63話 オリエンテーションにつき
東京都と埼玉県の県境。廃墟地区を越えて、冒険者地区を抜けると穀倉地帯があった。他県では地区で分けられているのは内地区と穀倉地区であり、拠点ごとに穀倉地帯が作られており、魔物が侵入しないように結界で守られている。
農村地帯ということだ。長閑な村落が離れた場所にあり、その中心には村長として貴族が屋敷を構えている。結界はそのレベルによって維持にかかる金額が違うので、低位の結界しかないところも多い。時折入り込んでくるだけの魔物に対し、毎日結界を維持するコストが見合わないからだ。
なので、高位の魔物を防ぐ程の強さがないところは、春先や冬入り前に魔物の間引きを行う。これはその貴族の寄り親が軍を用意して定期的に行う行事であった。
そして、関東地区では23区の大貴族たちがいつもは間引きの要請があると軍を率いて間引きしていた。これは神人たちへの大々的なアピールでもある。
魔物から人々を守るのは魔人以外にあり得ないとのアピールと、多彩な魔法が飛び交うので、見た目もインパクトがあり、見世物としてもちょうど良い。
今年の間引きの様子も撮影されて、テレビに公開されるだろう。ここで活躍した魔法使いたちは、大貴族からのヘッドハンティングがあったり、ファンクラブができるくらいなのだから、本気度が違うというものだ。
そして、その軍の中には、将来のためにと低位の魔物を駆逐するように要請された学生たちの姿もあった。
水田がキラキラと日の陽射しを照り返して、用水路を越えて、人ほどの蛙がゲコゲコと鳴きながら侵入しようとする。だが、水田の周りに等間隔に聳え立つ水晶柱の作る結界範囲内に入った途端に、放電が起こり蛙が一瞬の内に丸焦げとなった。田植えを始めている農民がそれを見て、面倒くさそうに嘆息しながら死骸を運んでいった。
「結界って凄いね。あれだけの効果があるならたくさん作れば良いのに」
その様子を走る装甲バスの窓にむにゅうとほっぺたをつけて観察していたヨミちゃんは、ほほーと感心しちゃう。常に知識を求める悪役令嬢なのだ。遠足が楽しくて外を眺めているわけじゃないよ、知識欲からだよ。だから、靴を脱いで正座で窓の外を眺めていても良いと思うんだ。
「古代遺失物なんですぅ。ある程度なら壊れてもマナを注入すると修復する結界石ですねぇ。その効果は水晶の透明度で変わるんですよぉ」
「ん? もしかして作れないってこと? あの水晶ってもしかしてお高いの?」
「うん。作れないよぉ。でも、昔の倉庫とかから大量に見つかっているから、今の人類域を守るくらいなら大丈夫なんだってぇ。維持には魔石を使うらしいよぉ、管理センターがあって、そこにジャラジャラ〜って魔石を石炭みたいに投入するみたい」
「へー、作れないんだ。そっか、だから大量にあっても節約してるんだね。魔石のコストも馬鹿にならないし、利益の高い場所にしか使えないということか」
隣に座る和が、のんびりと外を見ながら教えてくれる。遺失魔道具だったのか。それなら水晶柱自体も高くなるのだろう。初期設置も合わせてお金がかかるから、そこまで支配地域を拡げることが人類は不可能なのだろう。
初めて知ったよ。へ〜。
空中に映し出されるステータスボードをちらりと見る。取得可能なスキル一覧の中に表示されているもの。
『錬金術(結界柱)』
このスキルは見なかったことにしよう。作ったらやばいことになるのは火を見るよりも明らかだ。その火で焼き芋を焼けちゃうくらいに火力は強そうだしね。
裏の組織でも作ったら、こっそりと作成して売ろうかな。まぁ、今は考えることでもない。大量に在庫はあるらしいから、あまり需要もなさそうだしね。
ただいまヨミちゃんたちは列車にて埼玉県側の駅に移動して、そこから装甲バスに乗り、ガタゴトと揺られながら穀倉地帯境界へと移動中だ。
今回は高校生となっての初めてのオリエンテーションという名の戦場での戦闘のために、皆はしっかりと装備している。
隣の和はローブに杖と典型的な魔法使いタイプ。魔道具っぽいエメラルドのネックレスを首からかけている。他のクラスメイトたちも統一性はなく、分厚い装甲の騎士鎧や、武者鎧を着込んでいる者もいれば、Gジャンにジーパンの人もいる。
「おいおい、その槍はお前使えんのかよ」
「この槍は先祖代々使われていて、価値もたぶん10両はする魔法の槍だぞ」
「俺のナイフも見てくれよ。ダマスカスブレードだぜ」
「ねぇねぇ、そっちのお菓子食べて良い〜?」
「あ、こっちはチョコレートありまーす。クッキーと交換する?」
装甲バスの中は騒がしく、皆がワイワイガヤガヤとお喋りをして遠足を楽しんでいる。担任は注意することもなく、カジノ雑誌を読んでいるので、生徒たちの自主性を重んじているんだろう。明日こそはカードで勝つとか呟いて、イライラとした顔で親指の爪を齧っている。カジノはセンスだから、負けがこんでいるなら、もう止めたほうが良いよ。
もちろんヨミちゃんも遠足を楽しむよ。こういうイベントって、目的地に到着するまでの移動時間も楽しいって聞いたことあるし。
なんのお菓子とトレードしようかな。チーズケーキをホールで持ってきたんだけど。嵩張るから、行きで全部食べちゃいたい。誰かチーズケーキと交換する人〜?
「あれ、和ちゃん、お菓子食べないの? もしかして全部食べちゃった?」
「ううん、あんまりお腹空いてないから、お菓子は持ってこなかったんだぁ」
「お菓子を食べきったんじゃなくて、持ってこなかったの!? あのブラックホールストマックの和ちゃんが!?」
「酷いなぁ、私は小食だよぉ」
むぅと頬を膨らませて、怒ったふりをして抗議をしてくる和をまじまじと見つめちゃう。お菓子を持ってこなかったとは意外。……たぶん本当は全部食べちゃったんだろうなぁ。恥ずかしくて言えないんでしょ。
「仕方ないなぁ、チーズケーキを食べる?」
「ううん、全然お腹空いてないから大丈夫だよぉ」
手を振って断る和。………まじか、天候は大丈夫かな、嵐にならないかな。
思わず外を見るけど、雲一つない良い小春日和だ。冬じゃないけど小春日和。小春日和って、なんかぽかぽかと気持ちの良い天気に聞こえてヨミちゃんは好きなのだ。
和を見ると、まったくチーズケーキに興味を示していない。
「あ、私たちの受け持つ場所って、あそこらへんじゃないかなぁ」
それどころか、外を指差してはしゃいでいる。緑が見え始める春の山の麓、そこが私たちの受け持つ地域だ。あと1時間といったところだろう。
「うん、あそこで魔物の間引きだね。ヨミちゃんも頑張るよ!」
もちろん悪役令嬢として頑張るよ! 勤労はノーサンキューです。
ちょっと変な和が心配だけど、気を取り直すと、清流のような綺麗な青髪を靡かせて、幼さを見せる小柄な美少女はふんすと鼻息荒くガッツポーズをとり、笑顔を見せるのであった。
◇
───頑張るよとは言ったけどね。
「うはははは、遅かったかな、貴様ら! まったくゴミ共はこれだから困る。時間を守るのは社会人として当然のことなのだが。見ろっ、Dクラスは全員揃っている。こういった細かい行動が後々の評価に繋がるのだ。Eクラスは早くも減点だ」
腕組みをしながら、傲岸不遜に胸を張り、楽しそうに高笑いをして待っていたのは無上先生だった。その後ろにはうんざりとした疲れ切った顔でDクラスの面々が立っている。
どうりで列車から装甲バスに乗ったあとにDクラスの乗った装甲バスが全速で走っていったはずだよ。お疲れ様。
周囲は平原で、生えている草も芝生のように短い、遠くに緑に覆われた山脈が見えて森林がその麓に広がっている。見晴らしは良く、少し離れた場所に角ウサギがハムハムと草を喰んでいた。
「それでは整列しろ。Dクラスの生徒には説明をしておいた。お前たちにも有り難くもこの私が説明をしてやるから平伏して聞くように」
「へへーっ」
レジャーシートを敷いて、その上で平伏する。小柄な躰を丸めて平伏するので、ちっこくて可愛らしいと周りのクラスメイトたちが頬を緩ませている。
「ぬっ……意外だな、何を考えて……いや、殊勝でよろしい。こほん、ではゴミの諸君、聞くが良い」
怪しいと無上先生はヨミちゃんを警戒心を見せて睨んでくるが、良い子なヨミちゃんに納得したのか咳払いをして説明を始める。ヨミちゃんは疲れたので、レジャーシートの上で寝そべりながら聞きます。このレジャーシートはふかふかな絨毯みたいな特殊な魔道具で寝心地が良いのだ。
「魔法使いは魔物を駆逐するために存在する。人類の守り手としての自覚を持つためにも、今回のオリエンテーションは魔物の間引きを行う。そこまではわかるな?」
「はぁい」
ぽかぽかの陽射し。絶好のお昼寝タイムだ。ヨミちゃんはタイパを大切にするから無駄な時間はないようにしてます。
なぜか無上先生のこめかみに青筋が浮かんでいるけど、なんでだろうね。
「そのため、今回のオリエンテーションはオリエンテーションでありながら重要な意義を持つ。具体的には一人ノルマ30体のDランクの魔物を倒すように。高位の魔物ならばその数は少なくとも良い。ノルマに達しない生徒は………」
ニタリと無上からは嘲笑って、ヨミちゃんを見下ろす。
「退学だ!」
「えー! そこは追試だろ! なんで退学なんだよ!」
「そうよ、そうよ! なんで入学したばかりで退学なのよ!」
「横暴だ、このアホ教師!」
無上先生の言葉に、皆がヒートアップして怒鳴り始める。そりゃ、いきなり退学とは呆れて言葉もない。
「黙れ黙れ! 本来ならAクラスの荷物持ちとしてお前らはノルマは免除されていたんだ。それをゴミの癖に魔法使いとして行動しようとは生意気にもほどがある! 恨むならそこで昼寝をしている小娘を……昼寝をするんじゃないっ! いや、昼寝をしていても良いぞ、ククク」
抗議の声をまったく気にせずに怒鳴り返す無上先生。ノルマ30体はたしかに面倒くさい。
「魔物誘引の魔道具を使うんだろ? なら、一人30体なんて楽勝だろ」
丸刈りが似合っている平が珍しくまともなことを口にして、収拾を計る。たしかにDクラス、Eクラス合わせて60人。1800体の魔物を駆逐するのは大変そうに思えるが、実は魔物誘引を使うから、ノルマはたいしたことはない。既に平原にいた目ぼしい高位の魔物は軍が倒しているから、あとは生体兵器でも倒せる弱い魔物ばかりだ。問題はない。……かも? たぶんEクラスでもぎりぎり倒せるはず。
「クククク、たしかにそこのハゲの言うとおりだ。だが、お前らはゴミだが可愛らしい生徒だ。この私が護衛としてついていってやる。いでよ、新たなる我が下僕!」
『衝竜召喚』
無上先生が手を翳してマナを放出すると、魔法陣が合わせて3つ形成されて、なにかが出現してきた。
それは5メートルはある竜であった。2本足で立っており、ずんぐりむっくりとした図体には灰色の龍鱗が生えている。ワニのような頭を持ち、出っ張った口は牙が生えていた。その身体から放つオーラからかなりの強さだとわかる。
竜であるだけに、存在感があり、クラスメイトたちは驚きの顔となり、それを見た無上先生はますます胸を張る。
『衝竜:Aランク。竜の一種。『竜鱗』を持ち、防御力は硬く、『竜息吹』はそこそこ強力。見た目通りの怪力とタフネスさを備え持つ魔物。ただし他の同ランクの魔物よりも鈍重でスキルも火力もいまいちなので召喚獣としては人気がない』
性能はこんな感じと覚えている。ようはタンク役の魔物だ。Aランクではもっと防御力の硬い魔物もいるし、もっと凶悪なブレスを吐ける魔物がいる。それに加えて鈍重だ。なので、Aランクとしては人気がない魔物だ。だが、それはAランクだからであり……。
「こいつは2体で1800両。リボ払いなら、もう一体おまけにつけますと言われて、合わせて3体買い込んだ魔物だ! クククク、こいつらをお前らの護衛につけてやる!」
パチリと指を鳴らすと、衝竜は草原で草を喰んでいた角うさぎへと口を向ける。口内から激しい炎が吹き出すと、角うさぎへと向かっていき、あっという間に、よく焼けました状態に変えてしまった。
「護衛だからな! もしかしたらお前らが倒すはずの魔物も先に倒すかもしれんが、そこは仕方ないよな! クククク、退学、退学だからな!」
格下の魔物たちには絶対の力を示すのであった。
なるほど、考えたな無上先生。良い考えかは知らないけど、これなら妨害できるというわけか。担任を見るが、その口元はニヤニヤと嗤っているので、助けに来てくれる可能性はないようだ。
それじゃ仕方ない。頑張って魔物を退治するしかないね。魔物も誘引機の操作はヨミちゃんが受け持ちます。任せてね!




