46話 那月ファンドにつき
謎の護衛チーム『タイボック』。
誰なのかはヨミちゃん以外は知らないのだ。ナイショで秘密で個人情報保護法に守られているチームである。
その顔は上半分が銀の仮面に覆われていてわからない。わからないったら、わからない。
「え、人に投資ってどういうことだ、姉御?」
驚き戸惑うクラスメイトたちの代表で平が手をあげる。ヨミちゃんはベーコンステーキを頬張りながら答えてあげる。ちょっとこのベーコンステーキは塊が大きすぎたかも。
「そのままの意味だよ。本来は事業をする人に投資をするんだけど、『那月ファンド』は働く冒険者たちを助けるための慈善事業として投資をしたいと思います」
小さいお口にはベーコンステーキの塊は入らなかったので、諦めてお皿に置いて小分けにしながら、フォークをタイボックへと向ける。
「彼らは最初の投資対象だね。見てわかるとおり、亜人たちだ。トレントの亜人、髭もじゃの亜人、可愛らしい美人」
「最後が亜人じゃなくね?」
「髭もじゃは亜人扱いになるんっすか!」
オチに対してちゃんとツッコんでくれるので、ニカリと悪戯そうに微笑みを返す。
「髭もじゃと美人さんは冗談。美人さんは『那月ファンド』に入るか迷っている謎の生徒さん。髭もじゃは魔人だけど投資対象だね」
ピンク髪の美人さんは美人さんなんてと、身体をくねらせて、テヘヘと照れている。誰なんだろう、謎だ。ミステリアスガールだ。
「さて、真面目な説明をするけど、投資対象は冒険者だよ。彼らに装備や宿屋を提供して、稼いだ魔石は『那月ファンド』に売ってもらいます。もちろん、冒険者価格だから、不当に安くはしないよ。その魔石を『那月ファンド』は売り払うわけ」
「ハッピーワークと同じ仕事をするってわけか? そうなるとハッピーワークは黙ってないんじゃないか?」
「ううん、そこまで手広くはしないよ。那月一門を強くするため、選抜した冒険者を対象にするつもりだから。それにハッピーワークはCランク以下の魔石しか扱わない分、分母は多いからね。那月ファンドが少しばかり冒険者を奪っても気にもしないよ」
「まぁ、ほとんどのBランク以上は魔人が倒すから、ハッピーワークは通らないもんねぇ。直接貴族の元にいくしぃ」
平の懸念に答えると和を始めにクラスメイトたちも納得して頷く。
そうなのだ。よく小説であるテンプレ、高位ランクの冒険者というのは、この世界ではほとんどいない。なぜなら貴族たる魔人はそもそも冒険者として登録しないから。
だから、ハッピーワークは大勢の弱い亜人たちからランクの低い魔石や素材を買い取って売りさばくのが基本なのである。とはいえ、その数は膨大だから利益は馬鹿にならない。塵も積もれば山となるというやつだ。
なので、那月一門の動きはたいしたことはない。ハッピーワークも貴族と揉めるのは嫌だろうし、そもそもこれの目的が私兵を揃えることにあると勘違いしてくれるだろう。
貴族たちはなんだかんだと理由をつけて、春屋家のように私兵を集めるからね。『那月ファンド』もそのためのものだと考えるはず。魔石の買い取りは所詮おまけみたいな微々たる利益になるだろうと予想するだろう。
まぁ、私兵集めの一端であることは間違いない。悪役令嬢に取り巻きは必要だもんね! 取り巻きって、私兵のことであってるよね?
「彼らは優秀な人たちだよ。心根も立派だし、たんに稼ぎ方が下手なだけ。お金もなくて、安宿で暮らしていたけど、助ける価値はある」
タイボックたちはあれから装備を整えようと安宿に暮らしていたけど、なかなか貯まらないし、ろくに食べてもいないので、戦闘にも問題が出そうな有様だった。真面目で弱い亜人が死んでいくパターンである。
そこそこ強い亜人は江戸っ子気質で、稼いだらパーッと使って、最後は死んでいく。元の身体に戻ってまともな人生を送る程には金を稼げないから、やけになって享楽に耽るわけだ。
どちらにしても、亜人に荒くれ者が多い理由の一つだ。その体制を変えるつもりはないけど、タイボックは救いたかった。
「トレントの亜人だと………そのやばいんじゃないか?」
「うん、炎に弱いからね。それに攻撃力もたいしたことはない。でも、それでEランク扱いはおかしいんだ。トレントは炎に弱いのを抜くと、硬いし再生能力もあるから能力は高い。炎を使ってこない魔物を倒して稼げば良い。継戦能力に欠ける魔人の皆とね」
パチリとウインクをして、切り分けたベーコンステーキを食べる。ちょっと脂っぽいや。
「俺たちとか?」
「うん。『鋭刃』を武器に付与して、魔人は後ろで待機。ピンチの時は攻撃魔法にて掩護。付与魔法は一度付与すれば一定時間効果が続くでしょ? 亜人と魔人が同数なら、休み休み狩りをしていけば、結構稼げると思わない? 魔人は『身体強化魔法』を使わない分、マナに余裕ができるしね」
「我らタイボック! 防御力には自信がある! 魔法の支援があればCランクの魔物も倒して進ぜよう!」
サムズアップして、タイボックレッドが頼もしき笑みを見せる。再会したときはヘロヘロになっていたから、随分体力は戻ったようで、安心だ。
「装備も魔鉄の槍に、魔鉄の鎧を用意したからいけると思う。一人20両の投資をしました。あと、宿は寮として雨屋家の離れのお屋敷にしたんだよ。ご飯は自炊だけどね。掃除も自分たちでする条件で」
「その寮って………もしかして俺たちも住めるように?」
「うん、お小遣い稼ぎをしたい人たちは寮に住むといいと思うよ」
クラスメイトの一人がピンときて尋ねてくるので頷き返す。
「そっかぁ………亜人と組むなんて考えたこともなかったけど、たしかにそれなら稼げるかもな」
「俺たちEランクでもか……。へへっ、そういや、俺たちも魔人。魔法使いだったんだ」
「私、明日から寮に住んで良いか両親に相談してみる!」
「だな、雨屋家の離れに住めるってことは大出世だぜ!」
興奮気味にクラスメイトたちは話し始める。
概ね、皆は賛成のようだ。そうなのだ、この世界では魔人は高ランクの亜人はともかく、低ランクの亜人と共にパーティーを組んで戦うということはしない。自分たちだけで魔物を倒す方が効率が良いんだから、それは当たり前だ。魔人は貴族としてのプライドもあるからだろう。
でもCランク以下の魔人なら、同ランクの亜人たちと組んだ方が遥かに効率が良い。プライドは那月一門のルールだから仕方なくという建前で守られる。まぁ、Eランクは……。ノーコメントにしておこうかな。
「ちなみにうちのエースとして、コードネーム『髭もじゃ』には、1000両の投資をしているから、この人だけでもバンバン高位の魔石を稼いでくれるよ。だから、赤字にはならないかな」
「そこは『黒髭』とかにして欲しかったっす……。まぁ、新品の装備を揃えることができたし、任せるっすよ。これが上手く行けば、雨屋区の魔石購入費用も少しは圧縮できるっすからね!」
「あぁ、雨屋区は有力な魔人がいないから、ハッピーワークからの魔石買い取りの比率が高かったんだねぇ」
「私兵作りと魔石購入費用の圧縮かよ。それに加えて利益を出す……。姉御って本当にすげぇな」
新品のミスリルアックスにミスリル鎖帷子を着込んだ髭もじゃが親指を立てる。髭もじゃが頑張れば赤字にはならないから大丈夫だ。馬車馬のように働いてもらおう。
「修行は簡単に成果はでない。でも、これなら実戦経験を積みながら、お金を稼げるんだよ。これが『那月ファンド』のお仕事の内容です!」
トングを掲げてバンザーイ。プレゼンテーションヨミちゃんだ。成功したかな?
「な、なぁ、その『那月ファンド』って、他のクラスでも入れるのか?」
「俺もそのファンドに興味が………」
他の人たちが私のプレゼンテーションを聞いて、興味津々で話しかけてくる。Dクラスの人たちが多い。やはり困窮している人たちが多い模様。
「待て待てっ! なんだよ、ちょっと待て! なんでそんな話になるんだよ。今日は訓練を兼ねた狩りだろう! 『高天ヶ原』のイベントなんだ。というか、狩場でファンドのプレゼンテーションをするんじゃねーよ!」
なぜか武が慌てたように口を挟む。ちょうど良い集まりだったんだから良いじゃんね。ケチなんだから、もぅ。
「こうゆうのはな、強敵と戦って、苦労して強くなるんだよ。それが冒険者の掟、ルール、テンプレなんだ! なんで札束で頬を張り倒すような展開に持っていくんだよ!」
「それは私が雨屋の息女だからでふわ! 全てのイベントは私のためにありゅのです!」
興奮すると噛んじゃう癖があるみたい。まぁ、それは悪役令嬢だからとしか言いようがないよね。悪役令嬢は取り巻きを作って悪いことをするものなんだ。
他人のイベントを横からかっさらうなんて、とっても悪役令嬢らしいでしょ?
「まったく、ここは俺の強さを見せるところなんだぜ! やれやれ、皆は効率の悪い訓練をしているようだな、俺が正しい訓練方法を教えてやるかってな! それで学園長や生徒会長から注目される運命にあるんだよ! その後に巻き起こるヒロインたちとのキャッキャッウフフのストーリー!」
地団駄を踏んで、ムキャーと猿のように絶叫する武。その頭の中にはテンプレストーリーが詰まっているらしい。死にかける訓練は訓練とは言わないと思うんだけど。そして、こやつはハーレム願望があるのか。
「とりあえず、ダンジョン攻略に向かうぜ! 皆、突撃だ! 強そうな敵がいた時はすぐに駆けつける! ここは訓練なんだ。訓練! パワーアップイベントだぜ!」
魔刀なんだろう。剣身に雷を宿した刀を引き抜くと、叫びながら草原を突っ走っていく。その後を取り巻きたちが慌ててついていく。
「仕方ねぇ、俺たちも行くか」
「そうだねぇ。よーちゃんどうするの?」
平が頭をポリポリとかいて、メカクレ少女がヨミちゃんの裾を引っ張って、意見を聞いてくる。
「ヨミちゃんはもちろん行くんでしょ?」
「うん。すっかり忘れているようだけど、ヒールハーブを採取しに来たんだしね」
タイボックピンクがヨミちゃんの頭を撫でてきながら尋ねてくるので、頷き返す。そっと『飾り棚』から蜘蛛人形を喚びだして、草むらに隠れさせておく。
このダンジョンで人形の操作距離とかも確かめておきたい。
バーベキューセットは数人のクラスメイトに任せて、私もぽてぽて歩き出す。
───『那月ファンド』の投資の理由。実は本命は別にある。
投資した冒険者から買い取る魔石は実は買い取りの時点では帳簿に記載されない。『那月ファンド』として歩合制の給与として支払う形となり、魔石自体は『那月ファンド』が手に入れた形となる。
ハッピーワークで売るのとは違い、魔石を手に入れた個人は特定できないわけ。それがどういうわけかというとだ。
『荒御魂』や『ラクタカーラ』で倒した魔石も、『那月ファンド』が手に入れたという形になるわけだ。これからB、Cランクの魔石、いや、それ以上の魔石を手に入れても、誰にも倒した人間はわからない。
カモフラージュとして、石英もいるし、ゲストのお手伝いとして瑪瑙ちゃんがいるとなると、高ランクの魔石の出処も完全にわからなくなる。
仮面を被せて、『荒御魂』たちの訓練を隠れてしていても、もしバレても私兵の訓練だと思われる。
これほどヨミちゃんに都合の良い隠蓑もないだろう。
那月ヨミは大量の資金を調達できて、人形の練習もできる。
これぞ悪役令嬢といったところだろう。
誰か褒めてくれて良いんだよ。
薄っすらと酷薄な笑みを浮かべて、ヨミはダンジョンの奥へとぽてぽて走っていくのであった。
 




