47話 SSランクの力につき
草原と森林のダンジョンはファンタジーモンスターの溢れる楽しいダンジョンだった。生体兵器を内蔵しない普通のモンスターたちだけのダンジョンである。
だからといって、敵が弱いわけではないんだけど。
「きゃー、ヨミちゃんが芋虫の糸に絡まれちゃったー!」
「格上の敵との戦闘で死にかける! これで私はもう10%くらいマナが上がったよね!」
那月ヨミ。現在は草むらに隠れていたクロウラーと激戦中。『粘着糸』を受けて、身動きがとれません。
「ベトベトしていて動けないよ! 身体強化も全力でしてるのに、もしかしたらレアモンスターでSSSランクの威力!」
引きちぎろうとしているのに、糸に手を付けると、びょーんってなって剥がれなくなっちゃった。ピンチピンチのヨミちゃんです。誰か助けて〜。
ワシャワシャと脚を蠢かせて、すり鉢みたいな牙がゾロリと生える口を開き、クロウラーが近づいてくる。大型犬ほどの大きさだけど、全長が5メートルはあり、繊毛がびっしりと生えた黄色の表皮を持ち、とっても気持ち悪い。
噛まれたら、頭がもぎ取られそうだ。悪役令嬢ヨミちゃん、芋虫に断罪されるエンドだ。クリアした扱いにならないかな? 芋虫のどアップが近づいてくるだけで、カプセルポッドで目覚める気配はなさそう。
よだれが地面に溢れていき、生臭い虫の臭いが迫る。
「あぶねーっ、ヨミっち!」
『大木断』
だが、横合いからヨミちゃんくらいに巨大な斧が振り下ろされて、その凶悪な一撃により地面ごとクロウラーは輪切りにされる。緑色の体液を零しながら、地面に落ちていき、私はフゥと息を吐く。
ちょっぴり今のは危なかったよ。
「ヨミっち、薬草取りに夢中になったら危ないっすよ!」
斧を肩に担いで、呆れた顔なのはタイボックストーンだ。
「ありがとう、タイボックストーンさん。でも採取や宝箱を前にしたら、全て手に入れないといけない本能が身体を勝手に動かすんだ。あ! あそこにもあるよ!」
松の木の下に松茸らしききのこ発見! これは絶対に回収しないと!
「きゃー、ヨミちゃんが蛇に捕まっちゃった〜!」
「にょいーん」
松茸の下に尻尾を枯れ木に擬態していた枯れ木蛇に脚を絡まれて釣り上げられるヨミちゃんです。枝の上で口を開けている枯れ木蛇さん。
枯れ木蛇とは、枯れ木に擬態して、尻尾を獲物に巻きつかせて食べちゃう魔物だ。名前まんまだね。
「何度目っすかー! ぬぅぉぉぉ!」
呆れた声を上げて駆け寄ってくると、タイボックストーンは跳躍すると、横薙ぎに斧を振るう。狙い違わず、枯れ木蛇はズンバラリンと切断されて、地面に落ちる。
「凄いや、ストーンさん。私のヒーローだね! ありがとうございます。あ、あそこにシメジが」
香り松茸味シメジ。シメジを逃すわけにはいかないよね。切り株に生えるきのこ発見。
「ふんぬぅーっ」
『岩棘』
タイボックストーンはすぐさま地面に手を付けて魔法を使う。マナがシメジの下に流し込まれて、岩で形成された棘がシメジを貫く。そして、シメジを生やした切り株すらも。
「ギギィ」
ガラスを引っ掻くような断末魔があがり、ただの切り株に見えたのに、目と口を開いて切り株は息絶える。
「あれはウッドミミックっす! よーく見ると、目と口があるんすよ」
「おー、さすがはBランクの魔法斧戦士だね。強い強い」
注意をしてくるタイボックストーンへとパチパチ拍手をして褒め称える。前とは動きが全然違う。
「ようやく力を使えるようになってきたっすからね。それに、こいつらはDランクの魔物だし、もう俺っちの相手じゃないっす」
ちょっぴり自慢げに、タイボックストーンは嬉しそうに笑う。
一ヶ月前は苦戦していた敵なのに、成長著しい。これが潜在能力を解放するということなのか。ホイホイと人形操作を人間には使えないな。覚えとこ。
「それにしても、よーちゃん、弱いよぉ。あの扇はどうしたのぉ」
「あれはお高いから、学校以外では使いたくないの。盗まれたら困るし」
「自衛の武器の意味ないよぅ」
和が困りきった顔になるけど、いざという時には使うよ。
Bクラスになりたてのタイボックストーンでも、『上級身体強化』で暴走トラック並みの速さになっていたし、破壊力も切り株を砕くほどに跳ね上がっている。実際に見ると、BとCには超えられない壁があると感じたよ。
「ヨミちゃん、私が踊ろっか? 『鈍空の舞』なら、敵の動きはカタツムリ並みに落ちるよ?」
見かねたタイボックピンクが踊っちゃうよとステップを踏む。
「目立つから駄目だよ。あくまでも『那月ファンド』の説明を受けに来た学生の一人であって、『高天ヶ原』派閥に入りに来たと勘違いはされないようにしないといけないからね」
「政治って、面倒なんだね。私じゃ頭がこんがらがっちゃう」
「学生の間から派閥争いは始まっているようだね」
タイボックピンクがつまらなそうに頬を膨らますけど、今日は『那月ファンド』の噂作りのために来たんだ。
それと───。
「武御雷のジョブの力も見てみたいんだよ」
設定資料に書いてあったけど、武御雷のジョブランクはSSランク。Bランクの魔法斧戦士であれだけの力を見せるのだから、とんでもない能力だろう。というか、武ってまんまの名前だよね。キャラ設定をデフォルトにしたでしょ。
「きゃー! また大牙猪がきたー!」
「タイボックに任せろ!」
『木皮膚』
ヨミちゃんたちからはなれた場所でも、実は混戦していた。『大牙猪』というCランクの魔物がなぜか次から次に襲ってきているのだ。5メートルはある大きさの猪で、牙がトリケラトプスのように真っ直ぐに生えている魔物である。
「今だっ! 一斉に魔法を放て!」
『風刃』
『岩弾』
タイボックたちが壁となり、その耐久力と硬度を持って立ち向かい、なんとか押し留める。後方の魔人たちが魔法を撃ち込む。風の刃や岩礫が大牙猪に命中する。しかし、大牙猪は血だらけとなってよろけるだけで倒れることはない。
「こいつ、厄介だな! 耐久力が高すぎるぞ」
「本当だ! それなのに次から次にと出てきやがって!」
忌々しいと皆が口々に文句を言う。そうなのだ、大牙猪は耐久力が高すぎるのである。
強力な魔法を使えば倒せるが、C、Dクラスがほとんどの面子では使えない。それに強力な魔法を使えても、使えない理由がある。
「この猪は可食部分が多いんだ。炎魔法は禁止だぞ!」
「あぁ、高く売れるからな! 1体で1両は軽くするぜ」
悔しそうな顔をしながらも、目は小判に変わっている皆である。猪だけに食べられるのであった。なので、苦戦をしている面子です。金に目が眩んだとも言う。
タイボックが防げるレベルの攻撃力だが、倒しにくい魔物を前に、肉を傷つけないように魔法を連打して、無駄にマナを減らしていく面々。
「ブォぉぉぉ!」
「あぁっ、また来た!」
木々を削りながら突進をしてくる大牙猪たち。また新たな追加が来て、皆はてんてこ舞いだ。既に倒した大牙猪は50体を超えており、疲れも垣間見える。肩で息をしている者もいて、マナが尽きたら戦線は崩壊するだろう。
「ちっ、こういう展開は嫌だったけど仕方ねぇな! やれやれ、俺の力を見せてやるぜ!」
ようやく武が皆の前に出る。やれやれと言いながらも、その顔はニヤけているので、まったく説得力がない。
ヒュウと息を吐くと腰溜めに刀を構えると、武の身体から放電が始まる。
新たに現れたのは3体。なぜか鼻の頭が蜘蛛に噛まれたかのような大牙猪たちへと刀を抜く。
『閃雷抜刀』
その腕が霞み、横薙ぎに雷が奔る。大牙猪たちの身体を雷の斬撃が奔り、耐久力の高いはずの魔物は一瞬で燃え尽きるのであった。
「たいしたことはないな。皆大丈夫か?」
灰となって地面に崩れ落ちる大牙猪を横目に、刀を鞘に仕舞いドヤ顔になる武。皆はその姿を見て啞然としていた。
「な、なんで、1両だぞ、1両!」
「もうそんなこと気にしながら倒せねーよ。欲張りもいい加減にしろ!」
「魔法技じゃなくて、身体強化した肉体で倒せよ!」
「怪我するかもしれねーだろ! 魔法で倒した方が良いんだよっ! 防御魔法で守って、敵の動きを止めて魔法を撃ち込む。それが一番良いんだよっ。高レベルの魔物との戦いでは、身体強化は敵の攻撃を躱すためのものなんだ!」
皆の非難の声に、武は反論する。一番効率の良い戦闘方法らしい。たしかに高レベルの魔物の攻撃は一撃必殺とも言って良い。怪我を負えば集中力も切れるから、正しい戦闘方法なんだろうね。
「高ランクの敵の話だろ。相手はCランクだ! 普通に倒せよ!」
「ま、また現れたぞっ!」
「うぬぬぬぬ、し、仕方ねぇなーっ! ウォォォッ!」
刀を振り上げて、またまた現れた大牙猪へと立ち向かう。地面を踏み込み草を撒き散らし、瞬時に大牙猪の前に移動すると刀を振り下ろす。
まるで豆腐のように綺麗にスッパリと縦に切れて、その斬撃は胴体を通過して、後ろの木すらも断ち切る。
踏み込みで撒き散らした草が地面に落ちる前に再び地を蹴ると、次の大牙猪の横に移動して首を落とす。
その姿はほとんどの者は視認もできない速さを持っていた。
皆は息を呑み、その修羅のような戦闘を見る。この速さは人外の中でも人外だ。速すぎる。
これがSSランクのジョブの性能か。確かめさせてもらったよ。
確かめたところ、『魔糸』の射程距離は9キロ。その範囲内にいる大牙猪が偶然にも集まって来たが、武は倒し続ける。突進する大牙猪よりも速い動きで横に回り込むのだから、敵うわけがない。
総計100体を超えたところで、新しい大牙猪の姿は見えなくなる。
「はっ、ひっ、ふっ、み、見たかよ。こ、こらが、ゲフッ、気持ち悪い」
刀を杖にして身体を支えながら気持ち悪そうな顔になる武。なぜか、息も絶え絶えだった。
「あれはマナを身体強化に注ぎ込みすぎたんっすよ。近距離戦をすると、段々テンションが上がって、マナを無駄に注ぎ込んじゃうんっす。俺っちもBランクに覚醒した時に苦労したっす」
タイボックストーンが武の様子を見て苦笑する。あぁ、ありそうな話だね。
さて、ではそろそろ動くかな。
「た、大変だ〜っ! 鎧大牙猪が現れたぞ〜!」
木々が揺れて、小動物たちが逃げ去っていく。ズシンズシンと重々しい足音がして、鎧の毛皮を持つ木々と同じくらいの大きさの牙猪が姿を現す。
どうやら本命の魔物が来たようだ。その鼻面に蜘蛛がくっついていたが、空間の狭間に姿を消えて誰も気づかなかった。
「ちきしょー! なんだって今日はこんなに敵が現れるんだよ! ぬぅぉぉ!」
『武御雷変化』
気合の声をあげて、一瞬、身体が光るがすぐに戻る武。
「ま、マナが足りねぇ! ち、ちくしょー!」
「俺っちも戦闘に加わるっす!」
「魔法で掩護しろっ!」
鎧大牙猪は見上げるほどの巨体と硬い毛皮により、そのランクはBランクだ。焦って武やタイボックストーンたちが戦闘を始める。
見た目にインパクトがあるから焦っているようだけど、まぁ、動きはトロいから、怪我なく倒せるとは思うよ。
ヨミちゃんは冷静にその様子を見ていたが───。
「きゃー! 大牙猪が生きてた〜っ!」
倒れている大牙猪のうち、傷の少ないものが起き上がると、ヨミちゃんの服に牙を引っ掛けて駆け出す。
「ヨミちゃん! ナンテコトダー」
「ワヒャンッ!」
焦るタイボックピンクたちを前に、僕が助けるよと平が勇気を出し飛び出して大牙猪にしがみつく。
「うぉぉぉい、なんか動けないぞー! なんか身体が引っ貼られたぞ!」
平は大牙猪にしがみつき、ふんふんと尻尾を振る。使い魔がまるで糸で縛られたかのように大牙猪に張り付き、混乱した悲鳴をあげる。
「ヒャンッ」
落ち着きを見せる平がハッハッと舌を出して、落ちないようにと大牙猪の身体に寝そべる。
「平君がなんとか助けるよと言ってるから、皆はその魔物に集中して! 後から合流するよぉぉぉ〜」
攫われたヨミちゃんは悲愴な決意と共にダンジョンの奥へと連れ去られるのであった。
たぶん『魔溜まり』まで一直線だろう。
ピンチなヨミちゃんなのであった。
「なんか眠く…………」
平の使い魔は顔に蜘蛛が張り付いて、なにか粉がかかって眠ったけど使い魔だから別に気にしないで良いだろう。
 




