52話 備えるにつき
死ぬかと思うほどの激戦だった。いや、死んでもおかしくなったよと、ご不満ヨミちゃんはソファに座ってパタパタと足を振る。青髪がサラリと流れて、ぷにぷにほっぺを膨らませる。
───週末の日曜日。昼下りのお昼寝日和。自室でヨミちゃんはお昼寝することなく、難しい顔で腕を組んでうつらうつらしていた。
今日は瑪瑙ちゃんはAクラスのお出かけでいない。なので、ヨミちゃん一人で寂しくお留守番だ。メイドズはちょっとケーキの名店に並んで、ケーキを買ってきてと小判を渡したら、買い占めてきますと飛び出して行ったので、暫くは戻らない。
その間に、カルマポイントでレベルアップといくか。
ステータスボードを開くと304ポイントある。これはCクラスのスキルを取得できる量だ。1つ100ポイントだからね。
「まぁ、取得するのは決まってるんだけど」
ジョブのクラスアップはまだにしておく。マシンパペッティアのスキルを使いこなしてからだろう。となると、ジョブに付随しないスキルとなる。
「これとこれかな」
『人形自爆:Cランク。人形を自爆させる。壊れた破片なども自壊させるので証拠を残さない』
これは必須といえよう。敵にダメージを与えるスキルだけど、証拠を残さないようにするのが一番のメリットだ。
次にこれ。
『人形化:Cランク。自身の所有する人形、素材をミニチュアサイズにして改造可能。プラモ気分で改造できるようになる』
これでお家で人形改造が堂々とできる。流石にパワーローダーを改造してたら怪しく思われるからね。プラモ好きなヨミちゃんとなる予定。
最後にこれ。
『マナタンク:Cランク。自身の最大マナの3割を各人形に貯めておける』
このスキルを使えば、人形に注入したマナは使用しない限りは消費することはない。稼働時間大幅アップの上に、マナを注入して強化された人形を何体も保有できる便利なスキルだ。
とはいえ、これでオーケーだ。……ゴクリ。あの頭痛が来ると思うと、怯んじゃうけど仕方ない!
おめめを閉じて、ていやとボタンを押下する。
「てやっ───みぎゃー!」
スキルを取得した瞬間に、激しい頭痛が訪れる。頭が切り刻まれるような痛みだ。コロコロとソファの上を転がり、痛みに耐えて数分後。ようやくインストールが終わって、震える身体で座り直す。
「このスキル取得方法は相変わらず健康に悪い……でも、スキルは問題なく取得できたかな」
脂汗を手で拭いつつ、ステータスボードを確認して、ムフフと微笑む。
こんな感じとなった。
那月 ヨミ
種族:魔人
マナ:471/471
カルマポイント:4
体力:5
筋力:2
器用:169
魔力:61
精神力:計測不可
ジョブ:マシンパペッティアD
固有スキル:絶対魔法操作、ゲーム脳
スキル:人形操作(機)、糸(魔、機)、人形制作(機)、オートリペア、マナ注入・改、飾り棚、初級ボーション製作(癒)、人形化、人形自爆、マナタンク
「まさに人形遣いのステータスって感じだなぁ。マナは多くて器用が高い。魔力はそこそこで、体力と筋力が雑魚」
本体を狙われたらおしまいな感じ。まぁ、上手く戦えば良いんだけどね。月は溢れすぎる力での強引な戦闘が得意だけど、ヨミちゃんは普通な感じです。
さて、これで人形遣いとして装備を整えることができたと言えよう。飾り棚から粉々に壊れている荒御魂を取り出す。アイトワラスとの戦闘にて破壊されちゃったのである。
「というか、『魔人装』を使うと粉々に壊れるのね………。デメリットだなぁ」
一度着ぐるみにするには分解する必要がある。とはいえ、最初から分解した状態だと人形と認識されないようなので、人形として作成しておかないといけない。ちょっと面倒だ。
「でも、強力なのは否定できないから、これくらいは許容するべきかな。私も『魔人装』を覚えたいけど高ランクだから無理。まぁ、暫くは人形遣いとして地味に頑張るしかないかな」
壊れた荒御魂へと手を翳すとスキルを発動させる。
『オートリペア』
紅葉のようにちっこいおててが輝き、荒御魂を修復する。粉々になった荒御魂は少しずつ一箇所に集まっていき、くっついていく。
「オートリペアは人形の耐久力30%を回復させる。…………でも」
修復を開始した荒御魂を放置して、ソファに寝そべり、グレープジュースを飲みながら漫画を読み始めて時間を潰す。この世界の漫画も結構面白いな。異世界ファンタジーが剣と科学力の世界ばっかだけど。魔法がある世界だとこんなふうになるのね。
ふんふんと楽しげにハミングしながら漫画を読むこと30分。荒御魂を見ると、壊れかけの人形に戻っていた。
『オートリペア』
───さらに一時間ちょいがかかりました。
「1分で1%の修復じゃ、戦闘には使えないかぁ」
ようやく綺麗な元の荒御魂に戻った人形を見ながら、ふむんと腕を組む。それでも大破しても回収できれば修復できるのは人形遣いの大きなメリットだ。漫画や小説でも人形遣いって、マロンあふれる厄介なジョブだったけど、納得である。
とはいえ、月が作成した今の私では作れない貴重な『殺戮人形』だ。その性能は群を抜いているから、修復できて、ホッと一安心。
「それじゃ、次はと」
『人形制作』
スキルを発動すると、亜空間から人形制作キットが現れる。ピンセットからカラースプレー、接着剤、紙やすり、編み棒、スパナやドリルとか結構雑多としている。
プラモからロボット、編みぐるみまで、全てをカバーしているんだろうね。
『飾り棚』に荒御魂を仕舞い、他の人形を確認する。荒御魂量産型が2体。蜘蛛型、ネズミ型が多くて、うさちゃんと子犬人形、それとラクタカーラと鎧白蟻と鎧王蟻と。
荒御魂の量産型を手に取り、ことりとテーブルに置く。精巧に作られて、いかにも強そうな凶悪で精緻なるフォルムの虫型怪人荒御魂とは違い、装甲にはトゲトゲもないし、荒御魂は重層にして組み上げている装甲だけど、量産型は一枚の装甲だ。色はメタリックグリーン。
簡易型だとはっきりわかるデチューンされた人形。その名も『和御魂』である。
「うーん、『マナタンク』を手に入れたから、もう少しパワーアップしても良いかもなぁ」
鎧白蟻のパーツを流用した和御魂は弱い。足にブレードローラーを取り付けて、肩にコボルドバズーカを取り付けてあるだけで、その攻撃力はたいしたことはない。
『機糸』
シュルンと糸を生み出す。糸というか機械のケーブルみたいな感じ。よくアニメとかゲームとかで暴走するAIが増殖する時に生み出す機械の触手みたいな糸である。これを人形の内部に展開させるのだ。太さはある程度変えることができるので、内部を侵食するみたいに埋めることができる。
他者から見たら、鎧の中はびっしりとウニョウニョな機械のケーブルで埋められているから、その不気味なフォルムから敵認定確実なお人形さんだ。奴は暴走した機械に侵食されている! とか言われそう。
「でも、網も細くして撚り合わせれば……」
糸を編んで布にできるように、機糸も極細の糸へと太さを変更して細かく編んでいけば触手感はなくなり、一枚の鉄板に見えるようになる。現に荒御魂は糸が内部に展開しているようには見えない。月はここらへんは結構凝っている。さすがは人形遣い最高の『ブラッディパペッティア』だ。
「ふんふんふーん。コボルドバズーカには追加弾倉を装着させて、ブレードローラーもタイヤをもう少し滑らかに動くように、もう少し弾力性のあるタイヤに変えてと」
鼻歌交じりに、和御魂をちまちまと改造していく。素材が悪いからたいした戦闘力は持てないけど、それでも手を掛ければ強くなる。人形作りは楽しいね。
機糸は内部に仕舞いこみ、外側は機布で覆う。これで見た目はぐんと良くなった。あとはコボルドバズーカとブレードローラーを付け直して完成。
こんな感じ。ステータス表記でジョブと器用と精神力はカットした。人形には必要ないステータスだからね。ついでにマナも注入しておく。
和御魂
種族:マシンロイド
マナ:30/30
耐久力:30
筋力:25
魔力:30
スキル:なし
武装:コボルドバズーカ
うーん……とっても弱い。
「量産型はどんなに頑張っても、3割程度かぁ。これだとCランクをなんとか倒せる程度かなぁ。武装も弱いし」
荒御魂はパワーゲインが和御魂の3倍なのだ。いかにもゲームの量産型っぽいステータスと言えよう。現実なら試行した結果が量産型には反映されてバージョンアップされるから量産型の方が強いもん。
マナをぶちこみすぎると壊れるのは、アイトワラス戦で理解している。なので、30がマナ注入の限界だ。
「まぁ、この量産型も試作品だからいっか。後でバージョンアップすれば良いもんね」
和御魂を飾り棚に戻して、次はどれを改造しようかと手を彷徨わせて、暫く迷ってソファによりかかる。
「素材が足りないんだよなぁ〜。これ以上改造しても無駄かな」
骨組みだけのパワーローダー『ラクタカーラ』。機糸を使って、モニターを付けて、装甲を付ければ、ロボットっぽくなる。
「けど………ロボットにしてもなぁ」
ラクタカーラはその方向で改修したくない。鎧王蟻の人形を改造しても良いけど、これも素材が必要だ。指をとんとんと叩き、目を細める。眠そうな童女に見えちゃうヨミちゃんだ。でも、真剣なのだ。
「ゲームだと敵を倒さないと素材は手に入らないけど………ここは現実でもあるからなぁ」
オリエンテーションまでに、パワーアップをしておきたい。となると、やることは一つだ。
「お買い物に行こっと」
一反の所に素材を買いに行こう。細かい素材や生体武器を揃えたい。その他にも色々と揃えたい。
飾り棚に仕舞ってある貯金箱鎧王蟻君の装備を確認する。装備というか小判の枚数だけど。残高は………。クラスで錬金術を使って稼いだのも合わせて小判1200枚ちょいか……。
派手に使ってるから残りが心許ないな……。皆に配当金も支払わないといけないし。
「……今月の配当金は小判一枚でいっか。後で稼げば良いよね。ウンウン」
少し迷ったけど、ヨミちゃんの素材集めの資金にすることにする。会計も経理も那月ヨミが兼任しているので、バレるわけがない。
「なにより、悪役令嬢なヨミちゃんだもんね!」
そうと決めれば行動あるのみ。ソファから降りると、とてちたとヨミちゃんはお出かけするのであった。




