60話 臨時収入につき
ガタンゴトンとは列車は音を響かせないが、古代技術の粋を結集した列車は天照区へと向かっていた。
休日が終わっての月曜日、フワァと欠伸をして眠そうな青髪の少女はソファにコテンと寝転んじゃう。貴族用のソファは柔らかで、常に夢の世界へとヨミちゃんを誘ってくる。うつらうつらとすやすやと寝そうになる。
「眠そうだね、ヨミちゃん」
ペタリと頬をソファにくっつけて、サラリと青髪が流れるように視界を覆う。疲れてるんだよ〜。
「うん、とっても眠い〜」
「そんなに休日は大変だったの? たしかに新聞の一面に載ってるけど」
横に座る瑪瑙ちゃんが、不思議そうな顔で読んでいた新聞をテーブルに置く。雨屋新聞にはデカデカと昨日のデモ隊の暴動が書かれていた。
『デモ隊が暴走! デモ中に一部の人が略奪を開始するが、魔法使いに鎮圧される。軽傷者少数発生。自然魔法派『神亜同盟』はボルテージの上がった者たちの暴走。それだけの不満が神人に溜まっているので、トップを神人にするように声明を発表。しかし、明らかに異常な精神の者がいたことを警察は確認。魔法で操られていたか!?』
黄泉平坂の人間は失敗したにもかかわらず、上手く逃げたようだ。組織の名前が出ていないし、他の自然魔法派『神亜同盟』が声明を発表していた。
『ゾンビパウダー』による暴動とは考えられていない模様。でも、精神操作だとは疑われているのだろう。
「風神の扇があったからね。こうパタパタッて。お花見ができた皆はおとなしくなったわけ」
風神の扇から花びらを出したんだよと、ちっこいおててをパタパタさせる。ついでにちび足もパタパタさせるので、その可愛らしい姿に瑪瑙ちゃんはほっこりとした顔になる。
「なんかヨミちゃんだけ楽しんでいたようでずるいよ。私の方はつまらなかったよ。なんかお茶会とかいって、苦い紅茶を延々と飲んでよくわからないことを話してた。これからの政治とか魔法使いの貴族としてのなんちゃらとか、ヨミちゃんの言うとおり、私はおホホホと笑ってたよ。言質はとられなかったから安心して」
偉いでしょうと、ふんふんと得意げになるので、問題はなさそうだ。それにしてもお茶会でお菓子が出ないなんてストイックなお茶会だこと。政治討論会とかに名前を変えたらどうかな。それだと誰も出席しないか。
「こっちとしては大儲けもできたから、なかなか良い休日でもあったけどね。これで配当金も支払えるよ。所属している冒険者が手に入れた魔石を売ったからね」
アンデッドナイトたちのAランクの魔石15個、ナイトストーカーのBランクの魔石12個で2000両くらい手に入ったのだ。ナイトストーカーはあれだけ倒したのに、たった12個だった。呼び寄せられた敵は幻影みたいなものだったらしい。詐欺である。
「ゴールデンウィークも近いし、皆はお小遣いほしいだろうからね。一人10両くらい渡しておくつもり」
余裕が出れば出るほど還元しちゃう良いファンドマネージャーヨミちゃんです。テーブルに鞄から取り出した白い紙と帯で纏めてある小判をゴロゴロと転がす。
「お、おぉ〜、た、大金だ。これなら何でも買えちゃうよ、あわわ」
まだまだ大金に慣れない即席大貴族の瑪瑙ちゃんがゴクリと息を呑み、触ったら簡単に壊れるガラスのように、そ~っと小判の包みをつつく。
まぁ、ヨミちゃんも慣れていないけど、ゲームでは何兆ドルも扱ってきたし、小判だとどうしても現金という感じがしないんだよね。
でも、それはヨミちゃんだけで周りは違うらしい。ヨミちゃんと瑪瑙ちゃんの邪魔をしてはいけないと、遠巻きに座っていた子供たちがザワザワとざわめく。
「おいおい、マジかよ。じゅ、10両も配当金が出るのか?」
「ファ、ファンドって本気なのか?」
「私のお小遣いの10年分だよ、あれ……」
「噂は本当だったんだ。本家の力を使って荒稼ぎしているって」
そういや雨屋区の貴族はCやDランクばかりで弱いんだった。財政的に厳しい家門ばかりだったんだよなぁ。だから、小判に目が眩んでいるのか。
皆がテーブルに転がっている黄金色のお菓子を凝視して、ヒソヒソと話す。意を決したのか、数人が恐る恐るといった感じで近寄ってくる。
「おほん、あ〜、ヨミ様? あまりテーブルに大金を放置なされない方がよろしいかと愚考します」
およよ、まともな言葉に、少し恥ずかしくなり顔を赤らめて鞄にしまう。たしかに盗んでくれというようなものだ。……イベントが発生しそうだから、やっぱり放置しておこうかな。
常に最高効率でのゲームクリアを目指すゲーム脳なヨミちゃんに注意をしてくれた男子が作り笑いをしてくる。
「実は私は部活はまだ決めておらず……よろしかったら那月ファンドに加入したいのですが………」
「那月ファンドは今は少し入会条件が厳しいんだ。天女も大商会も入会したしね。まずは見習いとして、雑用から始まると思うよ?」
瑪瑙ちゃんも参加することとしたし、一反という大商会が入ったからね。順調に那月ファンドは大きくなっているのだ。大商会の基準はヨミちゃんが決めます。
「もちろんです! 是非に雇ってください! 掃除から洗濯までお任せを!」
身を乗り出して、興奮気味に男子は首を縦に振る。雨屋本家との縁も作れるし、天女の瑪瑙ちゃんも加わるファンドに入会するメリットは大きすぎると考えているのだ。
「あっ! 俺も入ります!」
「料理得意です! 何でも作れます」
「初級の錬金術を学んでます!」
それを聞いて、他の面々も集まってくる。ヨミちゃんの悪い噂は金の前に消えたらしい。
「なんか一気にヨミちゃんも人気者になっちゃったね。私は少し寂しいよ」
「お金の力って偉大だよね。特に目の前に現金が置かれているとさ」
口座に100万入っているよりも、目の前に10万が置かれたほうがインパクトはあるんだよね。これ、経験談。
ということで、あっと言う間に雨屋の分家の子供たちは那月ファンドの従業員となるのであった。
少し那月一門は大きくなったとさ。
「まだ入学から一ヶ月経ってないのに凄いなぁ」
「たぶん運が良かったんだと思うよ。其れよりも入会書は足りるかなぁ」
いざというときに入会書はたくさん用意しておいたんだ。
◇
「おはようございます、姉御」
「よーちゃん、おはよぅ〜」
「ざーっす、姉御!」
「親分に敬礼!」
「しーさま、おはようございます!」
列車から降りると、平と和、そして、他のクラスメイトたちも降りてきたので合流する。仰々しい挨拶なので、そろそろ頭を下げながらおはようの挨拶をしないでほしい。新手のいじめだぞ、これ。
ワヒャンとしーちゃんが尻尾を振りながら、合流できたねと、ヨミちゃんの鞄の隙間に勢いよく頭をつっこむ。美味しい餌がないのか確認しているのだ。あまりにも夢中になって頭をつっこむので、最後には鞄から頭が抜けなくなって、キューンキューンと泣いて、脚をバタバタさせるまでが日課です。さすがはポメラニアン、アホ可愛い。
「おはよ〜、瑪瑙ちゃん」
「おは〜」
「おはようございます」
瑪瑙ちゃんのクラスメイトたちも挨拶をしてきて、学校へとテクテク歩く。
正門に向かうと、白衣を着た先生が腕を組んで傲然とした表情で立っていた。ヨミちゃんを見つけると、クククと含み笑いを始める。なにか良い事があった模様。
「来たか、那月ヨミ! ククク、待っていたぞ!」
「おはようございます、無上先生。今日も良い天気ですね!」
空は曇天、今にも雨が降りそうだけど、まずは天気の話からだよねと、ニコニコと笑顔で挨拶を返す。いつもは無上先生は口惜しそうに睨んでくるのに、今日は余裕を見せている。
「貴様の余裕もそこまでだ! 実家に泣きつき、嫁に土下座して娘に借金し、遂にリボ払いで1800両で買ったこの召喚石ならば、もはや貴様など相手にはならない。ふはははは! オリエンテーションを楽しみにしているが良い!」
手に光る水晶を持って見せつけてくる無上先生。よほど嬉しかったらしい。オリエンテーションで落とさないか、ヨミちゃんはとっても不安です。
召喚石を見せつけたかっただけのようで、高笑いをしながら、無上先生は去っていった。
「あの先生が魔法担当なんでしょ? なんか凄い先生だね。あんな先生で大丈夫?」
「見た目によらず、良い先生なんだ。きっと今度のオリエンテーションも楽しくなると思うよ」
「それって、ヨミちゃん視点だよね? まぁヨミちゃんなら大丈夫か。それよりもあの先生の方が可哀想かな」
なんかビミョーな顔になる瑪瑙ちゃんだけど、それだけ信頼されているということだよね。
「うっしっし、おはよ〜天女ちゃん! 今日は良い天気だね〜」
学校内に入ろうとすると、瑪瑙ちゃんの背中に少女が張り付いてきた。首元に手を回して、ケラケラと快活に笑う。そばかすがチャーミングなポニーテールの少女だ。その顔はなにが楽しいのか笑顔である。
「あ、おはよ〜、ちょこちゃん。おぉ、我車君とカップルで登校?」
瑪瑙ちゃんが挨拶しながら後ろを向くと、もう一人いた。かなり痩せていて、顔色も悪く不健康そうな男子だ。
瑪瑙ちゃんのセリフに苛立ちをみせて舌打ちする。
「ちっ、うぜぇっ! こいつとは幼馴染なだけだ。カップルな………」
最後まで口にせずに、なぜか男子はヨミちゃんをまじまじと見てくる。その瞳は信じられないと動揺しており、ヨミちゃんも少し警戒する。
「お、おい、ちょこ。この人は?」
「九郎は知らないの? この人は雨屋の天女ちゃんの妹のよみっちだよ」
その言葉にワナワナと肩を震わせて天を仰ぐ。
「キター! 絶世の合法美少女キタコレ。いると思ったんだよ! 幼くて可愛らしい顔、ぺったんこな胸、小学生よりも小さなちっこい背丈。来たよこれ! 合法美少女!」
そして、ヨミちゃんの前に跪くと手を差し出して、頬を赤らめて鼻息荒く、にちゃりと笑う。
「我車九郎と言います! よみたん、一目惚れしました、是非に結婚を前提につきあだっ!」
そして、その横面は瑪瑙ちゃんの華麗なる蹴りがめり込んだ。
「何しやがる! 僕の愛の告白を邪魔するんじゃねぇよ! 合法だぞ、この子とあんなことやこんなことをしても合法な相手なんだぞ!」
「はぁ? 何言ってるのかな、この人は? 私は全然理解できないや、ねっ、ちょこちゃん?」
蹴りを放った状態で、ヨミちゃんが初めて見る酷薄な笑みを浮かべる瑪瑙ちゃん。その声音は永久凍土よりも寒々しい。
「アハハハ………。ほら、九郎行くよ〜、ここにいると殺人が発生するかもしれないし」
「引きずるんじゃねぇ! ヨミたん、また今度な! デートしようデート! 僕はAの1クラスにいるからいつでも来てくれ! いや、僕が会いに行くからな〜」
ヨミたん呼びをして、九郎は瑪瑙ちゃんのプレッシャーに負けたちょこに襟首を引きずられて行った。
あの態度で女の子が好きになると思っているのだろうか………。絶世の美少女な部分は同意するけど、来年には瑪瑙ちゃんを上回る装甲と背丈になっちゃうから。絶対にそうなるから。
「大変だよ、ヨミちゃん! ヨミちゃんに悪い虫がつかないようにしーちゃんお願いね! 特にあんな変態は不可だから! 言うこと聞いてくれたら、1缶1両するスーパーマッハドッグ缶をあげるね!」
瑪瑙ちゃんが拳を握りしめて、なぜか威圧感を感じる顔を近づけてくる。
「ワヒャンワヒャン!」
ヨミちゃんの鞄に入り込んで、頭を覗かせているしーちゃんが任せてと吠える。
「なんか大変だねぇ……朝から皆は元気いっぱいだよぉ、私もお腹が空いて早弁したくなっちゃった」
和がパンを食べながら、お腹に手を添える。パンを食べながら。
「早弁の理由がわからないんだけど」
今日も朝から騒がしいなと、苦笑しながらヨミちゃんはクラスに向かうのであった。




