61話 配当金につき
授業がパパッと終わり、お昼となった。
学園の食堂はランクもあり、様々な料理がある。お高い料理だと、もはや高級レストランにしか思えないし、店員さんもサービスが行き届いている。
とはいえ、高級なお料理を食べられるのはBクラス以上。ほとんどの生徒は質より量の学食に相応しいチキンカツカレーとか、カツ丼とか、カツレツとかを食べている。
お茶とってきてよとか、今月はお小遣いもう無いからライスのみとか、それならおかずをあげるよと優しい言葉が聞こえたりとか、騒々しく活気がある。
その中でCランクの中頃のお席に座って、ヨミちゃんはクラスメイトたちとお昼ご飯を食べていた。
ヨミちゃんの今日のご飯はサンドイッチセットとカフェオレだ。この身体はちっこいので、あまり食べられないんだよね。
サンドイッチといっても、貴族相手なので卵がたっぷり入ったタマゴサンド、ハムがこれでもかと挟んであるハムサンドとボリュームは充分だ。ちゃんとバターも塗ってあり、しっかりと小麦の味がするパンが美味しさを倍増させている。なので、パクパク食べちゃうヨミちゃんです。
「それじゃ、配当金を配りまーす。今渡して大丈夫だよね?」
パンくずがついてるよと、瑪瑙ちゃんにお口を拭いてもらいつつ、テーブルの上に小判をザクザクと置く。
その黄金色の輝きに、魅入られたようにクラスメイトたちは小判を注視する。
「おう、姉御! 待ってたぜ、もう小遣いが無くて困ってたんだ。この料理も配当金を貰えると思って奮発したんだ」
チキンカツカレーにウィンナーとゆで卵、唐揚げ、ハンバーグをトッピングした邪道なカレーを前にして、平が喜びの顔になる。トッピングは一種類程度でカレー自体の味を味わって食べて欲しいヨミちゃんは半眼となってしまう。でも、平がそれを贅沢と言うのは少し変だな。
「………しーちゃんのお陰で稼いでるんじゃないの?」
その問いに、クラスメイトたちもウンウンと頷く。なぜに貧乏なのかわからない。だが、平は目の中に飛び魚をバッシャバッシャと泳がせて、口籠る。
「いや、しっぺい太郎はその………『退魔』の能力持ちだったんだ……」
「それでばんばん高ランクの敵を倒せば良いんじゃないの?」
Bランク一匹で一両になる。しーちゃんがばんばん倒せばお金持ち一直線だよね。なんで気まずそうにしてるんだろ。
ヨミちゃんたちは、顔を見合わせて不思議そうな顔になると、平は諦めたかのように自白する。
「しっぺい太郎は敵のデバフを打ち消し、魔物を遠吠えで『恐怖』状態にするんだよ。不死者に『退魔の咆哮』でダメージを与えられるけど、しっぺい太郎自身の身体能力はCランクがいいところなんだ。だがら戦闘になったら、主の俺を守りながら戦えないんだ、ちくしょー」
「なるほど。平君の身体能力がしょぼすぎて、高ランクのアンデッドを倒すまでに殺されちゃうと」
『退魔の咆哮』は不死者への特効だったはず。普通の魔物が倒せないなら、不死者の出る迷宮に入れば良いのだ。だが、不死者は毒や麻痺、呪い、下手すれば即死の能力持ちがいる。ポメラニアンは走って逃げられるだろうけど、平はとてもじゃないが、そんな危険な戦闘はできないんだね。
「くっ、『聖犬の僕、ご主人様が弱すぎて貧乏生活だわん』が始まっちまった! 俺の覚醒イベントはいつなんだ! あれか、今度は魔王級と出会わないといけないのか? 死ぬほどの戦闘をしなくちゃいけないのか? うぉーん! やだー! なんかこう簡単にパワーアップしたい! チートって反則って意味だぞ! 反則で良いから俺に力をくれ〜」
テーブルに突っ伏して、号泣する平。きっと無双してチョロインを捕まえて、ハーレム生活とかを夢見ていたんだろう。
皆で呆れて半眼で平の号泣する姿を見る。素晴らしい他力本願の男である。
そうか、主人も覚醒させないと、しーちゃんは真の力を使えないのか。真の力か………。
テーブルの下を見ると、ご飯ちょうだい? ご飯ちょうだい? と椅子の合間をちょろちょろと移動してつぶらな瞳で見上げているしーちゃんの姿があった。目が合うとじっと見てきて、餌をくれるまで目を逸らさないよと、うるうると見てくるので、ハムサンドのハムをあげちゃう。
聖犬のしーちゃんはチョコもネギも食べることのできる犬なので、人間と同じ食べ物をあげても毒にはならないのだ。
ワヒャンと尻尾を振ってハムをパクパク食べる可愛らしいポメラニアン。……うん、平が覚醒しなくても、可愛らしいから別に問題ないかな。
「あー、あねご、餌付けしないでくれよ。最近贅沢になってきて、格安セールのドッグフードをなかなか食べないんだよ。ほら、しっぺい太郎、俺のチキンカツの衣をやるからこっちに来い」
器用に衣だけ剥がして、平は腰をかがめて、しーちゃんを呼ぶ。しーちゃんはてこてこと平に近づくと衣をふんすんと嗅ぐ。
「ワヒャンッ」
そして一鳴きするとジャンプして、テーブルの上に乗っているカレー皿を咥えると、すててててと走り出す。
「うぉーい! 俺のカレーを持っていくなよ、こら! それはトッピング乗せ乗せの贅沢カレーなんだぞ、こら!」
食堂から飛び出していくしーちゃんを、平は慌てて追いかけていくのであった。たぶんカレーは全て食べられちゃうに違いない。
さて、配当金を配るとしようかな。
「それじゃ、皆配当金渡すから並んで〜」
「はーい」
小判を皆に配っていく。手元に乗って、初めてその実感をしたのか、皆は目を輝かす。
皆はありがとうございますとお礼を言いながらはしゃいでいる。ニコニコと笑顔でメニュー表を見て、なにか高い物を食べようかなど話し合っていて、その幸せそうな笑顔を前にヨミちゃんも嬉しい。やっぱり仲間の笑顔は良いものだ。
「………これで教科書とか交通費や食費はなんとかなるよぉ。叔父さんに頼らなくてすんでホッとしたやぁ」
「うん? 叔父さん?」
小判を大切に持ちながら、指先でそっと撫でる和。その微妙な言い回しと悲しげな表情が少し気になる。家族関係が難しいところなのだろうか?
「うん、うちは両親が亡くなっているから、後見人が父さんの弟である叔父さんなの。だから、お金のかかることを頼むのは少し嫌なんだぁ」
「…………」
それだけではない感じが和の悲しげな表情が物語っている。
「だから、自然と食べられる時に食べられるようにしてるんだぁ」
「クマじゃないから、それは無理」
その言い訳は無理がある。和のお腹はアイテムボックスにでもなっているというのか。あれは食いだめするというレベルじゃないでしょ。
「なにかヨミちゃんにできることはないかな? 那月一門を大事にするヨミちゃんなので、金銭関係も人間関係もなんとかしちゃうよ?」
「………それじゃ、私も住まわ………うぅん、なんでもないよぉ、大丈夫!」
儚げに微笑む和に、なにも言えない。瑪瑙ちゃんと目をあわせるが、瑪瑙ちゃんも困った顔でなにも口にしない。家族関係とかは難しいからなぁ。和の家族関係を後で調べておくように石英にお願いしておこう。
和はそれ以上なにも言わないので、今はおいておくことにするか。配当金は配り終わったので、次の話に移ることにする。
「それじゃ、来週にあるオリエンテーションの話をしたいんだけど、内容って皆知ってる?」
オリエンテーションでの戦闘イベントは知ってるけど、詳細は知らないんだよね。たくさんの魔物と戦うと言うことくらいだ。
「いや、知らないなぁ」
「先輩とか教えてくれないし」
「Eクラスには情報流してくれる人いないもんなぁ」
パンと手を打って、空気を変えて質問するが、困った顔や困惑したり、目を逸らしたりとまともな答えは返ってこない。その答えは微妙なものだった。さすがはEクラス。どこまでも差別されているらしい。
「瑪瑙ちゃんはなにか知ってる?」
「うん、なにか魔法使いのアピールするんだって! 神人に戦えるんだぞって魔法使いのアピール」
「おぉ、さすがは瑪瑙ちゃん。アピールってどんなことをするの?」
「途中で夢の世界の入場券を買っちゃったからわからないや」
「新しいアトラクションでも、その世界では導入されたんだね」
ケロリとした顔で元気いっぱい罪悪感ゼロで応えてくれるので、役に立たないことがわかったよ。
「うっしっし〜、間引きをするんだよ。冬を超えて繁殖し始める魔物たちの間引き。貴族たちはダンジョンや大きな街に。生徒たちは数クラスで一つの農村地帯の魔物を狩って、スタンピードはもちろんのこと、村がはぐれ魔物とかに襲われないようにするわけ」
瑪瑙ちゃんの隣に、ポニーテールのそばかす少女が座ると、人差し指を振って教えてくれる。
「僕たちAクラスは単独での間引きだから、ヨミたんと一緒に行動できないのが残念だぜ」
ヨミちゃんの隣に、九郎が座ろうとして、瑪瑙ちゃんがしなやかに脚を伸ばして椅子を蹴っ飛ばす。容赦のない少女である。今は般若になっている模様。
「そこは満員だよ、あそこらへんが空いてるんじゃないかなぁ」
食堂の外、ガラス張りのドアを超えて、体育館の裏を指差すおちゃめな瑪瑙ちゃん。冗談がとっても上手い。体育館の裏で、しーちゃんと平がカレーを巡って争っている姿がちらりと見えたが、スルーしておく。
「うぜぇっ、何しやがる! この天使の側にいるのは僕の運命なんだよ! 運命の人よ、僕と結婚を前提に」
舌うちして瑪瑙ちゃんを睨むと、ヨミちゃんへと笑顔になり告白をしてくる九郎。
「悪いけど、ヨミちゃんは独身主義なんだ。で、なんのよう、九郎君? ヨミちゃんはサンドイッチを食べるのに忙しいんだけど」
「つれねぇなぁ。だが、ツンデレ少女も大好物だぜ。これからたくさんのイベントを乗り越えて、相思相愛になるんだ。僕には見える! 最初の時はいくら同じ年でも小学生みたいな娘を好きになるのは犯罪だろとか言ってた少年が相思相愛になるもんだからな」
力説する九郎。あったな、そんな小説。瑪瑙ちゃんの目がさっきから地獄の光を見せているから、もう九郎の物語は完結するかもね。来たよ合法ロリと小躍りして、ヒロインに助けてもらえずに、最初に出逢った敵の人形に殺される紳士な主人公。完である。
「あははは! 九郎は飛ばすなぁ。いや、アタシたちも話が聞こえてやってきたんだ。このちょこは情報屋だからさ、意中の男の子の好きなものから、女の子の好むデートの場所まで教えることができるんだよ」
なんだか、昔の美少女ゲームの親友ポジションな女の子だ。そばかす少女は眼を面白そうにしてニマニマと笑う。
「オリエンテーションの説明を聞きたかったんでしょ? EクラスはDの50との合同で、埼玉県境の農村地帯の間引きだね。おっと、これ以上は有料になりまーす! お昼ご飯を奢ってくれればいーよ。最初は大サービス!」
「九郎君、ちょこちゃんがお昼ご飯を奢ってだって! 私たちの分も奢ってくれると、太っ腹な九郎君に好感度が1アップします!」
「よっしゃ、任せてくれ! おら、Eクラスの分も纏めて、この九郎が奢ってやるよぉ!」
うるうる瞳のヨミちゃんのお願いに、鐘を響かせるかのように九郎が叫ぶ。ありがとうございます、九郎。ちなみに九郎への好感度は1億ポイントがカンストです。
「それじゃ、ちょこの得た情報でーす。どうやら無上先生がねじ込んで、本来はAクラスが受け持つはずだった場所を貰ったようだよ。生体兵器を持つ魔物が多数存在しているので、厄介な場所〜」
どうやら面倒くさい場所にねじ込んでくれたらしい。なかなかやってくれる先生だ。
となると………買い込んだ生体兵器や素材を早く人形に組み込まないといけないな。
ヨミちゃんは奢りならと、デザートを選びながら考え込むのであった。
和がまたもやメニュー全部持ってきてと注文していたけど、九郎は金持ちっぽいから良いでしょ。




