66話 鬼とのバトルにつき
以前に無上先生が使役していた『鬼』だ。しかし、天然の鬼はその姿が違った。
一本角を額から生やして、赤き鋼鉄のような硬度を持つ皮膚、7メートルほどの背丈までは入学式で見た鬼と変わらない。
だが、腰に下げた四角い鉄塊を先端に付けたハンマーと、手に持つサブマシンガン。分厚い装甲のタワーシールドを構えている。
そして脚は機械化されており、スカート型に付け根が広がっており、そこから暴風のように風を吹かせて、ホバークラフトにて身体を浮かせて高速で移動していた。生体兵器を備えた真の鬼の姿がそこにはあった。
サブマシンガンといえど、それはシルエットがそう見えるだけで、巨体の鬼が持つために巨大だ。人間が持てばバズーカほどの銃となるだろう。
その巨大なるサブマシンガンから、バズーカの砲弾のように強力な銃弾が一瞬でテロリストのリーダーを肉片に変えてしまった。テロリストのリーダーもそれなりに強い亜人であったろうに、瞬殺される威力だ。
「グォォォ!」
明らかに怒りを籠めて、鬼たちが咆哮をあげて、ホバー移動で砂煙を跡に残しながら接近してくる。
「ぬうっ! 奴等『迷宮化』の魔法で魔物を封じていたなっ! 怒り狂ってるぞ! 無理矢理封じられていたのは、人間のせいだと気づいているな!」
無上先生が忌々しいと舌打ちしながら状況を言葉にする。怪しげな宝玉の力が『迷宮化』だったのだろう。空間を歪めて魔物たちを集めていたために、今までろくな魔物と接敵しなかったのだ。
鬼が重低音を響かせて迫ってくるのを見て、クラスメイトの一人が地面に伏せると耳をつけて真剣な顔になる。スゥと息を止めると振動音を聞き分けようと耳を済ませて、敵を数えていく。
「ホバー音………さん、よん……やばいぜ姉御、20体近く近づいてやがる。さらに遠くからもホバー音が聴こえるから、もっと鬼は多くなるぞ!」
報告してくる内容に顔を顰めちゃう。それはちょっと厳しいかも。
「うはははは! この無上の衝竜が相手をしてやる! 記者のインタビューでは強くてかっこよい心優しき次期学園長候補の無上先生に命を助けて頂き、感謝しますと涙を流して答えるように!」
『魔法障壁』
しっかりと自身に光る魔法の防御障壁を張って、無上先生が迎え撃つ。鬼の砲弾の如き銃弾を放つサブマシンガンの威力は流石に馬鹿にできないと考えたのだ。
『魔法障壁』は魔力の高さにより耐久力が変わる魔法使いの基本魔法だ。物理攻撃はもちろんのこと、魔法攻撃もその耐久力がなくなるまで肩代わりをする。ヨミちゃんは使えないけど。基本魔法も使えない可哀想な可愛らしい悪役令嬢なのだ。
「皆も『魔法障壁』を張って! オーガマシンガンの威力は伊達じゃないよ!」
『下級身体強化』では防ぎきれない。恐らくはボーリング玉が命中したかのような怪我を負うに違いない。
「でも、そうなるとマナが全て尽きちまうぜ?」
「鬼はそもそも私たちの魔法じゃ通じないよ。それよりも逃げることを優先しよう」
「そ、それもそうだな」
入学式のことを思い出し、顔を引きつらせて平たちは頷くと魔法障壁を張っていく。これで肉塊になるようなことは防げるはず。
クラスメイトたちが魔法障壁を張っている中でも、無上先生は『衝竜』を前面に出す。
『衝竜』が大きく口を開かせて、その口内に炎の生み出すと爆炎の焔へと変えて吐く。
しかし、先程まではその一撃で燃え尽き倒れていく魔物たちであったが、鬼への結果は違った。鬼がタワーシールドを構えて炎を受け止めると、赤熱はするが貫くことも融かすこともできずに終わるのであった。
対してオーガマシンガンを構えて、鬼は引き金を引く。砲弾ともいえる大きさの銃弾が豪雨のように『衝竜』へと迫る。
だが『衝竜』もAランクの魔物だ。銃弾を前に亀甲型の障壁を自動展開する。
『竜鱗』
自動展開型結界スキル『竜鱗』が銃弾をあっさりと弾く。回り込んできた鬼が同様に撃つが、ドーム型に展開された『竜鱗』を破壊することは叶わなかった。
鬼は銃の効果がないと見ると、腰に下げたハンマーを引き抜く。ハンマーの先端後部から炎が吹き出し、一気に肉薄してくる。
『ジェットハンマー』
ハンマーが後部から吹き出したジェット炎の推進力により、ミサイルかと思われる高速での一撃と変わる。近接からの強力な一撃は『竜鱗』を砕き、『衝竜』の頬面にめり込む。
が、その一撃でも僅かに頬にめり込むだけであった。
「愚か者が! 『竜鱗』は障壁を発生させるだけではない。身に着込む鱗自体が極めて強力な防御力を持つのだ。それしきの攻撃が効くかぁっ!」
無上先生が余裕の笑みで鬼へと吠えて、『衝竜』は大きく口を開くと鬼の首元に噛みつく。グシャリと喉笛が潰されて、ゴポリと血を吹き出して鬼は倒れ伏す。
「うはははは、全滅、駆逐、殲滅してくれるわ! この偉大なる召喚士無上の力を見よっ!」
混戦の中で、『衝竜』が噛みつき、その爪で引き裂き、鬼を次々と倒していく。その猛威はさすがは学園の魔法使いに相応しいものであった。
「これなら俺たちは助かりそうだな、姉御!」
「今のセリフで無上先生の勝ちはなくなったかも?」
クラスメイトたちがその活躍に歓声をあげて、拳を握りしめて、平が安堵の言葉とフラグを立てる。
「それよりも流れ弾が来る前に逃げるよ!」
「だけどどこに逃げるんだよ? 霧で周りはほとんど見えないんだぜ?」
困った顔のクラスメイトの言葉に小さな舌でチッチっと小鳥のように可愛らしく舌打ちする。そういえば霧があるとか言ってたな。一体全体どういうこと? ヨミちゃんには見えないんだけど? 仲間外れ反対!
それにマナが感知できるはずなのに、霧の魔法に無上先生が気づいていないことも気になる。……マナを感知させない特殊の魔法なのか? もしかして古代の魔道具?
「貴様らを必ず殺すっ!」
考え込んでいると、最初にヨミちゃんが蹴り飛ばしたクロウジャガーが立ち上がる。盲信している狂信者のように狂った目で石ころを持つと、無上先生と戦闘をしている鬼へと投げつける。
ペチリと石ころが鬼に当たるが、ダメージを与えることはなかった。しかし、鬼のヘイトを稼ぐには充分でもあった。こちらへと鬼の一匹が顔を向けて迫ってきたのである。
タタタと乾いた音が響き、オーガマシンガンの引き金を引かれて、クロウジャガー男は銃弾を浴びて肉塊へと変わっていった。
そしてその結果に満足したのか、ニマリと鬼は嗤って止まることなくこちらへと向かってくる。食べようと考えたのか、オーガマシンガンをしまい、食欲に満ちた顔で。
「むむ、余計なことを。皆は逃げて、草原に向かうんだ! しーちゃんは皆を守ってね!」
何という悪役に相応しい行動をするのだろうと、死んだクロウジャガー男に感心しつつ、扇を構えて対抗する。
「わかった! 逃げるんだよぉ〜!」
「ワヒャンッ」
姉御を残してとか気遣いの言葉はなく、薄情な平が真っ先に逃げて、他のクラスメイトたちも後に続く。それを護衛するように殿をポメラニアンがテッテと駆ける。
これで鬼との戦闘に集中できると身構える。
「ヨミちゃんを食べるのはノーサンキューだよ。その食欲は他の物で満足してね」
手を繰ると魔糸が反応し、草むらから蜘蛛が飛び出す。鬼の口へと蜘蛛は張り付き──爆発した。
「グオッ!?」
顔を焦げさせて、体勢を崩した鬼がホバー移動に耐えきれず転がり転倒する。倒れた鬼へと新たなる蜘蛛たちが次々と張り付くと、口の中に入っていき、体内でドカンドカンと爆発していくのであった。
痙攣して動きを止める鬼を見て、胸を撫でおろす。やっぱり自爆は良い技だね。悪役に相応しい技と言えるかも!
「まだまだ20匹は蜘蛛はいるし、無上先生が鬼を駆逐している間は時間稼ぎができるかな」
「よーちゃん、皆と合流しよぅ〜、もう皆先に行ってるよぉ」
「和ちゃん、まだ逃げてなかったの?」
横合いから声がかけられて振り向くと和が心配げな顔で立っていた。ヨミちゃんを心配して待っていたらしい。優しい和にホロリときちゃうよ。
「それじゃ、一緒に逃げよう!」
糸を使って移動すれば、あっという間だったんだけど、仕方ないか。細っこいコンパスのような足を振って、てこてこと走る。
「ワヒャンワヒャンッ」
「大変! 皆に鬼が!」
激しい鳴き声を上げるしーちゃん。クラスメイトたちの足が止まり、その眼前にいつの間にか回り込んでいた鬼が姿を見せていた。和がそれを見て悲鳴をあげる。
その悲鳴にヨミちゃんは眉を僅かに顰めさせて、魔糸を繰り出し、蜘蛛を向かわせる。
「ヒョエー! 覚醒、覚醒しろ! 覚醒だぁっ! 今こそ平の力が覚醒する時っ! 覚醒してくれぇっ!」
鬼に掴まれて今にも食べられそうな平が、パチンコ屋で確変を引こうとする負けの混んだおっさんのような悲鳴をあげる。だが、大口をあげたその鬼の口内に蜘蛛が飛び込み爆発する。
「ぐへぇっ」
投げ捨てられた平が悲鳴をあげて、ヨミちゃんは追撃の一撃を与えようと扇を開く。
「風花ふ、むむっ!」
「死ねっ!」
だが、隣で走る和が突如として短剣を振りかざしてきた。まったく殺意を感じなかったし敵意もなかったのに、突然膨れ上がった殺意を前に驚きを隠せない。
般若の顔で和は波打つ刃の短剣を持って突き刺そうとしてくる。
素早く扇で短剣を受け止める。だが、信じられないことに、ガリガリと音がして扇は切り裂かれてしまう。
「Sランクの『風神の扇』が!」
扇は柔らかい紙製に見えても、そんじょそこらの金属よりも遥かに硬い。なのに、簡単に切られちゃって驚きを隠せない。
和は狂気に塗られた顔で短剣を再び繰り出そうとする。その表情は躊躇いはなく、和の意思すらも感じさせないものだ。
「しくった! 罠が仕掛けられていたんだね! でも、和ちゃんの力じゃ私には敵わないよ」
ヒュルンと魔糸を繰り出すと、不可視の糸で和の身体を絡めとる。
「グガッ」
「てい」
絡めとられた和がぽてりと倒れるので、捕縛用の蜘蛛を飾り棚から呼び出すと、その顔に張り付ける。カブトガニのような特殊型で、敵に張り付くとその尻尾で頸動脈をきゅっと締めて気絶させるのであった。
友達に対して説得や躊躇いなどはまったくないヨミちゃんである。悪役令嬢だから仕方ないよね。たぶん無駄なイベントだと思ったから説得イベントはスキップしました。
「うわぁっ、座式がフェイスにハガーされてる!」
「寄生も卵も産み付けないタイプだから大丈夫でしょ。それよりもこれが魔道具だね」
平の声は無視して、倒れ伏した和が持っていた短剣とネックレスを剥ぎ取る。よくよく見ればエメラルドの中にマナの輝きが垣間見える。設定資料にあった『濃霧のネックレス』だ。古代遺失魔道具で、短剣の方はというと『魔法武器破壊』の古代遺失魔道具だ。一回使うと10分間だけ魔道具を破壊できる使い捨ての武器だ。よくこんなもん持ってたな。
短剣はすぐに砕けるから捨てておこうかな。ネックレスは後で返さないといけないから、ポケットにしまっておこうかな。返すの忘れたらごめんね。
「もしかしてヨミちゃんが狙われていた? 今回のことはヨミちゃん狙いの罠?」
恨まれる覚えは全くないんだけど。品行方正な悪役令嬢ヨミちゃんなんだ。とすると……。
「デモの時だな。『風神の扇』が狙いだったのか」
魔法武器破壊の古代遺失武器を用意していることから推察できる。参ったな黄泉平坂の仕業か? 和は操られていたか。
捨てようとした短剣で和の肌を軽くつついておく。ちょっぴり血が出たけど代わりにあらゆる魔法は効果を失っただろう。肉体操作か精神操作かはわからないが、これで大丈夫。
顔を顰めちゃうヨミちゃんだが、離れた場所から無上先生の絶叫が響き、気を取り直して慌てて振り向く。
「私の『衝竜』がぁっ!」
なぜか片腕が吹き飛ばされている『衝竜』。鬼に負けるはずはないのに、大ダメージを負っていた。
「姉御、後ろだ!」
「え?」
注意を無上先生に向けていたヨミちゃんが平の声に振り向くと、真後ろからいつの間にか接近していた鬼が手を伸ばしてくるのであった。




