50話 変幻少女につき
「ぬっ? ぬぬうっ?」
アイトワラスは困惑していた。目の前の小さきものの、内包する力が膨れ上がったのだ。しかも2倍、3倍などという小さなレベルではない。信じられないほどに、周囲の空間をその纏う力で捻じ曲げるほどに。
なぜか着込んでいる鎧はやけに可愛らしくデフォルメされたものであったが。
「ふふふ、このスキルを使う日を夢見てきましたのです。遂にお披露目する時がきました」
華麗なる微笑みを見せる銀髪の美しき少女。嬉しそうに決めポーズをとり、この角度かしら、この立ち方で良いかしらと、半身の構えになったり、足を上げて決め顔になったりと、はしゃいでいた。
ミステリアスレディもヨミちゃんの根幹の性格は同じなのが証明された瞬間であった。
その様子に肩に乗るヨミがコテリと首を傾げる。
『なんで前は使わなかったの?』
『人形遣い』のスキルの一つ『魔人装』。人形は着ぐるみであるからして、人形遣いが着込んで一体化できる。そして、人形と自身の力が合わさって強力な能力を発揮できる奥義である。Cランクからなので、ヨミちゃんは使えないが月はもちろん使えるはずなのである。
「一歩歩くだけで、転倒したり、壁にめり込んだり、天井に頭が突き刺さる事故が多発したためですの」
遠い目をして、このスキルを一人で使用した際の事故を思い出す月。恥ずかしいので口にはしないが、最初の一歩は脚を上げすぎて、自分の顎に膝蹴りを喰らわすことだった。
強化された筋力は一つ一つの動きが少し力を入れるだけで大きな動作へと変わってしまうのだった。まさかの自傷に自分自身、運動音痴すぎて落ち込んだものだ。
「反射神経とかも能力は上昇しても、運動音痴だけは無くならなかったんだね………」
強化服を着てはいけない人種なんだねと、半眼になっちゃうヨミちゃんの視線を無視して拳をアイトワラスへと突き出す。
「着ぐるみ人形を着た妾の力をお見せしましょう」
「ほざけっ! 寝言は死んでから言うのだなっ!」
酷薄なる笑みを向けて、とりあえずミステリアスレディに戻る月へと、アイトワラスは再び強襲する。
だが、言動と違い、アイトワラスは慎重であった。今度の攻撃は噛みつきではなく魔法を放ってくる。
『振動衝波』
口を開き、扇状に音波を向けてくる。高音の音波は空間を震わせて、地面を砂塵へと変えて、月に襲いかかる。
月はそれを見ても、躱すことなくその場に立っていた。そうして、音の波は月へと命中して周囲の大地を粉々の砂塵へと変えて、砂煙が巻き起こる。
「アイトワラスと言いましたね、蛇さん」
月を中心に突風が巻き起こると砂煙が一瞬で吹き飛ばされる。その中で、月は薄く笑いながら脚を踏み出す。
「残念ながら、先程とは違うのです。血とマナを常に供給されるこの着ぐるみ人形は、妾の『人形超強化』の効果を常に受けております」
小さな手をぎゅうと握りしめると、腰を僅かに屈めて構えをとる。
「これは見た目は妾の趣味で可愛らしくでふぉるめされていますが、その力は」
一歩踏み出すと月の姿がかききえる。アイトワラスの動体視力をもっても、その動きはなんとかとらえられる程度で、反応することは不可能であった。
その一歩は離れたアイトワラスとの間合いを一瞬で詰めて、その胴体の前に姿を現すと、拳を繰り出す。
『龍燐』
アイトワラスの自動防御魔法が発動し、鱗の前面に光の魔法陣が生まれる。先程は荒御魂の全力の攻撃をもあっさりと防いだ防御障壁。
だが、魔法陣に拳が触れるとその光の障壁はガラスのようにあっさりと突き破られて、胴体へとめり込む。
本来なら小さな小さな拳だ。高層ビルよりも巨大な身体に比較して、蟻のように小さな一撃はたとえ鱗を貫き、胴体へと攻撃が通っても、たいしたダメージは負わないはずであった。
「ぬぉぁっ!?」
だが、激烈な痛みを感じて、アイトワラスは悲鳴をあげて体をよじる。なぜならば月の拳が入った箇所から衝撃波が奔り、暴れるマナの奔流が身体へと広がっていき、砕いていったからだ。
信じられないことに、アイトワラスはたった一撃の少女の攻撃で、高層ビルのように巨大な身体の一部を破壊されてしまっていた。
バタンバタンと胴体を跳ねさせて、もんどりうつだけでも、その巨体であれば災害となる。地面が崩壊し、ヒビが入り天まで砂煙が昇っていく。
「わかりましたでしょうか? 可愛らしくとも、その一撃は強力なのです」
既にその場を離れて、離れた丘の上に立ち、月は苦しむアイトワラスへと可笑しそうにクスクスと嗤う。
「な、どれほどのパワーアップをしているのだ。ぬぬぬ、先程とはあまりにも力が違う。違いすぎる!」
苦しみながらも、アイトワラスが顔を向けて吠えるように尋ねてくる。
その問いに困ったように頬に手を添える月は、コテリと首を傾げて答える。
「妾の血の量で倍率は変わりますの。最初にあれだけ血を流したので……たぶん二桁の倍率です」
べっとりとついた血を見て、困ったように言う。『血の強化』は、血の量で決まるのだが、今回はいきなり致命的な攻撃を受けたので、月の身体は血だらけなのだ。
「まぁ、『身代わり人形』の力で、血も補充されているので、妾は健康体ですが」
『無限のパワーアップじゃん。血を流して身代わり人形で回復すれば、どんどんパワーアップできるね!』
このチートジョブめと、ヨミロイドがペチペチ肩を叩く。
「いえ、装備状態にしないと、荒御魂の素材では崩壊してしまいますわ」
『あぁ、限界突破してオーバーフローしちゃうのね』
そんなに旨い話はないのねとヨミはがっかりする。着込んで戦う他ないわけだ。
「そんな馬鹿げたパワーアップがあるかあっ!」
『暴威龍燐』
激怒したアイトワラスが自身の周囲に焔の球を作り出す。その数は空間を埋め尽くし、何個あるのかわからない。
「我が焔により、一片の骨すら残さず焼き尽くされろっ!」
焔球が豪雨のように降り注ぎ、月へと向かう。
だが月は手のひらに、キラキラと輝く糸を繰り出すと、横薙ぎに振るう。
『魔斬糸蜘蛛縛り』
ピアノの演奏者のように指先を動かし、空を漂う魔糸を手繰る。魔糸は複雑に軽やかに空を舞い、蜘蛛の巣のように前面に編まれる。
焔球が蜘蛛の巣に触れる。一つ一つが太陽のような輝きと超高熱のエネルギーを内包する焔球は、しかして糸に触れた箇所から、はらりと花びらのように切り裂かれて、霧散していってしまう。
豪雨のように無数の焔球が降り注ぐが、その全ては途上にある魔糸の蜘蛛の巣に切り裂かれて消えてしまう。
「こ、これだけの焔をっ!」
驚くアイトワラスだが、月の姿が見えないことに気づいて、慌てて周りを見渡す。
「余所見は敗北への一歩です」
そのアイトワラスの目の前に月が出現して、鼻面を叩く。ズンと超重力でも受けたかのように、アイトワラスの頭は地面にめり込み、鼻面から血が吹き出す。
「追加の一撃!」
クルリと縦回転をして、月は高々と脚を振り上げると、一気に振り下ろす。蹴りを受けたアイトワラスの頭が大きくへこみ、その衝撃で鱗の隙間から血が吹き出す。
大ダメージを受けたと理解するアイトワラスだが、マナを集中させていくつもの魔法陣を月の周囲に覆うように作り出す。
『炎龍瀑布陣』
全ての魔法陣から、太陽のように輝く灼熱の炎が吹き出し月を襲う。
月が回避できないように、確実に命中するように配置された魔法陣からの攻撃に月はクスッと嗤う。
「見かけよりも頭が良い方です。蛇の空っぽの頭なのに、なかなか考えています」
『だけど、私がコントローラーを握っている限り当たらないっ!』
ちっこいヨミが吠えて集中する。月の身体の感覚が鋭くなり、感覚が高速の世界へと入る。間延びしたようにゆっくりと動く時間の世界に入り込んだ月は、身体を回転させて、埋め尽くすかのような焰の息吹の僅かな隙間に体を滑り込ませた。
僅かに髪がチリリと燃えるが気にすることなく、炎を回避した月はアイトワラスへと向かう。
「くっ! ぬぅぅぅ!」
アイトワラスはとぐろを巻いて、防御体勢をとり、迫る月へと対抗する。
『龍燐殻』
胴体の周囲に、複雑に織られた刺繍のように魔法陣があらゆる攻撃を防ぐ障壁となり、アイトワラスを守る。
だが月は気にせずに、障壁へと脚を踏み込むと、アイトワラスのとぐろを回るように走り出す。
その一歩一歩が洗練されており、全ての力を十全に使う動きであった。そして、その一歩は爪先からの踏み込みは、驚くことに魔法陣にヒビを作り出していた。
全力で走る月の足跡が魔法陣のヒビという形で残っていくことに、アイトワラスは動揺を隠せない。
「い、今までこの防御を破った者などおらぬっ! な、なのに! なのにっ!」
「それでは私が初めて打ち破る栄誉を貰えるのですね。照れてしまいますが、賞状はいつもらえますのかしら」
おどけるように言いながら月は段々とアイトワラスの頭へと迫っていく。
『瀑布紫煙』
猛毒の霧を生み出して、その足を止めようとするアイトワラスだが、気にせずに月は猛毒の霧の中に飛び込む。
本来はその身体は爛れて、強力な毒により、腐り落ちるはずであった。だが、月は一瞬だけ身体がどす黒くなるが、腐り落ちることはなかった。
その代わりに数本の魔糸が地面へと伸びているが、その先に死んでいる鎧大牙猪たちが腐って溶けていく。
「ぬっはーーーっ!」
すぐに頭に到達すると悟り、アイトワラスは諦めて首をもたげる。
「貴様っ、魔法も使えぬなっ! その程度でアイトワラス様を倒せるかあっ」
『龍燐終焉嶽』
アイトワラスは自身の存在を保つ全てを使うことにし、必殺の奥義を使用する。
仄かに燃える燐が月の前方に壁となる。燐は弱そうに見えるが、内包しているのはアイトワラスの全てのマナ。一粒でも触れれば、今度は身代わり人形ごと燃やし尽くすことができると考察していた。
「あら、バレてしまいましたか。そうなのです。妾は人形が持つ能力しか使えませんの」
『鋭刃』
小手に仕込まれていた短剣を取り出すと、荒御魂の能力を発動させる。
そして、血のように紅き瞳を輝かせて呟く。
「本来の妾のマナを分け与えましょう。譲りましょう。この劇の終幕を輝かせましょう」
『マナ注入100000』
耐久力:1000
筋力:1100→51100
器用:なし
魔力:3000→53000
精神力:なし
スキル:なし
短剣が膨大なるマナにより、閃光を放つ。太陽がその場に現れたかのように周囲を照らし、そのマナの余波だけで、龍燐はあっさりと消失し、アイトワラスの身体は溶けていき、驚愕の表情となる。
「こ、こんな馬鹿げたマナがっ! 貴様も支配者だなっ!」
「いまさら気づくとは愚かな蛇さんだこと。なんちゃって閃光十文字斬り」
月の腕がぶれて、短剣の光が軌跡となる。
アイトワラスの頭から十文字に光の軌跡が奔る。
「し、支配者が他の支配者を倒して良いと思って」
最後まで口にはできずに、切られた箇所からアイトワラスの身体は蒸発していき、高層ビルのような巨体はこの世界から消えていく。
そうして爆発的な光の柱が生まれると、『魔溜まり』が消えていくのであった。
「今宵の劇を蛇さんは楽しんで頂けたでしょうか。代価は貴方の糸で結構です」
光の柱が細き糸となり月の手元に集まっていき吸収される。その様子に月は満足そうに微笑む。
『蛇の神アイトワラスを倒した』
『カルマポイント300を手に入れた』
『報酬としてマナを100万手に入れた』
『報酬として3文手に入れた』
『しかし『繋』にマナの999700は吸収された』
『戦闘により、マナが300アップした』
『ボーナスポイント?』
「どうやら魔溜まりを破壊するのはまだまだ早いようです。身体が軋みをあげていますので、妾は少し休みます」
着ぐるみを解除して、素っ気無く月が眠りにつき、ヨミちゃんが元の身体に戻る。
チャリンと、3文が地面に落ちる。
「ボーナスポイント?」
報酬の割りには戦闘が激しすぎやしないかなと思いながら、身体に一気に疲労感が襲いかかるヨミちゃんは意識を手放して倒れるのであった。




