45話 ダンジョンにつき
ダンジョンとはなにか? 融合した世界において時折発生する次元の歪み『魔溜り』と呼ばれる混沌のマナ沼が周囲の空間を歪めて作る迷宮のことだ。
『魔溜り』はファンタジー世界とこちらの世界が融合した際に、次元の彼方に飲み込まれた世界の一部だと言われている。2つの世界が融合した混沌から生まれるから、魔物たちは普通のファンタジーモンスターだけではなく、こちらの使っていた古代魔導兵器と融合し、生体兵器を内蔵して生まれるパターンがあると言われている。
これは召喚魔法では生体兵器を内蔵していないノーマルモンスターしか召喚できないことから有力な説として有名だ。
確実にわかっていることは『魔溜り』からは魔物が湧き続け、次元を歪めて雪が降る砂漠とか、水中で息ができる湖などの環境を変えるものと、神殿や洞窟、廃墟などから成る迷宮といった2種類のパターンのダンジョンを作るところだ。
『魔溜り』を破壊するには膨大なマナを込めた魔法攻撃で消失させるしかない。放置しておけば、魔物が増え続けてスタンピードが起こるからである。
とはいえ、例外もある。高品質の魔石を持つ倒しやすい魔物が生まれるダンジョンや豊富な資源を持つ鉱山や肥沃な農地、はたまたたくさんの魚が生息する湖など、資源として役に立つものは貴族が適切な間引きをして管理をしていた。
実にゲーム世界らしい設定と言えよう。この世界が現実世界なのかを迷う一端である。まぁ、今はこの世界にいるんだから、必要以上に気にすることはないんだけどね。
そして、今回はというと環境型ダンジョンだ。
青空の下、サラサラと草が風に靡く音が聞こえてくる。緑の絨毯が広がる草原は寝っ転がると気持ち良さそうだ。丘向こうには森林があり、平和な長閑な光景が目の前にはあった。
一見するとだけど。
よくよく見ると、草むらには角を生やした兎や赤ん坊くらいの大きさの芋虫が隠れている。その牙は凶暴で神人なら、なんなく噛みちぎられて食べられてしまうだろう。
ここはダンジョン一丁目、一般人立入禁止の危険なる世界なのだ。
「ふっ、ここがダンジョンだ。一つ間違えれば、命を捨てることになる……そんな危険なる世界。お前らは命を捨てる覚悟があるか? ここからは常在戦場、一瞬の気の緩みが仇となる」
顔を手で押さえて、ニヒルな笑みで痛い言葉を吐く男、御雷武。集団の中で、先頭に立ちヨミちゃんたちを見渡す。
黒いコートに黒ズボン、腰には日本刀を二本差している。眼光は鋭く、その物腰は歴戦の勇士を思わせている。
即ち、とっても痛い子供だった。とりあえず、黒の服を着て刀を装備すればかっこいいだろと考える典型的な痛コスだ。既に厨二病の末期に入ると思われる。たぶんクールな主人公をやりたい年頃なのだろう。
女の子にばかり目線を送らなければ完璧だったんだけどね。
────土曜日となり、皆で集まってダンジョンに来たのだ。Eクラスは全員出席。武たちは20人ほどの集団だ。あとは私の護衛、ローブを着込んだ6人。学生たちはたぶんAからDまて幅広く集めてきた様子。なぜわかるかというと、装備が弱そうな魔物の革鎧とか、弱い魔法が付与された鎖帷子とか、貧乏そうな人間もちらほら見るからだ。
きっちりとした強力な装備をしているのは武を含めて数名。この集まりの目的が派閥を増やすため、下級魔人たちを集めたのだとすぐにわかる。
「武君。奥さんは今日は来てないの?」
「いや、まだサインしてねーよ。今日は仕事だからと参加は見送ってもらって………そんなことはどうでも良いだろ! 準備だよ、準備。しっかりとやってきたのか?」
ダラダラと汗をかいて慌てる武。どうやら奥さんはついてこなかったらしい。義妹の幼妻で美少女なのに、なにが不満なんだか。まぁ、良いけどさ。
「もちろん、準備はしてきたよ! 那月ヨミは完全主義者なんです」
「へいっ、姉御!」
扇を取り出し、ふわりと開いて、ぱちりと鳴らして閉じる。クラスメイトたちは高慢なるヨミちゃんの合図に、ダッシュで準備した装備を見せてくる。
ガッチャンガッチャンとうるさい音を立てるが、問題はない。
用意ができたようなので、フフンと流し目で妖艶なる微笑みを魅せる。たぶん妖艶なる笑み。和はクスクス笑わないように。
「私が揃えた装備だよ、ですわ。どうかしら、雨屋家の財力は?」
「…………装備って、なんだよ、それ! なんで……なんで……」
わなわな震える武。あまりの高価な装備に驚いている模様。
「なんでバーベキューセットなんだよ! 装備を持ってこいって言っただろ!」
「だから用意したんだよ、私は皆さんが戦う様子を後ろで優雅にバーベキューをしながら見守っていましゅわ!」
これぞ悪役令嬢極まるといったところだろう。
草原には何台ものバーベキューコンロが並んでおり、組み立て式のテーブルの上には厚切りのお肉や野菜がたくさん乗せられた大皿が置いてある。炭もよく燃えていて真っ赤なので、準備は万端だ。お肉を安く手に入れるのは大変だったよ。大量に買うからと肉屋の店主を説得したからね。
悪役令嬢ヨミちゃんは戦闘をせず、高みの見物でよく焼けたお肉を頬張るのだ。実に悪役らしいと言わざるを得ない。もちろんおにぎりもたくさん持ってきた。お肉にはご飯が最高のパートナーだからね。
「戦えよっ! お前はなにしにきたわけ?」
「バーベキューしに? デザートは焼きマシュマロだよ」
小首をコテンと傾げるヨミちゃんに、顔を真っ赤にして、なぜか地団太を踏む武。マシュマロは嫌いなのかな。
「くぅ〜、どうやら転生者じゃねーのか。こんなにもアホなわけないしよ。あー、お前らも戦えるはずだ。Eクラスといっても、実際短期戦ではCもEも変わらねーんだからな」
なぜか呆れた顔で私を見て嘆息すると、武はクラスメイトたちに手を振る。
「マナ量が少ないだけで、魔法の威力はそんなに変わらないもんね。その点については同意」
武は良いところを言ってきた。そうなのだ。魔人から見たら、Eクラスは無能だ。だが、それは戦えないという意味ではない。マナ量が少なすぎるので、経戦能力に欠けるだけなのである。
実際、マナ量を数値で表すとだ。
Aランク以上 マナ200〜
Bランク マナ100〜200
Cランク マナ70〜100
Dランク マナ30〜70
Eランク マナ10〜30
と、設定資料では説明されていた。ちなみに瑪瑙ちゃんは天女ジョブの効果と訓練でステータスが大幅に上がっていたから、Aクラスなんだ。
潜在能力を遥かに超えてパワーアップしちゃったのである。ヨミちゃんは訓練をしても上がらないから羨ましかったよ。
魔力の数値が一桁レベルで変わっても、下級魔法しか使えないから、魔物に与えるダメージはほとんど変わらない。C〜Eは誤差レベルである。神人からすれば、Eランクでも羨望の目で見るだろう。
「お前らは平均して下級魔法が3発ってところだろ? 俺が的確な指示を出して活躍させてやるよ。そしてEランクなんかあっさりと超えさせてやる!」
「マジかよ!? Eランクを超えるだって?」
「今まで苦労をしてきたのに、簡単に?」
「ほ、本当なのかよ?」
「最初は玉ねぎを焼く?」
武の言葉にクラスメイトの皆は驚きの顔になりざわめき、ヨミちゃんはトングで玉ねぎを掴む。なかなか焼けない野菜から焼くべきだよね。
「そうだ。お前らのマナはまだまだ発展途上なんだ。今日だけでそのマナを1%は上げてやるぜ? これは俺の経験談からだから確実だ」
「………………」
自信たっぷりに顎をあげてドヤ顔になる武と、静まり返るクラスメイトたち。ジュージューと玉ねぎが焼ける音だけがその空間を支配する。
「い、1%なのか?」
「あぁ、少ないと思うだろ? だが、毎日やればあっという間にマナは数十倍になる。俺は赤ん坊の頃からマナ増強法をしていて、3割は増えた体感だな」
武の言葉に皆が胡乱げな顔になる。マジかよこいつと、呆れてヨミちゃんへと視線を送るクラスメイトたちもいた。まぁ、計算式がおかしいもんね。その気持ちはわかるよ。日本語が難しいと、この場合は言えば良いかな。
「えっとぉ、その増強法ってどうやるんですかぁ?」
気になることを和がおずおずと尋ねる。
「あぁ、格上の敵と戦って死にそうになりながらマナを使い果たすんだ。そうするとマナが増えるんだぜ!」
「格上?」
「あぁ、キマイラとかワイバーンとかグレーターリザードマンとかだな! 赤ん坊の頃から危険な場面があって、俺はそのたびにマナが上がった。お前らも同じようなシチュエーションになればパワーアップできるぜ。あ、安心しろ、本当に死にそうなら助けるからな!、メカクレちゃんも安心だろ?」
キランと白い歯を光らせて、金髪碧眼の少年は爽やかに笑い、全然安心できないことを口にする。パワーアップするクラスメイトたちを見て、成長方法を伝えて尊敬される主人公。もちろんチョロインは惚れちゃうテンプレ展開だ。
だが、その方法が脳筋すぎる。本当に死ぬ可能性が高くないか? というか、赤ん坊の頃から30回は死にかけたのか。半年に一回は強敵と戦ってたのね。イベント多すぎである。
「ふぇぇぇ、よーちゃん〜。私はこの訓練は無理かなぁ」
「さっぱり信用できない方法だしね。それが目的でここに来たの? 他の人たちは効果あったの?」
メカクレ少女は前髪の奥の瞳を涙で潤ませながら私へとすがりつこうとする。今はベーコンステーキを焼いてるから、少し離れていた方が良いよ。脂が結構跳ねてるから。
「あぁ、死にそうなほどの格上とバトルってあまりねーからな。中学の頃に2、3人がそのパターンになってマナが増加したんだ。Eランクの連中なら、ほとんどの魔物は格上だから簡単にマナが増えるだろ?」
飄々とした顔で疑問を持たなそうな武。周りを見ると武の連れてきた仲間たちは苦笑しているが否定はしない。……なんとなく構造がわかってきたぞ。ようは格上とのバトルで一当てしたらあとは武に倒させていたんだろ。Bランク以上の魔石は金額が跳ね上がるからね。
まぁ、派閥のばら撒き政策だろう。高価な魔石を譲って、派閥に入れる。武は成長のためと思っているようだけど、裏にいる奴はその効果を理解しているに違いない。
クラスメイトたちもそのことに気づいて、迷う素振りを見せる。皆貧乏だからな、金が手に入るチャンスを逃したくないんだろう。
でも、ここで引き抜かれるのは少し困る。なので、こちらも那月ヨミの懐の深さを見せようかな。
ずいと前に出てきて、皆を見渡す。
「だいたい話はわかったよ、御雷君。それじゃ、今度は私のアピールをするね。私というか、設立した部活『那月ファンド』のね」
「『那月ファンド』? ぶ、部活?」
戸惑う武へと、むふふと微笑み、トングをパチリと鳴らす。その音を合図にヨミちゃんの護衛6人が飛び出てローブを脱ぎさる。
「タイボックレッド! 無敵の硬度を持つ戦士!」
「タイボックブルー! 無敵の硬度を持つ戦士!」
「タイボックイエロー! 無敵の硬度を持つ戦士!」
「タイボックグリーン! 無敵の硬度を持つ戦士!」
「タイボックストーン! 無双の斧を振るう戦士!」
「タイボックピンク! 皆を応援する踊り子!」
「我らタイボック! 冒険者にして未来の英雄、ただいま参上!」
銀の仮面を被った6人の戦士がポーズをとって名乗りをあげちゃうのだった。
「『那月ファンド』は人への投資をメインにします。きっとお客様たちには満足してもらえると思うよ?」
ヨミちゃんはベーコンステーキをトングで掴んで、悪戯そうに笑うのであった。




