59話 顔出しにつき
ボーンは驚愕を顔に貼り付けていた。その顔は信じられないと強張っており、4本の腕を砕かれた衝撃で爆発を受けたかのように吹き飛び、壁にめり込むのであった。
「あ、アバゃびゃ〜ですの」
月は目をぐるぐるにしていた。その顔は荒御魂の回転に巻き込まれて気絶しそうであり、銀髪はボサボサだ。今にも頭の上から落ちそうで、その口調は要領を得ない。なんで仮想アバターの癖に影響を受けているのかと、問いただしたいです。
「『血の活性化』を行っているので、この身体は実体寄りになっているのです。あんまり動かないで敵を倒して貰えないでしょうか。できれば一歩も動かずにお願いします。この身体はとーってもか弱い身体なのです」
コテリと小首を傾げて、無茶苦茶なお願いをしてくる月。ここに至り、理解した。そういえば、人形を代わりに通学させて学校にも行かなかったし、本能で行動していた月はお勉強も苦手だし、家に引き篭もっていたから、運動もしなかった。それでも美少女なのは、余計なカロリーとかは人形が肩代わりしてくれたからだ。
そりゃそうだ。『ブラッディパペッティア』はチートすぎる遠隔操作系のジョブだから、ニートにピッタリのジョブであった。
厨二病で高慢で、か弱いのに脳筋な少女であったのだ。たぶん知力のステータス項目がない弊害だとも思われる。地頭は良いはずなのに狂気を失い、正常なる精神だと残念無念な悪役令嬢になるのだった。
『無理だからね? 月のお願いでも、そんな縛りプレイは無理だから。勝てる戦いも勝てなくなるよ。実体寄りだと敵にバレるかもしれないし、止めてくれない?』
勘の良い敵なら気づく可能性があるよと注意をすると渋い顔になる月。
「わかりました。一瞬だけスキルを使って後は維持は放棄しますの。それならば敵は感知できないし、荒御魂がどんなに激しい動きをしても影響は受けません。ですが、ステータスは恐ろしい速さで減衰していくので、保って10分というところになるでしょう」
『その前に荒御魂は壊れる可能性があるから構わないよ。それじゃボーンを倒そう!』
安心しつつ、壁にめり込んだボーンを見ると、壁に手をつけて、ボーンは這い出てくる。鎧はへこんでおり、ヒビも入っており、各部の装甲が砕けていた。
「くそがぁっ! お、俺の切り札をっ!」
よろけながら大剣を構えるボーン。もはや死に体であり、たった今もステータスが減衰している荒御魂でも余裕で勝てる。
「くそったれ、もっとつぇー、アンデッドを見つけておくんだった。アンデッドナイトなんぞで満足しなければ、てめぇなんざ楽勝だった!」
目を光らせながらのボーンのセリフに呆れてしまう。
「ふふっ、『死の視線』と『呪いの視線』があるからアンデッドナイトにしたのでしょう? 一撃死と敵を動けなくする魔眼のコンボ。どんなに強い敵でも、それほど苦労せずに倒せますものね?」
見え透いた攻撃に立ち直った月が馬鹿にする。さっきからずっとボーンは魔眼スキルを使用していたのだ。荒御魂に効果があると信じていたのか、逆転する一番簡単な方法だからかはわからないけど。
これまではこの方法で簡単に勝ってきたのだろう。即死無効と呪い無効の両方を備えることのできる敵なんかいなかっただろうからね。
「うぜぇっ! したり顔で僕を評価するんじゃねぇ! まだまだいけるぜ!」
『生命生贄』
ボーンの身体から禍々しい瘴気が新たに生まれてその身体をさらに強化する。鎧のヒビが消えていき、砕けた装甲が修復されていき───。
スキルの発動に集中していた一瞬。荒御魂から視線をずらした僅かな時間。眼前に荒御魂がいた。
「なっ!?」
『高速戦闘中に目を離すのは厳禁だよ、致命的な隙となる。こうやって狙われる!』
「こ、こうやって現金ですき焼きを買って、狙われます?」
視線がずれた瞬間を狙い、ヨミちゃんが荒御魂を繰り、ボーンとの間合いを詰める。月はヒアリング赤点決定だ。
「か、からたけ」
『唐竹割り』
焦ったボーンは大剣を振りかぶり、魔法技を使う。大剣がマナを宿し、強力なる一撃を放つ。だがそれは悪手であった。高速での振り下ろしは、その軌道はわかりやすく、来るとわかっていれば簡単に対応できる。敵の隙を狙わなくては、同等の身体能力を持つ相手には致命的な隙を見せてしまう。
荒御魂は敢えて大剣の前に踏み出して、短剣を大剣の刃先に合わせて斜めにずらす。高速の一撃はただそれだけで軌道を変えられて、床にめり込む。
そのまま、残る片方の短剣を身を乗り出すボーンの首へとそっと押し当てて切断しようとし──。
飛び跳ねて、その場を退く。
眼前を矢のように蛇が通り過ぎていき、再び荒御魂は小さくステップを踏んで後ろに下がる。追いかけるように新たなる蛇たちが矢のように飛来してきたが、全てを回避する。
数度ステップを踏み、蛇が飛来してこなくなったのを確認して、飛来した先へと顔を向ける。
「うっしっし。あれを全部躱しちゃうかぁ、驚きだね、どうなってるの? 勘にしても凄まじいね〜」
「………メデューサですの? パーマをするにしても、趣味が悪いですわ」
いつの間にか、ビルの隅に女性がいた。腕組みをしており、顔立ちは金色の蠱惑的な目にスッキリとした鼻梁、薄紫のルージュをつけた小さな唇に肌は白く小顔の美女、スタイルも良く妙齢の女性である。身体にピッタリと張り付くようなチャイナドレスに似た簡素なローブを着込んでおり、将来のヨミちゃんにそっくりなスイカみたいな装甲とくびれた腰周りをしている。
───そして、肩まで伸ばした緑色の髪は蠢いており、それは全て細く小さな蛇たちであった。爬虫類を思わせる縦に割れた黄金色の瞳で荒御魂を睨んでいたが、その口元は悪戯そうに微笑んでいた。
有名すぎるモンスターであるメデューサがそこには存在していた。
「ち、ブレインッ! なんでてめぇがここにいるんだ? これは俺の仕事だったろうがっ!」
「え〜、どうも様子がおかしいから様子を見に来てあげたんじゃん。実際危ないところだったよね〜?」
「うぜぇっ! こんなの僕一人で倒せてたんだ!」
メデューサを見て、忌々しいとばかりにボーンが毒づくが、肩をすくめて女性はケラケラと笑う。気安そうな感じで、仲間なのだろう。
『助けに来た仲間かな、お名前を聞いて!』
「自己紹介をして頂いてよろしいでしょうか? メデューサの亜人ではなさそうです。それは『魔人装』ですわね?」
コクリと月が頷くと、代弁してくれる。『魔人装』とのセリフにメデューサの眉がピクリと動き、またケラケラと笑う。
「博識だね〜、あ、そこのボーン君が使っちゃったからかぁ。だめだよ、ダメダメだよ。奥の手を簡単に見せちゃだめだよ〜、ボーン君?」
「こいつは予想以上につえーんだよ。なにせサイボーグ戦士だぞ、サイボーグ戦士! まだ切り札を隠してるかもしれねぇぞ!」
ふざけながらも責める口調のブレインにボーンは苦々しい口調で抵抗する。荒御魂に殺されそうになったのだから当然だ。
それを聞いて、呆れたようにあからさまに嘆息するメデューサ。こちらをさっきからじっと見てるが、理解したように、なるほどと顎に手を添えて頷く。
「『石化の魔眼』も効いていないし、そうなると『死の視線』も『呪いの視線』、それどころか、『死の領域』すらも効果を表してないみたいだね〜、ニッシッシッ、状態異常のスキル構成としていた私たちには最悪の相性だったかぁ」
「そうだ! てめぇがこのスキルツリーで進めようって言ってたのに、この有様だぞ!」
スキルツリー? その言葉にヨミちゃんは反応するが黙っておく。イベントでペラペラ喋ってくれる迂闊なボス役をボーンはしてくれるようだし。
「そもそもこのイベントにこんな奴が現れるなんて記憶にねぇぞ、なんかおかしくないか?」
「たしかにアタシの記憶にもないかな〜、イレギュラーな存在なんだよ、きっと」
ポロポロと重要な情報を流してくれる二人の会話を、ヨミちゃんはワクワクして聞いている。この二人こそプレイヤーの記憶があるな! しかも自分視点のストーリーを記憶している。……悪役令嬢那月ヨミのストーリーとは違う情報を持っているぞ!
もっと踏み込んだ情報を流してくれて良いんだよと、ヨミちゃんは様子を見ている。
だが、ストーリーイベントの常でそこで話を止めてメデューサはこちらを振り向く。
「まぁまぁ、アタシたちはまだまだ成長途中、スキル構成をこれから変えれば良いんだから良かったじゃん。成長しきったら、もう取り返しがつかないからね」
「ケッ、もうこれからは僕の考えたスキル構成にするからな、もう状態異常構成なんざ止めだ! 戦った感触がなくてつまらねぇしな!」
「仕方ないなぁ。それじゃ、これを反省として今日は帰るとしようね」
メデューサが予想外の言葉を紡ぎ、ヨミちゃんは驚いちゃう。2対1だよ?
「うっしっし〜、相性最悪の敵と戦うつもりはないんだ〜。ロードもないこの世界で危ない橋を渡るつもりはない」
「……もう少しで勝てるかもしれませんわよ?」
月が緊張気味に敵へと尋ねるが手をひらひらと振ってくる。
「その手には乗らないかな。危ない敵の切り札を恐れながら戦えないよ〜、腕も一級のようだしね」
「ストーリーイベントの報酬はどうなるんだよっ! 失敗扱いになっちまうぞ!」
「この敵を倒しても失敗だよ〜、諦めようよ、欲張りは良くないよ」
パチリとメデューサが指を鳴らすと、メデューサの影がいくつにも別れて、水面から出てくるように影から魔物たちが現れる。
真っ黒なタールでできた人型の魔物だ。その手は鉤爪となっており、目鼻は無く、三日月形に笑う口だけがある。その数は12体。
『ナイトストーカーだ。Bランクの魔物、影に潜むスキルがあるから護衛に持ってたな!』
「さっさと倒して、あの二人も殺しましょう。危険な匂いがしますの!」
容赦のない月の言葉に躊躇っちゃう。明らかにこいつらはプレイヤーだ。倒さずに情報交換したい。テロも未遂だったし、なにが目的かエンディング到達を目的にするなら、もしかしたら手を取り合えるかも。
その迷いが時間を敵に時間を与えてしまった。メデューサがまた指を鳴らす。
「それじゃ、時間稼ぎよろしくナイトストーカー君」
『百鬼夜行』
「キィ」
スキルを発動させたのだろう。ナイトストーカーが小さく鳴くと、空間から滲み出るようにナイトストーカーの大群がぞろぞろと出現する。あっと言う間にビル内はナイトストーカーで埋め尽くされてしまう。
「アタシの名前は妖魔の王ブレイン。ニッシッシッ、今度出会ったらよろしくね」
「ちっ、僕の名は屍の王ボーン。次に会ったときには殺す!」
二人がようやくの自己紹介をしてくれるので、月がオメメをキラキラとさせて応える。
「機械の王荒御魂ですの! お前らの野望は荒御魂が打ち砕きます!」
「サイボーグ戦士じゃなかったのかよ!」
「機械の王の方が響きが良いので追加しましたの。これからは機械の王にしてさいぼーぐ戦士荒御魂でいきますの」
かっこいい名乗りに憧れちゃう月ちゃんなのだ。
「ぐぬぬ……舐めやがって………」
怒り心頭に歯噛みするボーンだが、それを聞いて腹を抱えてブレインは爆笑した。
「あはははは、まぁ、名乗りって大切だもんね。わかるよ、よーくわかる。それじゃ、笑わせてもらったし、またね〜」
そうして二人が身体を翻してビルを悠々と出ていき、ヨミちゃんは嘆息しちゃう。
『これは顔見せイベント?』
よくゲームのストーリーイベントである展開だ。敵の黒幕がちらりと姿を現して逃げるやつ。この場合、敵を倒しても殺せないパターンである。
「妾たちもやれやれって、セリフを言う時がきましたよ、ヨミ」
『やれやれ』
無数のナイトストーカーが襲いかかってくるのを見ながら、ヨミちゃんと月も肩を竦めるのであった。
───ナイトストーカーたちの群れは5分かからずに全滅させたが、その時にはもう敵は影も形もなかったのである。
『惑乱の群衆をクリアしました』
『報酬としてカルマポイント100ポイント、100両を入手しました』
『戦闘により、マナが11上がりました』
『戦闘により、器用度が8上がりました』
『戦闘により、魔力が13上がりました』
◇
◇
◇
『『キングス』パーティーとのPVPは引き分けとなりました』




