6話 これからのことにつき
ホテルの食堂にて、私たちはご飯を食べていた。お腹が減ってペコペコだったのだ。お腹と背中がくっついちゃうよ。
メニューを見ると、ずらりと並んだ料理の数々。
『ステーキセット(ライス・味噌汁つき)………2銀』
『寿司(中トロつき)……5銀』
『天ぷら定食……3銀』
た、高い。冒険者向けのホテルであるのに、強気の値段だ。安全を求めて中級レベルにしたからだろう。
懐に入れておいたお金が羽をはやしそうだ。……けれども、ここでケチっても仕方ない。
スラムから早々に脱出するためにも英気を養わないといけないのだ。
ここはステーキ一択である。寿司、天ぷら、ステーキだよね。私の三大料理だよ。次点ですき焼きかな。
「頼む? 頼んじゃう?」
「うん、江戸っ娘はよい銭を持たないんだよ」
本来は宵越しである。
ツッコむ余裕もなく、緊張で顔が強張っている瑪瑙ちゃんへと頷いて、多少震える手で店員さんを呼んで注文する。私たちが年端もいかない少女であるのを見て、少し躊躇うが、新品の服装と青い髪と瞳を見て納得したように離れていく。
「このお料理美味しそうだね! こんなお肉食べても良いのかな?」
ワクワクと期待に胸を膨らませて、ナイフとフォークを持つ瑪瑙ちゃん。私も青い目をキラキラと輝かせて、ナイフとフォークを握りしめる。
「だね〜。ステーキセットを頼んで良かったよ」
少しして私と瑪瑙ちゃんの前には、鉄板の上でジュージュー音を立てているステーキセットが置かれた。肉汁が鉄板の熱さで沸騰しており、焦げる匂いが芳しい。
口の中に自然に唾が湧いて、ゴクリと喉が鳴る。クゥとお腹が小さく鳴る。
五感で感じられるとは、改めて凄いと感心しつつ、この性能は危険だと確信する。
……とはいえ、今後のことを考えるのは私の役目ではない。今は美味しい料理を堪能しよう。
「いただきま〜す」
「食べよう!」
肉は赤身でナイフがなんとか入る程度で、少し固い。冒険者向けに、たぶんボリューム重視なんだろう。
あーんと口に入れると、肉汁が口の中に広がり、久しぶりのお肉に少し涙が浮かんでしまう。とっても美味しい。
数年ぶりのまともなお肉だ。いつもは屑肉がちょっぴり入ったスープで喜んでいたからなぁ。
……いや、一昨日ハンバーグステーキを食べた。いや、それは気のせい? ……考えるとクラクラしてしまう。
気持ち悪い。これが転生システムによる齟齬なのだろう。
「おいひいね! おいひい、おいひい」
でも、幸せそうな瑪瑙ちゃんの笑顔に癒やされて頭痛は消える。まぁ、今はヨミなのだ。この感想はログアウトしてから話せば良い。
「うん、とっても美味しい!」
肉の合間にライスを食べる。肉とライスの奇跡のコラボ。そして味噌汁をズズッと。このホテルの料理人は肉に合う食べ方をよく知ってるよ。三ツ星をあげよう。
暫し、会話もせずに私たちは夢中になって、ステーキセットを完食するのであった。ご飯のおかわり自由とかが欲しかったなぁ。
瑪瑙ちゃんも食べ終わったのを見て、真剣な表情でナイフとフォークをお皿に置く。
「瑪瑙ちゃん、話があるんだ。これからのことで」
「うん、なんでも言って」
深刻な話と悟り、瑪瑙ちゃんが重く頷く。
「それじゃあ、部屋に戻ろう。ちょっとした実験をしてみたいんだ」
人形遣いのポテンシャル。それを確かめさせてもらう。上手くいけば、少なくとも瑪瑙ちゃんの人生は様変わりするだろう。ひいては今の私の境遇も。
◇
部屋に戻って、備え付けの椅子に座ってお互いに対面になる。
瑪瑙ちゃんはなんだろうと不思議そうに見てくるけど、私は緊張でガチガチである。
「瑪瑙ちゃん、お母さんの形見の指輪あるでしょ?」
ちらりと瑪瑙ちゃんの嵌めている錆びた鉄の指輪を見ながら尋ねる。答えは知っているけど、念の為だ。
「う、うん。ヨミちゃんも知っているでしょ。これだよ」
予想どおりに瑪瑙ちゃんは指に嵌めた一見すると価値の無い錆びた指輪を見せてくる。
「それって、おばさんはなんて言ってたか覚えてる?」
「うん、私にもしものことがあったら指輪にマナを込めて真の姿を取り戻して、雨屋家に行きなさいって言ってたよ」
「だよね。でも、雨屋家には行かなかった。それはなんで?」
一応知ってはいる。記憶にあるのはヨミとして瑪瑙ちゃんと話した過去と、この世界の設定集の両方だ。なんか記憶がダブっているようで、頭が混乱するよ。
瑪瑙ちゃんは落ち込むことなく、ケロリとした顔で教えてくれる。
「光らせることが出来なかったからだよ。たぶんこれって血統を示す魔道具だよね? 印籠的な物」
「だね。きっと雨屋の直系であることを示すんだと思う。光らせることができなかったら、泥棒として取り返される可能性があった。雨屋家はお金持ちの侯爵家なのにね」
ちょっと嫌なことを言ったかもと、瑪瑙ちゃんの顔を窺うが、予想に反してケロリとした顔で笑みも浮かべているので、少し驚く。
「でも、いいんだ。きっと光らせることができたら私は侯爵家に行ってただろうし、ヨミちゃんと会うことがなかったからね!」
ダイヤモンドのよりも美しく耀く笑みを見せる瑪瑙ちゃん。そこには本心からであり、まったく翳りはなかった。
たしかにそのとおりだった。両親を失った後に、私たちは出逢って、助け合いながら暮らしてきたのだ。
瑪瑙ちゃんが唯一無二の親友で、目の前で食べられてしまったことから、ヨミの心が壊れたという設定。設定だけでなく、私はその意味をようやく理解した。
「わわっ、ヨミちゃんどうしたの? どこか痛い?」
「え?」
手をわたわたと振って慌てる瑪瑙ちゃんに、不思議に思うが、私の目からはいつの間にか涙が一筋流れていた。
ヨミの心が感激して、ストーリーどおりに進めなかったことを喜んでいるのだ。………これはたしかに心に来るものがある。
「大丈夫。嬉しくって涙が出たんだよ。で、指輪が光らない理由がわかったんだ」
ゴシゴシと涙を拭い、透明なる笑みを向ける。そっか良かったよと安心する瑪瑙ちゃんだが、指輪を見て戸惑う。
「魔道具って、マナを込めれば使えるでしょ?」
「一般的な魔道具はそうなんだ。きっとおばさんも勘違いしていたと思う。でも、その指輪はある程度のマナを込めないと発動しないタイプだから、そもそも神人には無理なんだ。おばさんは簡単な魔法が使えた半魔人だったから、瑪瑙ちゃんも同じだと思って注意しなかったんだよ」
設定集にそう書いてあった。私は設定集を隅から隅まで眺めて読み込んだ上で、推敲するタイプだからね。
「それじゃあ、私は神人だから使えないね」
「それはどうかなぁ? ふふふ、世界に選ばれし私の力を見せちゃう時! 露わにする時、もしもし世界を変えてください!」
ベッドに飛び乗って、シャキンと選ばし者のポーズをとるヨミである。パチパチと瑪瑙ちゃんは拍手をしてくれる。
「それじゃ、選ばし者さん! 私に何か力をくれますか?」
ノリノリの瑪瑙ちゃんである。私もノリノリでクルリと体を翻て、フンスと指を空にビシリと向ける。ノリの良い演技は大好きなヨミなのだ。
「ふふふ、この場合は呼び起こすんだよ。で、ここが肝心なところなんだけど、これから瑪瑙ちゃんを操作します」
「操作?」
「うん、私の能力って、『人形遣い』なんだ。秘密だよ? この能力で人形を操れるの。ゴブリンリーダーと戦った死体もその能力」
コテリと小首を傾げる瑪瑙ちゃんへと、自分の秘密を教える。瑪瑙ちゃんには教えても構わない。それだけ信頼しているから。
「『ネクロマンサー』じゃなかったんだ。だから掃除機ロボットも操れたんだね」
部屋の隅に置いてある掃除機ロボットを見て、ポムと手を打つ瑪瑙ちゃん。なるほど、ネクロマンサーだと思ってたのか。たしかにそう見えてもおかしくなかった。でも、ネクロマンサーって、大変なジョブなんだよ……。強いけど、嫌われるジョブトップテンに入る。
ネクロマンサーヨミ。陰のある少女………むむむ、ダークな私もかっこよいかも。
「で、この魔糸を使うんだけど、たぶん人間も操れる。試して見て良い? 抵抗する感じで」
「うん、どうぞ! てーこー!」
ふぬぬと力む瑪瑙ちゃんに苦笑しながら、生み出した魔糸をくっつける。
だが、すぐに弾かれた。
『抵抗されました』
ログを見て、やっぱりそうかと顔を顰める。これで操れたら、もう人形遣いを超えてるから予想どおり。
「それじゃ、次は意識せずにボーッとしてみて」
「ボーッ」
目の光を消して虚ろな顔になる瑪瑙ちゃん。演技得意だなこの子。そして、それはボーッとしている顔ではない。
『抵抗されました』
同じく弾かれた。やっぱり駄目か。それじゃあ、本命だ。緊張で少し顔を強張らせる。失敗した場合はかなりまずい。
「今度は私を受け入れる感じでお願い」
「わかったよ。ん〜」
「なぜに唇を尖らせる」
ぷはっと、笑ってしまう。ふざけている証拠に瑪瑙ちゃんもニヤニヤと笑う。うん、緊張解けたよ。
瑪瑙ちゃんがふざけるのをやめて、両手をあげる。ハグのような体勢が受け入れる体勢らしい。
魔糸をそっと瑪瑙ちゃんに付ける。今度はピンと軽やかな音が返ってきた。
『雨屋瑪瑙を操作可能』
やった! これで人形として………んんん?
頭がクラクラとして、血が抜けていくように寒気を感じる。ま、まさか?
見るとステータスボードに表示されているマナが毎秒6ずつ減っていた。マジかな? そっか、受け入れてくれても、ガリガリマナは減るのか。
人形としては使えないな。でも、その他の効果はあるはず。
「どう、瑪瑙ちゃん。なにか身体に変化はある?」
「う、うん。私の中になにか熱い物があるのが感じられるよ! な、なにこれ!?」
早口で尋ねると、驚いた顔で身体を震わせる瑪瑙ちゃん。よしよし成功したかも。
魔糸を外して、ムフンとニヒルな笑みにて額に手を翳すミステリアスレディ。他者から見たら、ごっこ遊びをする可愛らしいだけの少女かもしれない。
「それこそが君の潜在能力だよ。感じているのはマナだね」
「おぉ、高山病のヨミちゃんモード。……でも、わかるよ、これがマナ………」
瑪瑙ちゃんが手を震わせて、黒髪がピンクに染まっていく。瞳も桜のような淡い色になっていった。
魔人として覚醒したのだ。神秘的なピンク色の粒子が部屋を埋めて、瑪瑙ちゃんが光り輝く。
ふわふわピンク髪に淡い桜色の守ってあげたい庇護欲を感じさせるヒロインっぽい美少女雨屋瑪瑙へと姿が変わる。
そして錆びていた指輪がパアッと光り輝き、ピンクダイヤモンドを削って作った美しい指輪へと変わるのであった。
なんか凄いヒロインっぽい覚醒シーンである。私の覚醒シーンって、こんなに神秘的だったっけ?
「ど、どうやったの?」
「私は人形の能力をスキルや魔法を抜かして、十全に使えるの。だから、普段は使っていなかった瑪瑙ちゃんの能力も全て解放したんだよ」
これこそが私の秘策だ。人形となった時に、全ての力は解放される。本人が意識していない筋力やマナすらも意識できるようになるわけ。
それはたった数秒でも効果は絶大だったらしい。操作した際に人形として、ステータスも表示されているので、瑪瑙ちゃんの能力がわかる。
雨屋瑪瑙
種族:魔人
マナ:90/90
体力:3
筋力:4
器用:3
魔力:36
精神力:78
ジョブ:なし
固有スキル:天の舞(舞踊の効果200%アップ)
スキル:なし
なぜに私よりもモブの方がステータスが上なのかと思うけど、死ぬ予定だったモブキャラって、ステータス高いことが多いよねと、気にしないことにする。
全然気にしないので、後でハンカチを買っておこうとメモしておく。ムキーと噛んじゃう用だ。
自転車に乗るのと同じだ。一度でも乗れる感覚を覚えれば、もはや忘れることはないだろう。
瑪瑙ちゃんは元々魔人としての潜在能力があったけど、使う方法がわからなかっただけなのだ。
………本来は死んだ瑪瑙ちゃんの代わりに私が指輪を光らせて雨屋の娘として入るイベントだった。血統用魔道具でも、自分の魔力とマナを自由に操作できるヨミは、鍵穴に合わせるように魔力のパターンを変えて使うことができる。
バレたら大変な能力である。これって、この世界では指紋と同じ扱いになっているからね。魔法で指紋は変えられるため、魔力パターンに頼っている銀行口座とか自由に偽造できちゃうので。
「二人とも魔人になったし、それじゃあ、今日はゆっくり休んで、明日に雨屋家に向かおうか」
腕組みをして、胸を張り、クールで冷たいレディとなる。触ったらちべたい美少女ヨミちゃんだ。
「むむむ、なにか面白い顔になってるよヨミちゃん。作戦があるんだね?」
「悪い顔と言ってよね。まぁ、とりあえず考えていることはあるよ!」
だけどクスクスと瑪瑙ちゃんは可笑しそうに笑う。せっかくクールな悪人顔で言ったのに、まったくもぅ。
でも、これでようやくスタート地点につけるかもね。
あと9日間。上手くストーリーさん、進んでくださいと。
───このゲームをやることになったことを思い出しながら、ヨミは運営に祈るのであった。