55話 狂気のデモ隊につき
倉庫は大勢の人々が重なるように雪崩となって押し寄せてきた。傷つくことを恐れずに、目を血走らせて、よだれを垂らして、動きもどこかギクシャクしている。
明らかに操られていますといった感じだ。それが数百人。そこまで広くない倉庫に入ろうとしてきた。
『突風』
しかし、警備員が突風を巻き起こす魔法を放つと後ろに押し下がる。ドミノ倒しのように出口側に吹き飛ばされて倒れる人々。そこまで威力のない魔法でも効果があるということは、本当に多少の魔力を付与されているだけなのだろう。
「こいつらおかしいですよ、店長。あからさまに操られています。たぶんゾンビ化してますよ!」
人々の中には白目を剥いて噛み付こうとしてくる姿の者がいる。たしかにゾンビにしか見えない。警備員は顔を引きつらせて、最大の警戒をしている。ゾンビだとすれば厄介だからだ。いや、ゾンビではなく、ゾンビが出現する状況がだ。
「殺すつもりで魔法を放ちますよ? 良いですね?」
初級魔法であっさりと吹き飛ばされる人々だ。下級魔法を使えば殺してしまう可能性がある。警備員はそれを恐れて、一反に許可を得ようとするが、答えはというと──。
「駄目や! 開店したばっかの店がゾンビに似ているとはいえ、人を殺してもうたら、評判下がるなんつーレベルじゃあらへん。なんとかするんや」
店主として当然の答えだった。世界が崩壊したなら気にしなくても良いが、ゾンビ騒ぎはたまにある魔法の世界。アンラッキーだったねで済んでしまう世界観なのだ。お店の評判を考えると被害者といえど、人々を殺すわけにはいかないのだ。
「む、無茶言わないでくださいよ! この数ですよ、どうやって防げば良いんですか!」
「す、睡眠系統の魔法や! 寝かすんや、寝かして対処するんや!」
「精神魔法はたとえ神人といえど、精神が高揚してると効き目はないんですよ! しかもゾンビだと意味がないっ! あんた、映画の馬鹿な店主みたいに商品を守って死ぬパターンになるつもりですか!」
「そこをなんとかせぇや。あんたには相場の5倍の給与を支払ってるやろ!」
「あほか! こんなの無理に決まってるだろ!」
警備員にしがみつき、無茶振りをする一反に警備員は怒る。ギャアギャアと言い争う二人はゾンビ映画で殺される強欲な店主たちを見事に表していた。貴重な光景なので、拍手しちゃうよ。
とはいえ、変だ。最初は精神高揚系統の魔法を使用されたと思っていたが、それにしては行動がゾンビすぎる。
「あれどうなってるんだろ?」
スタッフたちと一緒に群衆を見て、予想外の展開に戸惑う。設定資料にも載っていない展開だ。
だが、疑問は予想外のところから答えがきた。
『『ゾンビパウダー』の力ですわね。あの人々は疑似ゾンビ化してますの』
肩から聞こえてくる可愛らしい声にギョッとしてしまう。顔を向けるとネンドツキロイドがちょこんと座っていた。
「ありゃ、月ちゃんこんにちは」
『ごきげんよう、ヨミ』
立ち上がると、ちこんとスカートの裾を握って挨拶をする月がいた。サラサラ銀髪に紅い目の美少女だ。
周りを素早く見るが、肩に現れた世界一可愛らしい人形さんに気づく者はいない。
『ご安心ください。これはヨミにしか見えない仮想アバターですの。お互いに繋がっているので、念話で話すことが可能です』
そのセリフを聞いて、すぐに念話へと切り替える。思った内容をダイレクトにつたえることができると感覚でわかる。
『独り言にならなくて良かったよ。で、こうやって出現できたのはなんで?』
『『糸』を一本手に入れましたから、『魔溜まり』がなくとも、ヘルプくらいはできるようになりましたの。とはいえ、一日にほんの数十分程度ですが』
この間の蛇退治は役に立った模様。月ロイドはお人形さんのちっこい指を人々へと向けると説明を始める。
『あまり時間もないことです。あの状況を説明致しますわ。あれは『ゾンビパウダー』を使って疑似ゾンビにしているのです。『ゾンビパウダー』は毒です。身体を蝕み疑似ゾンビへと変えます。誰かがばら撒いたのでしょう』
ピンときた。というか、それしかない。
『『ネクロマンサー』が関わってる!? 臆病リスのスキルだと思ってたんだけど?』
『まぁ、それしかありませんでしょう。ですが群衆をゾンビパウダーで疑似ゾンビ化して操るのは重罪。しかもあまり意味がない。その効果は1時間程で切れて元の人間に戻りますから。なんでこんなことをしでかしたのでしょう?』
コテンと小首を傾げて不思議そうな月。たしかに月にとっては害のある行動に見えないのだろう。単に暴動にしか見えないはず。
だが、ヨミちゃんにはわかる。この行動の意味が。
『群衆は弱い。大店には必ず魔法使いが警備員にいるはずだ。魔法であっさりと殺してしまうことも可能だから、あまり危機感はない』
一反と警備員の壮絶なる罵り合いを見ながら、同じ光景が外でも起きていると悟る。醜い争いをしているが、その中でも突風で人々を吹き飛ばして、近寄らせることはないので、警備員はまだまだ余裕なのだ。だが、マナ量が厳しくなれば、危険を感じて今度は殺傷力の高い魔法に切り替えるに違いない。
『そうなると魔法使いが神人を大量殺害したと言うことになる。その結果はどうなると思う?』
『ふむ……魔法使いの評判が下がり、魔法使いと神人の対立が深まりますか』
月はぽふんと手を打って、答えを導き出す。だが、違うんだ、全然違うよ。
『雨屋区の評判が下がるよ! また治安が悪化しちゃう。これからの私の拠点なのに、人々が訪れなくなっちゃうでしょ! 他の区なら他のプレイヤーさん頑張ってで済ますけど!』
繁栄させて、たくさんお金を稼いで権力を持って、成り上がる予定の悪役令嬢なのに、雨屋区では魔法使いが神人を簡単に殺す所だと噂されれば、評判がだだ下がりだ!
『はぁ………私も人のことは言えませんが、ヨミも大概ですこと』
なぜか呆れた視線を送る月。よくわからないけど褒められたのだろう。
『雨屋区の評判を下げるイベントはノーサンキュー! やるよ!』
『わかりましたわ。ご主人様、あれは『ゾンビもどき』と名付けました! 初級魔法を防ぐ程度の魔力しかないので、簡単に死ぬので気をつけてください!』
『なにそれ?』
『大好きな漫画の銀髪メイドの真似です』
『ふーん』
フンスと握り拳を作る月に首を傾げる。よくわからないけど、とりあえず奴らを片付けておこう。
飾り棚から蜘蛛人形を10匹喚びだすと、地面を這わして倉庫内から外に出すのであった。
◇
「ひょえーっ! 封印系統の魔法を使うんや!」
「そんな高等魔法は使えませんよ!」
倉庫の入り口で押し合いへし合いしながら迫るゾンビもどきたちの大群を前に、一反がなんとか穏便に対処をしてほしいと警備員に懇願するが、店の警備員として雇われる程度の力しか持たないので、拒否する。
なんとかしてぇやと、涙目となる一反。警備員の言いたいこともわかるが、殺したらお終いだ。しかし、このままでは殺すしかないと心の中では理解もしている。
「キョウョセヨ」
「キョキョキョ」
「マホホホマホホホ」
白目となり、口を大きく広げて歯を剥き出しにし、諦めずに迫ってくる奴らはどう見ても説得はできそうにない。
「駄目か………」
突風でも跳ね飛ばされても、諦めずに段々と近づいてくるゾンビもどき集団に、一反は遂に諦観して虚ろな目になる。こんな事やったら、他の区で店を開くべきだった。もうわいはお終いやと涙目になり──。
その眼前を一枚の花びらが通り過ぎていく。
「花びら?」
ハッと思い出して、慌てて後ろを振り向く。と、倉庫の奥から優雅な足取りで青髪の少女が歩み出てくる。片手に扇を持ち、その口元は薄く笑みを象っている。そこには普段のアホな姿とは違う、危険な空気を持つ那月ヨミがいた。
「投資家を護るのも、シーイーオーの役目です。なので、守りましょう、防ぎましょう。この倉庫はスタッフ以外は立ち入り禁止です」
扇をゆらゆらと振る毎に、花びらが生み出されて倉庫内へと舞っていく。その花びらの数は段々と増えていき、あっと言う間に花びらで埋め尽くされていく。
押し寄せるゾンビもどきたちも花びらに視界を覆われて、その歩みが僅かに鈍くなる。
「ささ、花びら舞う美しい光景を目に焼き付けて、お眠りください」
『風花衝』
パチンと扇を畳み、一言呟く。そして、その一言で魔法は発動した。
倉庫を埋め尽くしていた花びらがゾンビもどきたちの周辺でパチンパチンと弾け飛ぶ。その光景は酷く幻想的で、別世界のようにも思えた。
そして衝撃を受けたゾンビもどきたちの身体が揺れる。
「アァ〜」
「うァ〜」
「ボゥァ」
あれだけ耐久力があったゾンビもどきたちはパタパタと崩れ落ちていくのであった。だが、気絶しただけで、その顔は血色の良い顔色に戻っていた。
「お、おぉ〜! そういや、嬢ちゃんがおったわ! ありがとさんな、嬢ちゃん!」
飛び上がって喜びの声をあげる一反。警備員は信じられないと驚愕し、スタッフたちは歓声をあげる。
「いえ、たいしたことはありません。おーとっとっと」
お菓子な高笑いをして、得意げに胸を張る。
『器用ですのね、まさかゾンビパウダーの魔力と同じパターンの衝撃波を放つなんて』
『ああいった外部からの肉体操作系魔法は同等の魔力をぶつけると簡単に壊すことができるよ。それにゾンビパウダーの効果はとっても弱いし』
感心する月へとなんでもないことのように答える。ゾンビパウダー程度の力だと、魔力1程度しか抵抗力がない。蜘蛛型人形を一人の犠牲者に貼り付けて魔力パターンを解析したのだ。
あとは同等の魔力パターンの衝撃を与えてオーバーフローさせる。ゾンビパウダーは極めて弱い魔力で肉体に魔法毒を与えるように精密な構成で作られている魔法だから、簡単に破壊できたわけ。
『これが普通の身体強化系統なら無理だったけどね』
再び扇を開いて、ひらひらと揺らす。まだまだ残っていた花びらが倉庫の外に飛んでいき、見惚れてしまう美しい光景となる。
『どうやら他の店も殺すことを躊躇っていたようだね、間に合って良かったよ』
蜘蛛型人形をこっそりとビルの屋上に移動させて、周囲の様子を確認したが、大店に同じように狂った群衆が押し寄せていた。
蜘蛛型人形の視界を共有し、花びらを分散して、群衆へと向かわせる。そして、他の群衆も全て気絶させておくのであった。
『風神の扇』の固有能力『風花』は少ないマナで、たくさんの花びらを作り出せるから、とても便利で助かるよ。
感謝するでと、近寄ってくる一反を無視して、蜘蛛型人形の視界を変えていく。ビルの影、奥の通路、店の中。
『見つけた』
そして、裏道を焦った顔で走る男を確認する。
『那月ヨミからは逃げられないと教えてあげようね』
『フフ。楽しくなってきました』
ヨミちゃんと月はニヤリと笑って、再び思念を外に向かわせるのであった。




