5話 身なりを整えることにつき
もう動かない錆びきってホコリまみれの掃除機型ロボットだ。こんな場末に置かれていたことすら驚きであるが、たぶん内部の高価な回路などは盗まれているに違いない。
一メートルの高さの円柱型で、生えている金属製の腕は大きなゴミを掴む用。底が車輪になっていて、本来は走りながら前面に付いているゴミを吸い込む穴でゴミを吸い込み掃除をしていく。
元は業務用なのだろう、一般家庭用と違い、その装甲は通常よりも分厚く、パワーもありそうだった。
本来は、という注釈が入るけどね。
「な、どんな魔法か知らねーが、てめぇ死んだぞ!」
罵りながらトカゲ男がゆっくりと立ち上がる。結構勢いよく倒れたのに、半分トカゲ肌の皮膚は痣もどころかかすり傷一つない。
わかってた。亜人にはマナを含まない攻撃はミサイルレベルではないと傷を与えられない設定だもんね。
なので素早く思念にてステータスボードを呼び出して操作する。思念タイプはポピュラーな操作方法だから、慣れている。
ゴブリンリーダー戦で手に入れたカルマポイントを使うことにする。
『スキル取得。選択は『マナ注入』だ』
『カルマポイントを1消費します。よろしいですか?』
『オーケーだよ』
一ヶ月間、どうやって育成するか考えていたんだ。次なるスキルはこれ一択。性能が悪くて、最低ランクのスキルのために、たった1ポイントで取得できるスキルだ。
『マナ注入:Eランク:自分のマナを他人に注入する。相手のマナは注入したマナの1割を回復する』
『固有スキル絶対魔法操作の効果により、以下にスキル性能は変更されます』
『マナ注入・改:Aランク:自分のマナを他人に注入する。相手のマナは注入したマナ量だけ回復する』
やった! きっとこの効果に影響すると思ったんだ。なぜならヨミの持つ固有スキルは面白い性能だったからだ。
『固有スキル:絶対魔法操作:己の魔力とマナを完全に操れる。そこに無駄はなく、一滴すら霧散することはない』
よくわからないスキルだと思ったから、設定を確認した時からずっと推察していたのだ。
これ、人形のためのスキルだから存在するんだろうけど、マナ譲渡系統にも効果があるのではと。
どうやら大当たりだった模様。
しょぼいスキルだけど、那月ヨミちゃんにとっては黄金のスキルに早変わりだ。スキルやステータスを上げるためのカルマポイントも一しか消費しないしね!
取得した瞬間にガツンとまた頭痛が走るが、ジョブを取得した時ほどではない。余裕で耐えられる。
「ったく、そんな掃除機を操ってドヤ顔か? 神人相手なら強気でいられたんだろうが、亜人には意味がねーんだよっ!」
シャーと先割れした舌を出して、私を睨んでくるトカゲ男。掃除機の体当たりでダメージを負わなかったから安心してるんでしょ? 油断してるんだよね?
「受付のおじさん、役所の配備品が壊されちゃいますよ? 警備員を呼んでくださいよ」
「なに言ってるんだ。それはゴミだよゴミ。誰かが片付けてくれればお礼を言うつもりだったんだ」
助けを求めるようにおっさんへと声をかけると、下卑た笑みでヘラヘラと笑って返してくる。
いいだろう、言質はとったからな。
「ははっ、残念だったな。 死ねや、ドラアッ!」
トカゲ男は叫びながら、雑に突っ込んでくる。掃除機の反撃を受けても、気にしないつもりなのだ。
私は新スキルを発動させる。
『マナ注入』
掃除機へと私はマナを30送り込む。掃除機の身体に不可視のマナが流れ込み、一時的に魔法金属製へと早変わりさせる。残念ながら一時的だけど。スポンジを濡らした程度で、すぐに元に戻るだろうけど今は問題ない。
『マナ注入』の特徴は、注入する相手の最大マナ量を超えて回復できるんだ。回復量に制限がないんだよ。即ちマナの無い物質もマナを持つ物質へと変化させることができる。
これ設定集を読み込んで気づいた裏技みたいなものなので、修正がかからないことを祈っているよ。
「ふんっ!」
ドタバタと駆けてくると、見え見えのテレフォンパンチを繰り出してくる。頑丈な金属製とはいえ、亜人のマナの籠もった一撃の前には発泡スチロールのようなものだ。
ガン
だが、トカゲ男の拳は胴体を砕くことなく、金属音を立ててか弾かれる。
「っいでっ! な、なんでこんなにもかてーんだ? ま、まさか魔法金属?」
「それなら、こんなところに放置されていないと思うよ」
拳を押さえるトカゲ男に冷淡に答える。
マナが込められた掃除機は、物質的攻撃を防ぐマナで守られた身体の亜人にも通じる魔法金属となったのだ。
掃除機ロボ
種族:ロボット
マナ:30/0
体力:なし
筋力:20
器用:5
魔力:5
精神力:なし
ジョブ:なし
スキル:なし
人形として登録されたため、ステータスが共有される。どうやらマナ量がステータスに分散付与されたらしい。マナを30分けたらこうなるのか。
なので遠慮なく掃除機を操作する。残念ながら筋肉もないし、本来の部品も無い掃除機なので力任せだが、それでもトカゲ男の顔を殴りつける。
錆びた金属音をたてながら、掃除機の金属製の拳は勢いよくトカゲ男の顔に命中する。メシャリと頬が歪み、よろけるトカゲ男。倒すまでは至らないか。
「いでぇっ! やったな、こんのやろぉ!」
トカゲ男も負けじと殴りかかり、掃除機も反撃して殴り返す。アホなんだろうな、このトカゲ男。なぜに私を狙わないのかな?
ガツンガツンと掃除機を殴り、その拳が真っ赤になり血が滲む。マナの籠もった装甲だ。末端の冒険者如きのパワーでは、ちょっぴりへこむ程度だよ。
対して痛みを知らない掃除機さん。趨勢はあっさりと掃除機に偏った。ガンガンと金属を叩く音と、ドスドスと肉を叩く音が響くが……やがて肉を叩くのみとなる。
本当は華麗に戦いたいけど、掃除機さんは可動部分が少ないから仕方ないんだよ……。初期の人形遣いあるあるだね。
「が、がふっ……で、でめぇ、ご、ころびて」
顔が膨れ上がったトカゲ男はフラフラと身体を揺らして、それでも悪態をついてくる。
「終わり!」
そして、私は最後のパンチをトカゲ男に食らわせるのであった。
バタンと倒れて、ピクピクと痙攣するトカゲ男へと近寄ると、フッと笑いかける。
「ではこの人形劇は終幕とさせて頂きます。お代は貴方の社会的な地位を頂きます。これからは掃除機に負けた男として生きてください。あ、この掃除機も貰っていきますね?」
冷たい視線を受付のおっさんに向けると、怯えた表情でヘラリと笑ってくる。
「あ、あぁ………へへっ、なんだよ、あんた魔人だったのかよ。早く言えよな。そ、その掃除機はゴミだから持っていっていいぜ」
「ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げて、周りを見ると、顔をそらして目を合わさないようにしていた。
まぁ、魔人だとわかったら絡みたくなくなるよね。
ツンと顎を持ち上げて、私たちは待合室を去るのであった。後ろからガッシャンガッシャンとうるさい音を立てて掃除機がついてきてくれた。
◇
「ねぇ、ヨミちゃんのあのカッコをつけたセリフは高山病?」
「決め台詞だよ。それと高山病じゃなくって、ととっ」
不思議そうに尋ねてくる瑪瑙ちゃんへと、ぷっくりと頬を膨らませて反論しようとしたけど、慌てて手を伸ばす。
チャリンと音を立てて、手のひらに銀貨が落ちてきた。
『『チンピラに絡まれる』をクリアしました。報酬として一銀貨を手に入れた!』
ログが表示されたが、報酬はお金のみかぁ。難易度によって変わるのかな。
というか、この報酬の仕方はまずい。
「じーっ」
私の額に押し付けるように瑪瑙ちゃんが今の現象を見てくる。
「ピーピーピーピー」
瑪瑙ちゃんの視線が痛いので、ひよこの真似をして誤魔化すヨミちゃんだ。全然誤魔化せていないかもしれないけどスルーしておく。
報酬を疑われるって、致命的なバグに思えるんだけど?
「もぉ、仕方ないなぁ。お金を生み出す魔法?」
「まさか。そんな魔法はないよ。これは選ばれし者が行う面白いことに支払われる演技報酬。転移されてくるんだけど、出所はナイショ」
「むぅ〜、それじゃあ気をつけないとね。悪い人たちに攫われちゃうよ?」
「うん、後で考えておくよ」
耳元でこっそりと小声で話してくる瑪瑙ちゃんに頷く。確かに見られたのが瑪瑙ちゃんで無ければ危険だった。
というか、次のスキルは絶対にアイテムボックスを手に入れるぞ!
「それじゃあ、お金もできたことだし、洋服を買って、着替えたらホテルに泊まろう。この汚い姿をなんとかしないといけないから」
スラム暮らしが長いから、さすがにこれはちょっと………ね。
歩き出そうとすると、瑪瑙ちゃんの足がピタリと止まる。なんだろう?
「……ヨミちゃんだけ買った方がいいと思う。魔人になって、これからはヨミちゃんはお金を稼げるし……私は足手まといになっちゃう……。そのお金はヨミちゃんの物だし」
暗い顔で泣きそうな声の親友。………すごいや、現実感がある。
だって、私の心に寂しさと怒りが渦巻いているから。
私たちは、8歳の頃から二人だけで一緒に生きてきた。いわば姉妹同然なんだ。そーゆーことは言わないでほしい。
「てい」
「いたっ! 痛いよ、ヨミちゃん。なにするの!」
デコピンをしてあげると、ムゥと口を尖らせる瑪瑙ちゃん。その頬をむにーっと掴んで告げる。
「私たちは親友だし、ゴブリンリーダーを倒したのは二人の力だよ。長机は人形を操作していた私では運べなかったし、懐中電灯だって上手くゴブリンリーダーの顔に当てられなかった。二人の力が合わさってのものなんだ。だからこのお金は二等分!」
「……でもこれからは? 私は無能な神人でヨミちゃんは魔人になったんだよ?」
「それなら大丈夫。これからのことを考えているんだけど……。なんとかなると思う。ならなかったら、私のヒモで良いよ!」
「もー! ヨミちゃんったら。そしたら私はお家で料理を作って待ってるよ。家事もたくさんします!」
「えーっ、瑪瑙ちゃん料理できないじゃん」
「これから覚えるの! でもありがとう。」
泣き顔の瑪瑙ちゃんが柔らかな声音でお礼を言うのであった。その笑顔は柔らかで安心している様子だった。
私もホッと安堵する。親友に気を使ってほしくない。
───それに、瑪瑙ちゃんの存在は必要なんだ。これからの作戦ではね。
「それじゃあ、改めて洋服屋にしゅっぱーつ!」
「おぉ〜!」
二人で拳をつきあげて、新品の服を買いに向かう。
汚れたスラムの少女たちが入ってきたので、服屋は嫌な顔をしてきたけど、めげずにササッと新品の服を数着買った。
そして、次はお風呂である。汚れた姿はマイナスにしかならない。外地区でも冒険者向けのそこそこ安全なホテルを選び、それぞれにお風呂に入ってピカピカとなる。
そして、髪の毛も切り揃えて綺麗にすると──。
「ふふふ、どうかな? 新生那月ヨミだよ!」
汚れて黒かった髪の毛は美しい海のように深い青色で、同じく澄み切った空色の瞳。目つきは鋭いが愛らしさを感じさせる。栄養が足りずに痩せているし、背も同年代よりも遥かに低いだろう小柄な体躯。
新しい服を着てクルリと回転すると、フレアスカートが花のようにふわりと舞う。
「可愛いよ、ヨミちゃん! どこかのお嬢様みたい!」
パチパチと拍手をしてくれる瑪瑙ちゃんへと、テヘヘと照れて、小声で呟く。
「これからがスタートだね。ようやくスタート地点。残り10日で成り上がっておこう」
それがアルファ版の終わりの期限だ。それまでにはもう少しマシな立ち位置にしておきたい。
あと、お風呂シーンはカットでお願いしとこうかな。全年齢版として売れなくなっちゃうぞ。