54話 鍛冶職人への投資につき
「わーい、クレープの出前ありあと〜!」
「やったぁ、クレープの出前ありがとう〜」
瞳と二人で万歳して喜びの声をあげる。目の前にはクレープがたくさん詰まった箱が置いてある。出前可のクレープ屋に頼んだのだ。クレープの出前って、さすがはファンタジー。持ってきた店員さんの眠そうな目の少女は軽く頭を下げて出ていった。
「それじゃ、食べながら説明しよっか」
「えらい、たくさん頼みましたなぁ。まぁ、今日はメカクレさんがおらんから別に良いけど」
「乙女の胃は4つあるんだよ。モォ〜」
「モォモォ〜」
生クリームたっぷりのクレープを頬張り、牛さんの真似をするヨミちゃんと瞳です。二人の幼女が鳴き声を真似する姿は可愛らしいことこの上ない。
「では、説明をします。まずは『那月ファンド』からだね!」
小さなお口でパクリとクレープを齧り、那月ファンドの説明をするヨミちゃんでした。
◇
一反と方脚は目の前の少女の説明を聞き終わり、ちらりと目を合わせる。まさかの部活動らしい。貴族のやることはよくわからない。
まぁ、部活動は隠れ蓑。本音は弱体化した雨屋の私兵作りと金を集めることやろ。一反は無邪気にクレープを頬張る少女を見て、目を細めて思考を回転させる。
「えぇと、返済能力があるかは判断しないのかい? 僕と那月様はバスに同乗しただけなんだけど……」
「私は縁を大切にするんです! 袖擦り合うも幼女の縁って言うからね!」
躊躇いがちの方脚へと、ニパッと明るい笑顔を見せる那月ヨミ。その笑顔からは、善人の人の良い少女にしか見えない。
浪費癖があり、傲慢なスラム街上がりのアホな少女の噂とはまったく違う。きっとその噂を聞いた人は目の前の少女のことだとは思わないだろう。
一反はその見かけに騙されない。なにせ既に一回素材の買い取りで頭の良さを知っているからだ。アホに見える分だけ質が悪いと言えよう。
(今回の事柄。きっと貸した金が焦げ付いても別に構わないんやろ。他の目的があると見たで)
それが何なのかというと……素材集めではないだろうか。ズバリ魔導兵器の素材集め。小さな店舗から少しずつ買い取れば、バレにくい。きっと雨屋は、いや、この少女はどこかの組織と繋がっていると考えている。掃除機に擬態させた魔導兵器。あれを運んでいて、その組織と無関係のはずがない。
ここでファンドに投資すればどうなるか? どうやら、ぽんと2千両貸せる程に豊富な資金があるみたいだ。ファンドの強みはなんと言っても資金力だし、その上で権力者との繋がりが有れば負けようがない。
(口封じを防ぐって意味もあるな)
那月ヨミが偶然に一反の店を利用したとは思えないし、わざわざ那月ファンドの話を目の前でする理由もない。わざと話を聞かせて、資金を提供しろと言うことだと、一反は持ち前の商売の勘から気づいていた。
断れば………。たぶん明日には野ざらしの死体になっている予感がするし───なにより金の匂いがするのだ。しかも尋常ではない金の匂いである。ならば一反としてはやることは一つだ。
「方脚はん、返済できるか不安なんやろ? でも上級生体武器の卸値は普通は一個につき2両や。毎日売れるっつーわけでもないから、はっきりとは言えへんが、中級、下級と合わせて一日で3両から5両くらいは稼げるくらいできるやろ? 売り先ならわいが買い取るさかい気にせえへんでや」
一年で220両の返済ができるか不安げにしている方脚の肩を強めに叩く。このお人好しそうな鍛冶職人がかなりの腕なのは確認済みなのだ。今までは下級生体武器だけだったので、儲けも微々たるものであったが、収入は一変するだろう。
その言葉に迷いつつも、計算を始める方脚。計算を始める時点で前向きに考えているということだ。
「税金に素材を買う資金、上級となると手伝いの見習いを雇うことも必要ですし合わせると……。20日働くとして月に60両。年で720両ですか。経費やらあれこれを抜くと、最低でも手元には300両は残りますかねぇ。それならぎりぎり返済可能。僕が怪我や病気にかからない場合はですが」
「大怪我を負ったり病気にかかったら返済は考えるよ! それにそれは最低収入で、色々とお願いをすると思うから、もっと稼げちゃいます。返済は余裕だと思うよ!」
お勧めするよと、2個目のクレープを齧って那月ヨミがにこやかに勧誘してくる。
「そや、そや、そのとおりやで方脚はん、こういっちゃなんやけど、ちまちま貯金をしてたら、いつ中級鍛冶設備を購入できるかもわからへん。その間に腕は錆びれる一方や。ここは男は度胸、天から降ってきた幸運の糸を掴まないもんは、大成できへんで」
「う、うーん……た、たしかに。大貴族の後ろ盾があるなら、この話に乗るべきですかね」
「素材が必要なら、わいもお手伝いするから安心してや。それと、那月はん。年の配当金が最低5%や言うのが本当なら、1000両投資させてもらいますわ」
ぶっちゃけ、一反は現金にはあまり余裕はない。だが、この間の那月ヨミから買い取った素材が半分は売れているので、なんとか用意できる。
(まさか、そこまで考えて素材を売りに来たんか? そうだとするとわいの資金力も掴まれているっちゅうことやな。恐ろしいことやでほんま)
勘違いからの思考をスタートさせている一反の頭の中は誰にもわからないので、ツッコむ人は現れない。ヨミちゃんとしては、腕の良い鍛冶職人ゲットだぜと、慌てて勧誘しただけなのだが。
「方脚さん、ご契約ありがとうございます。一反さんも投資金ありがとうございます。それじゃ、契約書は後日にしましょう。おーとっとっと」
謎の笑いをする那月ヨミ。その小柄な身体で青髪を靡かせながら胸を張る姿は背伸びをしたい幼い少女にしか見えなかった。
「それじゃ、これで話し合いは───」
終わりやなと、一反が口にしようとした時であった。
廊下からバタバタと荒い足音が聞こえてくると思ったら、バンと扉が勢いよく開かれた。
「大変です、店長! デモ隊が暴動を起こして、うちの店に略奪に来てます!」
汗だくの店員が恐怖で顔を歪ませて、焦った声で叫ぶのであった。
◇
「倉庫に人が押し寄せて来ています。よりによって、生体兵器が保管してある場所です! 警備員が防いでいますが、いつまで防げるか………」
「なんやてぇ!」
驚愕の表情でソファから立ち上がると急いで外へ向かう一反。
「よりによって、このタイミングかぁ」
2個目のクレープで甘ったるくなっちゃったヨミちゃんです。10個も頼むんじゃなかった。ハンバーグとか担々麺を食べれば甘ったるさがなくなって、まだ食べられるんだけど。
ケーキバイキングでケーキケーキとはしゃいでおきながら、甘ったるくなり、すぐに食べられなくなる典型的な少女であった。
「おねーちゃん、だいじょーぶかなぁ?」
「うん……少し心配だから、パパと一緒にここでお留守番しててね」
不安げな顔でクレープを齧る瞳の頭を優しく撫でてあげると立ち上がる。どうやらイベント発生っぽい。
「お煎餅を持ち帰ってくるから、おとなしくしててね!」
「うん! おねーちゃんいってらっしゃーい」
「お気をつけて。どうも不穏な感じです」
廊下から聞こえてくる怒声に不安げになる方脚。瞳は無邪気に手を振ってくれるので、親指をたてて走り出すのであった。
ヨミちゃんがてってと短いコンパスをできるだけ早く動かして先に進む。怒声やら罵り声が段々と近づいてきて、倉庫への入口前に集まっている従業員を確認する。
店舗との仕切りがコンクリート打ちっぱなしとなっているのでわかりやすい。防犯用なのか分厚い鉄の扉が設置されているが、今は開け放しとなっており、スタッフたちがこわごわと中を覗き、防犯の意味を失わせていた。
「魔法使いと対抗するための武器を供与せよ!」
なにやら物騒な怒鳴り声に苦笑を禁じ得ない。スタッフの合間に身体をねじ込んで、ヨミちゃんも倉庫の中を窺う。
倉庫は奥が金属製の棚で、その上にダンボール箱や木箱が積んであった。そして中程は広く取られており、輸送用の頑丈そうな金属製の大きな箱が置いてある。その側面には『生体武器のため、取り扱い注意』とシールが貼ってあった。
倉庫前にはトラックが数台停車してあり、入り口に大勢の人々が集まっていた。見ると、さっきのデモ隊で先程とは違い、熱い熱気を醸し出している。
「生体武器を供与せよ!」
「魔法使いを倒すのだ!」
「われれれ、勝利をわ」
「ヨコゼ、アヴァ〜」
異様な雰囲気のデモ隊だ。なんかチラホラと怪しい発言をする人もいるようだ。白目を剥いてよだれを垂らしてヨロヨロと近づく足取りは近づきたくない雰囲気を生み出していた。
入り口前には警備員の魔法使いが立っており、険しい顔で倉庫に入られないように立ちはだかっている。
「こら、ここからは立ち入り禁止だ」
『突風障壁』
一人の警備員が魔法を使うと、入り口を塞ぐように地面から突風が吹き出す。突風といっても、下位防御魔法。敵の攻撃を多少減衰するものの、それほど強くない。子供たちが飛び込んで、あぶぶとほっぺたが歪む程度のアトラクションのような弱さだ。
しかし、マナが込められた突風はその力で魔力を持たない神人たちを簡単に弾き飛ばす。リーダーらしき先頭の男が走り出して肩から突進するが硬いコンクリート壁でもあるかのように弾き飛ばされた。
これが魔人と神人の明らかなる差であった。魔人の子供なら楽しむだけのアトラクションは、神人には危険な威力となって襲いかかっていたのだ。
その様子を見て、警備員たちはプッと吹き出して小馬鹿にする顔となる。
「おい、わかっただろ? 魔法に神人は敵わないんだよ! 優しいからこそ、こんな無害な防御魔法なんだ。ほら、さっさと散った散った」
蔑みの顔で虫でも払うかのように手を振る警備員の身体はメタボであり、太鼓腹に垂れた頬と弛んだ肉体をしている。それでも警備員として成り立つのは、恐らくはDランクの魔人であるからだ。
魔物と戦う気概もなく、鍛錬をする性根も不足した警備員勤めで満足するような最底辺の魔人だが、それでも神人や亜人に対しては凶悪な力、即ち魔法を使える。
きっとあんなんでも、普通の警備員の数倍の給与を貰っているのだろう。大勢の群衆が風の壁に張り付いているが、余裕の笑みで笑っていた。
「なんや大丈夫そうやな。焦って損したわ」
「すいません、社長。まぁ、自分なら一人でも大丈夫ですよ。神人なら赤子の手をひねるようなものです」
到着した一反が呆れた顔になると、得意げに警備員は笑う。
それでもめげずに、群衆は押し合いへし合い風の壁にぶつかり続ける。風とはいえ、神人にとっては硬い硬度の壁である。痛いはずなのに止まる気配がない。
「お、おい、この人らすこーしおかしくない?」
「た、たしかに……お前ら、甘く見てると攻撃魔法をぶつけるぞ! 諦めろ、こらっ、諦めろって……、な、なんで通過し始めて」
なぜか異様な雰囲気の群衆に顔を引きつらせる二人。先頭の男が血走った顔で傷つくのも変わらずにジワジワと入ってくる。
突風は消えることなく、その身体をジリジリと押し返すが、血が流れ始めても足を止めることなく、目が血走り、くしゃくしゃに歪んだ顔となり障壁を強引に突破しようとする。
「マホウキョウョセヨ」
「マホウツカコロ」
「コレアト」
そして、遂に防御魔法がその圧力によって消えていく。遂に破壊されちゃったのだ。
「マホウツカコローッ」
突風の障壁がなくなり、雪崩こむように群衆は倉庫に入ってくるのであった。




