65話 罠につき
さっきまでは4車線はある広い道にいたはずだったのに、今は聳え立つ木々の生い茂る枝葉により陽射しは遮られて、影の下で薄暗い。背丈ほどももある草むらが視界を遮り、周囲の様子が確認できない。
そして、草むらから飛び出してきたアサルトライフルで武装して、モスグリーンの迷彩服を着た襲撃者たち。
『妖精の道』の効果だ。この魔法の効果は道なき道に空間を歪めて、まるで木々が避けてくれたかのように道を作る。森林内とかで移動する際に便利な魔法だが、罠として使われたらしい。魔法の効果を解除すれば、空間の歪みは消えて、元に戻る。
空間の歪みの大きさを正確に理解していれば、元に戻った際の場所に予め伏せておけば奇襲に最適だ。なにせ離れた場所にいたと思ったら目の前に現れるのだ。どんなに警戒しても防ぐことは不可能に近い。
「死ねっ、魔法使いたち! 魔法使いの子供として生まれた己を呪うがよいっ!」
倒れた無上先生を見てから、襲撃者たちは今度はヨミちゃんたちへと銃口を向けてくる。
周囲を襲撃者たちは囲んでおり、その数は20人。全員がアサルトライフルで武装しており、見逃してくれる可能性は低そうだ。
全員、角が生えていたり、尻尾が生えていたり、目が4つあったり、複眼だったりと姿は様々だ。
突然のことに、皆はなにが起こったのかわからずに立ち尽くしている。そして、襲撃者たちの指が引き金を引こうとしていた。
ヨミちゃんは危険と判断し、少し本気度を上げて、細っこい腕をブンと振る。
「蜂の巣はノーサンキューだよっ! しーちゃん、退魔の咆哮!」
「ワォーン!」
『退魔の咆哮』
引き金が引かれて、銃弾が放たれる。軽い銃声が響き、ヨミちゃんたちに銃弾の嵐が襲う。しかし、その前にポメラニアンが躍り出ると、四肢を踏ん張り咆哮した。
空気が震え、咆哮の波紋が銃弾を通り過ぎる。その咆哮の力に触れた銃弾はゆらりと歪むと宿っていたマナがろうそくの炎のようにあっさりとかき消えて、ただの弾丸へと変化させた。
しかし弾丸は止まることなく、クラスメイトたちの身体に命中してしまう。
「あたっ、いでっ」
神人ならば蜂の巣になり死亡確定であったろう。だが、魔人は違う。『下級身体強化魔法』であっても、細胞の一つ一つまでマナにより強化され、この世の理から外れかけている肉体には傷一つ与えることはなかった。
威力はゴム鉄砲のレベルで、クラスメイトたちは多少の痛みを受けるくらいだった。
「くっ、マナを霧散させるとは! その厄介な犬を先に」
しーちゃんへと憎々しげに殺意をむけて、リーダーらしき男が部下に命令を出そうとするが、その判断は甘かった。
「クククク、テロリストごときがぁっ! 銃弾如きで魔法学園の至宝たるこの無上を殺せると思っているのか!」
倒れた無上先生が傷一つない姿で、怒気で身体を震わせて、含み笑いをしつつ立ち上がったのだ。
まぁ、当然だろう。生体兵器は銃弾にマナを付与しているが、その威力は極めて弱い。通常、マナ単体ではたいした威力は持たない。
魔法という理に変じていないマナは例えるとただの火薬だ。火薬を敵にぶつけても相手はたいしたダメージを負うことはない。火薬に火をつけなくてはその真価は発揮できないことと同じである。
そして、腐っても魔法学園の魔法担当を任命されるほどに魔法に長けた無上先生は『上級身体強化』を使用していた。マナが宿った銃弾程度では衝撃は受けても、魔法により大幅に強化された肉体にかすり傷どころか、痣すらつけることはできなかったのだ。
「やれ、衝竜! テロリストたちをぶちのめせ! 全員捕らえて明日のニュースの主役はこの無上だっ!」
「グォォォッ!」
衝竜は一声吠えると、その竜の身体に力を漲らせて、テロリストたちへと走り出す。ドスドスと重々しい音を立てて、丸太よりも太い竜の腕を振るおうとする。
「くっ! 魔法学園の講師の力を甘く見てたかっ! 浮雲、竜の動きを止めろ!」
「おおっ! これでも喰らえっ!」
『蜘蛛網』
蜘蛛のような複眼と、背中に蜘蛛脚を生やした男が前に出てくると、衝竜へと蜘蛛の牙を生やす口を開き、蜘蛛糸を吐き出す。扇状に放たれた蜘蛛糸は網となり衝竜たちを捕まえようとする。
蜘蛛網に覆われた衝竜たちが動きを鈍くし、足が止まってしまう。
「愚か者がっ! この無上を甘く見てもらっては困る!」
無上先生が手をマナで輝かすと、召喚士の魔法を使用する。マナは赤きオーラとなって配下の召喚獣へと降り注ぐ。
『召喚獣強化』
衝竜たちに赤いオーラが宿ると、身体能力が強化され、その動きが鈍重なブルドーザーから、凶暴なる戦車へと変わると、身体を覆っていた蜘蛛網が溶けるように消えていった。魔法抵抗に成功して、己の宿るマナで無理矢理蜘蛛糸を霧散させたのだ。
「ちいっ、蝙蝠、召喚獣の目を潰せ!」
「任せろっ!」
『暗闇』
今度は蝙蝠の翼を背中に生やし、その顔が蝙蝠となっている男が手を翳す。暗闇が滲み出るように放たれて衝竜へと命中するが───。衝竜に近づくと暗闇は消えてしまう。
「だ、駄目だっ! グハッ」
蝙蝠亜人は衝竜に殴られて吹き飛ぶと、木に叩きつけられて崩れ落ちる。
「くっ、Bランクの亜人が一撃だとっ! 囲めっ、囲んで倒すんだっ!」
「クハハハ! 亜人如き、たとえAランクでも魔法使いに敵うわけがなかろうがっ!」
『鎖陣稲妻』
動揺するテロリストたち相手に、無上無双が続く。稲妻が無上先生の手から放たれると、強烈な閃光と共に、数人のテロリストたちを薙ぎ倒す。
半分程度のテロリストたちが無上先生と戦闘を始めて、魔法とスキルが飛び交い怒号と爆発音、木々の倒れるの音と砂煙が発生する。
しかし、残りの半分はヨミちゃんたちへと向かってきた。数が多いので無上先生だけではカバーできないのだ。
「子供といえど魔法使いならば容赦せん。死ねぇっ! 全員掃射せよ!」
再びテロリストたちが銃口を向けてくるので、ヨミちゃんはちっこい手を振り、強き眼光を魅せる。
「しーちゃん、守りの遠吠えだよ!」
「ワヒャーン」
『守護たる遠吠え』
ピンと尻尾をたてて、ポメラニアンが遠吠えを放つ。先程と違い長い咆哮は空間を揺らして、銃弾にマナは宿らせない。『守護たる遠吠え』は空間に長時間の効果を発して、弱いマナを霧散させる聖犬の特殊なスキルだ。
「くそっ、厄介な犬を使役しているな、小娘っ! 先に小娘と犬を殺せっ!」
「俺がしっぺい太郎の飼いぬ、姉御っ、あいつらは強力な亜人っぽいですぜ、気をつけて!」
なんか平が抗議の声をあげようとしたけど、くるりと顔を背けて、ヨミちゃんへと警告を促してきた。最初に狙われると考えた模様。丸刈り君よ、後で覚えてろよ。
「この俺が切り裂いてやるっ! 受けよっ、クロウジャガーの爪を!」
ジャガーの頭を持つ男が爪を長剣のように伸ばすと、獣の特性そのままに俊敏なる動きで間合いを詰めてきた。
『十字爪』
爪を十字に薙ぎ、ヨミちゃんを切り裂こうとしてくるジャガー男。だが、その程度の動きではヨミちゃんには通じないのだ。
腰に下げた『風神の扇』を取り出すと、身構えてムフフとヨミちゃんスマイルを見せてあげる。
『風花風刃』
小柄な少女は優雅にゆらりと扇を舞わせる。花びらが舞い、マナを宿すと迫る爪へと撃ち放つ。
合わせて10枚の花びらが爪と激突し、金属が歪む音が鳴り響く。そうして、クロウジャガー男の全ての爪に正確無比に命中し、断ち切っていた。
「なっ、俺の爪が!」
高速での切り払いだ。まさか合わせてくることがあるとはと驚愕のクロウジャガー男を前にさらに扇を振るう。
風がヨミちゃんの身体を浮かせて、こっそりと繰り出した魔糸により空高くに舞い上がる。
「サイクロンヨミキーック!」
「グボッ!」
風を竜巻のように身体に纏わせると急降下し、ヨミちゃんは回転しながら蹴りをクロウジャガー男に繰り出す。メキョリと頬が歪みクロウジャガー男は蹴り飛ばされると、地面に激しく身体を打ちつけて倒れるのであった。
「おのれっ! このニードルトータスの甲羅を喰らえいっ!」
『棘甲』
それを見て亀の甲羅を背負った亀男が憤怒の表情で突撃してくる。甲羅から棘が無数に生えると、ジャンプをして亀男は甲羅を向けて落ちてくる。
「もう『風神の扇』を使いこなせるヨミちゃんには通じないっ!」
『風花竜巻』
目を細めて、戦意を高揚させると扇を再び振るう。亀男の真下から竜巻が巻き起こり、その身体を包むと空高くに吹き上げる。
舞い踊るようにくるりと回転すると、ヨミちゃんは扇をクイッと下に振るう。竜巻が無くなり、亀男は他のテロリストたちへと落下して、ボーリングのピンのように薙ぎ倒すのであった。
「情報通りに手強い! 皆、包囲して殺すのだ!」
「そうはいくかってんだ!」
『稲妻』
包囲してこようとするテロリストたちに稲妻が奔りその身体を貫く。
「ガァッ……」
身体から煙を出して、倒れていくテロリスト。見ると平が手を翳していた。放電がパリリと手のひらを奔っている。
「魔人を舐めるなよ、俺たちだって魔法を使えるんだ!」
「そうだっ! これでもくらえ!」
「私たちだって戦えるのよ!」
『火球』
『凍矢』
『石礫』
クラスメイトたちが魔法を使い、炎や氷、石礫がテロリストたちに放たれて、次々と倒していく。
「馬鹿なっ! ここまで来るのにマナを使い果たしていないのか!?」
倒されていく仲間を見て、テロリストが動揺する。なるほど、本来ならば、ここまで来るのにクラスメイトたちはマナを使い果たしているはずだったのだ。だからこそ倒せると考えて攻撃してきたのだろう。Eクラスはマナ量も少ないし、たしかに良い作戦だった。マナが尽きた魔人なんか雑魚同然だからだ。
「うはははは! この無上が貴様らの罠に気づかないわけがなかろう! ゴミ生徒たちのマナは温存していたのだよ! 敵は伏兵を用意しているみたいですとな!」
一人でテロリストたちを倒している無上先生が孔明みたいなことを言って高笑いをする。どうやら嫌がらせは無上先生の狡猾な作戦となった模様。たぶん記者のインタビューでは、臆面なく得意顔でそう騙る予定の模様。
大勢いたテロリストたちは衝竜に殴られて、クラスメイトたちの魔法に倒されていく。
残り少なくなる仲間を見て、リーダーらしき男が舌打ちすると懐から怪しげな紫色の宝玉を取り出す。
「仕方あるまい! 本当は我らで殺したかったが、手段に拘っている場合ではなさそうだ」
宝玉を翳すとリーダーらしき男はニヤリと嗤う。
「ここまで来るのに、内蔵兵器を持つ魔物がいなかったことを不思議に思わなかったか? それは我らがこの森林に誘導し封印していたからだ!」
宝玉が光りだし、禍々しいオーラが吹き出す。
「迷宮は解除される!」
『迷宮の森解除』
禍々しいオーラが森林へと拡がっていくと、ピシリと家鳴りのような音が響き、空間にヒビが入っていく。
「馬鹿なっ! 古代遺物だと!」
無上先生が宝玉を見て、驚愕で目を剥く。その間にも空間のヒビは大きくなり、遂にパリンと砕ける音がした。
「な、なんだよ、何も起きないじゃないか。驚かせやがって」
平が安堵の表情でフラグを立たせる。もちろんすぐにフラグは回収された。
遠くから、飛行機のエンジンのような音がしてきて、段々とこちらへと近づいてくる。
「な、なんの音だ?」
クラスメイトたちが戸惑い、顔を見合わせる。
「魔人たちよ、魔物によって殺されるが良い! ここらへん一帯の強力な魔物を空間を歪めて誘導しておいたのだ!」
敵のリーダーが哄笑し───何かが飛来してきてその身体はバラバラに砕け散る。
そうして、木々の合間からそれは姿を見せる。クラスメイトの一人が恐怖で顔を歪ませて叫ぶ。
「鬼だっ!」
それは足をホバーで浮かせて、タワーシールドを肩に背負い、片手にサブマシンガンを構えた高速で接近する巨人。『鬼』たちの姿であった。




