。鋭角に尖った蟻のような外装をしたロボットがそこには立っていた。複眼のカメラアイ、ギザギザの肩当てや、緑色の昆虫のような一枚の装甲は突起がありでこぼこになっている。その手にはマガジン交換式のバズーカを持っており、腰に軍用ナイフが取り付けられていた。足にはブレードローラーが装着されており、可変式の8つのタイヤが接地していた。
ロボットはバズーカを倒れた鬼に向けて引き金を引く。噴煙と共に砲弾が放たれると鬼の顔に命中して、爆発を起こした。
爆発がおさまり爆煙が消えた後には顔の半分が吹き飛んだ鬼の姿があり、ゆっくりと動きを止めて息絶える。
「す、すげえっ! 生体兵器で鬼を一撃かよ!」
「な、なんで、バズーカで鬼を倒せるんだ?」
バズーカの威力に感心する声と困惑の声が混じる。それはそうだろう。常識として生体兵器はランクの高い魔物には通じない。マナをただ付与しただけの弾丸では、魔物の魔法抵抗力を抜くことができないからだ。
だが、このロボットの持つ生体兵器は他の物とはその存在自体が違う。
『ゲーム脳』。プロゲーマーたるおっさんとも悪霊とも言える存在が持つ固有スキル。その力が魔法となってロボットに宿っていた。
即ち、全ては魔法の代物であり、バズーカを含む生体兵器も全て他の魔法使いが使う攻撃魔法と同様に魔法の力へと変わっているのだった。
そのため、マナタンクによりマナを注入されているバズーカは本来の物理攻撃力を魔法攻撃力へと変換されて、十全にその威力を発揮していた。そして、本来の威力を発揮できるバズーカの砲弾を前に生物由来の魔物が耐えられることはなかったのである。
倒された鬼を見て、遠巻きに回り込んでいた他の鬼たちがこちらを餌ではなく、強力な敵だと判断して木々の合間をホバーで縫うように移動しながらオーガマシンガンを発砲してくる。
マズルフラッシュが光り、木々を砕きながら弾丸がロボットに迫る。ロボットはブレードローラーを猛回転させて、すぐさまその場を離脱する。
後ろに下がりなら木々を盾にバズーカを発射して、迎撃するロボット。対するは2体の鬼たち。
左右に分かれて鬼たちが挟み込もうとしてくるが、横合いから砲弾が飛来してきて、爆発音と共にその身体を吹き飛ばす。
「グオッ?」
一撃では身体は削られたものの致命傷とはならずに、砲弾を受けた鬼が体勢を立て直しタワーシールドを前に突き出し、その影に隠れる。
鬼の目に入ってきたのは、新たなる同系機が2機。ブレードローラーを回転させて、バズーカを撃ちながら姿を見せていた。
タワーシールドを構えながら鬼がオーガマシンガンで対抗しようとするが、反対側から砲弾が飛来してきて、慌てて盾の向きを変えて受け止める。
爆発により強い衝撃を受ける鬼へと、急速に接近してきたロボットがバズーカを撃っていく。最初の砲弾が脚を吹き飛ばし、崩れ落ちる最中にすれ違ってきたロボットがその顔に向けてバズーカの引き金を引き、爆発させて肉片に変えるのであった。
3機のロボットたちの優れた連携に、残りの鬼が形勢不利を悟り、バックしながらオーガマシンガンにて牽制射撃をしつつ逃亡を図る。
しかし、その真後ろから3発の砲弾が飛んできて、強靭なる耐久力を持つ鬼であっても耐えることは出来ずに爆散するのであった。
そして、回り込んでいた新たなるロボットたち3機が姿を現し、クラスメイトたちと鬼たちの間に守るように入り込む。
「魔導兵器がこんなにたくさん!」
「しかも鬼を倒せる性能だと!」
「一体全体なにが起こってるんだ?」
頼りにして良いか、味方なのかと騒ぐクラスメイトたちにヨミちゃんは真剣な顔で指示を出す。
「今は味方っぽいから考えるのは後にして逃げよう! 草原へ全力疾走!」
「わ、わかったけど、草原って隠れる場所なくないか?」
「この戦いは森林戦で終わるよ。終わらなかったら、どっちみち私たちは死んじゃう! 今は味方の足手まといにならないように行動しよう!」
「それもそうだな! それにあの魔導兵器の一機がパイロットが死んで、俺が乗ることになるかもだし!」
ロボットアニメのテンプレ。戦闘に巻き込まれて、偶然機体に乗り込む主人公を期待して平がうおぉぉと駆け出す。他のクラスメイトたちも同様に駆け出して、その場を離れていく。
正直、巻き込まれ主人公をするには青々とした丸刈りの頭をなんとかしないと、ビジュアル的にノーサンキューだと思うけど、ヨミちゃんは優しいから黙っておくよ。
周りに人の気配はなくなり、遠くに苦戦している無上先生、傍らに気絶している和だけとなる。
「念の為に」
『濃霧のネックレス』
ネックレスにマナを込めると、一際エメラルドの内にある光が大きくなる。ヨミちゃんはわからないけど、これでヨミちゃんの姿はわからなくなっただろう。
量産型魔導兵器『クラータ』。ヨミちゃんが作り上げた『ラクタカーラ』の簡易量産型だ。素材は鎧王蟻を使用し、骨組みはコボルドローダーの素材を使用。その性能は鬼には劣るものの、バズーカによる火力の高さと連携で敵を追い詰めていくスタイルである。
次いでもう3機を飾り棚から取りだして、計9機のクラータを展開させておく。
「無上先生がなんで苦戦しているのかはわからないけど、私もこっそりと参戦しないとね!」
手を翳して、ちっこい指をぱちりと鳴らすと、ヨミちゃんは大声で叫ぶ。
「こいっ、らくなまーにゃ!」
ちょこっと噛んじゃったけど、形式美ということで頬をちょっぴり赤らめるだけにしておきます。
飾り棚から、骨組みだけの強化装甲服であるパワーローダーが姿を現し、地面に着地する。放電しながらとかエフェクトがあればなぁと、ちょっぴり不満で頬を膨らませて、ヨミちゃんは操縦席へとワイヤー移動でぽすんと入る。皆が薄情にも和を放置していったので、仕方なく小脇に置いておく。
ラクタカーラは以前とは様変りしている。骨組みはアンデットナイトの骨を利用して補強。その全長も7メートル程に変わっており、操縦席はフカフカでシートベルトもしっかりとエアバッグ付きで搭載されているし、レバーも握りやすく滑りにくい素材に変えてある。
そして、ずっと検証していた『ゲーム脳』の力も発揮できるのだ。人形たちにゲームの力を魔法として与える以外のもう一つの力。
夜中にこっそりと何度も試したから、効果は分かっている。どかーんぼかーんと、口ずさみながらごっこ遊びを楽しんだのだ。瑪瑙ちゃんに見つかって少し恥ずかしかった。
「オープン、『ゲーム脳』! コロニー連合とアクセス!」
その叫びにより、空中にホログラム通信が発生する。ショートヘアの銀髪のクールっぽそうな美少女が軍服姿で映し出された。
『認証コードオーケー。コロニー連合特務部隊那月ヨミ少佐と認定。サポートAIカーラによりサポート開始します』
「カーラ、『アントリオンアンバー』を射出せよ!」
『了解しました。支援要請『アントリオンアンバー』射出します』
カーラが頷くと手元のコンソールを操作する。空間に放電が奔ると幾何学模様の魔法陣が描かれて回転しながら光り輝く。魔法陣からゆっくりと巨大な琥珀色の蟻が姿を現してくる。
ホワァと、ヨミちゃんはその光景に目を奪われて、フンスンと興奮しちゃう。これだよ、こういうのが見たかったんだよね。
『ゲーム脳』の一端がわかったのだが、現実にも自分のやったゲームの力を一部持ち込めることが判明したのだ。とはいえ、この世界に来る前にやった『蒼き惑星』の力だけだけど。
一部というか、ちょっとした細かい通好みのエフェクトやシーンイベントだけしか反映されないけど、ヨミちゃんはそれだけで大満足です。やっぱりそーゆーシーンって臨場感を高めて、感情移入させる源泉だと思うんだ。
スキルを使用するたびに、そのシチュエーションに合わせて即席のイベントシーンを見せてくれる素晴らしいスキルなのだ。
「合体だ! アントリオンアンバー」
『契約』
レバーをぐいっと押し倒し、きりりと真剣な顔で叫ぶヨミちゃん。もう頬は興奮で真っ赤で、おめめはキラキラと輝いている。
琥珀色の巨大な蟻が関節毎に分離すると、各パーツがラクタカーラの骨組みに絡みつき接合していく。クラータとは違い、何枚もの装甲が重ねられて、機糸がコックピットから生まれると、装甲を骨組みと接続していく。関節部分の空いた空間には機糸を織った銀色の布が広がり覆っていく。
そうしてコックピットが完全に装甲に覆われると機布がその周辺に球状に覆っていき、光が灯り、全天型のモニターとなり、周囲の様子を映し出す。
深い琥珀色の装甲を持ち、2対4つの赤い目を光らせて、スラリとしたシルエットの人型魔導兵器へとラクタカーラは変貌していた。
「ラクタカーラアンバー!」
最後にヨミちゃんがむふんむふんと興奮気味に決め台詞を口にして、アンデッドナイトの大剣を脚に変えていたアントリオンアンバーの脚がバラバラとなり、一つの大剣に組み合わさると、ラクタカーラアンバーは構えをとるのであった。
『那月ヨミ専用近接戦闘型『ラクタカーラアンバー』起動完了しました』
冷静なる表情でカーラがなにかモニターを確認する。こういうシチュエーション大好きだよとヨミちゃんは大興奮だ。月が特撮ヒーロー好きなら、ヨミちゃんはリアルロボット系統が大好きなのであった。
『少佐、こちらはドクタールイスだ。その機体は地球において活動する際の試作品となる。その機体が魔物に通じるか確認してほしい。上位指揮官機でもあり、下位の量産機への指示も出せるから、しっかりとデータをとってくるようにお願いする』
ボサボサ頭の白衣を着たおっさんがモニターに新たに現れると説明をしてくる。
『蒼き惑星』の設定と同じだねと感心しちゃう。自分が製作した機体なのに、なぜか博士が作ったことになり、アドバイザーとして映し出されるのだ。
『こちらアルファリーダー、戦闘準備良し』
『ブラボーリーダーも問題ありませんわ』
『チャーリーリーダー、既に2体の魔物を撃破している』
パイロットスーツを着込んだ三人の男女が報告をしてくる。
中身のパイロットはいないはずなのに、ゲームでは臨場感を出すためにNPCが搭乗していることになっているのだ。そして、それっぽい台詞を口にして戦闘をリアルに感じさせてくれるのである。
そしてそんなシチュエーションが大好物なヨミちゃんはきりりと顔を緩ませて、真面目で低音の渋いかっこよい声で答えようとする。
「各きゅ、くんれんどーりに戦えば大丈夫! 戦闘をかいちせよ! アルファ、ブラボーは左右に分かれて展開。チャーリーは後方にて支援!」
雛のような可愛らしい声が精一杯でした。
『アルファ了解』
『ブラボー戦闘を開始しますわ』
『チャーリー、支援のために後方にて待機する』
『では、少佐。戦果を期待します。貴女に幸運を』
「ラクタカーラアンバーの初陣! 見せて、魅せて、地上へコロニー連合の再来を示ちょう!」
ノリノリで叫ぶけど、やっぱり噛んじゃって、レバーを押し倒すと、ラクタカーラアンバーは発進する。
その姿はどこから見ても、アニメのロボットごっこ遊びをする可愛らしい幼女であった。
◇
「はわわ、よーちゃんは地球人じゃなかったんだ。大昔にはコロニーがあったって御伽話じゃなかったんだねぇ」
カブトガニ人形にフェイスをハグされていたけど、意識が戻っていた和がオロオロワクワクと小声で呟くが、ハイテンションなヨミちゃんはまったく気づかなかった。




