51話 目覚めのあとにつき
「ふっ、遂に覚醒しちまったか……」
ゆらゆらと身体が揺れていると感じる中で、誰かの声が聞こえてくるので、ヨミちゃんはゆっくりと目を開く。
目を覚まして最初に目に入ったのはハゲだった。
いや、引きずられたせいで、後頭部がハゲの平だった。全然感動するところがない。
どうやら平が使っていた下位の身体強化魔法が髪の毛は守ってはくれなかったが、皮膚は守っていたのだろう。引きずられても怪我はなかった。まさしくこれぞ、けがないと言うんだろうね。
ヨミちゃんのサブブレインが極寒の感想を思いつくが、懸命にも口に出すことはしない頭の良いヨミちゃんはどうやらおんぶされているようだと気づく。
アイトワラスとの戦闘にて限界がきて、気絶したのは覚えている。月がむちゃくちゃしてくれたから、ちっこくて幼い少女は限界が来ちゃったのだ。
お礼を言おうかなと口を開く前に、平が肩を震わせて、クククと含み笑いを始めた。
「やった、遂に僕の時代来たよこれ! わかってた、わかってたんだ。転生者の中で僕だけ『犬使い』だったからな。弱すぎたからな! いやー、きっとこんな展開だと思ってた」
転生者との言葉に口を噤む。マジか、こいつ転生者だったの?
「天照とかは皆高レベルのジョブっぽいのに、俺だけEランク。外れジョブだから、なにかのイベントでくるだろと思ってたら、来たよこれ。ダンジョン取り残され覚醒イベント。きたきたきた!」
独り言が面白い平。ふんふんとヨミちゃんは耳をそばだてちゃうよ。
「赤ん坊の時に最高峰のAランク『聖剣使い』だったはずなのに、覚醒すれば最強だろと、余裕こいて鍛錬をサボっていたら『犬使い』……おかしいなぁと思ってたんだ」
鍛錬をさぼっていたらしい。……赤ん坊から? それと最高峰のランクはSSSランクだ。
「やはり『せいけん使い』で間違ってなかったんだ! せいけんはせいけんだけど『聖剣』じゃなくて、『聖犬』だったけど!」
平の前にはしーちゃんがお尻ふりふり歩いていた。ポメラニアンは毛並みが前よりも良くなっていて、まるで黄金のようだ。その体に纏うオーラもますます可愛らしくなり、皆が見惚れちゃうに違いない。
「聖剣使いじゃないのは残念だけど、『外れジョブの犬使い。実は最強のせいけん使いでした』が始まるんだな。これからは僕の時代。『転生者』たちの集団から距離をとっておいて良かったぜ。そうだ、立ち位置を決めないとな。……いつもは姉御の下っ端。実は陰で皆を助ける最強主人公になろう! よっしゃ、決定!」
新作小説を考えた平である。あるあるなテンプレ主人公をしてみたい模様。まぁ、気持ちはわかるけど、厨二病にかかっちゃうよ。いや、もう罹患してるかな。
呆れてジト目になっちゃうヨミちゃんです。でもそうか、こいつプレイヤーだったのか。いや転生者? なんで転生者だと思ってるんだろう。
どちらにしても騙されたけど。普通にモブキャラその1と思ってた。なかなか演技が上手いな、平。
でもわかったことはある。
プレイヤーは高ランクのジョブの模様。そして、高ランクにあぐらをかいて鍛錬をさぼると、Eランクに落ちると。ステータスが高くても使いこなせないと弱いのか。
それとヨミちゃんと違い、赤ん坊の頃からプレイヤーたちはこの世界に来ていた? ……まぁ、これは平たちがプレイヤーだった前提だから、本当に他の世界からの転生者だとしたら、話が全然変わるけどね。
とりあえず都合は良い。この話にサーフボードを持って乗っかるよ。波に乗って、どんぶらこっこと波乗りをしちゃうよ。
なので、今気づいたよと、天才役者を始めるとするかな。
「うぅん………ここはどこ? 私は気絶していたの? うっ、バーベキューで高級肉を平君が奢るよ宣言したところまでしか覚えてない………」
天才役者ヨミちゃんが寝ぼけ声をあげる。今気づきましたよとの演技だ。ちょっと盛ったけど、良いお肉食べたい。
「おっ、姉御起きたか。いやー、心配したぜ」
やけにウキウキした嬉しそうな声で、平が振り向く。その顔は緩んでおり、楽しそうなので心配したのは本当なのだろう。殴っても良いかな。
「なにが起こったの? 平君が奢るよって強く言うから最高級お肉を頼もうとしていたら、大牙猪に連れ去られたことまで覚えてるんだけど」
最高級お肉を推すヨミちゃんである。そのセリフに口元を引きつらせる平。ヨミちゃんのセリフに乗るか葛藤している模様。このセリフに乗っかるのは厨二病の夢だからだ。
うぬぬと口籠り、迷った表情になるが決意した顔になる。
「ぼ、いや、俺もそこまでだなぁ。姉御を助けようと大牙猪に取り付いたところまでしか覚えてないな」
少しでもセリフを否定すると、興が冷めちゃうから全てを受け入れる平である。
「ヒャンヒャンッ」
しーちゃんが合いの手を出す。僕が活躍したんだよと、最高級のお肉をわけてねと、ハッハと舌を出して、ヨミちゃんたちの周りを駆け回る。可愛らしいせいけんさんだ。皆と合流したら、早速、最高級お肉をたくさん頼むとしよう。
「ふーん、平君もわからないんだ。でも、そのかすり傷だらけなんだけど? どうして服が土塗れなの?」
コテリと小首を傾げて不思議な顔になっちゃうヨミちゃんだ。
なぜなら、まるで平は激戦を繰り広げたように、服は埃まみれでボロボロだ。後頭部は禿げてるし。
「ふっ、僕、いや、俺にはさっぱりわからない。ちょっと戦ったのは覚えてるけど」
「なるほど、ちょっと戦ったんだ。へぇー」
ジト目で周りを見る。一面の草原だった平原は土が捲れあがり、鬱蒼と聳え立っていた木々は砕け散り、魔物の死骸がそこらじゅうにある。長閑な風景は荒れ果てた荒れ地へと変わっており、地獄絵図といえよう。
あやしいなー、あやしいなーとジト目のヨミちゃん光線に、平はますます嬉しそうになる。
「ちょっとだよ、ちょっと。何しろ僕はEランクの無能者だから。だから秘密にしておいてくれよ」
パチリとウィンクをする平であった。
Eランクの無能者をやりたがる人たちばかりだ。私もそうだけど、段々恥ずかしくなってきたよ!
「はぁ〜、まぁ、そういうことにしておくよ。それじゃ平君、皆と合流を急げー!」
「あぁっ、任せてくれ!」
そう言うと、ヨミちゃんを背負って走り出す平であった。
◇
「大丈夫だった、ヨミちゃん!」
「むぎゅう、大丈夫だよ、瑪瑙ちゃん。私はピンピンしてるから。平君がちょっと戦闘をして大怪我を負ってるけど。あ、これは秘密にしてくれって平君からお願いされてたんだった!」
ようやく合流できて、心配していた瑪瑙ちゃんが強く抱きしめてくれるので、タップをしながら、ついつい口を滑らしちゃううっかりヨミちゃんだ。
「良かったよぅ。心配してたんだよぅ。でも、平君が助けてくれたの?」
「これは秘密にしておいてくれって言われたから、ここだけの話だよ!」
ここだけの話という全員へと周知する文言を使うヨミちゃんに、ヨミちゃんが無事だったことに安心した和がほんわかと笑顔になる。
「わかったよぅ。ここだけの話だね。うん、内緒にしておく。………でも、ここだけの話?」
和が離れたところで、得意げな顔でとぼけている平君を見る。
「いやー、俺もわけがわからないんだ。なにかなぁ、さっぱり記憶にないなぁ。僕は無能者だしなぁ」
無能者と嬉しそうに言う平。周りのクラスメイトたちからは、その得意げな顔での無能者という平へとヘイトを高めている。
「テメーが転生者だったのか。くうっ……羨ましい。お前自体は力を持っていないで使い魔が強いタイプだったのか!」
「いやー、さっぱりわからないな。なんのことだ?」
武がうぬぬと歯噛みをして羨むと、平は頭をかいて嬉しそうにとぼける。とぼけるというか、嫌味な態度だ。
その横では、しーちゃんが最高級お肉を嬉しそうに食べている。ちっこいのに、その食欲は旺盛でお皿に大盛りにされているお肉に顔を突っ込んで夢中になっている。
だが、その身体から漏れ出るマナのオーラは明らかに他の使い魔と一線を画す。クラスメイトたちが羨ましそうに見ている。
「俺様の目は誤魔化せーねんだよ! あのポメラニアンはAランクオーバーだ。あれだけの使い魔を持てるとは驚きだぜ」
「気のせいじゃないか? おっともう疲れただろうから、戻しておくか」
『送還』
鼻をぴすぴすと鳴らして、平は指をすかっと擦る。たぶん鳴らしたかったのだろう。
そして、お肉を食べて幸せいっぱいなしーちゃんを送還しようとする。しーちゃんの足元に魔法陣が浮かびその身体を照らす。
「わひゃんっ!?」
まだまだお肉を食べてるのにと、驚くしーちゃん。
「ガウガウッ」
そして魔法陣に噛み付くと、玩具のようにぶんぶんと振り回す。そして魔法陣はパリンとあっさりと砕かれた。しーちゃんはフンスと鼻を鳴らして尻尾を振ると、再びお肉の盛られたお皿に首を突っ込む。
「………」
「………」
シーンと静まり返る。平が焦って送還の魔法陣をよびだすが、今度は尻尾を箒代わりにして、さっさと散らすしーちゃん。さすがは退魔の犬。魔法陣も退魔に入るもんね。
「ブハハハ、お前、使い魔を制御できねーじゃん!」
「な!? いつも餌を与え忘れたり、美少女に人化しないかなとか、サーカス並みな技を覚えさせようとしていただけなのに、どこが不満なんだよ!」
ペットを飼う資格のない平だと判明した。周りのクラスメイトたちがその様子を見て、ニンマリと嗤う。
「しーちゃん、ほらよく焼けたカルビよ!」
「ミルクもあるぞ!」
「うちに来ればふかふかのクッション付きで家の中で暮らせるわよっ」
「ちょっ、勧誘するんじゃねーよ、僕の使い魔だぞ! 仕方ない、今度セール品の缶詰を買ってやるぞ、しっぺい太郎!」
わっとしーちゃんに集ると、優しくするクラスメイトたち。わかるわかる。ポメラニアンは最高に可愛らしいもんね! 平が果たして使い魔を確保できるのかは、これからの行動によるだろう。
「ねぇ、ヨミちゃん。本当に平君が戦ったの? なんか地面が揺れたり、光の柱が遠くから天へと昇っていくのが見えたんだけど? 天変地異が起きたかと思ったんだけど」
「しーちゃんって、最強なんだと思う。私の見たところ、さらに3回変身できるのを隠しているよ」
「それは強いですぅ。平君は私たちのクラスの戦闘員ですねぇ」
瑪瑙ちゃんのジト目に、真剣な顔で頷く。メカクレ少女が鉄板で山ほど焼いているお肉を食べながら言う。たぶん平の今回の報酬はゼロになる。例えじゃなくて、本当に山盛りに食べる人を初めて見たよ。
「那月一門に強力な魔法使いができたから、今度のオリエンテーションも安心だね!」
しーちゃんの力はきっと役に立つだろう。そして、平君は良いスケープゴートになる。
ヨミちゃんはカルビを口に放り込み、ニコリと微笑む。
「白米ってあるかな?」
お肉には白米だよね!
───次の日、平は五輪刈りとなり青々とした頭になっていた。主人公に相応しい髪型といえよう。




