64話 間引き開始につき
スタート地点は草原だ。そこから魔物を誘引しながら駆逐して、森林の手前まで進んで間引きは終了となる。
学生たちの簡単なオリエンテーションではない。魔物たちと戦う危険なオリエンテーションだ。魔物のレベルはCからD。魔法使いは亜人とは違い『魔法』という世界の理を壊す強力なる力を使えるために、ランクが低くても、魔法の一撃で格上の敵を倒すことができる。
それがたとえEランクの魔法使いであってもだ。
なので、那月一門は『下位身体強化』を使用しながら、弱い魔物を倒しつつ、手に余る魔物は魔法で撃破する作戦だった。ノルマはDランクの魔物を最低30体。Eランクの皆だとマナ量が厳しいために、上手くやりくりする予定だった。
予定は未定となった。未定から延期となり、自然消滅するまでの流れである。
なぜならば───。
「クククク、危ないゴミ生徒たちよ! 衝竜よ、ブレス攻撃だ!」
草むらがカサカサと葉擦れの音がすると、ぴょこんと顔を覗かせた角うさぎ。鼻をスンスン鳴らしてコチラをつぶらな瞳で観察してきた。それを見て、優しい無上先生が生徒たちを守るために衝竜へと指示を出す。
衝竜は息を吸い込み、胸を膨らませると角うさぎへと激しい炎を吐く。
「グォォォ」
『撃炎息吹』
あっという間に衝竜が吐いた炎により、草むらごと燃やし尽くす。
さっきから戦闘は無上無双。
『角うさぎABCDが現れた』
『衝竜は激しい炎を吐いた』
『角うさぎたちへ平均80ダメージを与えた。角うさぎたちを全滅させた』
『クラスメイトたちはなにも手に入らなかった』
テロテロリーン。戦闘終了。みたいな感じ。
「うはははは、大丈夫だったか、ゴミ生徒共。この優しい無上が守ってやったぞ、おっとノルマはどうだ? ちゃんと魔物を倒しているか? うはははは」
もう絶好調な無上先生である。スキップしながら、生徒たちを気遣う優しい言葉を口にしているので、クラスメイトたちは悔しさと憎しみを込めて睨みつけていた。
「その目だ。その目が見たかったんだ、うはははは。私は少し過保護かな? しかし愛する生徒たちを前に過保護になるのは当たり前だ。そうは思わんか? うはははは」
衝竜をお伴に連れて、無上先生は魔物を倒させる隙を見せない。一緒にいるはずのDクラスの面々は2つに別れて行動することにしたので、姿が見えない。なので遠慮なく魔物を片端から倒していた。
もう小躍りもしそうだ。魔法学園の先生だけあって、索敵などのスキルも高く、とてもではないが、高校に入ったばかりの生徒たちでは対抗できない。
「姉御、やばいぜこれ。俺たち一匹も敵を倒せないで終わりそうだよ」
「このままだと私たち退学になっちゃうよぉ〜。どうしよう?」
平と和が困った顔で相談してきて、他のクラスメイトたちもコクコクと頷く。たしかにオリエンテーションが始まってから、一匹も倒していない。危機感を持ち始めるのは当然だろう。しーちゃんだけはお散歩お散歩と私たちの周りをぐるぐる回ってはしゃいでいる。
「魔物誘引機は正常に稼働してるんだよね?」
「あぁ、半径3キロ内の魔物を誘引するように稼働中だぜ。でもあの先生が数百匹を呼び寄せても倒しちまうんだ」
無上先生を憎々しげに睨みながら、クラスメイトの一人が宝玉を見せてくれる。宝玉は淡く光っており、その効果を発揮していた。
今も新たに30匹ほどのウィードウルフの群れがこちらへとやって来るのが見えたが、火線が放たれると全て焼き尽くされる。さっきから、この繰り返しなのだ。
「うーん………最大効果で使っても駄目か。無上先生は良い召喚獣を手に入れたね」
「ブレスはマナを消費しないから、格下の魔物を倒すのにぴったりだよぉ」
和の言うとおりだ。ブレス系統はスキル扱いだから、マナを使わない。即ちどんなに長く戦闘をしてもマナが尽きて力尽きるということが無いのだ。無上先生はこの日のために、あの魔物を選択したのかもね。まったくあの執念には感心しちゃうよ。
「でも、そんなに心配する必要はないよ。本当に退学にはならないと思う。たぶん内申点の大幅な減点とか、後でクラスが不利になるようなことがあるだけだよ」
さすがに一教師がクラス全体を退学にはできない。そこまで強権は持っていないだろう。まさか学園自体がヨミちゃんたちを退学にしたいなんかあるわけないよね。無いといいなぁ。
「でも、もしも学園が退学になったら、那月一門として本格的に活動できるから別に良いかな」
別に退学になっても気にしないヨミちゃんです。とりあえずの人脈はできたから学園に在籍する意味は………。あ、悪役令嬢やらなくちゃ。でも、学園に在籍していなくてもできると思うんだ。
「えぇっ! そこで諦めちゃうのぉ? 学園を卒業できなかったら半端な魔法使いとして、まともな仕事は見つからないよぉ」
「ヨミちゃんが社長の那月ファンドは学歴は気にしないから大丈夫。皆を雇うから安心してね。皆の力を結集すれば、どんな困難も超えることができるって、これまでの学園生活で強い鎖の絆ができたはずだよ」
「その鎖の先って首輪がついてないか? 俺たちの首輪についている鎖を姉御が持っているような気がするんだけど?」
困った顔の和へと、軽く小首を傾げて安心の言葉を告げる。平はなかなか上手い言い方をするね、ザブトンをあげようかな。
「思い切りが良すぎるよぉ。もっと学園生活を楽しもうよぉ。私文化祭とかやってみたい」
「食べ物屋をやってみたいんでしょ」
「シュラスコをやってみたいの。お肉食べ放題なんだってぇ」
やはり食べることしか考えていない和だった。それにしては何も食べてないけど。珍しいな?
まぁ、冗談はここまでにしておこう。ようは魔石を集めれば良いのだ。悪役令嬢ヨミちゃんが簡単な方法を示唆してあげようじゃないか。
「衝竜が倒した魔物の魔石を集めようよ。それなら簡単にノルマはクリアになるよね」
無上先生は倒した魔物を放置している。よく焼けましたなお肉の中に魔石は隠されているのだから。
「いや、それをできるならしてますぜ、姉御。見てみてください」
丸刈り平君が指差した先、少し後方に放置された魔物の死骸に、抜き足差し足盗み足と、クラスメイトの一人が匍匐前進して近づいていた。魔石を盗もうとしているようだけど………。
「やってられっかよ、倒した魔物から魔石を集めりゃ良いんだろ」
愚痴りながら黒い虫の如くカサカサと匍匐前進をしていくが、なかなか頭の良いクラスメイトだと、半眼で眺めていると───。
『弱炎矢』
「あじゃあっ!」
尻に楊枝のような炎の矢が突き刺さり、クラスメイトは飛び跳ねて、尻についた炎をかきけそうと叩く。あじゃじゃとコントのように悲鳴をあげて、慌てて駆け回る。
「そこっ、私が倒した魔物から回収するのは違反だぞ、クククク。それと私の目の届かないところには行かないように。行かないように! 大事なことだから二度言っておいた」
30名の生徒たちが少しでも離れたら、魔法で注意を促す優しい先生だ。クラスメイトたちはその親切な言葉に殺意を纏わせて睨みつけていた。
「チキショー、この見通しの悪い天気でよく見てやがる」
「遠目も遠視も付与できる『梟目』を使ってやがるんだ」
「俺たちを潰そうとする気が高すぎだろ………」
炎を消そうとゴロゴロと転がるクラスメイトを放置して、他のクラスメイトたちは顔を見合わせて不満と怒りを籠めて話している。まぁ、その親切ぶりは異常だ。誰かがよほど怒らせたんだろうね。誰かはさっぱりわからないけど。
「それにしても、内蔵兵器を持った魔物が一切現れないね。ここってAクラスの受け持ちじゃないの?」
さっきからファンタジーモンスターしか出ていない。ちょこの情報では内蔵兵器を搭載した魔物が、しかも高ランクで現れるんじゃなかったっけ?
「大袈裟に言ってたんじゃないのか? ほら、まだ入学してから間もないし、素質はあっても、本人たちの今の力はCランクに毛が生えたくらいだろ?」
「あぁ、たしかにそれはあるかな。なるほど、平君も頭を使ってるんだね」
「ふっ、この丸刈りの頭がキラリと光るぜ」
青々とした丸刈りを見せて、平が鼻の穴を膨らませてピスピスと鳴らす。丸刈りでも、全然めげない平君。
「そんなことより、無上先生がどんどん先に行っちゃうよぉ」
考え込むヨミちゃんに、和がつんつんと肩を叩いてくる。見ると無双先生はワハハハと笑いながら、本来よりも遥かに早いペースで進んでいる。そりゃ衝竜を使ってるんだから当たり前だ。
「くっ、あれだけの魔物の死骸があるのに魔石を放置しなくちゃいけないなんてよ……」
「本当だね。魔物の死骸に蜘蛛さんが群がっているよ。さすがは魔物の住む世界。あっという間に死骸は無くなっちゃうね」
黒焦げの死骸には蜘蛛が貼り付いて、せっせと魔石を取り出している。たぶんあの蜘蛛さんたちは少し離れた場所にいる大型金庫蜘蛛に魔石を仕舞うだろうね。だから、クラスメイトたちは安心して良いよ。
肩を落としてクラスメイトたちは無双先生についていく。それを見て無双先生はうははははとまた哄笑して進んで行く。
あまりのペースにもう草原地帯は終わりを告げて、森林前に到着した。ここでオリエンテーションは終わりなんだろうと、ただの遠足に終わったEクラス。
……と思ったら、森林の合間に拓かれている道へと無双先生は入っていく。鬱蒼と繁った草むらや、聳え立つ木々を貫通するように、その道は存在していた。
あれ? 森林手前で終わりじゃなかったっけ?
森林内は危険な魔物がまだまだいるはずなのに……それだけ衝竜に自信があるのだろうけど、少し危険じゃない?
クラスメイトたちを見るけど、ブチブチと文句を口にしながら歩いている。あれれ?
「ねぇ、和ちゃん。森林内に入るのは危険じゃないかな? もうオリエンテーションは終わりのはずだよね?」
「……森林内? やだなぁ、まだ草原だよぉ。森林はまだまだ先だよねぇ?」
「霧でわかりにくいけど、まだだぜ姉御。ほら木がまだ先に見えるぜ」
───え? なんで? まだ草原? 霧で?
目を細めて警戒心をあげて他のクラスメイトたちを見る。やはり他のクラスメイトたちもおかしくは思っていないようだ。
そういや、さっきから見通しが悪いって言ってたな。霧のせい? ヨミちゃんは見えてないよ? 精神抵抗が無意識に働いている? もしかして幻覚が発生している?
「五里霧中? ヨミちゃんも霧が見たい! じゃなくて、まずい!」
森林の中に不自然に存在する切り開かれた道を皆で進んでいる。このままだと奥に入りすぎる!
「無上先生! これは罠です! なにかへんてこなことが起きています!」
ちっこい手をあげて、少し焦って無上先生に声をかける。
「あん? 罠だからオリエンテーションは中止にしろと言うのか? うはははは、そんな言葉に惑わされることはないぞ!」
鼻で嗤って、まったく聞く気がない無上先生。ヨミちゃんの言葉を聞く気が無いことはわかったけど、クラスメイトたちは避難をさせないと……。
『妖精の道解除』
木々の合間、どこからか声が響いてきて地面が揺れる。
「な、なんだ?」
「木が動いているぞ!」
「後ろの道も木で塞がれていく!」
木々が揺れて、空間が圧縮されていくように道がなくなり、木々の聳え立つ森林へと突然変わっていく。
『妖精の道』。木々を魔法の力で不自然に避けさせる魔法だ!
突然の出来事に皆は密集した木々に動揺を見せてざわつく。
「こ、これは? 那月ヨミ! 何をしたぁっ!」
「ふざけている場合じゃないよ、無上先生!」
「ぐぬぬ、貴様ではないとすると……ちっ、まずい。お前ら、すぐに逃げるんだ、ここで死んだら私の評価が下がってしまう!」
魔法学園の先生であるだけに、事態をすぐに理解したらしい。気を取り直すのが早い。
だが、それは遅かった。遅すぎた。
「かかったな間抜けども!」
「魔法使いに死を!」
「天誅!」
突然草むらから亜人たちが飛び出してくると、手に持つアサルトライフルを向けてくる。躊躇いなく引き金を引くと、その銃弾のシャワーが襲いかかってくる。
そのターゲットは………。
「ぐわあっ!」
無上先生が銃弾のシャワーを無数に浴びて吹き飛ぶのであった。




