53話 お買い物につき
とてちたとお出かけヨミちゃんは一反のお店に向かった。今回は洗馬さんに軽トラの送り迎えをお願いした。石英は稼いだお金で飲み歩いて二日酔い。あいつは本当に元次期当主だったのか極めて疑問だ。
「では、夕方にお迎えにあがります」
「ここまで運転ありがとうございます、洗馬さん」
ペコリと頭を下げてお礼を言うと、洗馬さんは優しく微笑んで軽トラで帰っていった。
おててをぶんぶん振って笑顔で見送る。さて、素材を買おうかな。
相変わらずお客が結構中にいて、繁盛しているお店へと入ろうとする。
「ん? なんだ?」
だが、少し離れた道路の角からなにやら人々の叫び声っぽいのが聞こえてくるので足を止める。ワイワイガヤガヤと騒音にも近い話し声も聞こえてきた。
「お祭りだね! ヨミちゃんも参加します!」
大勢の人々が騒ぐのは、お祭りしかないよねと、お店に入るのはやめて、騒ぎの元へとぽてぽてと歩く。もはや素材はどうでも良い。たこ焼き食べたい。お好み焼きは広島風ね。
最近本能だけで動くようになっているヨミちゃんは道路の角を曲がり、目に入ってきた光景に眉を顰める。
「んん、なにこれ、どんなお祭り?」
道路には数千人の群衆が歩いており、なにやらプラカードを手に騒いでいる。鉢巻を頭には結び、肩にはタスキ。
「魔法使いの横暴を許すな〜!」
「魔法使い優遇措置はんたーい」
「昔通りに神人に魔法使いは管理されよ!」
どうやら魔法使いを嫌っている人たちの集まりらしい。先頭の人たちが、熱心に叫んでいる。後ろはそれほどでもなく、漫然としてついていっていますといった感じ。全体としてはあんまり熱気は感じられないデモだ。前世でもよく見たよ。とりあえず参加してますみたいな雰囲気のデモ隊。
「シュプレクリームとかいうやつかぁ。なんだお祭りじゃなくて、お祭り騒ぎなのね」
シュプレヒコールのことだと思われるが、デザートっぽい名前の方が良いよねと気にしないヨミちゃんです。
お祭りじゃないなら、もう興味は無くしたよと、クルリと踵を返す。主人公キャラなら、なにが起こったんだとヒロインたちと調査するだろうけど、悪役令嬢のヨミちゃんは、こういうのスルーで大丈夫なのである。
道路の真ん中で許可をとらずにデモをしているのだろう。車両が停車して運転手が迷惑そうにしているし、道路脇では珍しそうな顔で人々が、デモを行っている群衆を眺めている。
「珍しそうな?」
多少気になるところがあったが……。デモ隊は道路を塞いではいるが、暴力的な行動には出そうにない。なら、警察に任せれば良いだろう。
なので、一反のお店に入る。
「こんにちは〜。おーとっとっと、雨屋家の次女たるヨミがきましたわにょ」
相変わらずのお菓子な笑い声をあげて、ヨミちゃんは大声で挨拶する。悪役令嬢の演技をすると噛んじゃうのは、もはやデフォルトだ。
店内にいた人たちが、何事かと振り向くが貴族らしいと気づくと、顔を背けて商品を眺める。貴族と絡んでも良いことはないと───。
「おねーちゃん、ひさしぶり〜」
突撃してくるちっこい幼女がいました。はしゃいだ声で、嬉しそうに抱きしめてくる。
誰だろうと、コテンと小首を傾げて不思議な顔になってしまう。こんな娘と知り合いだっけ?
「カンテンコンのパパの娘だよ! バスの時に助けてもらったの!」
「あ、鍛冶職人さんの娘さんだ! ひさしぶり!」
カンテンコンで通じる幼女と同じ精神年齢の疑いがかかるヨミちゃんである。ともあれ二人でキャッキャッとハグをしちゃう。
「えっと、方脚瞳です! 5歳です! カンテンコンのパパの娘です!」
むふーとヨミちゃんと同じような胸を張って、サイドテールに髪をリボンで纏めた可愛らしい幼女が自己紹介をしてくるので、むふんとヨミちゃんも自己紹介をする。
「那月ヨミです。えっと何歳だっけ……じゅ、じゅうよんさい?」
指を曲げて数えながら、うろ覚えの歳を答える。手の指は10本しかないので、この時点で本当の歳ではない可能性があるヨミちゃんである。誕生日を知らないので仕方ないのだ。
「こんなところでなにしてるの?」
「パパのお手伝いしてるの。お手伝いが終わったら、クレープをくれるんだよ! イチゴクレープを食べるんだ!」
「ヨミちゃんも一緒に行くね! クレープ屋って、どこらへんにあるのかな? ヨミちゃんはチョコクレープにします」
おめめをキラキラと輝かせる瞳に、ヨミちゃんもクレープと聞いて目を輝かす。クレープって、この世界では食べたことないや。最優先事項をクレープゲットにします! 魔法のある世界だ。不思議な味のクレープがあるに違いない。
前世では姪っ子のお土産にと理由をつけて買ってたよ。そういう理由がないと買えないお年頃だったんだよ。
なんかここに来た理由があったような気もするけど、ヨミちゃんは忘れましたと、瞳と手を繋いでくるくる回る。その姿を見て、お客はほっこりとして笑顔になるが、一人だけ不粋な人がいた。
「嬢ちゃん、おおきに。なんぞようがあって来たんじゃないん?」
怪しきエセ関西弁を使う一反が呆れた声音で声をかけてくる。
「おや、お久しぶりです。先月は助けて頂きありがとうございました」
そして、その後ろから装甲バス襲撃事件の時に助けた鍛冶職人がついてくるのであった。少し汚れた厚手の作業用エプロンを着て、軍手をつけて、安全靴を履いている。
「お久しぶりです、方脚さん。クレープ屋に行くんですか? 私もついていきますね」
「いえ、まだ買い取りが終わってませんので」
鍛冶職人は苦笑で返してくる。クレープ一色の頭になったヨミちゃんがっかりです。とはいえ、鍛冶職人がなんの用だろ。
疑問が顔に出たのだろう。お人好しそうな鍛冶職人はあっさりと教えてくれる。
「未改造の生体武器を買いに来たんです。ここは買い取りもしてますので、良い生体武器が多いんですよ。他にも納品に来たりしています」
歳下相手にも丁寧な言葉の鍛冶職人さんに好感度アップ。
「この地区は難儀なことに治安がえらい悪いですかんなぁ。生体武器は飛ぶように売れるねん」
「ということはお店を持つことができたんだ! おめでとうございます!」
一反の言葉を聞いて、鍛冶職人を称賛してパチパチ拍手をしちゃう。だが、ヨミちゃんの言葉に悲しげな顔になる。
「あはは……それが少しお金が足りなくて……予想よりも小さなお店を賃貸で借りてます。顧客もあんまりいなくて……」
「良い腕してるねんけどなぁ。やっぱり後続が食い込むのは難しいもんなんやな」
後続として食い込んで繁盛している男の言葉である。嫌味に聞こえないかな。鍛冶職人はなんとも言えない表情となっているので、思うところはありそうだ。
「一反さん、方脚さんは良い腕をしてるんですか?」
「おぉ、良い腕してるで。独り立ちしようとするだけはあるわ。でも、鍛冶の設備込みの店となると、予想よりも高かったようなんや。だから、今は最低限の鍛冶設備で頑張っとるんやで」
「相場が予想よりも高くて……まさか木俣区よりも高いとは思いもしませんでした」
「そら、雨屋区は輸送路が危険やさかい、設備も他の区よりも高いんや。特に鍛冶の設備は重いし場所をとるさかい、運ぶ手間賃も高額になるんでなぁ。まぁ、わいが方脚さんの生体武器は買い取るさかい、地道に銭を貯めるしかあらへん」
方脚が項垂れて、一反がその肩を慰めるようにポンポンと叩く。恵比寿顔の男が人の良さそうな男を慰める光景は詐欺師が騙そうとしている光景に見えちゃうのは、偏見がすぎているかも。
だが、目利きの効く一反が買い取るのか……しかも初期鍛冶設備で製造した生体武器を………。
「方脚さん、いくらの相場のお店が必要なんですか?」
「あぁ、中級設備で500両、上級設備だと2000両かな。中級設備を持つお店を他の区だともう少し安かったんだけどね………材料費とか合わせて400両くらいしかなかったんだよ」
まだ年若いのに結構稼いでる人だ。表情を確認するがその顔に嘘はなさそうだし、ここで嘘をついても意味がない。
この世界、基本貴族以外は一年払いが限界なのだ。だいたいは一括払い。なぜなら魔物に襲われて死ぬ可能性が高いから。なのでお金が足りなかったのだろう。特に他の区から訪れた人だと信用もないだろうし。
………よしよし、それじゃ決めた。
「那月ファンドが2000両お貸しします。条件は元値に年利2%複利なし、10年分割払い、担保なしでどうでしょうか。それと、那月ファンドが注文する生体武器は優先して用意してもらえるようにお願いします。様々な素材を用意して貰うこともあるでしょう」
ぺいっと小さなおててを差し出して、にこやかスマイルヨミちゃんだ。
「え、えぇっ!? 那月ファンド? お、お金を貸してくれるのかい?」
「はい。那月ファンドは人に投資することを目的とした儲け度外視のファンドなんです。雨屋の息女である那月ヨミが保証する安全安心のファンドです。もう本当に利益度外視なんです。それで上級鍛冶は扱えるんですよね?」
儲け度外視って、力説すればするほど信頼性が上がると思うんだ。なので、ギュッと手を握りしめての熱い騙りをする。おっと語りだった。
「あ、あぁ、元の鍛冶屋でも上級設備は使っていたからね。でも、雨屋様が保証するのなら………詳しく教えてもらって良いかい?」
突然の話に驚く方脚さん。それでも上級設備は使えるらしく、特に自慢することもなく頷く。その普通の態度がますます信用できる。
普通は詐欺師の騙りだと思うだろうけど、ヨミちゃんは雨屋の息女だ。信用性は高い。なので、前向きに考える方脚さん。
それじゃ、クレープを食べてから、一度お家に帰って説明をするよと告げようとすると───。
「まてまて、待って〜な。そないな話を目の前でされて、一口噛ませてくれないん? そないな殺生な話もないやろ。応接室に案内します」
一反が間に入って、恵比寿顔で揉み手をしてきた。その目は爛々と欲の光を宿している。
「でも、鍛冶のお話だよ?」
「素材集めにはご協力できまっせ。それにファンドっちゅうことは、投資家も集めてなさはるんやろ? わいも多少なりともお手伝いさせてもらいますわ」
ささっ、応接室へと、一反がヨミちゃんの背中を押して、話は少しこんがらがるのであった。
今度はデザートの出前をよろしく。




